第十幕!山形の美容師
文字数 10,188文字
それに警察がいないとはいえ、罪のない人々を轢き殺すことなんて決してやってはならない。俺は、先生に速度を大幅に改造した理由を尋ねると、彼はこう答えた。
「戦場用です。」
「まさかこのバンを使い、暴走族を轢き殺しまくるとでも?」
「いえ、そのような暴挙は致しません。」
彼は楽しそうに笑みを浮かべながら、速度の改良を行ったわけを語る。それによると、俺たちは奥羽山脈を突破したのち、暴走神使が割拠している太平洋側へ足を踏み入れる。奴らはその辺の不良少年達とは異なり、改造した特殊バイクで戦いを繰り広げるらしい。特殊バイクの時速は、200キロを優に越して行くと言われていて、先生が動画サイトで確認したところによれば、彼らは東北自動車道をアウトバーン顔負けのスピードで疾走していたそうだ。つまりは、それに勝るスピードがなくては、追撃する場合やいざ逃げることになった時、非常に苦労してしまう。だからここまで過剰な改良を行ったのだそうだ。
それにしても、世界で活躍していた先生の人脈と知識、その知識を形に変える典一の技術。素晴らしいとしか言葉が出てこない。
話の内容が面白くなりのめり込んでいると、紗宙が首を突っ込んでくる。
「けど、そんな速度出せても、レーサーみたいな運転技術を持っている人間がこの中にいなくないですか?」
彼女の純粋な質問を聞いた先生が高らかに笑う。俺と彼女は、よくわからない彼の笑いをポカンと見つめていた。それから俺たちの期待へ更に追い討ちをかけてきた。
「そこはご安心ください。私がいたしますので。」
革命団全員が首を傾げる。彼はどこでそんな技術身につけたのか。俺からの問いに対して、彼は臆することなく答える。
「仕事でドイツに住んでいた時、本場のアウトバーンで腕を磨きました。それもプロのレーサーの指導のもとで。」
俺は、彼がなんでもできる天才ということに改めて関心を抱く。また天才の裏には、それを証明できる確固たる努力の数が存在するのだと思い知らされた。
◇
話題にひと段落がついた頃。紗宙が俺の髪をチラチラ見てくる。寝癖でも見つけたのだろうか。そう思うと恥ずかしくなり、官軍病院で頂いた手持ち鏡で髪の毛をチェックしてみた。でも、特に変哲もなく、強いて言うなら髪が女の子みたいな長さまで伸びてきたことくらいだ。
昔からロン毛に憧れていたけど、親や会社が怖くて挑戦出来なかった。だからこそこの旅を機にロン毛で生きていくと決め、先生に負けないくらい伸ばしてやりたいと思い続けていた。
鏡をしまい込み、寝癖がなかったことがわかったところで、彼女が何を見ているのかが気になった。故にチラッと見返してやると、彼女が俺の長い髪に手櫛を入れる。
「そろそろ切った方がいいよ。山形ついたら美容室にでも行かない?」
俺も整えたいと思っていたところだ。とはいえ、紗宙の言うように短髪へ戻したわけではないけど。
寄り道をするからにはメンバーへの確認が必要だ。とりあえず先生に確認を取ってみると、彼は真面目な表情で答える。
「このチームのリーダーはあなたです。私はあなたに従います。」
そうだ、すべての決定権は俺にある。それをいつも忘れてしまう。俺は、紗宙とともに美容室へ行くことに決めた。
その流れで、今度は俺が先生の長髪に目を向けた。彼は、自己啓発セミナーの講師を務めていた頃から、海外のメタルバンドのメンバーくらい長い黒髪ロングストレートのヘアスタイルだ。きっと戦いの最中、邪魔に感じていることだろう。
「先生は髪を切らないのか?」
「ファッションです。」
彼は、質問を一言でバッサリ切ってしまった。紗宙が薄ら笑みを浮かべつつ彼に尋ねる。
「凄いですね。私より長いのに邪魔にならないんですか?」
「邪魔と感じたことは一度もないですよ。このいでたちが一番集中できるのです。」
3人で和気あいあいとしていたら、入りたそうにしていた典一も混ざってくる。
「先生は俺と真逆ですな。俺はこのスキンヘッドが一番集中できます。」
