第4話 第8章

文字数 3,245文字

「と言うことで、サンタ役には澪ちゃんパパにお願いしたいと思います。」

 クリスマス会有志の会のメンバーが盛大な拍手を僕に送る。

 僕は額から汗を流しながら苦笑いで答える。そして心の中で淑女諸氏に問うー
 いいんですか? エロイラストレーターのモデルをしてるこんな僕が、聖なる祭りの大役を仰せつかって、本当にいいんですか?

 あの日以来、僕はゆっきーの作品のモデルを仰せつかってしまう。週に二度ほどTAKAMURA家に出向き、寝室に入り、全裸となり、同じくモデルの優香ちゃんとの交接シーンを動画撮影されているのだ。ちなみに優香ちゃんとはあのお人形の名前、僕の初恋の女の子の名前をゆっきーに強引にもぎ取られ、泣く泣く毎週ゆうか、ゆうかと口にしながら抱いているのだ。
 
 仕事モードの彼女は、ある意味凄い。僕の裸体は完全に彼女にとって商売道具であり、その冷徹な視線で僕らの一挙手一投足を観察し、イラストに落とし込んでいく。その過程で僕が密かに感じている欲情など彼女には一切ない。僕の裸体はあくまで仕事。その割り切り方に少なからず僕はガッカリと同時に尊敬の念を禁じ得ない。
 徐々に彼女の要求は深みと重みを増していき、
「んーー、その表現は、人形相手では不可能だぞ。(ゆっきー相手なら可能だが)」
 その心の声はついぞ届かず、淡々と着々と「ゆっきー69」先生の作品は仕上がっていき、大勢のファンを興奮の坩堝に突き落としていく。

 幼稚園にサンタの衣装があるので試着することとなり。
 会議室で着てみると、手と足が大分長い。
「うーん… 少し調節が必要だわ」
 優馬ママが呟く。そして、
「真田さん。明日我が家に来ることができて?」
「大丈夫ですよ」
「私がこれを持ち帰って、明日手と足の長さの調整をしましょう。マジックテープか仕付け糸で十分でしょう。」
「分かりました」
「ケーキも用意しておきますわ」
 僕の顔が綻ぶ。最近は彼女の作ったケーキを食べるのみならず、簡単なケーキの作り方を教えてくれたりして、週に一度は豪邸に足を運んでいるのだ。

 翌朝、澪を園に送ったその足で白亜の豪邸を訪ねる。朝からかなりの冷え込みで、東京エリアはすっかり冬将軍の支配下にあると言っていい。
 ダウンにマフラー姿の僕は関口家の玄関に入る。暖かい。いや、ちょっと暑いくらいだ。出迎えてくれた優馬ママは胸元の大きく開いた薄手のニットのワンピース姿である。
 いつ見ても変わらぬ美しさを口にすると、
「最近、真田さん口がお上手ね」
 とちょっと顔を赤らめるのがとても可愛らしい。

 いつものリビングではなく、彼女の寝室に案内される。この家一体幾つ部屋があるんだろう…
「6L D Kかな。ウチは夫婦別室なの。だから遠慮しないで入って」
 お言葉に甘え、優馬ママの寝室に入城する。一言でいうと、女の子の夢が詰まった夢のお部屋。である。
 一方の壁際のクローゼットの上には何十ものぬいぐるみ達。その対面には横幅いっぱいのクローゼット、恐らくママご自慢の素敵な洋服たちが眠っているのだろう。一番奥のクイーンサイズの天蓋付きベッドには唖然としてしまう、だってディズニーアニメでしか見たことのない、お姫様専用初号機、みたいだったから。
 その手前に鏡付きの年代物の化粧机があり、その上にサンタの衣装と裁縫道具が用意されている。
「では早速だけど、着てみてくれる?」
 僕は頷いて、サンタの衣装を手に取り、
「じゃ、着終わったら声かけますね」
 …………?
「あれ? ええっと…」
 優馬ママはニッコリ笑って、
「私、気にしないから。さあ、着替えて」
 心なしか弾んだ声で言うのだが。流石にちょっと恥ずかしいぞ。すぐ済むから出ててください、と言えばいいのだが、毎週有名パティシエ顔負けのケーキをご馳走になっている手前、機嫌を悪くされてはまずいと思い、渋々と服を脱ぎ始める。

