最終話

文字数 1,920文字

「お母さん! 頼んでおいたゆるキャラ、出来た?」 

「澪ちゃーーん… お母さんもう二日も寝てないのだあーー」

「それはお母さんが締め切りちっとも守らないからでしょう! 先週ミオ言ったよね! 今から始めないと間に合わないよって! 自業自得だよね! 明日の朝までに、ゆるキャラ。絶対ですから! 了クンのおんちゃんにずっと頼まれちょったのやき!」

「ウゲーー ちょ、マサくーーん、助けて…」

「ダーメ。こっちは龍と雫の世話で忙しいし、ちょっと買い物に行かなくちゃだから。」

「そ、そんなあ… 酷い… うう、ううっ…」

「ママー、がんばっちゃ!」
「きゃっきゃっ」

「ほら、お母さん! コーヒー淹れてあげるから。あ、パパ、ミオの上履きは?」

「もう出来たかなー 買い物の帰りに取ってくるよ」

「ありがとー」

 買い物の帰り道、町唯一のコインランドリーに寄り、澪の上履きと僕のスニーカーを取り込む。去年出来たこの店は朝から深夜まで人が尽きることがない。今も三人ほどの主婦がお喋りしながら僕に挨拶する。

「あらー、雫ちゃん顔がまん丸、可愛いねやー」
「よう寝ゆうて。ほんで龍くんもイケメンさんじゃき」
「ははは… あ、もうすぐうちのスーパーでタイムセールが始まるよ、鰻が三尾で千円!」

 三人は目を合わせ、慌ててコインランドリーを飛び出していった。せっかちなんだよな、こっちの人は、特におばさん達は。

 あれから十年近く経ったのかな。

 僕は市の紹介で近所のスーパーマーケットで働き始めた。この頃には他人と関わることが全く苦ではなくなり、また田舎の温かい人情にも助けられ、今ではそのスーパーの副店長を任されている。

 ゆっきーの絵の話はそんな中でも着々と進行し、コロナウイルスが都会を荒れ狂うその年の春、とある成人小説の挿絵となって公式に世に出た。ちょっとユルい感じの作風が女子層に受け、主にレディースコミックから仕事の依頼がポツリポツリ来るようになる。
 そして今や連載五本を抱える、カリスマ売れっ子エロイラストレーターとして大いに家計を支えてくれている。

 貧乏子沢山、というのは事実のようで。高校一年生の澪、九歳の龍、一歳半の雫の他に、再来年辺りもう一人、を密かに狙っている。
 生活は正直苦しい。子供達に贅沢させてやることはとてもできない。学校の成績の良い澪を予備校に行かせてやりたいのだが、それもかなり苦しい。

「大丈夫。ウチ予備校は奨学金、スカラシップ貰うから。そんで京大行くから。どお、かっこよくない?」
 あの前妻の娘だけに、本当に実行しそうである。そう言えば前妻の消息は知らない。敢えて調べようとも思わない。澪にお前はどうか聞くと
「全然。思い出しもしないし思い出したくもないわー。ウチ今超ハッピーだし。この貧乏感が堪らないよ。絶対いつか抜け出すんだ!」
 なんて逞しいことを言ってはいるが、本心はわからない。

 澪とゆっきーは僕から見ても本物の母子にしか見えない程、仲睦まじくやってきている。それは歳と共に熟成してきており、最近ではご覧の通り、澪の方がゆっきーを慈しみ労っている感が半端ない。ゆっきーもそれに甘え放題になりつつあり、典型的なダメ母と出来のいい娘を楽しんでいるようだ。
 
 弟の龍、妹の雫はどちらもゆっきーではなく澪を母と認知している気配がする程、澪がよく面倒を見ている。それを田舎の温かい人情が助けてくれている。

 その夜、連載の締め切りと澪の依頼のゆるキャラに苦しむゆっきーの肩を揉みながら、
「コインランドリー行くとさ、あの頃の事思い出すんだよなー」
「それな! 私もだよ。こないだも龍のパンツ乾燥機から取り忘れちゃってさ」
「おいおい。あ、高橋さんの奥さんが、新作まだ?ってさ」
「旦那さん、知ってんのかね… 奥さんが腐女子だって」
「さあ。それより、さ…」
「あ… ちょ、ちょっとどこ揉んでんのよ… 感じちゃうじゃん…」
「澪、もう寝たかな?」
「ったく… 草食男はどこに行っちゃったのよ」
「都会に置いてきた。」
「草… んん… あん…  あっ!」
「な、なに?」
「コレいい! 子供が寝静まった夜。煮えたぎった男性ホルモンが仕事で疲れた妻を容赦無く… いい、いい! ちょっとマサくんさあ、そこに座って、上着脱いで!」
「えーー、またー?」
「早く! イメージが消えちゃうじゃん! あーもう、下も脱いで! そうそう。いいねいいね、あとちょっと腰を捻って…」

 ガラリと扉が開かれ、全裸の僕を見下ろしながら
「お母さん。まずはゆるキャラ、ヨロシク!」
 と言いい、
「パパ。次は弟で、ヨロ」
 とウインクされる。

 ガラリと扉が閉められる。僕とゆっきーは顔を見合わせ、あの時のように大爆笑するのであった。

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