第3話
文字数 10,844文字
見た目年齢は30代前半くらい。
笑みを浮かべてはいるが何を考えているか解らない。
「やあ、待っていたよ。座って」
言われて部屋の中央に置かれた椅子に座ると、ガラス板で作られたテーブルを挟んだ向かいにヴァイスが座った。
相変わらず笑みを浮かべたまま僕を見る。
「早速なのだが、あのキャンプの場所に間違いは無いのだね?」
「はい」
「リーダーはアルフォードという男で間違いないかな?」
確かにあそこに居たフェアルはアルフォードがリーダーだと言っていた。
本当のリーダーは違い、報告書にアルフォードの名を記載していない。
「自分は"リーダーは不明"と報告してのですが、アルフォードとは誰の事ですか?」
問い掛けにヴァイスが笑った。
「あぁ。すまない。グレン大佐から、あそこにアルフォードというレジスタンスがいたと聞いたものでね」
グレン大佐はアルフォードと知り合いで、息子のように思っている。
大佐もこの男を警戒していた。それなのに、アルフォードの事を話すだろうか。
「その"アルフォード"という名の人物がどうかされたのですか?」
問いにヴァイスの表情が真剣になった。
「以前、アルフォードという男に会ったという隊員が、その男が怪しい集団に大きな箱を渡しているのを見たらしくてね」
それが本当だとしても・・・。
「その隊員は何処でその光景を見たんですか?」
「ザファイの南を流れている川の辺りだと言っていた」
ザファイとは昔エジプトと呼ばれていた都市の南に作られた町だ。
[ノエル。活動記録でどの部隊がザファイに向かったのか調べて]
電脳で通信を繋いでいるノエルに言い、目の前のヴァイスには「誰に何を渡したのかは調べたんですか?」と問う。
「調べようとしたのだが、途中で尾行に気付かれ、撒かれてしまったらしい」
[有った。第三部隊が4年前にザファイに向かってる。活動内容はザファイから東のケーロンまでの輸送経路の確保。滞在期間は二ヶ月。けれど、輸送経路確保はレジスタンスの襲撃によって中止。その後二つの町はレジスタンスが統治しているみたい]
ヴァイスの言葉よりもノエルの報告が気になる。
襲撃後、レジスタンスが二つの町を統治したのは何故だろう。
大抵の武装したレジスタンスは町を統治する事など無いからだ。
「レジスタンスが襲撃して来ると、近くの町でアルフォードと思しき人物の目撃情報が度々有る。私は、彼がレジスタンス達に指示を出して襲撃をさせているのだと考えている」
彼もレジスタンスなのだから何処かで目撃されてもおかしくはない。
それだけでどうして彼が襲撃事件の首謀者になるのか。
「噂ではアルフォードは各地を回っている。その目的は、メンバーを集める為だろう」
確かにグレン大佐もアルフォードは各地を巡っていると言っていたが、恐らく彼は仲間を増やす為に巡っている訳ではない気がする。
「グレンは考えすぎだというが・・・。このまま放っておけば最悪の事態を招くかもしれない。そこで、君には彼の確保を頼みたい」
「確保ですか?グレン大佐には」
「報告しなくていい。グレンには私から言っておく」
そうは言うが、間違い無くグレン大佐には言わないだろう。
[大佐には私から報告しておく]
「君には他数人の隊員と共に、最近アルフォードが目撃された地区へ向かって貰う。見付け次第確保してくれ」
ヴァイスは一体何を考えているのか。
「以前から気になっていたのですが」
「なんだい?」
真剣だった表情を不思議そうにしてヴァイスが訊き返す。
踏み込みすぎかもしれないが・・・。
「中佐は以前からレジスタンスの拠点を見付ける事を優先されていますが、何故ですか?」
僕の問いにヴァイスは鼻で笑った。
「君はおかしな事を訊くね」
そんなに変だろうか。
「単純な話だよ」
ヴァイスが笑みを浮かべて言ったが、その目は全く笑っておらず、冷たい目が有った。
「先手必勝というやつだ。攻撃される前に、厄災の元凶に成り得るモノを消せば、悲しむ者はいない」
「ですが、レジスタンスの中にはキャンプを護る為に戦っている者もいます」
「君は、その言葉を信じて"無害だから殺す必要は無い"と言いたいのか?」
若干声を低くしてヴァイスが訊いて来た。
どうしてそこまでレジスタンスを憎むのか。
「私は彼等の言葉を信じない。奴等は自分達の目標を達成するためなら平気で嘘を吐く機械だ」
「彼等と自分達は同じアンドロイドです。彼等を機械と呼ぶのなら、自分達も意思を持たない機械という事になります」
「そう。私達も機械だ。・・・同じね」
最後の方は顔を逸らし、呟くような、何かを確認するような小さい声だった。
「はぁ・・・。話は以上だ」
一息吐いてヴァイスが僕を見て言った。
これ以上訊かない方が良い。
少し間を空けてから「了解しました」と頷き返す。
[ノエル。大佐への報告を頼む。あと、副隊長のカイルにも]
[良いの?]
