第3話 第5章
文字数 2,350文字
「パパ、はなびたのしみだね」
正直。僕は放火魔ではないので花火という行為に何の楽しみも喜びもない。のだが、この澪の期待に胸を膨らませている様子を眺めるのが堪らなく楽しい。
「今日、みんながやる花火は、パパが買ってきたんだぞ。心ゆくまで楽しむがよい」
「ははーー、ぎょいにござる!」
最近、澪もいい感じだ。
懸念された夕立もなく、夏の終わりのジメジメした蒸し暑さに閉口するも、夏を惜しむ蝉の合唱と一日を惜しむ烏の独唱がそんな暑さを忘れさせてくれる。
暮れかかった園に続々と園児と保護者が集う。問屋街四人衆の三人が僕を見つけ、手招きをするので、
「じゃあ、澪。後で」
「ほーい。あとで」
澪は仲良し仲間の元へ消えていく。
「澪ちゃんパパ、それじゃあ準備にかかりましょ、段ボール会議室から運んでこなきゃ」
僕は任せなさい、と胸を張りママ連を引き連れて会議室に向かう。廊下で美代先生とバッタリとでくわし、
「皆さーん、買い出しやら準備やら、本当にありがとうございましたあー」
深々と頭を下げられ僕は軽くお辞儀をする。ふと目を上げるとお辞儀している先生の胸元がバッチリ見えてしまい、即赤化現象が僕に生じる。
先月末のお泊まり遠足以来、三日に一度位の頻度で先生から連絡が来ている。
『暑いですが冷たいもの食べさせ過ぎないように、ね』
『水の事故が増えているそうです、プールや川遊び、海水浴では注意してあげてね』
『お盆は帰省するのですか? 私は帰省するのでお土産買ってきますね』
『甘いものと辛いもの、どちらが好きですか?』
『お土産ゲットおー 花火大会の時に渡すねー』
色々澪の心配をしてくれたり田舎のない澪にお土産を買ってきてくれたり。本当に親切な女性である。
花火を園の台車に積み込み、園庭に転がしていく。すれ違う先生や保護者たちから挨拶が止まない。僕はそんな皆と目を合わせることができず、ひたすら会釈を繰り返す。
園庭に出る前にちょっとしたアップスロープがあり、非力な僕が唸りながら押していると、
「手伝いますねー、ちょっと失礼」
優馬ママが僕の後ろから被さるように手を伸ばし、一緒に台車を押してくれる。女性に力仕事を手伝わせてしまい恥ずかしい限りだ。
「すいません、後ちょっと」
「ううん、いいの。一緒に押そ」
更に優馬ママが僕に密着し、せーの、で一緒に押してくれる。本当に彼女も良い人だ。ちょっと僕の左腕に彼女の胸が当たっているのが恥ずかしいし、彼女の素敵な匂いが移るのでは、というくらい密着されているが、僕は人の優しさに触れた思いで台車を押す力に勢いが増す。
何とか台車を園庭に押し出し、段ボールを開け始める頃に園長先生のお話が始まる。今年の夏はとっても暑かったけど、みんな元気に過ごしてくれて嬉しい。夏休みも後少し、お父さんお母さんの言うことをよく聞いて、元気に過ごしてください、それではこれからみんなで花火をして楽しみましょう。
子供たちの大歓声だ。年少の園児から順番に花火を渡していく。皆良いところのご子息ご令嬢なので、ありがとうを言わない子供は一人もいない。
中には腰まで頭を下げ、ありがとうございます、と言う子も。僕が感嘆していると、
「お受験する子が多いんですよ。ウチもなんですけど。」
優馬ママがそっと僕の耳元で囁きながら教えてくれる。お受験… いわゆる小学校受験か。そう言えば、この園に澪が入園した頃は彩もそんなことをよく言っていた気がする。
「澪ちゃんは、お受験なさらないの?」
優馬ママが更に僕の耳たぶに触れる程の近さで聞いてくる。
「しません。妻は昔考えていたかも知れませんけど」
彼女はハッとした顔となり、ごめんなさいと小さな声で呟く。僕は苦笑いしながら首を振る。僕 だってそれぐらいは知っている、スキャンダラスな母親の子供がお受験に合格するはずがないことを。
