第22話
文字数 6,572文字
目的地まで数時間という時。
時刻は3:45。
警報が鳴り響き[総員に告ぐ!]と声がした。
[前方に敵艦反応有り!総員戦闘配置に着け!繰り返す!総員戦闘配置に着け!]
その声に離れて座っていた乗組員、仲間達が一斉に立ち上がって談話室を出て行き、無言でアルフォードが歩き出し、僕等もその後に続く。
通路を駆けて行く者達にぶつからないよう、アルフォードが向かったのは甲板だった。
船首へと向かい、前方へ視線を向ける。
前方に微かだが4つの艦影が見えた。
白夜の為、まるで昼間のように明るい。
「や…い……たな」
「え?」
荒波と鳴り続けている警報でアルフォードの言葉が聞き取れなかった。
僕の問いに答えず、アルフォードは無言で前方を見据えている。
「俺達は準備を済ませる」
「…あぁ。そうだな」
言ってアルフォードが先に駆け出したクオーレを追い、僕等も後に続く。
通信が入り、確認すると、相手は前を走るアルフォードだった。
警報が煩いため、通信で話す事にしたのだろう。
通信を繋げると、少ししてアルフォードが[敵艦の数は4隻]と話し始めた。
[数ではこっちが勝っているが、戦力で見れば互角。油断は出来ない]
視界に敵艦のタイプが表示される。
ヴェータに似ているが、副砲の数が2つ多く、船体も大きい。
砲塔が2つしかない物が有る事が気になる。
[何処からアレを貰ったのかしら]
言ったのはライラだ。
[さぁな。厄介なのは確かだ]
クオーレが苛立った声音で返す。
[俺も出る]
アルフォードの言葉にライラが[解っているわ]と頷く。
[そうでないなら、アレを持って来る理由が無いもの]
[まさか、本当に使う事になるなんて思っていなかったさ]
何の話をしているのか解らないけれど、アルフォードの少し哀しげな表情を見る限り、本当に使いたくは無かったのだろう。
[…こちらの作戦と、味方のコードを送るわ。間違っても、味方を撃ち落さないでよ?]
[そんなヘマはしないさ。多分な]
アルフォードの最後の言葉は、笑っているので冗談だと解る。
[それじゃあ、上がった後の指揮はアルに任せよう]
ヴィントが楽しげな声音で言う。
[え~。飛行部隊はヴィントの指揮下だろ。どうして俺が…]
面倒臭がるアルフォードにヴィントが[お前が指揮を執った方が良いだろ]と言い返す。
[そっちの声はこっちにも聞こえているから、何かあればサポートする]
念を押されて[解ったよ]と頷くのを聞くと気の毒になったが仕方無いとも思ってしまう。
[それじゃあ、私は仕事に集中するから]
そう言ってライラが通信を終える。
「はぁ~」
深い溜息を吐いたアルフォードにクオーレが「頑張れ」と笑いながら言って肩を叩く。
「指揮するのは苦手なんだよ」
「知ってる」
ヴィントまでも笑って言う。
「この前、大勢の前で話したんだから、指揮するなんて簡単だろう」
笑うクオーレにアルフォードが「あれは仕方無くだ」と言い返す。
「今回も"仕方無く"で任せた」
「はぁ~」
二度目の溜息。
どれだけ指揮を取りたくないのか。
数分後、僕等は船尾側のバンカーに到着した。
そこに在ったのは20機を越すステルス型の戦闘機。
天井の一部が開き、そこから1機ずつ飛び立って行く。
その場で浮上する事が出来るタイプだから可能な発進方法だ。
「お前達は待機しておけ。時々揺れるかもしれないから、何かに捕まっておけよ」
言ってアルフォードが並んでいる戦闘機の方へと駆けて行く。
駆け寄った場所に在ったのは黒い機体。
「退避!」
整備隊員の声に急いで入って来たドアへと戻り、小窓から中の様子を覗う。
他の機体よりも先に、水平のまま浮上し飛び立ち、その後に他の機体が続く。
「俺達は待機しておくぞ」
クオーレに言われ「はい」と返事をし、通路を船尾側に向かって歩き出した。
どれくらい時間が経ったのか。
[本艦は間もなく予定の海域に到着する。上陸部隊はハッチが開き次第出撃]
ボートは8隻。
1隻のボートに13人が乗っている。
このボートは底にタイヤが隠れており、陸に上がると車両として使用する事が出来る。
言わば水陸両用という事だ。
