第5話 第1章
文字数 3,041文字
「あなた最近変わったわね。何かいい事でもあったのかしら?」
クリスマス会の打ち上げに参加し、珍しく彩より遅く帰宅した僕。バスローブに包まれた彩はワイングラスを片手に冷たい目で僕を見下しながら言う。
僕は大きな溜息を吐きながら、
「園の行事が忙しくってね。今日もクリスマス会だったし。」
彩はワイングラスをテーブルに置き、蔑むような目で僕を睨み、
「貴方が、園の行事に。成る程、そう言うことなのね」
「は? そう言うことって?」
もはや醜悪としか言いようのない顔付きで、
「誰か好きなママさんでもできたんじゃない。」
僕は一瞬ドキッとしてしまう。好きなママさん… は、いないのだが…
「その人と一緒に行事を手伝うのが楽しいのじゃなくって? ああ、分かったわ、その相手。関口さんじゃない?」
はあ? 何故に、佳代子さん?
「貴方の好きそうなお嬢様育ちでスレンダー美人。でも馬鹿ね貴方、あの人二年前に片山さんのご主人を家に連れ込んで、よろしくやっていたのよ。知らなかったの?」
片山さんって、片山真凜ちゃんパパか? 確か自営業、それも自宅で株のトレーダーをしてるイケメンパパさん。へえーー、佳代子さんと真凜パパさん、これは中々お似合いだぞ。
「あの方、他にも色々なお父さんに色目使うって有名なのよ。そんな女に引っかかって、恥ずかしくないの?」
僕は別に色目使われてないし。それに佳代子さんとはそんなふしだらな関係では全くないし。何を言っているんだ、彩は。
話にならないので、僕は浴室へ向かう。
ゆったりと湯船に浸かり、身体を温めてから風呂を出る。身体を拭きリビングに戻ると、まだ彩はワイングラスを片手にテレビを眺めている。こんな遅くまで起きているとは、珍しい。
「貴方に一言言っておきたくて。いい、今後一切園の行事には関わらないこと。」
僕は唖然として彩を凝視する。目が異様な光を帯び、口の端が吊り上がっている。
「それは… どうかな。年明けには餅つき大会もあるし、卒園式の準備も大変だろうし」
「いいのよ。私から関口さんに話を通しておくから。こんなつまらない男に色目を使わないようハッキリ言わなくちゃ。」
「彩、あの人はそんなんじゃないって。澪のことを心配してくれて目をかけてくれてるんだ。僕に対してだって、絶対そんな目で見ていないよ。」
「でも貴方は関口さんと一緒に仕事をするのが楽しくてしょうがないんじゃないの。貴方は本当に変わったわ。こんな夜遅くまで家を空けるなんて、絶対なかった。園の行事? 嘘おっしゃい。彼女に会いたいから手伝っているだけじゃない!」
ど、どうした妻… 何故にそんなに怒っているのだ?