[あぁ。あいつは信じられる。それに、ちゃんとした理由でないと、あいつは隊長が不在になる事に反対するだろうから]
[・・・・・・解った]
カイルはアンドロイドとは思えないほど表情が豊かで、初めて会った時「実は人間なんだ」と言われて信じそうになってしまった。
陽気でチャラそうな男に見られるが、本当は真面目な話もする、気の利く男だ。
あいつならヴァイスの命令だと聞いただけで何か察するだろう。
「早速で申し訳ないが、明日の早朝に出発して貰っても?」
「了解」
言って立ち上がった僕をヴァイスが見上げる。
「君には期待しているよ」
そう言うヴァイスに敬礼して部屋を後にする。
また彼に会いたいと思っていたが、このような事になるとは・・・。
[ノエル。急がせてごめん。さっき言っていた、ザファイに向かった第三部隊員のリストを送って貰えるかな?]
[了解。・・・待って]
[どうした?]
[リストの中にカイル・ディーウェルの名前が・・・]
カイルは今直轄部隊、つまり副隊長の男だ。
第三部隊に所属していたなど配属歴に書かれていなかった。
[・・・カイルとは僕が話す。ノエルは4年前ザファイへ行った第三部隊員に当時の事を訊いてくれるかな。それと、さっきの話の内容を大佐に]
[了解]
それを最後に通信を終え、カイルに[今どこ?]とメッセージを送ると、直ぐ[休憩所]と返って来た。
話が有る事だけを伝えて休憩所へと向かう。
ヴァイスはレジスタンスを恨んでいる。
話してそんな感じがした。
理由は解らないが、だからといって全てのレジスタンスを敵とみなして殺して良い訳がない。
ヴァイスが選んだ者達が同行するという事は、監視役を付けられたという訳だ。
アルフォードと二人になれれば良いけれど・・・。
「ナイト」
休憩所に入るのと同時に声を掛けられた。
窓際に赤に近い橙色の髪と目をした男が座っている。
彼が友人であり副隊長のカイルだ。
「引き留めてごめん」
「はははっ!気にするな」
カイルが笑って隣の椅子に座った僕の前に缶コーヒーを置く。
そんな彼の前には既に口の開いた缶コーヒーと、買溜めしたらしい物が2本置かれている。
「カフェ・オレで良かったか?」
「うん。ブラックは苦手だから・・・ありがとう」
言って蓋を開けて一口飲む。
「それで?訊きたい事って?」
陽気な声音でカイルが問う。
「・・・4年前の事なんだけど」
一息ついてそう切り出すと、隣のカイルから漂う空気が変わった。
「4年前・・・第三部隊に配属されていたって・・・。配属歴には書かれていなかった」
言ってガラス越しにカイルの表情を伺う。
一見いつも通り笑みを浮かべているが、目が笑っていないように見える。
「誰からその事を?」
「聞いたわけじゃないんだ。さっき、ヴァイス中佐にある人物を捕らえて欲しいと依頼されて、その関係で4年前にその人物がザファイの南で目撃されたっていう話を聞いて、それで・・・」
「4年前の事を調べたら俺の名前が有った・・・と」
「うん・・・」
僕の話に、カイルが小さく溜息を吐く。
「そうか・・・。残ってたのか」
そう呟いた声は、何処か嬉しそうに聞こえた。
「確かに、俺は4年前、一時的に第三部隊に配属された」
「一時的?」
「そう」
言ってカイルが一息吐き、息を吸って僕を見た。
「そのデータ。何処に有った?」
「えっ・・・。ごめん・・・調べたのは僕じゃなく、新しく配属されるノエルっていう子なんだ」
「あ~。明日来る子か。早めに来てたのか」
「そう。それで、データを調べて貰ったんだ」
「そうか」
カイルが珍しく何か気にしているような表情をする。
それからまた僕を見て「俺は、4年前のデータは削除されたと思ってた」と話し始めた。
「4年前。第三部隊は"輸送経路の確保"を理由にサヴァイへ派遣された。本当の目的は、そこにいるレジスタンスの殲滅」
「レジスタンスの殲滅って・・・。あそこのレジスタンスは危険分子だったの?」
「最初は俺もそう思った。最初に派遣された部隊からの連絡がたった数日で途切れたし、生命反応も確認出来なくなったからな。けど、実際にザファイへ行ってみて驚た。生死不明になっていた奴等の生き残りが、そこで普通に暮らしてたんだ」