同じ空間に長髪とスキンヘッドがいる異様さ。俺と紗宙は思わず笑っていた。先生も笑いながら、個性豊かで何よりです、と答えた。
そんな会話をしていると、トランクで弾薬や武器の手入れをしていたカネスケが声をかけてくる。彼も髪型は気にしている方だからてっきりそのことかと思ったけど、どうやらそうではないようだ。彼の視線は、車の後方を鋭く睨みつけていた。
「早速奴らのお出ましだぜ。」
激しい機械音が遠く後方から響き渡り、旭日旗をなびかせたバイクの一団がこちらへ迫ってくる。
「どうするよ。やるなら接近してくる前にやった方がいい。」
いつもに増してテンションの高いカネスケ。改良したバンの乗り心地がよほど快適なのだろうか。
俺は、イキリ立つ彼を諌め、それから先生に尋ねる。
「あのバイクは特殊バイクか?」
「わかりません。ですが、恐らくは特殊バイクだと思われます。」
「どうすれば良い。追いつかれるくらいなら、いっそのこと迎え撃つか?」
「リーダーはどうしたいのですか?戦いたいのか?戦いたくないのか?」
「戦いたくないに決まっているだろ!」
「ならば、戦うのはやめるべきです。」
「だが、このままでは追いつかれてしまう。だから戦うしか道がない。でも今の俺たちに勝てる見込みがない!」
「では、逃げる以外選択肢はなさそうですね。」
「だがどうやって!?」
先生は、サイドブレーキの横に付いている太いレバーに手をかける。
「試してみせましょうか?改良バンの実力と私の運転技術。」
俺は、バンの改良速度のことを思い出し、その手があったかと納得をして座席にふんずりかえる。だが、先生はそんな余韻に浸ることもなく、グイッレバーを引き、アクセルを踏み込んだ。するとバンの速度が250キロまでブチあがる。身体が後ろに引っ張られ、車窓から見える景色もぐんぐん変わってゆく。もはや新幹線に乗っている気分だ。後ろから迫ってきた暴走族も、数分後には見えなくなってしまった。
奴らを巻いたとはいえ、一難去ってまた一難。山道はまだまだ続く。しかし、この道をよくそんなスピードで走れたものだ。感心して良いのかわからない。急カーブで速度は落としているとはいえ、恐ろしくて外の風景を見ることはできない。だが、不思議なことに全く揺れを感じない。この自動車を改造した典一にそのことを尋ねると、彼は胸を張って答える。
「田中氏の出資のおかげで、ドイツの最新技術を駆使した座席を取り付けることができました。その座席は、遠心力を軽減させるどころか、打ち消すことができるのですぜ。」
余計な揺れがなくなることを知り、いつ終わるかもわからないこのドライブが楽しくなってきた。さっきまで湧いていた恐怖心が何故かワクワクに変わり、調子に乗って窓を開けようとすると、先生がそれを止めた。どうやらこの時速で窓を開けることは相当危険だと言う。
戦いの時以外は、基本的に高速走行中は窓を開けてはいけないらしい。
◇
速度250kmである。あっという間に山を抜け、目の前に山形盆地が顔を出した。しかしここで、忘れられない現状を目の当たりにする。
道端で通りすがったコンビニは、イカつい族車が駐車場を埋め尽くていて、壁やガラスが落書きまみれとなっていた。屋上にマッドクラウンの旗がなびいており、隣接している田園には、人の死体が2〜3体捨てられている。その腐乱状態を見て不意に吐きそうになる。先生も同じく険しい顔で光景をみていた。他の3人は誰も気づいてはいないようだが。
俺は、あの異様なコンビニと暴走族の姿に圧倒されてしまった。 ここに至るまで、少なからず現実の残酷さを目の当たりにしてきたつもりではあったが、それらを余裕に上回っている。
「マッドクラウンに占領された地域は、皆あのようになってしまうのです。気づかれてはいませんが戦うと厄介ですので、ひとまず距離を取り、先を急ぎましょう。」
さっきの光景がどうしても目から離れなかった。助けに行きたかったが、今の俺たちでは明らかに勝ち目はない。この世の中に、二度とあのような悲劇を生み出さないためにも、国を起こして新たな世界を作らなければならないのだ。悔しさを飲み込み意識を前へと向ける。