それにしても、女とは、妻とは大したものである。対象は大分ズレているが、僕が他の女性に心を奪われつつあるのを察知するとは。
僕なんか、彩が例の青年実業家と浮気していることを、雑誌で初めて知った程なのに。
とまれ、彼女の言い分は半分当たっているので僕は反撃の糸口を見つけ出せず、てか、彼女に反撃なんて一緒になってこの方一度もしたことないし、そんなことをしたら間違いなくこの家から放逐されそうなので、取り敢えず言う通りにしておこうと冷静に判断し、
「ああ、なるべくそうするから。」
そう言って僕は寝室に消え去った。
それから一週間ほど経った二学期最後の登園日。澪たち園児が美代先生と名残惜しそうに騒いでいるのを遠目で眺めていると、
「あの、真田さん。ちょっとお話が」
真っ青な顔をして優馬ママが近づいてくる。僕は何事かと思い、
「どうかしましたか、まさかコロナウイルスに?」
「は? なんですかそれ? そうじゃなくて… ちょっと奥様のことで…」
瞬時に分かってしまう。彩が佳代子さんに物申したに違いない。
僕らはここではアレなので、両家の中間に位置する公園で待ち合わせることにする。
三十分後。
「ちょっと、奥さん酷くない? いきなり電話かけてきて、ウチの主人に色目使わないでくださいって。信じられない。一体何考えているの?」
と聞かれても、
「ですよね。僕にも彼女が何を言っているのかサッパリ理解できないんです。だって、こんなに澪に優しくしてくれて、僕にも園のこととかを親切に教えてくれている佳代子さんに対して、あんな酷いことを言うなんて。」
彼女は激しく首を縦に降る。
「よりによって、こんな美人で素敵な女性が僕を誘惑しているなんて、有り得ませんよね」
彼女の顔がピクピク引き攣っている。その怒りは相当なものだろう。本当申し訳ない…
「妻は、僕が佳代子さんに会いたいが故に、園の行事に積極的になったと信じ込んでいるのです。」
彼女の顔がパッと明るくなる? はて…
「全く。僕如きが佳代子さんに好意を持つなど、貴女に失礼ですよね。一体何を考えているのか、夫の僕でさえ理解不能なんです」
彼女は真っ赤な顔で俯いてしまう。どうやら怒りに震えているようだ、綺麗なラインの肩がブルブル震えている…
流石に彩の言っていた馬鹿な噂話は出さないでおこう。
「とにかく。僕が貴女に甘え過ぎていました。毎週のようにお宅にお邪魔してケーキをご馳走になったり。まあ傍目から見たら僕が貴女にゾッコンな風に見えたでしょうね」
彼女はハッとして顔をあげ、小さくかぶりを振る。ですよね、本当にいい迷惑だったでしょう。
「なので、これで貴女と個人的にお会いするのはやめましょう。ご迷惑をおかけしすいませんでした。」
僕は深々と頭を下げる。
「彩には、妻には僕からよく言っておきます。もう二度と貴女に連絡はさせません。なので安心してください。それでは、さようなら。」
僕はベンチを立ち上がり、澪に声をかけて公園を後にする。
澪の手を引きながら、美代子さん、いや優馬ママとの思い出に浸る。
本当に綺麗でスレンダーで長い髪がすごく綺麗で、優しい人だったなあ。料理も上手だし手芸もプロ並み。もう少し要領が良ければ、あんなことにはならなかったんだけど。何に対しても一生懸命で、こんな僕にも本当に親切だったなあ。もし彼女がアニメ、ゲーム、ラノベ好きだったら、本当にゾッコン惚れていただろうなあ。
「パパ、何かんがえてるん? ユーマママと何はなしてたん?」
「ん? ま、色々と。」
「ふーん。さては、ユーマママにこくられたとか?」
急停止し立ち止まる。ハア? コイツ一体…
「あのオバはん、パパにゾッコンだったじゃん。ミオあの人、大っきらい!」
はああああああああ…?
「ユーマがさ、言ってたよ。なにかと言うと、ミオちゃんパパ、ミオちゃんパパってうるさいって。ユーマにパパのすきなたべものなにかミオにきいてこいって言われたって。マジさかってやがんの、あのケショウおばけ。」
僕は思わずしゃがみ込んでしまう。軽い吐き気も催してくる。
「ユーマんとこのお父さん、ずっとかい外じゃん。だからこれまでもいろいろあったらしいよ、ユーマいわく。」
着ていたダウンが邪魔なほど火照ってしまう。なんだよそれ…
「ねんしょうのころ? ユーマがねつ出してそーたいしていえにかえったら、まりんパパと大ごえではだかでおすもうとってたって。それって、アレじゃん。キモ」
目の前が真っ暗になる。あの人が、まさかそんな…
てか、彩が言っていたことが全て事実だった…
その後。澪に引き摺られてようやく家に辿り着いた頃には、彩、佳代子さんをはじめとする女性という人種が信じられなくなっていた。ああ、例外は澪とゆっきー。
クリスマス会の打ち上げに参加し、珍しく彩より遅く帰宅した僕。バスローブに包まれた彩はワイングラスを片手に冷たい目で僕を見下しながら言う。
僕は大きな溜息を吐きながら、
「園の行事が忙しくってね。今日もクリスマス会だったし。」
彩はワイングラスをテーブルに置き、蔑むような目で僕を睨み、
「貴方が、園の行事に。成る程、そう言うことなのね」
「は? そう言うことって?」
もはや醜悪としか言いようのない顔付きで、
「誰か好きなママさんでもできたんじゃない。」
僕は一瞬ドキッとしてしまう。好きなママさん… は、いないのだが…
「その人と一緒に行事を手伝うのが楽しいのじゃなくって? ああ、分かったわ、その相手。関口さんじゃない?」
はあ? 何故に、佳代子さん?
