第7話
文字数 10,115文字
まるで人間のように動き、人間の代わりに24時間働き続けるというのは、企業にとっては喜ばしい事だったが、開発前から議論されていた不安が現実のものとなる。
人間の働く場所が少なくなっていったのだ。
それにより不満が溜まった人間が集団で暴動を起こすようになったが、それを鎮圧する為に導入されたのも完成したばかりのアンドロイドで、それもまた怒りを買う事となる。
アンドロイドに生身の人間が適う訳もなく、次第に暴動が起こる事も無くなって行った。
各地で働く場所を失った者達の住むスラムが生まれ、故障して捨てられたアンドロイドを修理してスラム街を警護させるようにもなり、法律さえも通用しない無法地帯へと変わる。
働き先を失う事が無かった人間は暴動を起こす者達を哀れみ、蔑むばかりで、彼等の生活を変える為に何かをする事さえ無かった。
格差が開き過ぎた事で、考え方も変わる事となった。
都市で暮らす者達はアンドロイドを受け入れ、スラム街で生きる者達は都会に住む人間とアンドロイドを恨み続けたのだ。
そして、時折紛争が起きるようになった。
スラム街で暮らす者達の中にも争わない方が良いという考えの者達もいたが、一度武器を手にした者達にその声が届く筈がない。
国が総力をもって仕事を必要としている者達へ何とか仕事を与えるようになったが、行動を起こすのが遅かった。
国が動き始めた時には、既に憎む者達は巨大な犯罪組織へと変わっていたのだ。
スラム街や都会に隠れ、隙を見てアンドロイドだろうと人間だろうと関係無くテロを起こすようになっていた。
そんな中、生身の人間の義体化実験のニュースが流れた。
アンドロイドの開発が始まって30年後の事だ。
テロもまだ起きるというのに、それでも人間は"いつもの日常"を過ごす。
いつしかアンドロイドに人工的に造られた皮膚を持たせようという研究が始まる。
ナノマシンによって造られた人工皮膚は、大きさはそれなりだったが、全身を覆う程の量を造るのには時間が掛かった。その上、増殖したばかりの皮膚はゼリー状で、そのままアンドロイドの表面を覆ってもなかなか定着しなかった。
そんな時"ヨクトマシンによって新たな人工細胞を造り出す事に成功したという発表が有りました"というニュースが流れた。
ヨクトとはナノよりも小さなサイズらしい。
専門ではない者にはよく解らない話だった。
後にそれは"ヨクト細胞"という名で定着し、アンドロイドの皮膚を形成する為の重要な物となった。
他の人工皮膚よりも治りが早く、掠り傷程度なら数分で治ってしまうという、まるで魔法のような代物だったのだ。
しかし、その"ヨクト細胞"によって造られた皮膚には大きな欠点があると後に判明する。
傷の治りが早いという事で、それを人間にも使用出来るようにしようとした結果、被験体となった人間が全員死亡したのだ。
原因は人体の硬化。
皮膚だけではなく、内臓までも数分で硬化してしまったのだ。
ヨクト細胞の問題を解決しようとしたが、結果"人間には使用してはならない"となり、人間に対しての使用は禁止された。しかし、ヨクト細胞は密かに改良が進められる事となる。
次に人間が目指したのは"人体の義体化"だった。
そうして"義体化実験の被験者集め"が始まる。
初めはしっかりとした所が広告を出していた。
国が支援していたと言っても過言では無い程だったらしい。
義体化実験で1番の問題となっていたのは"魂の移動"だった。
文字通り、人間の意識であると考えられている"魂"を義体へと移す作業は困難を極めていた。
その突破口となると考えられたのは、意思によって画面内のキャラクターを操作しているゲームプレイヤーだ。
彼等は手足を使わず画面内のキャラを脳波のみで操作する。
それを応用しようと研究が開始された。
多くの人間を集めて進められたその実験は、多くの死者を生む事となった。