初めて北極を見るというのに、こんな形になるとは。
「これを持っておけ」
クオーレが言って中央に置いていた袋の中から何かを取り出してナイト達に渡した。
渡されたのは先端にフックの付いたワイヤーだった。
何故なのかは解らないが受け取ってサイドパックの中に仕舞う。
少しして、アラートが鳴り響き、ゆっくりとハッチが開き始める。
開ききるのと同時に、ボートの選定を固定していたフックが外され、ボートは外へ滑り落ちるように放り出される。
それと同時にエンジンを掛け、上陸予定地へと全速力で向かう。
波によって跳ねようと、スピードを落とす事は無い。
皆、姿勢を低くして振り落とされないようにしている。
頭上を何かが飛んで行く音がしても、顔を上げる事が出来ない。
ボートが陸に乗り上げ、自動でタイヤが出され、目的地へと進み始める。
顔を上げて辺りを見渡す。
夏にも関わらず白い地面が広がっている。
視界端の気温表示はマイナス20度。
ふと、白い地表に灰色の何かが見えた気がした。
拡大して確認する。
「あ…」
思わず小さな声を漏らしてしまった。
その声に気付いたクオーレが視線の先を見て「あぁ」と呟く。
そこに生えていたのは骨組みだけとなったアンドロイドの腕だった。
手首から上が無い腕…。
此処でアンドロイドの開発が行われていた事を考えると、遺体が転がっていてもおかしな事ではない。
この下にどれだけの数が埋まっているのだろう。
どれだけの犠牲を出して、人間は進化をしようとしたのだろう。
考えても答えなど出ない。
次第に岩が増え、悪路に変わる。
前方に丘らしき雪山が見えた。
それとほぼ同時に、丘の向こう側から何かが飛んで来た。
ボートの方向を変える暇は無く、全員がボートから飛び降り、近くの岩陰に身を隠す。
飛来した物はボートに直撃し爆発する。
「何だ今の」
隣のカイルが呟く。
恐らく飛んで来たのはミサイル。そして、無音だった事を考えると…。
「フライキング」
あの時、アルフォードの腕を吹き飛ばしたロケット弾。
再び丘の向こうから幾つか飛んで来るが、方向が解っていれば楽に躱せる。
[行くぞ]
通信でクオーレが言い、全員が丘を目指して駆け出す。
ミサイルを躱しながら丘を登りきると、前方に大きな建物が見えた。
見た目は四角く、窓は付いていない。
一階部分には大きなシャッターが二つ有り、二階部分には小さなシャッターが三つ。
それらのシャッターが開く。
一階から出て来たのは、キャタピラーの付いた戦車。
二階からは小型のドローン。
ドローンの数はざっと30を超えている。
戦車は10。
[全員その場で待機!]
クオーレの指示に皆が岩陰に身を隠すと、頭上をステルス機が通過した。
低空飛行に身を屈めて突風に耐え、風が止み、機体を見る。
まるで闇のような漆黒のステルス機。
それは間違いなくアルフォードの機体だ。
両翼のしたからミサイルよりも小さな物が放たれてドローンを撃ち落とし、続けざまにミサイルが放たれて戦車を撃破。
残った数弾が建物に被弾し、爆発して煙が上がる。
旋回して降下して来たステルス機が地表間地かで反転し、コックピットのハッチが開き、乗っていた人物が飛び降りるのが見えた。
無人となったステルス機が飛び去る。
「無茶しやがって」
クオーレが言って駆け出したのを見て、皆も後に続く。
ステルス機を降りたアルフォードはこちらを一瞥したものの、待たず建物へ駆け出す。
ほぼ同時に煙の中から戦闘用アンドロイドが出て来た。
アルフォードが1人に飛び掛かって頭部を掴む。
「アァアアアアア!」
掴まれた相手が悲痛な叫び声を上げた瞬間、他の戦闘用アンドロイドも苦しみ出し、数秒で地に倒れた。
あの時と同じ。
アルフォードが干渉し、アンドロイドをショートさせたのだ。
「アル!」
駆け寄り、呼んだナイトの方をアルフォードが一瞥し「無事か」と言う。
「向こうは大丈夫なのか?」
クオーレが海の方へと視線だけをやって問う。
「戦闘機は落とした。後はライラに任せる」
言ってアルフォードが駆け出し、ナイト達も中へ入った。
「お前が居た時もこんな建物だったのか?」
隣を走るクオーレが問う。