◇
しばらくしてから、本来この国には存在しない検問所が見えてきた。検問所では、車内検査と暴走族関係者ではないことの証明をしなくてはならないそうだ。
まず車内検査においては、武器所有の言い訳を考えるのに頭を使う。無法地帯とはいえ、法律では集団武装は犯罪に当たるからだ。どうしようか考えていると先生が即座に起点を聞かせてくれた。
彼の提案により、新潟官軍から札幌官軍へ内密に武器を送り届けている途中ということにしたことで、難なく検問を通過できた。
暴走族検査においても、マッドクラウンの証でもある腕に7つの根性焼き、背中に彫られた泥の怪物の刺青がないことがわかると、これまた難なく通してもらえる。
検問所を抜けた先で仙台官軍の兵士達が集団戦闘訓練を行なっている。まとまりの取れた動き、連携技、それから個人個人の身体能力。新潟官軍以上のパフォーマンスと規模に圧倒されるばかりである。
道の駅で休憩してから、再び市街地へ向けて移動。カネスケが道の駅の喫煙所でタバコを吸っていた時、近くにいた軍人から聞いた話によれば、近々マッドクラウンと一戦を交えるらしい。その為、検問所付近に部隊を集結させ、戦いの準備を備えているとのことだ。
道の駅を出てから、徐々に市街地へと近づいていく。それに比例して、大自然や荒廃した街並みは姿を消し、人が行き交う住宅街が多く目に入ってくる。
市街地エリアに着くと、そこには俺達が一番よくみてきた日本の景色が見られるようになった。コンビニ、ファミレス、ガソスタ、どれもしっかり営業している。街の人も法定速度を遵守している。
山形市は、東北の中で数少ない安全区域が故に、各地から逃れてきた人達で街は溢れかえり繁栄。まるで池袋にでも行ったかのような感覚となった。
旅に出てから約2ヶ月。いつの間にか当たり前の光景もありがたいと感じられるようになっていた。それが果たして良いことなのか悪いことなのか、微妙なところである。
5人を乗せたバンはぐんぐんと街を進み、宿の駐車場へ入る。チェックインの時間まで余裕があった為、典一は車の点検、先生は知り合いの企業に出資を求めるべくその会社へ。カネスケは、息抜きにラーメン巡りの観光。そして俺と紗宙は、約束していた美容室へ行くことにした。
◇
予約した美容室が七日町にあり、宿のある香澄町からだと少し距離がある。人で賑わうすずらん通りを抜け、車が行き交う大通りを目的地へ向かって2人で歩く。どこかプチデートしている気分だ。
俺が緊張しているのを隠してクールぶっていると、彼女が尋ねてきた。
「なんで遠い場所を選んだの?」
「2名で来店すれば1名無料になる、ってキャンペーンに引かれたから。」
「確かに魅力的だけど、距離遠いじゃん。」
「せっかくここまで来てることだしさ、たまには気晴らしに散歩も良くない!?」
俺は、カッコつけたいばかりに若干苛立ちを見せてみる。素っ気なく返事をする彼女を見て見ぬフリをしながらも、早歩きをせずにカッコつけて歩幅を合わせた。
町にはいたるところにラーメン屋があり、独特な辛味噌の匂いが漂ってくる。俺達は腹をくすぐられてばかりだ。
そんなことを考えていたら、あっという間に美容室へ到着。ビルの3階にあるそのお店は、こじんまりとしていて小洒落た雰囲気だ。
ドアを開けると、黒髪を後ろで縛った中学生くらいの女の子がレジに立っていて、俺たちと目が合うと気さくに話しかけてくる。
「予約の人ですか??」
紗宙が内容を伝えると、彼女は俺達を椅子へ案内してからバックルームへ担当者を呼びに戻った。
担当者が来るまでの間、暇を持て余すあまり店内の装飾を眺める。木目を基調としたお洒落な内装だ。久々に嗅ぐシャンプーと染め粉の匂い。有線でながれている音楽は、昔カネスケに無理矢理つれて行かれたクラブで流れていたようなゆったりとした洋楽。どこか懐かしくて、改めて平和というものを噛みしめた。