それにより実験は凍結され、その後はAIを搭載したアンドロイドの生産が主流となったのだが、またもや事件が起きる。
1320年前。
ある軍事用施設でアンドロイドの暴走が起きた。
その報道によって各国の一般市民の中に"アンドロイドは危険だ"と危険視しする者達が現れ、増えた事でその者達が暴徒化。
排除しようと様々な場所でテロを起こしたのだ。
標的となったのはAIが搭載されたアンドロイドだったが、アンドロイドの破壊だけで終わる訳が無く、付近に居た人間も巻き込まれた。
人間とAI型アンドロイドの戦いは次第に収束していくが、終わる事は無いまま時は過ぎ今に至る。
「どうして・・・その話を?」
知っている部分も有ったが、知らない事も含まれているアルフォードの話を聞き終えてナイトは訊いた。
「初めに言っただろ?俺の事を話すって」
「確かに言ったけど・・・何が君に関係してるの?」
ナイトの問いに、アルフォードが徐に羽織っていた上着を脱いだ。
自然とアルフォードの失われた右腕へと目が行く。
「なっ!」
同じくアルフォードの腕を見たカイルが驚いて声を上げ、ナイトも目を疑った。
骨組みとなる部品を半透明の物が覆っていたのだ。
「それは・・・何?」
「ヨクト細胞だ」
「そんな冗談・・・笑えませんよ」
カイルが苦笑して言う。
「冗談ではない。事実だ」
真顔でアルフォードが返す。
「お前達が怪我をした時に使用される人工皮膚とかは、制限の掛かったヨクト細胞で作られている。けれど、これは制限が掛かっていない。脳から"腕の再生"という情報を流さなければその形にならない。だから、こうして話しながらでも意識を集中させていないと」
アルフォードが言って腕を見る。
微かにうごめいている物が、時折関係の無い場所で手の形や指などの形を作っては消えていった。
「変な所に別の物を作りそうになったり、全身の形が変わってしまう事になる」
言ってアルフォードはまたナイト達の方を見た。
「それは・・・保有していて大丈夫なんですか?」
ノエルが不安げに問う。
「大丈夫とは言えないな。暴走したら人の形ですらなくなるらしい」
アルフォードにしては曖昧に答える。
「らしい?」
カイルが訊き返す。
「暴走するという事は、アルフォードの意識が無い状態という事だ」
言ったのはヴィントだった。
確かに、腕の再生という情報を流すのに意識を集中させていないとならないという事は、定着するまで気が抜けないという事だ。
「私達は暴走したのを見た事が有るけれど、アルフォードはその時の事を覚えていないわ」
一体何が起きたのか想像も出来ない。
ライラが哀しげな目でアルフォードを見ている。
「そしてもう一つ。俺とお前達には違いがある」
言いながらアルフォードが上着を羽織り、小さく息を吐き、真っ直ぐナイトを見た。
「俺の躯は義体だ」
「・・・え?」
あまりの事にナイトは訊き返してしまった。
「義体って・・・」
カイルも驚いている。
それもそうだ。
義体という事は、それを動かしている生身の躯が何処かに在るという事だ。
「待って下さい」
ノエルが言い、アルフォードがノエルを見る。
「貴方が義体となったのはいつですか?」
「千年以上も前だな」
「それなら、義体なんて有り得ない」
ノエルが動揺している。
当然だ。
ナイトも信じられなかった。
義体化したのが千年以上昔なら、そんなに長く人間の躯が生きていられる筈が無い。
「俺の人間の躯はとっくに死んでる」
「は?」
意味が解らないと言うようにカイルが訊き返す。
「義体を動かしている時に生身の躯は撃たれて死んだ。俺も死ぬ時の感覚がした。けれど、気が付いたらこの躯で立っていた。自分でも何が起きたのか解らなかったさ。けど、自分の死体を見て『本当の自分は死んだんだ』と思ったな」
言ってアルフォードが左手を見つめる。