「え!?」
「俺も驚いた。ザファイへ向かった全員が驚いただろうな」
言ってカイルは視線を窓へ向ける。
「どうやって生命反応の発信を止めたのか聞いても答えなかった。そして、そいつ等は後悔せず「自分で望んだんだ」と笑って言った」
カイルの表情が真剣になり、影を落とす。
「それから数時間後、上から、そこにいる人達、レジスタンスも含めて排除しろなんていう命令が下った」
「どうして・・・」
「さぁな。理由は何度訊いても「お前達は命令に従え」の一点張りで、仕舞いには通信を切られて、俺達は自らの意思でどうするか決断する事になった」
あんまりだ。
話を聞いている限り、そこにいたレジスタンス、難民の人達は無害だ。
攻撃して来る事だってない。
それなのに・・・。
「そこで普通に暮らしていた隊員も同じような命令をされて分裂したと聞いた。そして、俺達の隊も・・・」
「え?」
「俺達の隊も、命令に従うのと、命令に逆らう方に分かれたんだ。そして、命令に従う事を選んだ奴等と戦う事になった。そうしたら、アイツ等、容赦なくミサイルだとか撃って来てさ~」
言ってカイルが苦笑する。
カイルの事だ。
今と同じように積極的に声を掛けて隊員達と仲良くなっていたのだろう。
そんな、仲良くなった者達と戦うのはとても辛い事だっただろう。
一息吐いたカイルの表情が真顔に戻る。
「その時、何処からか来た武装した奴等が割って入って来た。リーダーらしき男が命令に逆らった俺達に「下がれ」と言って、俺達の代わりに戦い始めた」
「その武装した人達の中に"アルフォード"っていう男の人は?」
僕の問いにカイルが驚いた表情をした。
「アルフォードを知ってるのか?」
「知ってる。前の部隊が壊滅した時、倒れていた僕を助けてくれたのがアルフォードと、仲間の人達だったんだ」
「そうか・・・。なら、話は早いな」
言ってカイルは目の前に置いたままだった缶に手を伸ばし、一気に飲み干して空き缶をゴミ箱に放った。
綺麗な弧を描いて空き缶がゴミ箱に入る。
それを見てカイルが「よし!」と呟いてから新しい缶コーヒーを開けた。
「上の命令はアルフォード達が現れた事で阻止された。それを上は武装したレジスタンスが襲撃した事で輸送経路の確保が出来なかったと世間に言った。そして、軍を一時撤退させた時にレジスタンスが統治した事にしたんだ」
「そんな・・・。元は・・・上がレジスタンスの殲滅なんていう命令をしたからなのに・・・。それを無かった事にするなんて」
「俺も腹が立った。けど、誰にその怒りをぶつけたら良いのか解らないんだ」
そう言ったカイルの手に力が入り、握られていた缶が小さく音を鳴らす。
何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせたカイルがコーヒーを飲む。
「ザファイを去る時・・・見たんだ」
呟くようにカイルが話を続ける。
「見たって・・・何を?」
僕も自然と声を潜めて訊き返す。
「あの日・・・クレアソール将校が居たんだ。帰って来てから検査を終えた皆に訊いても「見ていない。見間違いだろ」って言われたが、俺は覚えてる。見間違いじゃない。あれは確かにクレアソール将校だった」
口早に言ってカイルが辺りを横目で確認する。
誰もいない事を確認してまたコーヒーを飲む。
カイルが嘘を言っているようには思えない。
だとしても・・・。
「どうして他の人達は覚えていないの?」
「多分、ウィルス汚染の検査を受けた時に記憶を改竄されたんだ。俺は元々情報課に所属していて、ウィルスに汚染されても自分で対処できるから断ったけれど、他の奴等は違ったから検査を受けたんだ。その時に記憶を・・・」
「なるほど・・・。それにしても、どうして将校はそんな所に・・・。自由に動き回れる立場ではないはずだ」
「アルフォードだ」
「え?」
驚いてカイルを見ると、彼は真剣な面持ちで手にした缶を見据えていた。