「貴方の好きそうなお嬢様育ちでスレンダー美人。でも馬鹿ね貴方、あの人二年前に片山さんのご主人を家に連れ込んで、よろしくやっていたのよ。知らなかったの?」
片山さんって、片山真凜ちゃんパパか? 確か自営業、それも自宅で株のトレーダーをしてるイケメンパパさん。へえーー、佳代子さんと真凜パパさん、これは中々お似合いだぞ。
「あの方、他にも色々なお父さんに色目使うって有名なのよ。そんな女に引っかかって、恥ずかしくないの?」
僕は別に色目使われてないし。それに佳代子さんとはそんなふしだらな関係では全くないし。何を言っているんだ、彩は。
話にならないので、僕は浴室へ向かう。
ゆったりと湯船に浸かり、身体を温めてから風呂を出る。身体を拭きリビングに戻ると、まだ彩はワイングラスを片手にテレビを眺めている。こんな遅くまで起きているとは、珍しい。
「貴方に一言言っておきたくて。いい、今後一切園の行事には関わらないこと。」
僕は唖然として彩を凝視する。目が異様な光を帯び、口の端が吊り上がっている。
「それは… どうかな。年明けには餅つき大会もあるし、卒園式の準備も大変だろうし」
「いいのよ。私から関口さんに話を通しておくから。こんなつまらない男に色目を使わないようハッキリ言わなくちゃ。」
「彩、あの人はそんなんじゃないって。澪のことを心配してくれて目をかけてくれてるんだ。僕に対してだって、絶対そんな目で見ていないよ。」
「でも貴方は関口さんと一緒に仕事をするのが楽しくてしょうがないんじゃないの。貴方は本当に変わったわ。こんな夜遅くまで家を空けるなんて、絶対なかった。園の行事? 嘘おっしゃい。彼女に会いたいから手伝っているだけじゃない!」
ど、どうした妻… 何故にそんなに怒っているのだ?