「でも、澪ちゃんはとっても賢いから、中学受験で御三家とか、ですね」
必死のフォローをしてくれる彼女に僕はニッコリ笑い、
「ありがとうございます。そうだといいですね。優馬くん、お受験頑張ってください」
そう呟くと彼女の顔がパッと晴れやかになる。
あれだけ買い集めた花火はものの三十分ほどで無くなり、あとは園庭の真ん中に組まれたキャンプファイヤーを囲んで昔ながらのフォークダンス。
目の前を澪と優馬くんが手を組んで通り過ぎた時、優馬ママが
「優馬と澪ちゃん、お似合いじゃないですか?」
と言いながら僕の腕を握りしめるので、
「優馬くんはイケメンだから、将来楽しみですね」
「澪ちゃんもとっても可愛いし賢いし。二人がこの先ずっと仲良しなら、嬉しいな…」
そう言いながら僕の肩に頭を乗せてくるので、ちょっとドッキリしてしまう。きっと僕の顔は真っ赤になっているはずだが、キャプファイヤーの炎が反射して誰にも分からないはずだ。木の焼ける匂いに混じって、優馬ママの上品な香水とシャプーの匂いに頭がクラクラしそうだ、それに加え僕に密着しているので、もし暗がりでなかったら周りの人に驚かれるだろう。
やがて踊りも果て、シンデレラ達の帰宅の時間となる。優馬ママは別れ際に、
「あの、優馬の受験のことで、今後色々相談に乗ってもらえませんか?」
と言うので、いつも澪に優しくしてくれるし
「ええ、僕でよければ、いつでも」
と答えると、最高の笑顔を見せてくれた。
澪と自宅に帰る途中、ずっとこのことをゆっきーに話すべきか否か考えていたのだが、ゆっきーは優馬ママに反感を持っていそうなので、敢えて話さないことに決める。
はあ。やっぱり人間関係って、難しいし面倒臭い。特に女性との関係は。澪をチラリと見ると、
「なに? わたしべつにユーマのことすきじゃないし。」
うーーん。人間関係、難しい……
正直。僕は放火魔ではないので花火という行為に何の楽しみも喜びもない。のだが、この澪の期待に胸を膨らませている様子を眺めるのが堪らなく楽しい。
「今日、みんながやる花火は、パパが買ってきたんだぞ。心ゆくまで楽しむがよい」
「ははーー、ぎょいにござる!」
最近、澪もいい感じだ。
懸念された夕立もなく、夏の終わりのジメジメした蒸し暑さに閉口するも、夏を惜しむ蝉の合唱と一日を惜しむ烏の独唱がそんな暑さを忘れさせてくれる。
暮れかかった園に続々と園児と保護者が集う。問屋街四人衆の三人が僕を見つけ、手招きをするので、
「じゃあ、澪。後で」
「ほーい。あとで」
澪は仲良し仲間の元へ消えていく。
「澪ちゃんパパ、それじゃあ準備にかかりましょ、段ボール会議室から運んでこなきゃ」
僕は任せなさい、と胸を張りママ連を引き連れて会議室に向かう。廊下で美代先生とバッタリとでくわし、
「皆さーん、買い出しやら準備やら、本当にありがとうございましたあー」
深々と頭を下げられ僕は軽くお辞儀をする。ふと目を上げるとお辞儀している先生の胸元がバッチリ見えてしまい、即赤化現象が僕に生じる。
先月末のお泊まり遠足以来、三日に一度位の頻度で先生から連絡が来ている。
『暑いですが冷たいもの食べさせ過ぎないように、ね』
『水の事故が増えているそうです、プールや川遊び、海水浴では注意してあげてね』
『お盆は帰省するのですか? 私は帰省するのでお土産買ってきますね』
『甘いものと辛いもの、どちらが好きですか?』
『お土産ゲットおー 花火大会の時に渡すねー』
色々澪の心配をしてくれたり田舎のない澪にお土産を買ってきてくれたり。本当に親切な女性である。
花火を園の台車に積み込み、園庭に転がしていく。すれ違う先生や保護者たちから挨拶が止まない。僕はそんな皆と目を合わせることができず、ひたすら会釈を繰り返す。
