第18話
文字数 5,500文字
ある日、調べ物を終えてサラエラの家へ戻ると、セリスがリビングでコーヒーを飲んでいた。
向かいに座るリアナが不安げな表情で俺を見る。
サラエラはキッチンの方から不安げに見ていた。
「とある人から貴方が女性と一緒に此処へ来ていると聞いて、少し話を伺っていたの」
言いながらセリスが手にしていたカップを置く。
「貴方と彼女が遠い所から来た事は解ったわ。けど、どうして彼女と一緒に来た事を隠したの?」
セリスが探るように横目で見て来る。
「解らないのか?」
問い返すとセリスは睨むように目を細めた。
「アンタを信用していないからだ」
信用するしない以前に、アンドロイドの意識を繋げる為のコアと成り得る存在を探している人間に他のアンドロイドの情報を渡す訳が無い。
「…そう」
言ってセリスが再びカップを手に取る。
この重い空気から考えて、リアナは自分が何者なのか話してはいないが、セリスの考えを聞いて嫌な気分になっているのだろう。
テーブルの下で膝の上に置いた手が拳を握っている。
「復旧作業は順調に進んでいるみたいね」
セリスが話を続ける。
「完全復旧までは後1ヶ月くらいかな。手伝いに来る気は?」
俺の嫌味混じりの問いにセリスが「有ったら行くわ」と嫌味を返す。
「私達はお互い"人間とアンドロイドが争わない世界"を望んでいる。それを叶える為には協力しないと」
「アンタの言う世界の為に協力なんてしない」
ハッキリと告げると、セリスは鋭い視線を俺に向けたが、少しして「残念ね」と言って立ち上がった。
客人が帰ろうとすると引き留めるサラエラが珍しくキッチンから出て来ない。
相当セリスを嫌ったらしい。
俺も好きになれないし、友人にもなりたくないと思う人種だ。
「貴方は」
横を通り過ぎようとしたセリスが足を止めて言う。
「アンドロイドなのに不思議な話し方をするわね」
意味が解らない。
「まるで、人と話している感じがする」
「アンドロイドにだって意思が有る。何度も言わせるな」
ついキツく言い返してしまったが、セリスは「フッ」と小さく笑い、そのまま何も言わずに出て言った。
「はぁ…」
溜息を吐いて椅子に座る。
セリスの気配が消えてからリアナが「何・・あれ」と呟いた。
明らかに怒っている。
「いきなり来たかと思えば、こっちから名前を訊かないと答えないし、何も言っていないのに勝手に座って居座って…。仕舞いには「客人にお茶も出さないんですね」って言って来たのよ?流石に私も殴りそうになったわ」
それでセリスを相手にしていなかったのか。
そんな態度を取られたらサラエラが怒るのも当然だ。
「大体の話は聞いたけど・・・あの人…本気でコアを捜すつもりなのかな?」
リアナが不安げに訊いて来る。
「だろうな。そして、コアと接触出来る奴も捜している」
「あの人を見付ける事が出来ても…もう…アンドロイドを束ねる事なんて出来ないのに…」
リアナの言う通りだ。
恐らく、アンドロイドの意識を統一していたアンドロイドは、自分が初期化される前に自己消滅を選択するだろう。
もしかしたら、既に存在していないかも知れない。
リアナや、他のアンドロイド達が彼女、または彼のサーバーにアクセスする事が出来ない。
生きているのかどうかも怪しい。
いや、電子体に[生と死]は無いか。
有るとするなら[消滅]で、それが[死]とは誰にも言えないし解らない。
「まぁ…暫くは様子を見るしかない」
それしか俺には言えなかった…。
復旧作業が終わり、通りを普通に車や人が行き交うようになったのは、予想通り1ヶ月と六日後の事だった。
作業が終わるまで、俺はセリスが何をしているのかコッソリ調べていたけれど、変わった様子や、誰かと連絡を取ってもいなかったが、よくトラックが来るようになっていた。
その中身は殆どが小物の部品で、正直郵便物でも良いのではないかと思うような物だけだった。
全ての作業が一段落した時、ブライト達にビルの一室に呼ばれ、行ってみると高そうなスーツを着た五十代くらいの白髪男性が座っていた。
顔は見た事が有る。
市長のディーン・シュベルツだ。
身長は高く、それなりに厳つい体格をしている事がスーツを着ていても解る。
五十代にしては真っ直ぐ背筋を伸ばして歩くため、テレビで見た時は歳を疑った。
これで健康体なのだから更に不思議だ。
「君がアルフォード君か」
深く響くような声でディーンが微笑んで言う。
