第14話
文字数 3,020文字
言ってアルフォードが頭を掻く。
味わった苦痛は、経験した者にしか解らない。
それでも、どうして彼が二度と行きたくはないと思ったのかは解る。
「・・・それから、アルはどうしたの?」
僕の問いに、アルフォードは苦笑した。
「話した通り、放浪生活してたんだ。出来るだけ変わらずアンドロイドと人間が争わず、共存している町を選んでいたけれど、年月が経つに連れて、そういう場所も少なくなっていって、生きずらくなっていった」
「その途中で俺達と出逢った」
クオーレが言い、アルフォードが頷き返す。
「集団心理っていうのは、事によっては紛争に発展する。それがあの戦争だ。誰かの"アンドロイドは排除するべきだ"という考えが、誰かの恐怖心を煽り、煽れられた人間達が集まって攻撃をする。そうなると、話し合いだけでは終わらない戦いが続くんだ」
「そんな中で、お前は中立な立場を護っていたじゃないか」
クオーレの言葉にアルフォードは「中立でいたつもりはない」と答えた。
「自分が認めたくない事に首を突っ込んでいただけだ」
アルフォードの事だから、嘘は言っていないのだろう。
僕には"認めたくない事"が解らない。
生きているという感覚も、感情というモノも、本物なのか解らない。
それでも"生きている"や"生きていたい"と言えるようになったのは生きて来たからだ。
「アルの認めたくない事って・・・何?」
僕の問いにアルフォードは意外にも困った表情で頭を掻いた。
「訊かれても困るな。ハッキリとしたモノなんて無いから・・・」
言ってアルフォードがまだ治りきっていない腕を見る。
色は死人のように青白いが、それでもそれは"腕"の形に落ち着いたようだ。
「あの時代は狂ってた。誰かが"アンドロイドだ!"や"人間だ!"と騒げば簡単に殺し合いが始まるほどに」
クオーレが俯き、手を組んで言う。
その手には力が入り、苛立っているのが解る。
「俺が買われたのは普通の農家だった。人手が足りなくて、中古で売られていた俺を買った家主は優しい人だった。一緒に働いているのはその人の親族で、その人達も優しかったよ。それなのに・・・俺がアンドロイドだってだけで、人間が襲って来たんだ」
僕が造り出された時は、既に人間とアンドロイドの戦いは終わっていた。
いや、正しくはまだ終わっていないけれど、戦争にまで発展する大きな争いは起きなくなっていた。
だから、アルフォードやクオーレの見て来た世界が解らない。
それでも、どれだけ辛い事なのかは解る。
「近くの町まで逃げたが、そこも地獄みたいな状況だった。死を覚悟した時に・・・こいつが現れたんだ」
言ってクオーレが隣のアルフォードを一瞥する。
「あの時は死神が現れたと思ったな」
「出逢って早々"殺せ"って頼まれるのは何度も有ったけど"助けてくれ"って言われたのは初めてだったな」
クオーレの言葉にアルフォードが苦笑して返す。
「言うな…」
呟いてクオーレが項垂れ、その耳が赤くなっている。
クオーレにとっては恥ずかしくて想い出したくない事なのだろう。
隣でアルフォードがクスクスと笑っている。
「くっそ!」
苛立ったようにクオーレが吐き捨てて立ち上がり、何処かに歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を眺めながらアルフォードが笑う。
からかって遊んでいたのだろう。
「俺も少し歩いて来るかな」
言ってアルフォードが立ち上がる。
「此処には、少し狭いが訓練場が在る。体を動かすならそこを使え」
「解った」
頷き返した僕に、アルフォードは笑みを浮かべ、片手を上げて歩き出す。
見ているだけでは、どれだけの事を背負って来たのか解らない。
「あの人は…本当に強いな」
カイルの呟きに僕は「そうだね」と頷き返した。
「私も、少し中を見て来ようかな」
「私も!」
ノエルの言葉に、ミクが手を上げて続く。
「解った。何も無いとは思うけど、気を付けてね」
ノエルとミクが「はい」と頷いて歩き出す。
2人が談話室を出て行くと、カイルが「あの2人って姉妹みたいだな」と笑いながら言った。
確かに並んで歩いていると姉妹に見えなくもない。
僕は微笑んで「そうだね」と頷き返した。
広大な海を進む艦隊は圧巻だ。
太陽が水平線から頭を覗かせ、辺りが朝焼けに染まっている。
それを綺麗だと思うのはおかしい事なのだろうか。
アンドロイドではなく、生身を持つ人間だったら当然の感情なのだろう。
海の上だからといって油断は出来ないと解っているが、それでもなかなか見られない光景に目を奪われていると、後ろでドアが開く音が聞こえた。
振り返ると、甲板に出て来たアルフォードと目が合った。
「お前も風に当たりに来たのか?」
クオーレの問いに、アルフォードは視線を逸らし「まぁな」と答えた。
隣りに立ち、連なる戦艦へ目を向ける。
アルフォードと出逢ってから、色々な事を考えるようになった気がする。
出逢うまでの自分が異常だと思うくらいだ。
「俺達と出逢うまで、お前はどうしていたんだ?」
今なら話してくれるかもしれない。
願いが届いたのか、アルフォードが戦隊を見据えたまま「今とあまり変わらない」と呟くように答えた。
「いや。今とは違うな。あの頃は仲間なんていなかったから」
言いながらアルフォードが手摺りに両腕を置く。
「あいつ…リアナには辛い思いをさせていたと思う。一目でアンドロイドだとバレそうなくらい肌が白いから、安全な町だとしても家から出ないようにさせていたし…」
ずっと話さないようにしていた反動だろうか。
一度話し始めたからか、アルフォードは誤魔化す事も無く話す。
「出来るだけ大人しくしようとしていても、あの頃は至る所で争いが起きていて、無関係ではいられなかった。人間同士の争いや殺し合いが減った代わりに、人間とアンドロイドが殺し合っていて、世界情勢は悪化して、何処にも正義なんて存在していなかった」
言ってアルフォードが一息吐き、寂しげな瞳で海を見る。
「戦場に立って、何か言ったとしても「お前も人殺しだ」という一言で終わる。一度でも罪を犯した者の言葉は誰にも届かないんだと思った。だから、出来るだけ戦地に立つ事の無い者に託す事にした」
「託すって…何を」
「言葉による変革…かな」
言ってアルフォードが苦笑する。
これは照れ隠しだ。
真面目な話しをしようとしないのは、それを恥ずかしい事のように感じているからだろう。
何も恥ずかしい事ではないのに…。
「さっきも言ったけど、一度でも罪を犯した者の言葉は誰にも届かないんだ。人殺しっていう一言で掻き消される。だから、戦わずに、言葉で変えてくれる存在を増やそうとしていたんだ」
言ってアルフォードが横目でクオーレを一瞥した。
「まだ時間は有るし、もう少し昔話をしよう」
ポケットから、今では珍しい煙草を取り出し、Zippoで火を点ける。
「施設を出た後、俺とリアナは出来るだけ人間とアンドロイドに関わらないように町を渡り歩いた。行く先々で人間とアンドロイドが争っていて、その度に巻き込まれては戦っていた」
風に煙が流れて消える。
それを見つめながらアルフォードは昔の事を話し始めた。
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