園庭に出る前にちょっとしたアップスロープがあり、非力な僕が唸りながら押していると、
「手伝いますねー、ちょっと失礼」
優馬ママが僕の後ろから被さるように手を伸ばし、一緒に台車を押してくれる。女性に力仕事を手伝わせてしまい恥ずかしい限りだ。
「すいません、後ちょっと」
「ううん、いいの。一緒に押そ」
更に優馬ママが僕に密着し、せーの、で一緒に押してくれる。本当に彼女も良い人だ。ちょっと僕の左腕に彼女の胸が当たっているのが恥ずかしいし、彼女の素敵な匂いが移るのでは、というくらい密着されているが、僕は人の優しさに触れた思いで台車を押す力に勢いが増す。
何とか台車を園庭に押し出し、段ボールを開け始める頃に園長先生のお話が始まる。今年の夏はとっても暑かったけど、みんな元気に過ごしてくれて嬉しい。夏休みも後少し、お父さんお母さんの言うことをよく聞いて、元気に過ごしてください、それではこれからみんなで花火をして楽しみましょう。
子供たちの大歓声だ。年少の園児から順番に花火を渡していく。皆良いところのご子息ご令嬢なので、ありがとうを言わない子供は一人もいない。
中には腰まで頭を下げ、ありがとうございます、と言う子も。僕が感嘆していると、
「お受験する子が多いんですよ。ウチもなんですけど。」
優馬ママがそっと僕の耳元で囁きながら教えてくれる。お受験… いわゆる小学校受験か。そう言えば、この園に澪が入園した頃は彩もそんなことをよく言っていた気がする。
「澪ちゃんは、お受験なさらないの?」
優馬ママが更に僕の耳たぶに触れる程の近さで聞いてくる。
「しません。妻は昔考えていたかも知れませんけど」
彼女はハッとした顔となり、ごめんなさいと小さな声で呟く。僕は苦笑いしながら首を振る。僕 だってそれぐらいは知っている、スキャンダラスな母親の子供がお受験に合格するはずがないことを。
「でも、澪ちゃんはとっても賢いから、中学受験で御三家とか、ですね」
必死のフォローをしてくれる彼女に僕はニッコリ笑い、
「ありがとうございます。そうだといいですね。優馬くん、お受験頑張ってください」
そう呟くと彼女の顔がパッと晴れやかになる。
あれだけ買い集めた花火はものの三十分ほどで無くなり、あとは園庭の真ん中に組まれたキャンプファイヤーを囲んで昔ながらのフォークダンス。
目の前を澪と優馬くんが手を組んで通り過ぎた時、優馬ママが
「優馬と澪ちゃん、お似合いじゃないですか?」
と言いながら僕の腕を握りしめるので、
「優馬くんはイケメンだから、将来楽しみですね」
「澪ちゃんもとっても可愛いし賢いし。二人がこの先ずっと仲良しなら、嬉しいな…」
そう言いながら僕の肩に頭を乗せてくるので、ちょっとドッキリしてしまう。きっと僕の顔は真っ赤になっているはずだが、キャプファイヤーの炎が反射して誰にも分からないはずだ。木の焼ける匂いに混じって、優馬ママの上品な香水とシャプーの匂いに頭がクラクラしそうだ、それに加え僕に密着しているので、もし暗がりでなかったら周りの人に驚かれるだろう。
やがて踊りも果て、シンデレラ達の帰宅の時間となる。優馬ママは別れ際に、
「あの、優馬の受験のことで、今後色々相談に乗ってもらえませんか?」
と言うので、いつも澪に優しくしてくれるし
「ええ、僕でよければ、いつでも」
と答えると、最高の笑顔を見せてくれた。
澪と自宅に帰る途中、ずっとこのことをゆっきーに話すべきか否か考えていたのだが、ゆっきーは優馬ママに反感を持っていそうなので、敢えて話さないことに決める。
はあ。やっぱり人間関係って、難しいし面倒臭い。特に女性との関係は。澪をチラリと見ると、
「なに? わたしべつにユーマのことすきじゃないし。」
うーーん。人間関係、難しい……