第30話
文字数 3,344文字
大変な事も有ったけれど、これが子供なんだと笑えて、初めての経験をした。
此処に預けられるのは、今は孤児ではないとアルフォードから聞いた。
親が仕事で暫く留守にしたり、夜まで預かるだけらしい。
近くの子供に寂しくないのか問うと、子供は笑顔で「全然寂しく無いよ」と答えた。
此処には五歳から八歳くらいの子供が多い。
たまに十代の子が手伝いに来るらしいけれど、今日はいなかった。
「ふぅ…」
1人二階の中庭に面したバルコニーで一息吐く。
下が広間で、微かに子供達とクオーレが騒いでいる声が聞こえる。
「お疲れ」
声がし、振り返るとアルフォードがコップを手に立っていた。
隣に立ち、1つをナイトに渡す。
コップの中身はコーヒーだった。
アルフォードが煙草を取り出すのを横目で覗っていると、気付いたアルフォードが苦笑した。
「自室以外で吸えるのは此処だけ」
「そうなんだ」
ならなぜ此処に来たのか。
両腕を柵に乗せてコーヒーを一口飲む。
アルフォードは手摺の上にコップと携帯灰皿を置く。
「あの子達は…普通の人なんだね」
「あぁ。下の町で暮らしているのは人が多いからな。今では珍しくアンドロイドの方が少ない」
言ってアルフォードが煙草に火を点ける。
何か話が有って来た訳でも無さそうだ。
ナイトも今、これと言ってアルフォードに訊きたい事が無い。
無言の時間が続く。
子供達と遊んだりしていたらすっかり夕方だ。
ふと車のエンジン音がし、二台の車が通りに停まるのが見えた。
家の方から子供が出て来て、車から降りた人物に抱き付く。
どうやら親らしい。
「此処は元々養護施設なんだよね?」
ナイトの問いにアルフォードが「あぁ」と答える。
「それなのに子供が預けられているのって…どうして?」
通りの人物がナイトとアルフォードのいるベランダの方を見て手を振り、アルフォードが手を振り返すと、子供を車に乗せて帰って行った。
「メディスが死んでから、俺達で此処の生活費とかを払っていたんだけど、施設を出て就職した子供達が代わるって言って、それから元孤児の子達が此処を守ってくれるようになって、それから少しずつ養護施設というよりも託児所みたいになって、最近ではもう孤児よりも親のいる子達の方が増えた」
それは良い事だと思う。
アンドロイドに親などいない。
作った人物を親と呼ぶなら、ナイトは親の顔を知らない。
戦闘用アンドロイドを開発している人物が誰なのか…。
「自分を作った奴に会いたいか?」
「え?」
まるで心を読んだかの問い掛けにナイトは驚いた。
「また勝手にハッキングした?」
ナイトの問い掛けにアルフォードが笑う。
「そんな事しないさ。プライベートにまで干渉しないって決めてるし。ただ、お前の顔がそんな感じだったから訊いただけ。まぁ、気のせいだったら悪かった」
「別に悪くはないよ」
言ってもう一口コーヒーを飲んでから一息吐き、ナイトは空を見上げた。
夕日に染まる空を見るのは何度目だろう。
「グレイクさんとアカネさんの事なんだけど」
そう口にすると、アルフォードから漂う空気が変わった。
怒っている訳ではない。
表情は変わっていないけれど、どこか寂し気な感じがする。
「二人の墓はディオートの奴等に頼んだ。二人の家はディオートだからな」
声音もいつもと変わらない。
二人の一部でも拾う事が出来れば良かったのだけれど、湖に沈んでしまったうえに、レーダーなどで探しても、何も見付ける事が出来なかった。
横目でアルフォードを覗う。
仲間を失っても彼は泣かない。
それを誰かは〝冷たい奴だ〟と言うだろう。でも、泣かないだけで辛くない訳ではない。
ナイトはそれを知っている。
こうして誰かの事を考えている時、彼はとても哀し気な目をしているから。
「軍上層部から何か伝令は有ったのか?」
アルフォードが話題を変える。
「何も。自宅謹慎とかも言われてないから、いつも通り仕事はしてるけど、何も言われない事の方が少し怖いかな」
「そうか。まぁ、人数が人数だ。辞めさせたとしても補充して上手く回せないっていうのもあるんだろうな」