それにしても、女とは、妻とは大したものである。対象は大分ズレているが、僕が他の女性に心を奪われつつあるのを察知するとは。
僕なんか、彩が例の青年実業家と浮気していることを、雑誌で初めて知った程なのに。
とまれ、彼女の言い分は半分当たっているので僕は反撃の糸口を見つけ出せず、てか、彼女に反撃なんて一緒になってこの方一度もしたことないし、そんなことをしたら間違いなくこの家から放逐されそうなので、取り敢えず言う通りにしておこうと冷静に判断し、
「ああ、なるべくそうするから。」
そう言って僕は寝室に消え去った。
それから一週間ほど経った二学期最後の登園日。澪たち園児が美代先生と名残惜しそうに騒いでいるのを遠目で眺めていると、
「あの、真田さん。ちょっとお話が」
真っ青な顔をして優馬ママが近づいてくる。僕は何事かと思い、
「どうかしましたか、まさかコロナウイルスに?」
「は? なんですかそれ? そうじゃなくて… ちょっと奥様のことで…」
瞬時に分かってしまう。彩が佳代子さんに物申したに違いない。
僕らはここではアレなので、両家の中間に位置する公園で待ち合わせることにする。
三十分後。
「ちょっと、奥さん酷くない? いきなり電話かけてきて、ウチの主人に色目使わないでくださいって。信じられない。一体何考えているの?」
と聞かれても、
「ですよね。僕にも彼女が何を言っているのかサッパリ理解できないんです。だって、こんなに澪に優しくしてくれて、僕にも園のこととかを親切に教えてくれている佳代子さんに対して、あんな酷いことを言うなんて。」
彼女は激しく首を縦に降る。
「よりによって、こんな美人で素敵な女性が僕を誘惑しているなんて、有り得ませんよね」
彼女の顔がピクピク引き攣っている。その怒りは相当なものだろう。本当申し訳ない…
「妻は、僕が佳代子さんに会いたいが故に、園の行事に積極的になったと信じ込んでいるのです。」
彼女の顔がパッと明るくなる? はて…
「全く。僕如きが佳代子さんに好意を持つなど、貴女に失礼ですよね。一体何を考えているのか、夫の僕でさえ理解不能なんです」
彼女は真っ赤な顔で俯いてしまう。どうやら怒りに震えているようだ、綺麗なラインの肩がブルブル震えている…
流石に彩の言っていた馬鹿な噂話は出さないでおこう。
「とにかく。僕が貴女に甘え過ぎていました。毎週のようにお宅にお邪魔してケーキをご馳走になったり。まあ傍目から見たら僕が貴女にゾッコンな風に見えたでしょうね」
彼女はハッとして顔をあげ、小さくかぶりを振る。ですよね、本当にいい迷惑だったでしょう。
「なので、これで貴女と個人的にお会いするのはやめましょう。ご迷惑をおかけしすいませんでした。」
僕は深々と頭を下げる。
「彩には、妻には僕からよく言っておきます。もう二度と貴女に連絡はさせません。なので安心してください。それでは、さようなら。」
僕はベンチを立ち上がり、澪に声をかけて公園を後にする。
澪の手を引きながら、美代子さん、いや優馬ママとの思い出に浸る。
本当に綺麗でスレンダーで長い髪がすごく綺麗で、優しい人だったなあ。料理も上手だし手芸もプロ並み。もう少し要領が良ければ、あんなことにはならなかったんだけど。何に対しても一生懸命で、こんな僕にも本当に親切だったなあ。もし彼女がアニメ、ゲーム、ラノベ好きだったら、本当にゾッコン惚れていただろうなあ。
「パパ、何かんがえてるん? ユーマママと何はなしてたん?」
「ん? ま、色々と。」
「ふーん。さては、ユーマママにこくられたとか?」
急停止し立ち止まる。ハア? コイツ一体…
「あのオバはん、パパにゾッコンだったじゃん。ミオあの人、大っきらい!」
はああああああああ…?
「ユーマがさ、言ってたよ。なにかと言うと、ミオちゃんパパ、ミオちゃんパパってうるさいって。ユーマにパパのすきなたべものなにかミオにきいてこいって言われたって。マジさかってやがんの、あのケショウおばけ。」
僕は思わずしゃがみ込んでしまう。軽い吐き気も催してくる。
「ユーマんとこのお父さん、ずっとかい外じゃん。だからこれまでもいろいろあったらしいよ、ユーマいわく。」
着ていたダウンが邪魔なほど火照ってしまう。なんだよそれ…
「ねんしょうのころ? ユーマがねつ出してそーたいしていえにかえったら、まりんパパと大ごえではだかでおすもうとってたって。それって、アレじゃん。キモ」
目の前が真っ暗になる。あの人が、まさかそんな…
てか、彩が言っていたことが全て事実だった…
その後。澪に引き摺られてようやく家に辿り着いた頃には、彩、佳代子さんをはじめとする女性という人種が信じられなくなっていた。ああ、例外は澪とゆっきー。