彼の表情はあまり変わらないので、今何を思い、何を考えているのか解らない。
それでも確かなのは、こんな話をしているのには何か意味が有るという事だけだ。
「最後に現れたあの男の目的は、恐らくアルフォードの保有するヨクト細胞だ」
ヴィントの言葉にアルフォードが「だろうな」と言う。
「あの男が何の情報を手に入れたのかは解らないが、ある程度の事を知っている話し方をしていた。まぁ、渡す気は無いけどな」
「あんな野郎に渡してたまるか」
クオーレが言って拳を握る。
衝撃の事実を知ってナイトは困惑していたが、それでも、ヴァイスのしようとしている事が争いを生むことになるのだとしたら阻止しなくてはならない。
「アルは・・・どうして義体に?」
ナイトの問いに、アルフォードは言いずらそうに視線を逸らした。
言いたく無いのならそれで構わない。
そう伝えようとした時、アルフォードが「生身の時、事故に遭ったんだ」と話し始めた。
「アンドロイドやAIに対してとか、色々な理由でテロが起きていたけれど、俺は比較的安全な街で暮らしていたんだけどな。乗っていた列車がテロの標的になって脱線したんだ。気が付いた時、俺の躯は至る所が痛んでいた。脱線事故で重傷を負っていたらしくてな。そして、白い部屋を見て"病院"だと思ったが、そうじゃ無かった」
「え?」
テロに遭って怪我をしたのなら病院に搬送されるのが普通だ。
それなのに、そこが病院では無かったとはどういう事なのか。
ナイトが問う前にアルフォードが口を開く。
「俺が連れて行かれたのは・・・後になって知ったが、南極に建設された軍事用施設の1つだったんだ」
「は?」
有り得ない事に思わず声を上げてしまった。
驚くナイトを見てもアルフォードは表情を変えず、真顔で「誘拐されたんだ」と言葉を続けた。
「強制的に義体化の実験をされて・・・。あの時の事は今想い出しても吐き気がする」
そう語るアルフォードの表情は辛そうで、何をされたのか考えるだけで恐ろしくなった。
「捜索とかされたんじゃ」
「脱線事故で死んだ事にされていたんだ。だから・・・名前を変えた」
「え?どうして」
ナイトの問いにアルフォードが苦笑する。
「当然だろ?その時には義体で、顔も全く違ったんだ。俺が誰なのか言った所で誰も信じなかった。だから、俺は別の名前で生きる事にした」
言ってアルフォードが俯いて左手を見つめる。
「今では誰も知らない姿で良かったと思ってる。もし俺が義体になって生きているって誰かが信じたとしても、あの時は人間と機械が戦争を始めるかもしれない状況だったから、どうなっていたか解らない。機械の躯だとバレないよう同じ場所に何年も留まれないのは大変だったな。それで癖が付いたのかもしれない」
何の事なのか少し考えて解った。
前に誰かが"あいつは同じ場所に長く留まらない"というような事を言っていた。
彼が義体化したのは人間とアンドロイドが戦争を起こした時代だ。
義体といえどアンドロイドと同一視され、知られれば攻撃されたかも知れない。
何年、何十年と同じ場所に居続ければ、変わらない容姿で気付かれてしまう。
だからアルフォードは長く同じ場所に留まらないようにしていたのだ。
それが癖になってしまうほど長い時間を・・・。
「おい」
クオーレが言い、アルフォードが「ん?」と訊き返す。
「その話、初めて聞いたんだが?」
その問いにアルフォードが笑った。
「そうだったな」
「どうして今まで黙っていた」
笑うアルフォードをクオーレが睨んで言う。
「話す必要も無いと思っていたからな。けど、これからあそこへ行くって考えたら話しても良いかなと思っただけだ」
アルフォードの言葉にクオーレが拳を握り、悔しげな顔をしたが、息を吐いて気持ちを落ち着けてから少し間を置いて「お前は話さない事が多すぎる」と言った。
「今に始まった事じゃないだろ」
アルフォードが笑みを浮かべて言う。