「アンドロイドの補充なんて簡単でしょ?」
「最初の戦闘用アンドロイドは簡単な戦闘プログラムしか持っていない。何回も戦闘を行う事で学習していくんだ。お前だって初めから何十人も相手に戦えた訳じゃないだろ?」
言われてナイトは配属された時の事を想い出した。
確かに最初は2人か3人を相手にするのがやっとだった気がする。
「しかも今回俺達に手を貸してくれたのはそこそこ階級が上の奴等ばかりだ。そんな奴等を全員辞めさせたら戦力を削ぐ事になるし、戦闘用アンドロイドだってタダじゃない。一体につき何百万もする。人数にすると…考えたくもないな」
「そんなに高いの?」
驚くナイトにアルフォードも驚いて目を丸くし「知らなかったのか?」と言う。
「考えた事も無かった…」
「マジかぁ…」
言ってアルフォードがコップを手に取り一口飲む。
「アンドロイドってそんなに高いの?」
ナイトの問いにアルフォードが灰を灰皿に落とし「一般に売られているアンドロイドはそんなに高くないさ」と答える。
ネット回線を開いて調べてみると、出て来るのは一般に売られているアンドロイドのみ。
それもそうだ。
戦闘用アンドロイドを一般が買える訳がない。
「まぁ、上から何も言われないなら続ければ良い」
「…うん」
辞めるつもりなど無い。けれど、辞める事になったらどうするか。
戦う事しか知らない自分が出来る事など解らない。
ネットでシステムをダウンロードすればやるのは簡単だ。
料理だってなんだって出来る。
けれどそれで良いのだろうか。
「アルは料理出来るの?」
「なんだよ突然」
「気になって」
アンドロイドはダウンロードさえすれば何でもできる。
それなら義体のアルフォードはどうなのか気になったのだ。
「俺はお前達みたいに料理機能のダウンロードは出来ない。けど、やろうと思えばできる」
どういう事だろう。
「つまり?」
「出来るけどやらない」
「たまにはやってあげなよ。いつもはリアナさんがやってるんでしょ?」
言われたアルフォードが「ん~」と渋る。
そんなに料理をするのが嫌なのか。
―キィ…
後ろでドアが開く音がし、見るとリアナが笑みを浮かべて立っていた。
「アル。グレンさんが呼んでるよ?」
「知ってる」
「メッセージ無視してるんでしょ」
リアナの言葉にアルフォードが溜息を吐く。
「行って来る」
「はい」
言ってアルフォードは携帯灰皿をポケットに仕舞い、コップを手に中へ戻って行った。
リアナが先程までアルフォードが立っていた場所に立つ。
こうして見ると、自分達と同じアンドロイドにしか見えない。
「アルは…迷惑を掛けませんでしたか?」
リアナの問いに、ナイトは苦笑して「迷惑を掛けているのは僕等の方です」と答えた。
「でも今回、また1人で無茶をしたんですよね?クオーレから聞きました」
確かに彼は無茶をした。
けれど…。
「その件に関しては注意したし、本人も反省しているので、もう僕は何も言いません」
ナイトの言葉にリアナが「ふふ」と小さく笑った。
「私…こんなに仲間と呼べる人達が増えるとは思っていなかったんです」
静かにリアナが話す。
「最初は私とアル、メディスさんとあと2人だけで、自己を持ったアンドロイドと関わるようになって、気が付いたら付いて来る人達が増えて…。それでも、心から仲間と呼べる人達は少なかった。皆、プログラムされたみたいに〝アルフォードさんがやるなら〟と言っていて。それをアルは気にしていた頃も有ったんです」
「そうなんですか…」
意外だ。
アルフォードはそういうのを気にしないタイプだと思っていた。
「今は、心から仲間と呼べる人達と一緒で、アルが楽しそうで嬉しいんです。私も楽しいし…。楽しいばかりではないんですけど」
言ってリアナがナイトを見る。
「これからも、アルの事を宜しくお願いします」
その言葉にナイトは笑みを返して答えた。
「はい。また無茶をしようとしたら僕が殴るので安心して下さい」
ナイトの返答にリアナが笑う。
ナイトもつられて笑った。
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