「いや。全く違う。恐らく、アンドロイドを使って作り替えたんだろうな」
言いながらアルフォードが正面に見えたエレベーターの扉を強引に開く。
中には何も無く、昇降用のワイヤーと壁。
下は何処まで続いているのか解らない。
「此処からは分かれて進むぞ。お前はいつものメンバーと行け」
アルフォードがクオーレを見て言い、クオーレが「了解」と珍しく隊員らしい答え方をした。
「お前達には二班に分かれて貰う」
次にナイト達を見て言う。
「ナイトとカイル。お前達がそれぞれ班の隊長だ。班分けは任せる」
「解りました」
ナイトよりも先にカイルが言う。
「内部がどうなっているのかまだ解らない。解り次第データを送るが、もしかしたらジャミングなどによって不可能かもしれない。その場合に備えて地図の作製はしておけ」
「了解」
皆が声を揃えて応え、それを聞いてアルフォードが僅かに頷き返し「行くぞ」と言って昇降用ワイヤーに飛び付いて降りて行き、ナイト達も続いた。
生身の人間だったら絶対に出来ない。
途中、クオーレがフックの付いたワイヤーを使って横壁に飛び移り、扉を開け、部下達が後に続き降りた。
渡されたのはこの為の物だったのかと理解する。
降りた者達は何も言わない。
作戦中なのだから当然だが、ナイトは少し寂しく感じた。
その後、扉を二つほど過ぎた時、カイルとミクが仲間数名と階に降りた。
[気を付けろよ]
カイルが通信でナイトに言った。
[君もね]
ナイトの返しにカイルが[ははは]と短く笑う。
ナイトも自然と笑みを浮かべていた。
カイル達が降りた階から二つ下がった所でナイトとノエル、他の仲間達も降りたが、アルフォードは降りなかった。
「アル!」
驚き呼んだナイトの声に止まらずアルフォードの姿が闇に消える。
[1人でなんて無茶だ!]
通信で言っても返答が無い。
「スワラ!キハ!ディーネ!アルと一緒に[俺は1人で構わない]
三人にアルを追わせようとしたのをアルフォードの通信が遮った。
[相手の数も解らないのに単独で進むなんて無謀だ!]
[俺の事はいい]
アルフォードの言葉に、ナイトは初めて言い表せない感情が湧いた。
だが、答えは直ぐに出た。
怒りだ。
彼が強い事は解っている。
1人でも大丈夫かもしれない。
それでも…。
[アルさ…。自信過剰過ぎない?]
怒りで握った拳が震える。
[自分一人で大丈夫?そう言って今まで何度怪我をしたの?詳しい事は聞いてないけど、そうやって闘って暴走した事が有ったんじゃないの?]
アルフォードは何も言わない。
それが尚腹立たしい。
ふと腕に誰かが触れた。
視線を向けると、ノエルが真剣な眼差しでナイトを見ていた。
仲間達もナイトを見いる。
皆、ナイトが何を考えているのか解っているように頷く。
それを見てナイトは深く息を吐き、吸い込んで仕舞わずにいたフックショットを握りしめた。
[1人でなんて行かせないからね]
言ってナイトは仲間達の方を向いた。
「ノエル。悪いけど「私も行く」
言葉を遮ったノエルがフックショットを手に持つ。
何を言おうとノエルは付いて来るつもりだ。
「解った」
頷いて再びナイトは仲間を見た。
「キハ。悪いけど指揮をお願い。今の所は通信出来るけど、もし通信出来なくなっても焦らないで。目的が解っていれば迷子になる事は無いから」
キハと呼ばれた女性が口元に笑みを浮かべ「えぇ。任せて」と応える。
「それじゃあ…行こう」
言ってナイトは昇降用ワイヤーに飛び付いた。
ノエルが後に続く。
恐らくアルフォードはもう最下層に到達しているだろう。
追い付いたら何を言おう。
一発くらい殴っても怒られないだろうか。
そんな事を考えながら、ナイトは何処まで続いているか解らない闇を、ワイヤー伝いに降りて行った。
少し降りてエレベーターの天井が見えた。
降りて整備用に取り付けられたハッチ部分のロックをハッキングして開き、敵がいないのを確認して中へ入り、扉を開ける。
侵入している事に相手は間違いなく気付いている。
それなのにまだ敵兵が来ないのはどういう事なのか。
嫌な予感がしながらも通路に出る。
―どうしてお前はそうやって1人で闘う!
