第5話 第5章

文字数 3,051文字

 その一週間後。ゆっきーは最小限の荷物を携えて我が家に到着する。

 澪の喜びは尋常ではなく、旦那との激戦で疲れ果てたゆっきーが破壊されるのでは、と思うほどぶら下がったり飛びついたり抱きついたり。
 けれどゆっきーの喜びも同等、いやそれ以上だったようで。澪をギュッと抱きしめると突如大声でギャン泣き始めたのだった。そんな二人の涙の抱擁を僕も薄っすら涙で見守るのであった。

 早速H Pの連絡先に電話をかけ、かくかくしかじかですので是非ご検討を、と申し出ると。
「事情はよう分かりました。追うて連絡させてもらいます」
 と前向きだか後ろ向きだかよう分からん対応にちょっと不安になる。二時間後、電話がかかってきて、
「婚姻届を出いてもろうて、法的な夫婦の証明をしていただかんことには、お受けできんです」
 との宣告に、僕らはうなだれてしまう。
「無理じゃん。だって、アタシの場合、離婚届出してから半年経たないと再婚できないんでしょ? 無理じゃん… 別のとこ探そっか。」
 僕はスマホで調べたその土地柄が大層気に入っていたので、何とかならないかローテさんに連絡してみる。
「そうやか。よし、おんちゃんに連絡してみる。」
 おおお、何とも頼もしい。その方便も何とも勇ましい!

 半刻後。ローテさんから連絡が入る。
「やっぱり難しいみたい。正式な夫婦じゃないと市の予算が降りないんだって。」
「そうですか… それでは僕らはちょっと無理ですね… 早くて半年先、ですかね…」
「ん? ゆっきーの離婚手続きになんか問題あるの?」
 スマホをスピーカーにしているので、ゆっきーも会話に割り込める。
「いーえ。フツーにさっき、離婚届出してきましたよ。昨日の夜、これにサインして明日中に区役所に出して、とっととここから出て行けって言われましたんで。午前中に受理されたと思うんすけど」
「それなら全然問題ないじゃない。今からでも再婚できるわよ、あなたたち。」
「「え… マジで?」」
「ただし、条件があるんだけど。」

 ローテさん… あなた何者なんですか? なんで民法に精通してらっしゃるの?
「友人がね、一昨年離婚した時、ずっと相談乗ってたから。でさ、その条件なんだけど。」
 僕らはゴクリと唾を飲み込む。
「あなた達、中に出しちゃってないわよね?」
 中? どこの中? それに出すって、何を?
「…言わせるの? いい? ゆっきーの…アソコに、」
 一瞬で僕らは赤面する。
「ヒッキーのアレを… 直接出したり、してないわよね?」
 二人して言葉を失う。
「それは…絶対…」
「ないっす… てか、アタシら…」
「まだ一回も…」
「ないっす…」
 ローテさんが素っ頓狂な声を上げ、そうなのあなた達、そんなら全然問題ないわ、今すぐ二人で区役所行ってらっしゃい。じゃあね、と言って逃げるように電話を切られた。
「ねーねー、アレってなあに? パパのアレってなあに? ゆっきーのアソコってどこ? ねーねー?」
 澪が興味津々で目を輝かせている、あ… スピーカーにしてたから全部聞かれて…

 澪を何とか誤魔化した後、ローテさんの言ったことに釈然としないのでググってみるとー ああなるほど、なんてことはなかった。数年前の民法の改正により、女性は離婚後半年でなく百日後から再婚可能となった。更に、女性が懐妊していないことを医師が証明すれば、いつでも再婚できることになった、ということだったのだ。