「俺が見た時、将校はアルフォードと何か話していた。その後、離れた所で待っていたグレン大佐と合流していたんだ」
「は?!」
あまりの事に叫んでしまい、人が居ないか辺りを見渡したが、近くに自分達以外の生体反応は無い事に安堵して座り直す。
「お前~~~」
カイルが僕を睨む。
「ごめん。まさか大佐の名前が出て来るとは思わなくて。けど、大佐がアルフォードを知っているのは不思議な事じゃないんだ」
「え?」
「う~~ん。これは・・・僕が勝手に話して良い事ではないんだけど・・・」
「そこまで言ったら話せ。気になるだろ」
確かに。
もし自分が逆の立場でも話されないと気になってしまう。
「大佐は昔、アルフォードと一緒に暮らしていた事があったんだって。どうして出て行ったのかは解らないけど、大佐にとってアルフォードは息子みたいな存在なんだ。だから、理由を付けて大佐がアルフォードに会いに行こうとするのは仕方が無いよ」
僕が話してどれくらい伝わるか解らない。
カイルもアルフォードが武装集団のように攻撃して来るような事はしないと知ってるだろう。
それでも、そういった集団と繋がりが有るのではなく"アルフォード"という1人の人物とだけ知り合いなのだと解って欲しい。
「そうだったのか・・・。そういう事、大佐は俺達に話してくれないから・・・」
言ってカイルが横目で僕を見る。
「お前は相当信頼されてるんだな。羨ましい奴」
「君だって大佐と話したら良い。意外と大佐って優しいよ?見た目怖いけど」
「はっはっは!怖いよな~。あの強面で釘バット持ってたら正に鬼だ」
言ってカイルが笑う。
つられて僕も笑ったが、それはほんの数秒で終わる。
カイルが笑みを引き攣らせ、出入口のドアを横目で見たまま固まったのだ。
嫌な予感がしつつ、僕も横目でドアの方を見る。
「そんなに怖いか。なら、その釘バット、お前等が100本作って持って来い。今後、叱る時はそれを使ってやる」
「すみません!」
「ごめんなさい!」
2人ほぼ同時に立ち上がって謝る。
本当は逃げたいが、ドアの所にグレン大佐が立っているので逃げる事が出来ない。
「冗談だ」
言ってグレン大佐が自動販売機へ向かう。
声のトーンがいつも通りなので冗談なのか解らない。
心臓が恐怖で痛い。
「明日、ディオートへ向かわせると、先ほどヴァイス中佐から聞いた。あまり勝手な事をするなと言ったのだが、勝手をしているのはお前も同じだと言われてな。仕舞いには、軍法会議を開くと言い出してな。仕方なく、お前をディオートへ向かわせる許可を出した」
言いながら大佐が僕等に歩み寄るが、目は僕を見ていた。
「流石の俺も軍法会議を開かれたら首になりかねない」
「いいえ。自分で決めた事ですから。それに、真実を確かめたいので」
「真実?」
「はい。彼が・・・アルフォードが本当に武器の売買をしているのかとか・・・色々」
「そうか」
小さく頷いてグレン大佐が近くのテーブルに腰掛ける。
「他の隊員はアイツが選んだ連中だけだったからな。こっちから数人出す事にした」
「え?」
「そうすれば少しは動きやすいだろ」
「有り難う御座います」
お礼に対し、グレンが微かに笑い「当然の事だ」と言うが、やり過ぎると問題になる事くらい解っているだろう。
今も、グレン大佐が直轄部隊を持つ事が出来ているのは、陸軍将校の許可を得ているからだ。
彼が許可を出してくれていなければ、本当に訴えられていただろう。
「実は、以前各将校達の飲み会に同行した時、彼等もアルフォードの現状を気にしていた。できれば、そこら辺の事も訊いて来てくれ」
やはり将校達もアルフォードを知っているのか。
「将校方も彼を知っているんですね」
「あぁ。いつ知り合ったのかは知らないがな」
ヴァイスだけではなく、軍上層部も何か隠しているのか。
「本当ならカイルも付いて行かせたかったが、流石に副隊長まで不在にさせられないからな。配属されたばかりで申し訳ないが、ノエルを付いて行かせる事にした。彼女は衛生班でありながらハッキングの腕も良い。何かあれば彼女を頼れ」
「・・・はい」
先ほど情報を探して貰った時、そんな感じはした。