となりに座っている紗宙は、棚に置いてあるファッション誌を手に取り、ペラペラめくりながら楽しそうに読んでいる。その姿を見ていると、革命とかそういう血生臭い世界に引き摺り込んでしまったことに、改めて後ろめたさを感じてしまう。彼女は革命家なんかよりも、ファッションモデルの方が数万倍は様になるのだから。
彼女に触発され、棚からメンズヘアーカタログを取ろうとした時、奥からオレンジ色の髪のギャルっぽい店員が出てきて案内された。その容姿端麗なビジュアルは、紗宙に劣らない美貌を放っている。背も高く、細身でスタイルも良く、程よい抜け感のある大人っぽい雰囲気の服。カネスケが見たら、きっと1発で惚れ込むだろう。頬を赤くしてデレデレしている彼の姿を想像しながら、紗宙と共に部屋の奥へと進んだ。
オレンジ髪の彼女は、俺が席に着くと自己紹介を交えながらヘアスタイルのヒアリングをしてきた。
彼女の名前は市ヶ谷結夏(いちがや ゆな)。仲間からは、ゆなっちゃんとか、ゆなとか呼ばれているそうだ。彼女も2年前、俺たちと同じように東京からこの山形へやってきたのだと言う。
とはいえ、なぜわざわざ治安が悪化している東北へ移り住んだのだろうか。最初は理由を教えてくれなかったが、ヒドゥラ教と戦っていることを話すと、気が変わったように教えてくれた。
どうやら東京で勤めていた美容室の店長が、息子をヒドゥラ教団から脱会させようと活動していたらしい。それが教団の逆鱗に触れてしまい、お店に毒ガスが巻かれる事件が起こる。そして、犯人をたまたま目撃した彼女が命を狙われるようになり、お店をやめて山形まで逃れてきたのだそうだ。
彼女が逃れてきた2年前の東北は、まだ教団の影響力が薄かったので、山形へ来たのは正解だったのかもしれない。
この地に逃れてきた結夏は、隣で紗宙の担当をしている流姫乃のツテでこのお店に身を寄せ、仕事をしながらひっそりと暮らしているのだそうだ。
こんな話をしていると、レジの方から男の子と先程の受付の女の子の大きな笑い声が響いた。結夏が注意をすると、彼女達は文句を言って店の外へ行ってしまった。
「申し訳ございません。娘にはまた注意しておきます。」
「結夏さんの娘さんなんですか?」
結夏は、出口の方を見ながらため息をつく。
「義理のね。まあ、姉妹見たいな感じだけど。」
義理という単語が頭に引っかかる。もしかしたら、あまり首を突っ込んではならないナイーブな内容だったかもしれない。嫌われるのが怖くて困惑している小心者の俺とは対照的で、彼女は特に臆することもなく事情を語る。
「あの子、灯恵(ともえ)っていうの。実家が母子家庭で妹と3人で暮らしていたらしいわ。でもある日、あの子が遊びから帰ってきたら両親が何者かに殺されていて、それで孤児になったあの子と妹は親戚に預けられた。」
彼女の顔が少しばかり曇る。そして続きを話す。
「ただその親戚が最悪で、あの子をヒドゥラ教へ売り飛ばそうとしたのよ。それであの子は家出して、数日間何も食べずに都内を彷徨っていた。そして渋谷の街で倒れていたところ、たまたま私が見つけて助けたの。」
「壮絶な人生だったんですね。でもそれって誘拐にならないんですか?」
「世間的にはそうね。彼女の親戚は、財産が消えたとか言って騒いでたらしい。だから本当なら、見つけた時にすぐ警察へ届けていれば良かったのかもしれない。けど彼女は、無意識にかすれるような声で、『家に帰ったら殺される。』って言ったの。そこで私の家で気持ちを落ち着かせてから話を聞いてみたら、そう言う事情だったわけ。」
シリアスな内容に会話の空気も重くなりかける。それにブレイクタイムを挟むように受付の電話が鳴った。彼女は、一旦席を離れて電話対応をしてからまた戻ってきた。
「でも私は思う。子供を財産としか考えず、挙句の果てにはカルト教団へ売ろうとした親戚の元に返すくらいなら、私が面倒見た方が絶対に良いって。」
俺もそう思う。そして誰しもがその立場なら、彼女と同じ選択を選ぶだろう。金の為にあんなクソみたいな教団へ身内を売る奴なんて、鬼畜に他ならないのだから。