 全く、最初からそう言ってくれればよかったのに。
 流石に今から医者に行くのは急なので、明日の診察を駅前の産婦人科に予約し、僕らの結婚は明日、と決めた。
「てことはさ。今夜は、その、アレだね…」
 僕の期待と不安は残念と安堵に切り替わり、
「ま。これから先、いつでも、どこでも…」
「は? どこでもって、まさか変な場所であんなことさせようとしてんじゃないでしょーね」
「それ、ゆっきーの願望を僕に押し付けてね?」
「んまっ このエロ大魔神め。今年いっぱい、えっちなことさせないもん。ベーっだ。」
「いいもんね。そんなら自家発電もしくは優香ちゃんとたっぷり楽しみますから」
「ちょ… アタシの彼女に手出したら、お前のことをぶっ飛ばす!」
「ふんだ。おれは もう! 二度と負けねえエから!」
「二人ともいいかげんにしなさい。ミオおなかすいたんですけど。」
 結婚前日に娘に叱られる夫婦なのである。

 翌日。診断の結果、ゆっきーの懐妊は認められず。クリニックで診断書を書いてもらう。その際、女医先生に、
「診断書、書くけどね。常識的に考えてさ、こういう検査の前の日は、控えてもらわないと!」
 大層ご立腹な先生に、真っ赤な顔でペコペコバッタとなる二人だった。

 僕らは区役所でそれと婚姻届を提出し、晴れて正式に夫婦となったのだった。

 帰宅後、市の担当者に即電話をかけ、かくかくしかじかの状況となりました、と報告すると、
「おまさん達のような行動力を持った家族は大歓迎やよ。会えるのを楽しみにしちゅーね。」
 と大歓迎の意を示してくれた。

 四月からの新生活に備え、卒園式のある三月初旬過ぎに移りたい旨伝えると、面接をしたいから近々こちらに来て欲しいと言われ、来週末に三人で伺いますということになった。
「話がとんとん拍子すぎて、ついて行けねえ…」
「物事が進むときは、きっとこんなもんさ。ボストンに行くことになった時も、こんな感じだったし。」
「ほーん。てか、澪ちゃんは本当にそれでいいのかなあ。園の友達もこっちにいっぱいいるだろうし…」
「それな。でも、選択肢が他にない訳だし。ちゃんと話せばわかってくれると思うよ。」
 とは言いつつも。本当に澪は納得してくれるだろうか。一度も行ったことのない、縁もゆかりもない土地にいきなり行くぞ、と言ってちゃんと理解を示してくれるだろうか。
 ゆっきーを置いて澪のお迎えに園に行く。帰り道で澪に聞いてみー
「澪パパ! 入籍したって、ホントですか!」
「電撃婚じゃない! 芸能人みたい!」
「えー、相手どんな人ですかあー?」
 …ちょっと待て、婚姻届出したの、二時間前だぞ… 何故、皆さん知って…
 園ママ達に揉みくちゃにされながら、何とか澪の手を掴み、逃げるように帰路に着く。

「と言う訳なんだ。どうかな澪。」
 帰宅路途中の公園のベンチで二人。澪は遠くの葉の落ちた木々をなんとなく眺めている。
 ちょっと間があってから、
「ミオは。パパとゆっきーがいっしょなら、どこでもいい。」
 僕はまた、こんな小さな子に重荷を背負わせてしまうのだろうか。
「友達とか全然いない場所だよ。それでも澪は大丈夫かい?」
 寂しそうな笑顔で、
「パパじゃないし。ともだちなんて、すぐにつくっちゃうし。でも、一つおねがいがあるかも」

 僕は澪に向き直る。非常に珍しい、澪が僕にお願いをするなんて。澪のお願いといえば、ハンバーーーグくらいしか思いつかない。僕は真摯に受け止め、必ずその願いを叶えてやろうと決心し、
「いいよ。なんでも言って。叶えられるように全力で頑張る。」
「それ、ほんと?」
「うん。約束だ。」
 澪は嬉しそうな笑顔で、
「絶対だよ!」
「うん。頑張る。で?」
「おとうとといもうと。」
「へ?」
「ミオ、おとうとと、いもうとがほしい!」
 これは… 帰ってゆっきーに重要案件として即座に審議に入らねばなるまい…
「かぞく五人で、こうちにすみたい!」
 
 可及的速やかに帰宅し、第二回夫婦会議の開催を相談しなければならない。僕は返事もせずにベンチから飛び上がり、澪を引き摺りながら全力で帰宅する。
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