頼んでから数分で情報を見付けたのだからかなりの腕だ。
「羨ましいな~」
残念がるカイルに「は?」と訊き返す。
「だってよ~。写真しか見てないけど、かなりの美人だろ?そんな子と長時間一緒に行動出来るんだぞ?羨ましいだろ~。俺が代わりに行きたい!」
「ヴァイス中佐の命令を受けたのは僕なんだから無理だろ」
「解ってるよ!」
僕とカイルの会話をグレン大佐が「フッ」と笑った。
「そんな事を言っているから本命に逃げられるんだぞ。たまには本気を見せたらどうだ」
「今その話します?」
困った表情をしてカイルが訊く。
「君、本命いたんだ」
そっちの方が驚きだ。
本命がいるのに女性に声を掛けまくっていたら、告白しても本気だと解って貰えないだろう。
「可愛い子がいたら声を掛けるべきだろ!挨拶だよ!挨拶!」
「挨拶だとしてもな~」
言ってグレン大佐が僕を見る。
「ですよね~」
横目でグレン大佐を見て答える。
「二人して俺をからかって面白い?」
「面白いからからかうんだ」
にやつきながら言うグレン大佐の横で僕は苦笑した。
「さて、そろそろ仕事に戻るぞ」
言ってグレン大佐が空き缶を捨てる。
「たまに・・・大佐って意地悪だよな」
カイルが呟く。
「私だってたまには息抜きするさ」
「俺を息抜きのために虐めるんですか!」
カイルの問いにグレン大佐は答えずに片手を振って去って行く。
その背中をカイルがくやしげに睨む。
「それじゃあ、僕も準備をしないと」
カイルが溜息を吐き、真剣な面持ちで僕を見る。
「あぁ。気を付けろよ」
「うん。君もね」
言って空き缶を捨て歩き出す。
「そういえば!補給班のエヴィンちゃんなんだけど!」
カイルが明るく言って空気を変える。
「エヴィン?」
「あ~。お前、自分の隊以外の奴の名前覚えてないんだっけ」
「話す人の名前は覚えてるよ」
「"話す人は"な」
「そこ強調しないでくれる?」
「そんな事より!エヴィンちゃんがさ~」
「君・・・ほんと、本命の子に殴られてくれない?」
こんな、会えば女の子の話が殆どのカイルに本命がいたのは本当に驚きだ。
缶の残りを飲み干し、空き缶を捨てて休憩所を後にする。
通路に出るのとほぼ同時に「やっぱり此処でしたか」と呆れたような女の声がした。
声を掛けてきたのは、淡いブラウンの髪を肩まで伸ばしている、一見大人しそうな背もそこまで高くない女の子だった。
「ミライちゃん♪俺に会いに来てくれたの?」
「三日後の資源回収の件で訊きたい事が有ると言ったのに、休憩に行ったまま戻って来ないので仕方なく来ただけです」
嬉しそうに駆け寄ったカイルに"ミライ"と呼ばれた女の子が冷たく言い返す。
「もう~。そんな冷たくしなくても良いじゃん」
「何度言っても人の名前を間違って呼ぶような方に優しく接するつもりはありません」
「え~。ミライちゃんの方が可愛いじゃん」
「はぁ~」
呆れて溜息を吐いた女の子が僕を見て「すみません」と頭を下げる。
「第六部隊所属、ミク・ラズリーと申します」
第六部隊は主に、戦地や拠点に物資を運ぶのが任務で、物資回収に赴く事が増えた僕等の部隊の拠点にも物資を届けてくれている。
「初めまして。特務隊隊長のナイトです」
「お話には伺っていましたが、こうしてお会い出来て嬉しいです」
言って嬉しそうにミクが笑う。
恐らく"ミク"は"未来"と書くのだろう。
だからカイルは女の子を"ミライ"と呼ぶのだ。
「それで、物資回収で何か?」
僕の問いにミクが「実は」と言って真剣な面持ちになった。
「今回も前回同様、一週間に一度、食料の運搬を希望されていたのですが、他にも3部隊が資源の調査に出ていまして、出来れば、二週間に一度という形に変更したいのですが」
そういえばそんな報告書が来ていた。
食料の受注に関して第六部隊に確認を取ったが、その時は隊長の男に「大丈夫です!」と力強く頷かれたが、やはり無理が生じたか。
「こちらは大丈夫ですから、そちらが動きやすいよう調整して下さい」
僕の言葉に女の子が嬉しそうに笑みを浮かべ「有り難う御座います!」と頭を下げる。
「ミライちゃ~ん。どうして俺には笑ってくれないの?」