その笑みは何処か寂しげだった。
黙り込んだ事で静寂が漂う。
恐らくアルフォードは自分達では想像もつかない事を経験してきた。
心にも癒えない傷が有るだろう。
それは話を聞いただけではどうする事も出来ない。
どんな慰めの言葉も、今の彼からすれば"今更"と言われる気がする。
「さて、今後の事なんだが」
アルフォードが話題を変えた。
「俺とクオーレ、ナイト達は南極地点の施設跡へ向かう。ヴィントには向かって欲しい場所がある」
それを聞き、ヴィントが「それって」と言ってから何かを察し「解った」と頷いた。
「悪いな。本当はクオーレに頼みたいんだが」
「俺はお使いなんてしねぇぞ」
クオーレが言い返し、アルフォードが溜息を吐いてから呆れ顔でヴィントを見る。
「解った。安全な場所に案内しておく。場所はこっちで決めて良いよな?」
「ああ。その方が良い。何処で情報が漏れるか解らないからな。俺達の場所はバレても良いけれど」
「解ってる。充分に注意して移動するから安心しろ」
「悪い。任せた」
言ってアルフォードが立ち上がり、クオーレ達も立ち上がった。
一体何の話をしていたのか解らない。
訊いたとしても、会話の内容からして答えてはくれないだろう。
そう察してナイトは「全ての場所に部隊を派遣するの?」と作戦の話に戻した。
「クオーレ達が部隊を引き連れて来てくれた事で大隊ほどの人数は揃っているが、全ての場所に派遣する事は出来ない。だから、場所を絞る事にした」
話しながらアルフォードが歩き出し、全員がその後に続く。
「俺達は、さっき話した通り南極に向かう。ライラには艦隊の指揮を任せる」
「そうでしょうね。私は海軍なんだから」
当然とばかりにライラが笑みを浮かべて言う。
「グレイクにはファスミアへ向かって貰う。ダウラードにはフェアルの部隊に向かって貰う」
「フェアル?あいつは医者じゃないのか?」
クオーレが驚いたように訊き返す。
「あいつはヤブ医者だからな」
「なんか・・・治療されたくないな」
カイルの呟きにクオーレが呆れたように溜息を吐いた。
「野戦部隊を短くして"野部"で、その医者だから"野部医者"と昔は言っていたんだ。決して腕の悪い医者の事ではない」
一体どれだけ昔の話をしているのだろう。
調べなければ解らない事だ。
「そこら辺の医者より腕は良い」
「腕はって・・・」
「気にするな」
そう言われると気になってしまう。
「そういえば、お前等は何処で寝るんだ?」
アルフォードが並んで歩くクオーレ達に問う。
「俺達は輸送機で構わない」
ヴィントの答えに、アルフォードはしつこく問う事も無く「そうか」と頷いた。
先程アルフォードはヴィントに何かを頼んでいた。
会話の内容から誰かなのだろうが、恐らくそれはまだ自分達にも教えては貰えない。
教えてくれるつもりならアルフォードはちゃんと話してくれるからだ。
信用されていない訳ではないと解っていても少し寂しさを感じてしまう。
「俺の部屋の場所は地図と一緒に送っておく。直接何か話したい事が有ったら来てくれ」
アルフォードが言って分かれ道で立ち止まる。
真っ直ぐ進めばバンカーで、右は居住区などが在るエリアへと続いている。
「俺達は一度輸送機へ戻る。必要な物を確認したい」
クオーレの言葉にアルフォードが「解った」と頷いてナイト達を見て「お前達はどうする?」と訊いた。
「僕はバンカーへ行って準備をしておこうかな」
ナイトがそう言うと、ノエルが「私も手伝う」と言った。
「解った。恐らくグレイクの仲間達が準備を始めているとは思うけれど、お前達が行く事を伝えておく」
「ありがとう」
「出発まで2日も有るんだ。ちゃんと休めよ?」
「解ってるよ」
笑みを浮かべて答えたナイトにアルフォードは苦笑して「どうだか」と呟いた。
「それじゃあな」
言ってアルフォードが右の通路を歩いて行った。
「あいつが1番休まないとならないんだけどな」
