最終話 いつかの日まで
文字数 3,957文字
ドアの前に立つと、ノックする前にドアが開いた。
開けた人物、アルフォードが「入れ」と言う。
「お邪魔します」
一応言って中へ入りドアを閉めると、アルフォードが「お前も寝たいだろうに、悪かったな」と言った。
「ううん。気にしなくて良いよ」
ナイトがそう答えると、アルフォードは「そうか」と呟き、窓際に立った。
近くには机があり、書類などと一緒に灰皿が置かれている。
先程、皆で談笑をしている時、アルフォードから通信で〝後で話がしたい〟と言われた。
真剣な話なのかと思いナイトは承諾し、今こうしてアルフォードの部屋に来た。
「それで、話って?もしかして、何かあった?」
ナイトの問い掛けにアルフォードが笑って「そんなに緊張する話じゃない」と言った。
ならば何の話なのか。
「お前に渡したい物が有る」
「渡したい物?」
訊き返すと、数秒後、何かのデータが2つ送られて来た。
開いてみると、それは何かのプログラムのようで承認を求める文字が出て来た。
「俺がハッキングをしてショートさせるのは見た事が有るだろ?」
問う前にアルフォードから質問された。
「うん。一体をハッキングして、繋がっているアンドロイドまでショートさせたアレでしょ?」
「そう。一つはそれを可能にする為のプログラムで、もう一つは、空間認識のような物だ。レーダーを使用して周囲の地図を作成し、敵がいればそれに表示する事が出来る。やりようによっては、それだけでハッキングをして、接触前に相手をショートさせる事が出来る」
「それって…悪用されたら大変な事にならない?」
ナイトの問いにアルフォードが「そうだな」と言う。
もしこの地上全てのアンドロイドにハッキングされてしまったら、全員簡単に殺せてしまうという事だ。
「もしかして…このデータって、アルが託されたっていうやつ?」
「そうだ」
迷う事も無く肯定する。
「どうして僕に?」
それに対してアルフォードは即答せず、数秒何か考えてから「これからも世界は変わり続ける」と話し始めた。
「俺だって不死身ではない。これが何より証拠だ」
言ってナイトに腕を見せる。
昼頃に見た時より薄くなってはいるが、黒い染みがまだ残っていた。
「前までは半日もすれば消えていた物が残ってる」
「それって…何なの?」
「死んだヨクト細胞だよ」
死んだというのは、もう機能していないという事だ。
「死んだヨクト細胞は、他の細胞に取り込まれる。その分細胞が減っていく」
「減っても大丈夫なの?」
「細胞が死ぬのと暴走は別だ。まぁ、細胞が減っていくのを考えると大丈夫ではないな」
どうしてこの人は、そういう事を平然と語れるのだろう。
減り過ぎると人工皮膚などが形成されなくなる可能性が有るという事ではないか。
しかもアルフォードの所有しているのは制限の掛かっていない、レアとも言える初期のヨクト細胞だ。
入手する事など出来ない。
「原因は…解っているの?」
「あぁ」
問い掛けにただ頷き返したアルフォードをジッと見据えると、諦めたように小さく溜息を吐いて「あの時」と話し始めた。
「お前達と別れて、1人先へ進んだ時、少し厄介な奴を相手にしていた。そいつを倒すのにヨクト細胞をフル稼働させた」
あの時ちらついていたのはアルフォードが放ったヨクト細胞だったのか。
それにしても、本当に制限の掛かっていないヨクト細胞とは不思議な物だ。
空中に漂い、操る事まで出来るとは。
欲しがる者がいてもおかしくない。
「自分の意思で全身のヨクト細胞をフル稼働させるのは初めてだったからちゃんと戻るのか心配だったけど、こうして戻った。そこまでは良かったけれど…」
死んだ細胞が出た。
最後まで言わなくても解る。
「たぶん、今までにも死んだ細胞は出ていた。けど、それに気付いていなかっただけだ」
言ってアルフォードがナイトに歩み寄る。
いつだったか、アルフォードは言っていた。
〝アンドロイドだっていつかは死ぬ。人よりも長いだけだ〟と。
「お前に…それを託したい」
何となく察した。
そうでなければ送って来ないだろう。
「…どうして?」
「……」
何も言わないのはずるい。
考えたくない事を考えてしまう。
まだ先の〝ソレ〟を…。
「きっとお前なら、間違わないから」
「間違うかもしれない」
「間違わないさ」
アルフォードが笑みを浮かべて言い切る。
「どうして?」
自分では解らない。
なぜアルフォードは言い切り、何か悟っているかのように微笑むのか。
「いつか解る。俺の実体験だ」
意味が解らない。
それでも、アルフォードなりに答えは言ってくれた。
実体験という事は、アルフォードも託された時考えたのだろう。
考えて、迷いながら戦って、そして答えを見付けた。
「…解った。でも、使うかは解らないよ?」
ナイトの言葉にアルフォードが笑い「それでも良いさ」と言う。
