第3話 第4章

文字数 2,530文字

『ちょ、それ信じられない… ホントなの』
『うん。最近こんな感じだな。僕に対しても澪に対しても』
『もうさ、さっさと離婚して家出ちゃいなよ』
『…澪を養えない…クスン』
『そ、それなー』

「パパー。せんたくおわったー。かんそうき、かんそうきー」
「はーい。じゃあ澪、このカード入れてくれるかなー」
「できるよ。えーと、ほら。ね、みお、なんでもできるよっ」
「ありがとな。あと三十分たって乾燥終わったら教えてな」
「はーーい!」
 そしてテーブルに戻り動画の続きを見始める。

『なんか… 健気過ぎて見てらんない』
『ははは…』
『この歳でさ、親に見捨てられないように気を使って… ハアー私にお金があれば二人を養ってあげるのに!』
『いや…その前に旦那に尽せよww』
『それな 草』
 ゆっきーは立ち上がって僕にウインクした後、自分の洗濯物を乾燥機から取り出し、イケアのバッグに畳んでしまってから
「ミオちゃーん、バイバーイ」
 と言って出て行った。澪の「ハア?」という顔が可愛くて吹き出す。

 それから夏休みが終わるまで、僕と澪はあらゆる家事を協力して行った。澪の家事への執着心は本当にゆっきーの言ったように、僕に嫌われないよう、僕に見放されないように気を使っている感じがしないでもない。そう思い
「澪。もっと自分がしたいことしていいんだよ。ゲームしたり、友達と遊んだり。そうだ何処か出かけようか? 区民プールにでも行こうか?」
 澪は一瞬目を泳がせ、しかしすぐに目を僕に真っ直ぐに向け、
「うん。でもみおはおそうじとかおせんたくとかパパといっしょにしたいし、ごはんをパパといっしょにつくりたいの。だめ?」

『駄目! なんて言えねえよ… なんなんだ、ウチの娘…』
『うーーん。ただ父親を深く愛しているだけか… つまり、母親を深く憎んでいる… こわっ』
『何だそれ?』
『分かんないけどさ、大好きなパパに冷たく接するママが嫌いなんじゃない?』
『それはないだろう。仮にも母親だぜ。五歳の子供が本気で母親を嫌ったり憎んだりなんて…』

「だいっきらい! ママなんて!」

『ほらな。』
『マジか… 信じられない…』
『で。何で嫌いなんだって?』

「だって。パパのことおこってばっかり。じぶんではなにもしないくせに。えばってばっかり、おカネもちだからって。みおがよくできたってほめてくれない。ママはじぶんのじまんばっかりしてるくせに」

『こ、怖― ちゃんと見てんだ… 恐るべし園児…』
『それな… あのつぶらな瞳は全てを見抜いていたのだった…』
『それより。今後どーするの? 奥さんと仮面家庭続けてくしかないの?』
『さあなあ。ウチのことより。そっちは?』
『変わらずかなー。そーだ、夏休み終わったらさ、またランチしようね!』
『ローテさん達に教わった店な』
『それそれ。なんかすっかり、私…』

 夏休み後半になり、ローテさんのみならず、たっくんママ、そしてクスクスさんとまで僕とゆっきーは普通にコミュニケーションをとれるようになってきている。
 僕とゆっきーは専ら聞き役で、ランチの美味しい店とか夜でも安くて美味しいビストロ、近所で評判のパン屋の話などを食いつくように聞いてあげると、彼女達はとっても嬉しそうにこれでもか、と色々教えてくれるのだ。
 たまに澪が大人びた口調で話しに割り込んでくると、たっくんママは哀れな視線で澪を見つめる。妻の不倫話は同級生のみならず、園全体に伝わっているのだろう。というかローテさんもクスクスさんも知っているのだろう。そういう視線で澪を見詰めているから

『でも、夏休みも残り、園の行事のお手伝いに誘われているんだよねー』
『いーじゃん、いーじゃん! バリバリ働きなさい、この働きアリめ!』
『それ、肯定的? 否定的?』
『だって。夏前までのヒッキーとは思えない、コミュ力ぶりにマイっチングマチコですがな』
『古っ でも、そっか。早速明後日、夜に園庭で花火大会があり、明日僕は花火の購入に誘われているのだが』
『行くべし! 行くべし! 抉り込むように行くべし!』
『メッチャ古ww そっか。じゃあ、行って買い物手伝ってくるわー』

 翌日。同じひばり組の優馬ママ、○○ちゃんママ、○○くんママ(後程、それぞれ花音ちゃん、翔大くんと判明)の四名で、浅草橋にある花火問屋に六十名分の花火を買いに出かけたのだ。
 浅草橋と言えば問屋街だというのは知っていたが、衣類、文房具、パーティーグッズなどの卸問屋が連なっており、初めて来た僕はずっとキョロキョロ辺りを見回しては一人町並みを楽しんでしまう。
「毎年、年長のお母さんが買いに来るんですよ。今年はお父さんが一人いるから、心強いわ」
 優馬ママが嬉しそうに語りかける。
「ついでに家の物も買っちゃったり。結構楽しいよねー」
「あー、私体操服のゼッケン貼り付けるのが欲しいかもー、ちょっと寄っていいかなー?」
 花音ちゃんママと翔大くんママもノリノリで楽しそうだ。
「かわいいお弁当箱も確かこの先に売っているって」
 僕は思わず食いついて、
「いいですね! 見ましょう見ましょう!」
 三人のママさんが優しく微笑みながら頷いてくれる。

 そんなかんやで、花火を購入するまでに僕らは両手いっぱいに買い物をしてしまい、店の人と交渉して購入した莫大な量の花火を園に直接送ってもらうことになる。
 その後、優馬ママが調べてくれたお洒落なカフェで四人でお茶をする。僕は聞き役に徹しようと思ったのだが、三人が色々僕に話を振ってくるので、お茶を終える頃には大学卒業後最も話し込んだ濃密な時間となったりして。
 夕方帰宅すると、澪が
「パパー、おそかったじゃん。ママさんたちともりあがったん?」
「そうなんだよ。結構喋ったから、喉が痛いよ」
「ふーん。パパもやればできる子なんだねえ」
 って、どんだけ上から目線でこの子は… 僕は軽く吹きながら、
「親を小馬鹿にする子には、今日の夕飯は焼き魚と納豆にしようかな」
 澪は真っ青になり、
「ば、バカになんてしていませんよ。なにをおっしゃるのですかちちうえ」
「ふむ、それならば、そちの好物のハンバーグにいたそうかのう」
「きゃーーーーーーーーーー、ハンバーーーーグ!」

 だからー。もう流行ってねえよ。誰だよそれ。
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