姿が見えなくなってから呆れたようにクオーレが言い、ヴィントが溜息を吐いて「休ませようとするだけ無駄だ」と返すと、ライラが「そういう奴よ」と笑った。
「あの・・・」
ナイトの呼び声に3人が振り向き、ライラが「何?」と訊き返す。
「アル・・・、アルフォードとは仲間・・・なんですよね?」
「そうだな」
ナイトの質問にクオーレが答える。
「いつから・・・」
「アンドロイドの暴走事件から少ししてだから・・・1318年前くらいか?」
クオーレがヴィントとライラに問う。
「そうね。まぁ、私は2人とは違って出逢うのが遅かったから1316年前くらいだけれど」
ライラが言ってヴィントを見る。
「こうして考えると結構長い間あいつと一緒にいるな」
ヴィントの言葉にクオーレが「一緒に居なかった時間も同じくらい有るけどな」と返す。
「確かに。そう考えると、一緒にいたのは出逢ってから今までの半数くらいか」
「そんなに離れていたのに、あいつは全く変わらないわね」
ライラが呟き、クオーレとヴィントが小さく笑う。
「あいつと一緒に居た時間が、まるで昨日の事みたいな感覚」
「それもそうよ。私達は人間の形をしていても機械である事に変わりは無いんだもの」
ヴィントの呟きにライラが微かに寂しげな声音で言う。
「そうなんだよな・・・。けど、あいつはそういう言い方を嫌うんだ」
クオーレが言い、それを聞いてヴィントとライラが笑った。
「出逢ったら頃はそういう事でも喧嘩をしていたな」
「初めて"アンドロイドだとか関係無い"と怒られた時は意味が解らなかったけれど、今なら解るわ。私ももし、昔の私みたいなタイプと出逢ったら怒るわ。多分だけれど」
「俺もだ」
楽しげに話す3人に、ナイトは少しだけ羨ましく思った。
離れていた時間が長くとも、再び会った時には前と変わらず話す事が出来るというのは、恐らく幸せな事なのだ。
『僕の仲間は・・・』
心中で呟き、ナイトは横目でカイルとノエルを見た。
よく話をする者達は増えたが、心から仲間と言えるかと考えた時に思い浮かべたのはこの2人だった。
以前の部隊に所属していた時でさえこんな感情を抱いた事は無い。
「仲間・・・なんて、口に出した事も無かったな」
「確かに。腐れ縁で関わっているだけみたいなものだからな」
「仲間かどうかは口に出して確認する事じゃないからよ」
クオーレとヴィントにライラが言い、聞いているだけの無いとも『そうかもしれない』と納得した。
ナイトもカイルとノエルに"仲間だ"とか言っていない。だから、2人にとって自分がどう思われているのかも解らないが、嫌われていない事は解る。
カイルが横目でナイトを見た。
何故か気まずくて視線を逸らすと、カイルが「解る気がします」と言った。
「俺も、こいつに"仲間なんだから"とか言いませんよ。仲間だから一緒にいるんじゃない。まぁ、確かに同じ軍に所属していますけど、もしこいつが軍を辞めても、こいつとの付き合いは止めません」
カイルの言葉に、ナイトは恥ずかしくなって「充分今ので恥ずかしいんだけど」と言い返した。
「口に出して言われると・・・確かに」
ノエルも言い、その顔が赤くなっていた。
「お!真っ赤!」
からかうカイルをノエルが睨みつけ、その威圧にカイルは苦笑して「そんなに怒るなよ」と後退った。
「さて、俺達は一度輸送機へ戻る」
「ありがとうございました。アルの事が少し知れて嬉しかったです」
ナイトの言葉にクオーレが照れ臭そうに笑う。
ヴィントは鼻で笑ったがまんざらでもなさそうだ。
「話を聞いてもあいつの事を"アル"って呼んでくれて有り難う」
ライラに礼を言われ、ナイトは苦笑し「本当は悩みましたよ」と答えた。
「彼は僕より年上で、僕よりもずっと悲惨な光景を見てきた筈で・・・。そんな人を愛称で呼んで良いのかって。彼にとっての僕はきっと、誰にでも話せない事を話せる存在なんだと思ったら、これまでと変わらず接するべきだと思ったんです」