本当に託したいだけなのだろうか。
承認ボタンを押すと、アップデートが開始された。
「話は以上だ。時間を取らせて悪かったな」
言ってアルフォードが窓辺に戻って煙草を取り出す。
開かれた窓の向こうで月が輝いている。
その光景は不思議な感じがした。
まるでそこだけが別世界のようだ。
そのまま消えてしまいそうで、伸ばしかけた手を慌てて降ろす。
それに気づいたらしいアルフォードに「どうした?」と訊かれ「なんでもない」と誤魔化す。
「それじゃあ、僕ももう寝るよ。お休み」
「あぁ。お休み」
そう言ったアルフォードに軽く手を振って部屋を出ると、ドアに寄り掛かり、小さく息を吐いた。
どうして彼は、時折あんなにも儚く見えてしまうのだろう。
引き留めなけれがいなくなってしまいそうなくらい…。
『寝よう…』
歩き出すと、向こうから誰かが歩いて来るのが見えた。
リアナだ。
「まだ起きていたんですか?」
ナイトの問いにリアナが「目が覚めてしまって」と苦笑いする。
「アルならまだ起きてると思いますよ」
「そうですか」
「それじゃあ、お休みなさい」
「はい。おやすみなさい」
優しい笑みを浮かべるリアナと短い会話だけをして別れる。
彼女はたぶんアルフォードから先程の事を聞くだろう。
渡されたプログラムを使うかどうかは解らない。
これは信頼されている証だ。
これからも何が起きるのか解らない。
だからこそ協力して対処しなくてはならない。
それに、放っておいたらアルフォードは仲間がいても無茶をしてしまう。
無茶をさせない為にも、やれる事はやって頑張らなければ。
「よし!取り敢えず寝よう!」
翌朝、家の前の通りには、車が何台も停まっていた。
2台はワゴン車だ。
「お前達はこっちだ」
ヴィントの言葉に仲間達が「え~」と嫌そうな顔で言う。
「入隊当初を想い出せて良いだろ」
「嫌だー!俺もそっちが良い!」
「ズルいぞ!俺だって!」
言い争う仲間達にヴィントが溜息を吐くと、ライラが「黙って乗りなさい!」と怒鳴った。
その声に仲間達が固まり、怯えた顔で「はい」と答えてワゴン車に乗り込んだ。
誰もライラには逆らえないらしい。
それを見てナイトが苦笑していると、ノエルに「私達も行きましょう」と声を掛けられた。
ナイトとノエルが乗るのは、昨日下の町で借りた車だ。
アルフォードに別の車を用意するかと訊かれたが、列車でゆっくり帰りたいからと断った。
「それじゃあ、また!」
言って手を振ったナイトに、アルフォード達が「また」と手を振り返す。
クオーレだけが暗い顔で座り込んでいた。
自分の失態に落ち込んでいるのだ。
可哀相な気もするが、これに懲りたら本当に飲み過ぎないようにして欲しい。
車に乗ろうとすると、ノエルが先に運転席に乗ってしまった。
「良いの?」
ナイトの問いにノエルが「来る時は運転して貰ったから」と言う。
「それじゃあ、お願いしようかな」
言って助手席に乗り込む。
後ろではアルフォード達も車に乗り込んでいた。
別れてしまうのは少し寂しい。だが、自分達にはやる事がある。
遅れて前の車にクオーレ、ヴィント、ライラが乗り込み〝行くぞ〟という合図でクラクションを一度鳴らした。
ノエルがクラクションを一度鳴らして応える。
それ聞いて前の車が走り出したので後に続く。
後ろからカイルとミクの乗った車も付いて来る。
クオーレ達は車での長旅をしながら帰ると言っていた。
将校3人が車で移動しているなど誰も思わないだろう。
カイルとミクが護衛となってくれるので問題は無い。
あの3人なら何か起きても自力で何とかなりそうだが。
バックミラーでアルフォード達の車を見る。
彼等が向かうのは逆方向だ。
「これからどうなるのかな…」
ふとノエルが呟いた。
「さぁ。なるようにしかならないよ」
「そうだけど…」
不安げに言うノエルにナイトは「大丈夫」と言った。
「僕等は1人じゃない。また何か大きな事が起きたって、何とか出来るさ。例えその時に軍を辞めていたとしたって、忘れなければ大丈夫」
「忘れるって…何を?」
ノエルの問いにナイトは窓の外を流れる風景を眺めながら答えた。
「戦う意味を」
今なら言える。
意思が有って良かったと。
これが自分なのだと。
何も感じない機械だったら、景色を見て想う事も無い。
「本当に…綺麗だよね」
ナイトの言葉にノエルが「そうだね」と優しく穏やかな声で答えた…。
数か月後、再び世界は動き出す。けれど、それはまたいつか…。
少女が空を見上げている。
「私にはね?アンドロイドの方が人らしく思えるの」
少女の隣に座る少年が首を傾げる。
「アンドロイドは機械だよ」
少年の言葉に少女が「フッ」と笑う。
「ならどうして君は私に話し掛けるの?」
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