第1話 第1章

文字数 2,676文字

 最近洒落たコインランドリーが近所にできた。

 値段はちょっと高めだが、何しろ店内が綺麗だし備え付けのテーブルや椅子が、今までのコインランドリーとは思えない程お洒落なものなのだ。
 これまでは毛布や羽毛布団などはクリーニング屋に出していたのだが、何しろ家から徒歩五分、Wi-Fi完備でスマホゲームも問題無し、更にテーブルにはコンセントもあり、こうしてノートパソコンを開いたりできるので、僕は開店当初からのお得意さんだ。

 娘の澪を幼稚園に送った後、一通りの家事を終わらせてから、家での洗濯や乾燥が困難なものを開店時に貰ったランドリーバッグに入れて家を出る。
 僕は基本昼食を摂らない。朝食と夕食のみである。コンビニで買ったアイスコーヒーを片手にいつものテーブルにつき、家で洗濯してきたジーンズとバスタオルを大型乾燥機に放り込む。

 店内にはよく見かける主婦が二人お喋りをしている。時折こちらをチラリと見て二人でクスクス笑っているのが視野に入る。二人共とてもコインランドリーに来る様な服装とは思えない出で立ちである。この先のカフェでよく似合うお洒落な身繕いなのだ。

あの人絶対仕事してないわよねー
その通りです。
ちょっと怪しい感じしない?
決して怪しくありませんが。
下着とか取られちゃうかも…
あんたらの下着に全く興味ねえよ。
折角いい店なのにヤな感じよねー
お前らもな。

 乾燥機が止まり席を立つ。乾いたジーンズやバスタオルを瞬時に正確に畳むと、二人の目が点になるのを感じる。ランドリーバッグに入れ、店を出る。外は初夏を思わせる少し蒸し暑い感じだ。来月以降の梅雨の季節には、毎日この店に世話になることだろう。
 真っ直ぐ家に帰り、やり残した家事を済ませると一時過ぎ。我が家から徒歩十分の幼稚園のお迎えは三時なので、それまでは僕の時間だ。貴重な貴重な主夫の自由時間である。
 もし僕が普通のコミュニケーション能力を有していたのなら、園にママ友でも作り、ランチやお茶を楽しむのだろうな。でも僕は自他共に認める極度のコミュニケーション障害なので、一人家で引き篭もるのを好む。
 撮り溜めたアニメ、やりかけのゲーム、読みかけの漫画を楽しむ唯一の時間だ。そう。僕はコミュ障で引き篭もりの専業主夫なのです。

 今日も録画しておいた四月から始まったやたら血飛沫の飛び交うアニメを呆然と眺め、果たしてこれを五歳の、いや来月六歳になる娘に観せて良いものかどうか激しく悩んでいる。
 妻に似て大変賢い娘なので、園で箸箱を咥えて走り回ったりはしないだろうが、カッとなると何を仕出かすかわからない娘なので、あまり刺激物を触れさせない方がいいかな、と観終わった後、削除する。
 時計を見ると二時半だ。主夫の自由時間終了。さてと、澪のお迎えに行きますかな。

 澪の担任の先生が、真田さんちょっと、と手招きをするので渋々頷いて歩いていく。変な汗が脇と背中をドロリと伝う。
「澪ちゃんなんですが。ちょっと乱暴が過ぎまして、優馬くんを泣かせてしまいました」
 僕は頭が真っ白になっていく。
「何だったっけ? いちのかた みなもぎり、とか叫びながら箒で優馬くんを叩いて。何かのマネですかね、仮面ライダー系?」
 僕は大爆笑してしまう。いつの間に、澪のやつ…
「笑い事じゃないです! 家でちゃんと指導してくださいよ。」
 僕はズドンと落ち込み、小刻みに首を縦に振る。
「まあ、怪我がなかったのが幸いですけど。二度としないように、いいですか!」
 すいません、すいませんと呟くが先生には聞こえないだろう。先生は大きな溜め息を吐いて、
「しっかりしてくださいよ、お父さん!」
 額からの汗が目に入り、それを拭くと
「え… な、泣かなくても…」
 それを見ていた園児たちが、
「あーーー、美代せんせいが、みおちゃんのパパをなかせたあー」
「あーーー、おとながおとなをなかせたー」
 ちょっとした騒動になってしまう。遠くから澪がこちらを見つめ、肩をすくめている。

「もー。せんせいにしかられたくらいで、なかないでよ!」
「だ、誰のせいで… それより、澪。優馬くんを箒で叩いたりしちゃダメだろ?」
「あの子がさきにあたしのおしりさわったし。それにー」
「それに?」
「ちゃんとベホマしといたから。」
「ああ、それなら… って、ダメでしょ。ああ、それと、僕の録画したアニメ、勝手に観ただろ?」
「みたよ。それがなにか?」

 この開き直り方。母親そっくりではないか。良くも悪くも母親生写しの娘に、
「ダメじゃん、勝手に観たら。観る前に僕に確認してー」
「おもしろいじゃん。あたしねずこがだいすき」
「だろだろ! 原作は作画が終わってんだけどさ、さすがユーフォー! 原作を軽く越えちゃったよねー フタコイもFateも良かったけどー」
「でも、だーれもしらないんだよねえ… このままきえていくのかなあ…」
「いや、絶対バズる! 来年には映画化する! と思う!」
「パパのよそう、だいたいはずれるから。で、きょうのゆうはんなあに?」
「何がいい? ハンバーグ?」
「きゃあーー! ハンバーグ、ハンバーーーグ!」
 スピードワゴンかよ? こんな所はお子ちゃまなのです。

「きょうもママ、おそいの?」
 澪が僕がハンバーグを焼いている横でポツリと呟く。
「うん。さっき連絡があって、接待で遅くなるって。」
「せったい、って?」
「お仕事が上手くいくように、相手方と食事したりすることだよ」
「ふーん。パパも美代せんせいにせったいしなくちゃ!」
 危なくハンバーグがフライパンから自由落下する所だった。
「僕と、美代先生は仕事上の間柄じゃないよ。先生と保護者だよ」
 澪は首を傾げ、
「でも、うちはやえざくらようちえんにお金をはらってるんだよね、それでようちえんはわたしにいろいろおしえたりしてるよね、これっておしごとじゃないの?」
 うわ… 妻の遺伝子が蛆虫のように顔に湧き出てるわ…
「きも。ひどくない!」
 澪はプンプン怒ってリビングに行き、また勝手に人が撮り溜めたアニメを吟味しようとしているし。

 妻の彩は外資系コンサルティング会社に勤めている高給取りだ。この中古マンションも去年ローンを一括払いしてしまい、僕が働かなくても悠々僕と子供を養っていける。
 それだけに毎晩遅くまで仕事や接待に明け暮れており、娘の澪の世話はほぼほぼ僕のワンオペ状態である。
 そんな引き篭もり専業主夫、必殺のハンバーグが焼き上がりだ。幼稚園児にしては異様に大人びている澪も、これを一口食べれば。
「きゃあーーー、おいしーーー」
 ふふふ。日の呼吸、灼肉栄養。炸裂!
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