第23話
文字数 3,190文字
汗だ。
冷や汗というモノだろう。
本来、アンドロイドには必要の無い物だ。
人に近づける為の機能だとしても、本当に必要だったのだろうか。
「お前に構ってる暇は無い」
低い声と共に、黒い霧が男の視界を奪い去った。
そこで男は理解する。
自分の感じたモノが[恐怖]だったという事に。
そして、黒い霧の正体に気付くのも遅かった。
思考をフル回転させていたにも関わらず、それは数秒で躰の自由を奪っていたのだ。
目の前に居るのは、人間でも、アンドロイドでもない。
「化物が」
男の最後の言葉に、闇の向こうへ姿が消えた相手はどんな顔をしたのだろう。
全てが消え失せた。
男や、他のアンドロイドが居た事など無かったかのように…。
一体何が有ったのか。
状況が理解出来ず、僕とノエルは呆然と立ち尽くしていた。
チラつく何かが消えていく。
至る所に戦闘の痕跡が有り、合流する数分前まで戦闘音がしていた為、彼が戦っていた事は確かだ。
合流したら一発くらいは殴ってやろうと思っていたが、そんな事を忘れてしまっていた。
戦闘の痕跡が有るにも関わらず、敵の姿が何処にも無い。
1人佇む人物、アルフォードがゆっくりと息を吐き、横目でこちらを見た。
『あ』
息を飲んだ。
アルファードの眼が紅く光っている。
機械特有のとでも言おうか。
それなのに何故だろう。
それよりも遥かに怪しく、恐ろしいモノに見えてしまうのは…。
「此処で何があったんですか?」
ノエルの問いにアルフォードは顔を逸らし「何も」と呟くように答えた。
何も無かった訳がない。
だが、問い詰めようと彼は答えないだろう。
「色々と言いたい事は有るけど……先を急ごう」
僕の言葉に、アルフォードは何も言わずに駆け出し、その後に2人が続く。
少し進むと扉が見えた。
鳥や草木が描かれた立派な扉だ。
顔を見合わせて、僕が頷くと、アルフォードか頷き返して扉を蹴破った。
正面に設置された巨大なモニターの明かりだけで照らされた薄暗い室内。
モニターの前に立ち、こちらに背を向けいる人物が「本当に君は化物だな」と言う。
その声は間違い無くヴァイスだ。
「漸く願いが叶う」
言いながら振り向いたヴァイスの顔は、半分が皮を失い、内部が露わとなっていた。
「僕は…ずっとこの時を待っていた。いや、頑張っていたんだ。この世からレジスタンスを消すため―」
ヴァイスの言葉が途切れる。
言い終わる前にアルフォードが飛び掛かったのだ。
顔面に向かって飛び蹴りを食らわせ、襟首を掴んでモニターへ投げ付けた。
ガラスが割れるような音と共にモニターが割れ、ヴァイスが床に倒れる。
「酷いなぁ…。人の話は…最後まで…聞けよ!」
ヴァイスが怒鳴ると、部屋の天井、四方から赤いレーザーが放たれ、それが全てアルフォードに向くと、銃弾が発砲された。
慌てる事も無く、アルフォードは弾丸を躱してヴァイスに向かって行く。
「ノエル!」
僕の声にノエルが「解っています!」と応え、ほぼ同時にハンドガンを手に取ると、四方に設置されている狙撃機を撃った。だが、それは銃弾を弾き、今度は僕等を狙う。
「無駄だよ。それには特殊な金属を使っているんだ」
「へぇ」
ヴァイスの言葉に、アルフォードが興味無さげに返し、黒い銃を抜くと、天井に向かって引き金を引いた。
普通のハンドガンとは違う、独特な音と共に発射された銃弾は、いとも簡単に天井の銃機を撃ち抜いた。
「コイツなら問題無さそうだ」
今までにも驚く光景を見て来た。
その度に言葉を失う。
「は……ハハハハハハ!」
唐突にヴァイスが笑い出し、見ると彼はゆっくりと立ち上がっていた。
「そうか…君は知っているんだったな。此処で作られた物を」
ヴァイスの言葉にアルフォードは何も言わずに銃口をヴァイスへ向ける。
「…真っ直ぐな目だ…。迷いの無い…」
割れたモニターに背を預けてヴァイスが話し始める。