「そうだな」
クオーレが頷いた後、ヴィントが「俺達に歳なんて無い」と言った。
確かに機械の躯には歳など関係無い。
それでもアルフォードとナイトでは場数が違うのは確かだ。
「これから宜しくな」
言ってクオーレが右手を差し出し、ナイトは迷わずその手を取り「はい」と頷いた。
「よし!それじゃあ、俺達は一旦輸送機へ戻る」
クオーレが手を放して言い歩き出し、その後にヴィントが続き、ライラが3人に手を振って2人を追う。
『本当に・・・不思議な人達だな』
心中で呟き、ナイトは「僕等も行こう」と言った。
「俺は少しこの中を見て回る」
カイルが言い、ナイトは「解った」と頷いた。
「私は・・・付いて行っても良い?」
「うん。一緒に行こう」
そう言ってナイトはカイルと別れ、ノエルと共にバンカーへと向かった。
こういう真面目な話の後、カイルが1人になりたい性格だという事は解っている。
アルフォードに出逢ってから解った事が1つ有る。
それは、カイルの雰囲気がアルフォードに似ているという事だ。
1人で何かを考えている時や、何を考えているか解らない時の雰囲気が似ている。
アルフォードのように無謀とも思える行動を取る事は無いが。
今の部隊が結成されて直ぐの頃、ナイトが「君の方が隊長に相応しいのに」と言うとカイルは「俺に隊長は合わない」と笑って断られた。
恐らくアルフォードもそういうタイプだ。
「私達・・・信頼されているんだよね」
ふとノエルが呟き、ナイトは「そうだね」と頷き返した。
信頼されていなければアルフォードが今では製造されていない"無制限のヨクト細胞"を保有しているなど話して貰えもしないだろう。
「私・・・一瞬だけアルフォードさんの持つ細胞が欲しくなっちゃった」
「え?」
驚いて立ち止まったナイトに、ノエルが慌てて「一瞬!一瞬だけ!」と言って両手を振り、落ち着いてから言葉を続けた。
「アルフォードさんが前戦で戦っているのって、ヨクト細胞が小さな怪我なら数秒で治すっていう安心感からだと思う。だから、私もその細胞が有ったら・・・もっと役に立てるかなって」
そんな事を考えていたなんて思いもしなかった。
「ノエルは充分役に立っているし、君が色々と調査してくれたから解った事だって有る」
ナイトの言葉にノエルが不安げな目を向ける。
どんな事で役に立ったのか知りたがっている目だ。
「僕は君がヴァイスの事を調べてくれるまで、あの人の事を"何を考えているか解らない人"としか思っていなかったんだ。正直、君が彼の事を疑う切っ掛けをくれた。君に出逢えたから出来た事だって有るし、これからも君に頼る事だって有ると思う。だから、これからも、今の君のまま力を貸してよ。僕は・・・今の君のままがいい」
ナイトがそう言うと、何故かノエルが顔を赤くし、恥ずかしげに顔を逸らして「うん」と頷いた。
理由は解らないが、ナイトは「行こう」と言って歩き出した。
ノエルも歩き出し、寄り添うくらいの距離を歩くが、ナイトは少しそれが嬉しかった。
理由は解らない。
それでも、近くの存在感に安心した。
そんな時、前の方から知った人物が歩いて来るのが見えてナイトはまた足を止めた。
ノエルが「どうしたの?」と問う。
「いや・・・あの人」
ナイトが答えた時、相手もナイトに気付き、歩み寄って来ると申し訳なさそうな顔をした。
「先の戦闘では・・・お疲れ様でした」
その人物の言葉に、ナイトは「君も・・・お疲れ様」としか返す事が出来なかった。
驚くのも当然だと思う。
何故なら、目の前にいる人物は戦闘要員ではないのだから。
ノエルは何がどうなっているのか解らず、不思議そうに2人の顔を交互に見ていた。
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