そう言われたのは何度も有る。
それは心配してくれているからだと解っていても、それでも1人を選んで来た。
―自信過剰過ぎない?
そういう訳ではない。
巻き込んで怪我をさせてしまうかもしれないから…。
以前暴走した時、気が付くと周りには敵の死体と、傷だらけの仲間達がいた。
何が起きたのかは自分の体を見て直ぐに解った。
両腕の袖が破け、そこから見えた腕が、腕ではないような色をし、まだ別の生き物のように蠢いていたからだ。
脳内でエラーを知らせる音が鳴り響いて止まらなかった。
怯えたように仲間達が自分を見ている。
―化物だ。
そう呟く者も居た。
―アル…。
心配するような、哀し気な顔でクオーレが手を差し伸べて来たけれど、その手から逃げるように歩き出した。
そんな俺を誰も止めはしなかった。
1人ゆっくりと歩きながら、焼け野原となった周囲を見渡す。
冷たく、怯えた視線が向けられる。
言い表せない感情が溢れた。
本当は立ち止まり、座り込み、声を上げたかった。
こんな事をしたかった訳ではない。
仲間を傷付けたかった訳ではない。
誰も傷付けたくないから、戦う時は1人を選ぶようになった。
―アイツなら一人で大丈夫だろ。
―アレはもう化物だ。
―化物と一緒にいるなんて無理だ!
そう言われた事だって有る。
「はぁ…」
溜息を吐き、ずっと愛用している銃を抜く。
見た目は黒いデザートイーグルのこれを作ってくれたのはメディスだ。
『…行こう』
握り締めて駆け出す。
どうやら内部は殆ど変わっていない。
通路はそのまま使用しているようだ。
これなら地図を作製するまでもない。
流石に階層の数は変わっていた。
今いるのは地下8階。
クオーレは2階、カイル達は4階、ナイト達は6階で降りた。
今は此処が最下層という事は、あの男がいるのは管理室。
北極に点在する施設の情報と管理システムの中枢ともなっている場所だ。
各施設にも管理室は存在する。
それでも総合管理を此処で行っていたのは、情報を統一する為でもあった。
そのシステムをそのまま利用しているのだろう。
正面の曲がり角から足音が聞こえ、ライフルを持った者達が現れ、銃口が向けられた。
合図も無く無言で引き金が引かれ、壁際に寄るのと同時に此方も反撃し、そのまま壁沿いを進み、反対の壁へ飛び、銃口が向けられる前に先頭のアンドロイドに掴み掛る。
視界に文字が表示される。
それをでたらめに書き換える。
これだけで相手は機能を停止してしまう。
それと同時に近くの者達に通信を使用してハッキングし、同様にシステムを停止させる。
これくらいの事なら簡単だが、稀に通用しない事も有る。
「あっぶね~なぁ!」
言うなり残った1人が切り掛かって来た。
こういうタイプだ。
躱して距離を取るも、相手は直ぐに掛かって来る。
蹴りを躱し、ナイフを空いた左手でナイフを取り出して腹部を狙うも、相手が躱して距離を取った。
ハッキング攻撃が通用しないタイプ。
それは、この人物のように意思が有るにも関わらずそれを隠しているタイプだ。
「対策はしてたが、今のはちょっと痛かったぞ」
言って男が髪を掻き上げてニヤリと笑い「驚かないんだな」と言う。
「お前みたいな奴には嫌ってほど逢ったからな」
「そうか」
言って男が構える。
「そんじゃあ……楽しもうぜ!」
こういう時、ふと思う。
自分は多くの者を殺した。
いずれ自分も死ぬ。
その時、自分は何を遺せるのか…と…。
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