寂しげにカイルが言う。
「優しくして欲しいなら貴方のファンの子に甘えてはいかがですか?」
変わらず冷めた言い方で返してからミクが笑みを浮かべて僕に「お時間を頂いて有り難う御座いました」と言って歩き始める。
「待った!」
カイルが言ってミクに駆け寄り引き留めると、耳元へ顔を寄せて何か囁くと、それを聞いたミクの顔が真っ赤になった。
「ふざけないで下さい!」
ミクが怒って振り上げた左手をカイルは笑いながら止める。
振り上げられたミクの左手の薬指に、シンプルなデザインのシルバーリングが見えた。
「気を付けて戻れよ~♪」
笑って言ったカイルを睨んでミクが歩き出す。
その後ろ姿をカイルが苦笑して見送る。
「あの子。恋人がいるんじゃないか」
僕の言葉に、カイルが「あ?」と気の抜けたような声で訊き返してから頭を掻く。
「あれな~。本人は誰から貰ったのか忘れてるんだよ」
「え?」
訊き返してカイルを見ると、カイルはおもむろに首元のボタンを外し、日頃他人に見えないよう隠しているネックレスを出した。
そこに下がっていたのは、先ほどミクが付けていた物と同じ指輪だった。
それが意味している答えは一つだ。
言葉を失っている僕を見てカイルが苦笑する。
「あいつとは4年前、ザファイで知り合って、不思議と二人共初めて会った気がしなくて、恋人と呼べる関係になるまでそんなに時間は掛からなかった。現地で友人になった奴が俺達に指輪を作ってくれて、プレゼントした時、あいつは恥ずかしそうにしていたけど、受け取って・・・本当に嬉しそうに笑ったんだ」
その後、何があったのか訊くまでもない。
先ほどカイルは"自分以外の隊員達は記憶を消された"と言っていた。
あの子の記憶も消されたと考えて良い。
カイルと過ごした日々を・・・。
「彼女に・・・その話は?」
「検査が終わって再会した時「どちら様ですか?」って訊かれた瞬間、頭が真っ白になってさ。大事そうに指輪を見ているのに気付いて話したよ。けど、そこにタイミング悪く女の集団が来てさ。あの子には"意味不明な事を言って気を引こうとする男"って思われた。帰って来たら・・・そういうのは一切しないって誓ったのに・・・。なんか、色々と面倒になって、半分やけくそで前みたいにナンパしたりして・・・馬鹿だよな」
最後の方は独り言のように小さく、カイルの表情も、笑っていても哀しげで、僕も哀しくなってしまった。
「それでも、あいつを諦めた訳じゃないんだ。あいつだって飯に誘ったら付き合ってくれるし、さっきみたいに面白い反応してくれるし。だから、これからも少しずつ近付くさ」
そうは言っているが、何処か諦めているような感じがするのは気のせいだろうか。
「ほら!お前がそんな顔するなよ!」
言ってカイルが僕の背中を思いっきり叩く。
彼の事だ。
なんとか記憶を戻そうとしたに違いない。
それでも彼女の記憶は戻らず、こうして普通の同僚として接している。
「もし、彼女に好きな人が出来て、その人と付き合う事にして、指輪を外したらどうするの?」
僕は彼のように明るく話を逸らす事など出来ない。
友人が落ち込んでいる時は、例え聞く事しか出来なくとも心の内を話して欲しいと思う。
カイルが立ち止まり、小さく溜息を吐いた。
「その時はその時だ。けどな・・・信じてるんだ」
「・・・何を?」
問い掛けにカイルが哀しげに微笑む。
「それは秘密」
何かを信じ、望む未来を諦めない。
僕には無い強さ。
「それじゃあな!」
言って肩を叩き駆け出したカイルに「ああ」と返す。
本当に仕事へ戻らなければならない時間だったから仕方が無い。
もう少し話を聞きたかったが、彼にとっては良いタイミングだったかもしれない。
今の彼女に、カイルはどう見えているのだろう。
二人の関係について聞いたからだろうか。
少しでも本当の部分を見ていて欲しいと願ってしまう。
「はぁ・・・。僕も準備しないと」
呟いて自室へと向かう。
仕事に集中しなくては・・・。
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