「この人は俺達の味方だよ。この人が仲介役をしてくれたからスムーズに事が進んだんだ」
ブライトの言葉にディーンは苦笑した。
「私は何もしていない。まぁ、こういう時に関しては市長という立場である事に感謝をしているよ」
苦笑してディーンが俺を見る。
「呼んだ理由は?」
「お前にも紹介しておこうと思っただけだ」
ボルグが答える。
「これからの事を考えるはお前等のやる事だろ。俺には関係無い」
溜息混じりに言うと、ブライトが少し寂しげに「そんな事言うなよ」と呟いた。
「君は私に出来なかった事をやり遂げた。それは、誇れる事だろう。それなのに、何故君はそんな顔をするんだい?」
真剣な顔になってディーンが問う。
今自分がどんな顔をしているかなど解らないが、誇れる事など何もしていない。
「どうして今になって彼等に協力を?」
問い掛けに答えず訊き返す。
「アルフォード」
何を言うのかとボルグが止めに入ったが、それをディーンが片手を上げて制した。
「君がそう思うのも仕方が無い。確かに私がもっと早く動いていれば事態はこうも拡大しなかっただろう。しかし、市長という立場で出来る事は限られている。街の復興に協力すると議会で発表した時、周りの反応は賛否両論だった。その前にも争いを止める為の会議を何度となく開いたが、他の議員達が揉める始末で、何一つ決める事が出来なかったくらい、他の議員達は街で起きている事に干渉しようとはしなかったんだ。私の言葉は、こうも無力なのかと思い知らされた」
悔しげに拳を握りながらも、彼は俺から目を逸らさなかった。
どんな地位を持っていようと、周りの意見が一致しなければどうする事も出来ない。
それはいつの時代も変わらないのだ。
独裁国家は大抵が王が権力を振るって周りを従わせ、結果国を崩壊させるが、有りようによっては平和になる。まぁ、平和になるのは希な事だけれど…。
「今回の事で僅かながら共存する未来を考える者達が増え、支援に対しても賛同する議員も出た事で私もそれなりに動く事が出来るようになった。まぁ、殆どが私の独断なのだけれど」
一体どんな事をしているのか具体的に訊くのはやめておこう。
悪事ではないと解っていても、これ以上厄介事を増やしたくはない。
この街の事に関しては今後、ブライト達と市長が決める事だ。
「彼等から、たった1人で争いを止める為に立ち向かった君の話を聞いて、私もそう在りたいと思った。君のように、前線に立って戦う事は出来ない。しかし、市長という立場でしか出来ない事は有ると信じたい。他の議員の顔色を伺って動かないよりも、動いて何かを変えられるように」
聞こえは良いが、死にたがりの無謀な行動とも言えるのに、どうしてそんな事が言えるのか。
「その結果、敵を増やす事になるかもしれませんよ?」
俺の問い掛けにディーンが「なら、君はどうなんだい?」と訊き返して来た。
「え?」
意外な問いに思わず訊いてしまった。
「君が介入した事で今回は上手く事が運んで争いは終わった。けれど、もしかすれば更に悪化し、街全体を巻き込む程の戦いになっていたかもしれない。それを君は考えていたのか?」
雰囲気が変わり、威圧感がする。
まるでナイフを突き付けられているような感覚。
いつもなら"その時はその時だ"と誤魔化して来たが、それをこの男は赦さないだろう。
俺はディーンから視線を逸らした。
真剣に答えるのはいつぶりだろうか。
「今までにも、争いを止める為に介入した事は何度もあった。けど、大体が一方的なモノだった。人間側がアンドロイドを殲滅しようとしているか、アンドロイド側が人間を殲滅しようとしているか、そのどちらかだったんだ。だから、そういう場合は、攻められている側の味方になって、止めながら説得をしていた」
「それで、その争いは終わったのか?」
ディーンの問い掛けに無言で頭を横に振る。
終わる事など無かった。
必ずと言って良いほど"其奴らを殺らないと自分達が殺られる"や"共存なんて有り得ない"と言われた。
人間とAIの境などもう無い。
どちらも生きている。
何度叫んでも届く事が無かった。
そんな戦いの方が多い。
「同じ台詞を何度も聞いた。其奴らの味方をするならお前も敵だと言われて攻撃された事だって有る。何を言っても聞く耳すら持ってはくれない。そんな事が多かった。それでも、変えようと思ってくれる人達もいた。だから俺は…」
迷いが無いと言えば嘘になる。けれど、この想いを捨てたりなどしない。