 このサンタ服、個人的にはサンタスーツと呼称しているのだが、は実に着脱が困難である。背中にチャックがあるワンピースタイプなので、ズボンを履いたままでは着ることができない。
 流石に淑女の前でズボンを脱ぐ行為は、大変な失礼に当たると思うのだがー
「気にしないで。毎日優馬の着替えをしているの、私ですからー」
 と論旨をすり替えれてしまう。まあ、彼女がそこまで言うなら仕方ない、清水の舞台がらバンジージャンプする気分でベルトを緩め、履いていたチノパンを脱ぐ。
ゴ クリ、と唾を飲み込む音が聞こえた気がするが、まあ気のせいだろう。脱いだチノパンをどうしようかと迷っていると、すかさず彼女が預かってくれる。
 極暖のアンダーシャツにボクサーブリーフ姿の僕。なんか最近女性の前で脱ぐ機会が多々ある、と思いながら机の上のサンタスーツを手に取り、下から履き始めようとー
「あ、ちょっとそのまま。寸法合わせちゃうから」
 そう言うと彼女は僕の足元にしゃがんで、いきなりメジャーで僕の股下を測り始める! なんじゃこのプレー…
「えっと、股下、えっと、だいたい…」
 わざとじゃないのは分かるのだが、一々測るたびに僕の股間に彼女の手の甲がタッチしてしまう。まあ几帳面な彼女なので、一ミリ単位で測りたいのだろう、でもその度にタッチ…タッチ…ここにタッチ!
 しまいには僕の大事なお袋を手の甲で伸し上げて、
「うん、79.46ね。あ、念の為もう一回測っておこうかなー」
 お医者さんごっこならぬ、テーラーごっこかよ!
「うふふ。優馬のと違って、ご立派なこと」
 やめろ。お願いだから、園児と比べるの、やめてください… 僕の尊厳が崩壊してしまいますので…
 この苦痛は約三十分ほど続き、僕はすっかり汗だく状態となってしまう。

「はあはあ。これで、サンタ服、ピッタリに、仕上がるわ。」
 彼女も相当くたびれた様子で息を弾ませている。心なしか額に汗が浮かんでいる。だからそんなに無理しないでいいのに、たかが園のクリパじゃないですかい。寸法なんてテキトーでいーっすよ。とは死んでも言えない僕は、
「お疲れさま。優馬ママも疲れたでしょ?」
 すると彼女がキリッとした顔で僕に向き直り、
「二人きりの時は、佳代子って呼んで!」
 と凄い顔で睨むので、
「分かりました、佳代子さん」
 と震えながら答える。
 優馬ママ、関口佳代子。関口佳代子、優馬ママ。よし、覚えたぞ。
「じゃあ、後で仕上げておくから、そーっと脱いで!」
 もはや抵抗する気力もない僕は、はいと返事をし背中のジッパーを下ろそうとする。が、体の硬い僕には届く術はなく、
「あの、後ろ下ろしてくれます?」
「分かったわ、下ろすわよ、んーーー」
 何故か後ろに回らずに僕に正面から抱きつく格好で、ジッパーを下ろそうとしてくれるのだが。そんな盲戦法で容易にジッパーが下りる筈もなく。ミッションがコンプリートするまでに十五分は要してしまう… 何やってんだか…

 ようやくサンタスーツを脱ぎ終える。ここまでに要した時間はなんと一時間三十分。几帳面な割に要領の悪い佳代子さんに、その旨伝えようとするも何故か息を切らし真っ赤な顔でハアハア言っているので、
「大丈夫? 具合悪いのかな?」
 なんでも隣の隣の国では、急性肺炎を伴う新型ウイルスが流行っているらしい。まさか空間移動して彼女に感染したのではと、ちょっと心配になるも、
「大丈、分。それより、ああ、ちょっと、疲れた、みたい、横になって、いいかしら…」
 そう言いながらヨロヨロとお姫様ベッドに倒れ込む彼女。
 自分の部屋なのだから僕の許可など要らない、どうぞ少し休んでください、僕はちょっと用事があるのでこれでお暇します、お大事に。
 玄関脇のダウンとマフラーを手に取り玄関の外に出て、冷たい新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 佳代子さんの完全無欠な調整がなされたサンタスーツのお陰で、園のクリスマス会は大変な盛り上がりを見せたのは言うまでもなく。
 その夜に行われた準備委員会の打ち上げは、僕史上最も楽しく有意義な食事会であった。
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