それは今までに聞いた事も無い程哀し気だった。
僕がそっと右の方へ動き始めると、ノエルは反対側へ移動した。
そんな僕とノエルに気付きながらも、ヴァイスは「君は…時に僕等よりもアンドロイドのような行動を取るね」と言葉を続ける。
「あの時…僕から全てを奪った奴等も…同じ目をしていたよ。何の感情も無く、ただ敵と定めたモノを殺すだけの…人形の目を」
「奪われた?」
僕の問いにヴァイスが「そうだよ」と、声は哀し気なのに、口元に笑みを浮かべて答え、真っ直ぐアルフォードを見据え、息を吸い込み叫んだ。
「レジスタンスは殲滅する!これ以上誰かが大切なモノを失わない為にも!その為にも、嘗て失われた兵器を復活させたんだ!そして、そのレジスタンスを動かしているのはお前だ!」
再び天井の一部が動き、後方、入口付近に先ほどの銃機よりも僅かに大きな物が現れた。
「全ての元凶はお前だ!お前がいなければ、あいつは死ななかったんだ!」
「なら貴方は!」
ノエルが叫び、銃口をヴァイスへ向ける。
「貴方はアルフォードさんを殺す為だけに、多くの人達を犠牲にしたんですか!」
「コイツに味方する奴等は全員敵だ!全て殺さなければ…終わらないんだよ!」
ヴァイスが叫ぶのと同時に、現れた二機が火を噴いた。
連続する銃声と共に放たれた銃弾が僕等目掛けて飛来する。
いつもなら銃弾を躱すなど簡単だが、それは今までの物よりも発射速度が速く、思考が〝回避不能〟という回答を出したコンマ数秒の間に、放たれた銃弾は目前に迫っていた。
機械の計算よりも銃弾速度が速いなど初めての事だ。
『しまっ―』
咄嗟に目を閉じる。
躰に銃弾が食い込み、貫通するのを想像する。
今の起動を考えると、間違い無く頭部は損傷するだろう。
全身に銃弾が当たり、まともに立つ事も出来なくなる。
その後はどうする。
ヴァイスが何故レジスタンスの殲滅などという事を考えたのか聞いていない。
「アンタの言う〝あいつ〟ってのが誰なのか知らないが」
アルフォードの声に、そっと目を開けると、視界が暗かった。
いや、違う。
暗いと思ったのは黒い霧のような物が僕を包んでいるからだ。
少ししてその霧が蠢き、ゆっくりと移動を始める。
それが集束して行ったのは、アルフォードの右腕だ。
アルフォードの右腕、肩から先の内部が露わになっており、黒い霧のような物がそれを覆い、腕の形へと変化する。
「大切なモノを失ったのは自分だけだと思ってるのか?」
言いながらアルフォードがヴァイスの方へと歩き出す。
「レジスタンスさえ現れなかったら死ななかったんだ!レジスタンスさえ!お前さえ現れなければ!お前が殺したのも同然なんだよ!」
喚くヴァイスに、アルフォードは冷めた目を向けたまま、銃を持つ手を上げる。
「…っ!」
ヴァイスが自分に向けられた銃を見て息を呑む。
「アンタは手段を間違った。失う辛さを知っているなら…」
―バァアン!
独特な音を立ててアルフォードの持つ銃が一発の弾丸を放つ。
放たれた銃弾は一瞬にしてヴァイスの眉間を抜けた。
アンドロイドに使用されるPOBが散り、ヴァイスの躰が崩れ落ちる。
「・‥‥」
横たわったヴァイスをアルフォードは数秒見据えた後、自身の黒く変色した腕を見た。
「……」
呆気無い。
フライキングという、嘗て作られたロケットランチャー用の弾丸を復元したとは思えないほどあっさりとしている。
正直言うとすっきりしない。
「……向こうも終わったか」
アルフォードが呟き、大きく息を吸う。
「アル?」
僕が呼ぶと、彼は苦笑し「こんなものだ」と言った。
映画などとは違い、現実はこんなものだという事だろう。
どう考えても此処には戦闘用アンドロイドが少な過ぎる。
「急ぐぞ!」
言ってアルフォードが駆け出し、僕とノエルは訳が解らなかったが後に続いた。
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