前を向き、ディーンの目を真っ直ぐ見据える。
「俺はどんな事があろうと、その結果で更に大きな争いに発展しても、目の前で誰かが殺されて、殺し合っているなら止めに入る。どちらに怨まれようと構わない。もし今回、ブライト達が和解せず、街全体を巻き込んでまで争うようなら全力で戦った。それで沢山の人達を巻き込んでしまっても、その罪も背負う。そして、例え人殺しの言葉だと言われても、何度でも言う。俺達はどちらも感情を持って生きているんだと。きれい事だとか言われても、自分達さえ幸せならそれで良いと傍観している奴等に言うさ。この世界で生きている以上、無関係な事なんて何一つ無いって」
一息吐いた俺を、ディーンが真剣な面持ちのまま見返している。
この事を話して何になる。
何を聞きたいのか解らないが、彼は恐らく俺が何を考えて争いに介入し続けているのか聞きたいのだ。
「たまにでも良いから考えて欲しいと言ったって、何言ってんだコイツって思われて終わる。けど、そうじゃなくて本当に考えてくれる奴はいると信じたい。だから、俺は無駄だとか意味不明と言われても、何度だって言うし、争いに介入し続ける。周りの奴等みたいに無視する事なんて出来ないし、後々後悔するなんて嫌だから。その結果罪が増えるとしても、その罪も背負って戦い続ける。とは言っても、目の前の事しかどうする事も出来ないんだけど」
言って苦笑し視線を逸らす。
こんな真面目な事を誰かに話したのは初めてだ。
リアナにも話した事など無い。
いつだったか"ヒーロー気取りか"と言われた事だって有る。
恐らく俺の足下には人間とアンドロイドの死体が山になっているだろう。
-何をしても世界は変わらない!
本当に変わらないのか…。
-全て無意味だ!
なら争うのは無意味ではないのか…。
-只の機械に何が解る!
今は確かに機械だけれど…。
-生きる為には人間を殺さないと駄目なんだ!
それ以外に道は無いのか…。
-お前はどっちの味方なんだ!
どちらかの味方にならないといけないのか…。
-どうして自分達は生み出された!
確かにアンドロイドのAIを作ったのは人間なのに…。
-AIなんて作るから面倒な事になったんだ!
そうじゃないだろ…。
嗚呼…。
何を言っても言葉は届かない。
それならと傍観者で在ろうとした事だってある。
けれど、争っているのを見てリアナが辛そうな顔をするから、放っておく事が出来なかった。
彼女は俺が「関わらない方が良い」と言うと「どうしてそんな事を言うの?」と涙を流しながら怒った。
戦闘には不向きな躯なのに突っ込んで行こうとするから…。
矛盾する感情をどうする事も出来ず弱音を吐いた時、彼女は俺をそっと抱き締めて言った。
「貴方は…どうしたい?戦いたくない?それなら…私が無理をさせてたんだよね」
「違う!そうじゃない!」
「でも…私が自分で戦えたら…」
そんな事を言わせてしまう自分が嫌になった。
哀しませたいわけではないのに…。
自分に出来る事は限られている。
目の前の事しか手を伸ばす事しか出来ない。
遠く、離れた場所はどうする事も出来ない。
それでも無視している事など出来ないから…。
足下に積み上げられた死体から声がする。
-何のために俺達は殺されたんだ?
亡者の呻きが響いている。
悪いのは俺なのかもしれない。
どっち付かずなのは罪なのかもしれない。
それでも…認めたくない事がある。
だから、戦い続けると決めたのだ。
何かは必ず変わると信じて…。
「…そうか」
沈黙をディーンの呟きが終わらせた。
顔を上げると、ディーンが微笑んでいた。
この感じ…知っている。
メディスだ。
メディスと似た優しい笑みに懐かしさを感じた。
「君の覚悟は解った。これからも、君は君の道を歩め。私達は、何があろうと君の味方だ。1人では無理な事が起きたら必ず言いなさい。時間は掛かるだろうが、必ず応援に向かう」
その言葉がどれだけ勇気をくれたか…。
「それは遠慮するかな」
「おい!」
俺の言葉にボルグがツッコミを入れ、ブライトとディーンが笑った。
此処に来てから結構笑っている気がする。
それを楽しいと感じる反面、少し寂しくも想えた。
これからどうするか。
真剣に考えなくてはならない。
その切っ掛けを与える何かは、もうそこまで迫っていた事に、俺は気付きもしなかった…。
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