「灯恵ちゃんも結夏さんも幸せなら、それが一番良い選択だと思います。」
「そうだよね。でも戸籍上親権が無いし、保護者でもなんでもないから、役所の手続きやそういったことが何もできなかった。だから学校にすら通わせてあげられなくて、それが凄く悔しい。もう中三になる歳なんだけどね。」
俺は何も言えず、ただ下を向くことしかできない。もっとコミュ力があれば、的確な言葉を返せていたに違いない。漂う沈黙に包まれつつ、何もできない自分への悔しさが込み上げた。
空気がどんよりしてくると、それを敏感に感じ取ったのだろう。彼女は、俺の長い髪を整えながら話を始めた。
「暗い話になってごめんね。あの子、コミュ力高いからすぐに友達作っちゃうし、なんだかんだで楽しくやってそうに見えるでしょ。でも、実は寂しがりな所もあるの。だから、良かったら仲良くしてあげてね。」
俺は、義理の娘に愛情を注ぐ姿を見て心を打たれ、鏡越しではあるが彼女と目を合わせて力強く頷く。結夏も、そして灯恵も、こんな荒廃した時代に生まれていなければ、もっと幸せな日常を遅れていたに違いない。そう思うと心が痛かった。
約1時間ほどで俺の整髪が終わる。先生みたいなロン毛に憧れていたので、長さはそのままで整えてもらうだけにとどめることに決めた。結夏がこれだけで良いのと尋ねてきたものの、短髪へ戻す気は一切ない。
それからまた1時間が経過したころ、紗宙の染髪も終わる。彼女は、染め直した茶髪にとても満足しているのようだ。
お会計の際、結夏が美容室の会員カードを作って渡してくれた。また来てね。そう言ってくれたが、来れたとしても何年後になることやらといった感じだ。もしかしたら、明日にでも死んでいるかもしれない世界に身を置いているのだから。
彼女に別れを告げてビルを出ると、灯恵と男の子が楽しそうにゲームをして遊んでいる。俺と目が合うと、彼女は手を振って見送ってくれた。
彼女の明るさは、壮絶な人生を送ってきたようには思えないほど純粋だ。俺は、2人の幸せを願いながら帰路に着いたのである。
◇
「懐かしいな。中学は、勉強めんどくさかったけど青春してたな。」
帰り道で彼女が話を切り出した。確かに紗宙からしてみれば、中学は光り輝く過去の記憶なんだろう。でも俺にとっては、その眩しすぎる栄光によってできた深く暗い影のような日々であった。
あの頃に戻りたいなど思ったことはない。もちろん、やりなおしたいとは常に考えてしまうのだが。
俺は過去のことを思い出すと、毎回頭に思い浮かぶ憎い奴がいる。
「てかあいつってもう死んだかな?」
「あいつって誰よ?」
「紅池豪。」
「懐かしい。私も詳しくないけど、少年院を出所してから起業したって聞いたよ。今は何しているかわからないけど。」
何食わぬ顔でその男の話をする彼女に対して、俺は少しイラついてしまう。
「なんであんな極悪人が成功するんだよ!」
「どうした急に?」
「すまない。昔のことを思い出すと、あいつやその取り巻きたちのことが頭に湧いてでてきて、はらわたが煮え繰り返る気持ちに陥るんだ。」
紗宙は、過去を思い出したかのように申し訳なさそうにする。
「ごめん。豪と蒼ってあまり仲良くなかったよね。」
俺は自分から話題をあげといて、彼女に気を使わせてしまった。それがとても情けなく思えてきた。
豪は、俺の同級生の不良である。彼と仲間による虐めのせいで、学校に来なくなった人は何人もいて、親友の翠太もまさしくその一人であった。中学卒業後、ついに人を刺して少年院送りになったと聞いていたが、まさかそこまで輝いているなんて...。
そんな話を聞いたら、頭に血が上ってしまったのだ。俺が彼女に謝ると彼女は言う。
「別に気にしてない。でも、過去にずっと囚われていたら何も変わっていかないと思う。」
確かにその通りであった。でも俺は、まだ過去の怨念や嫉妬を捨てきれずにいた。
◇
昼食を済ましてからホテルのロビーで休んでいると、ラジオのニュースで速報が流れた。どうやら、宮城県にある仙台官軍の蔵王駐屯部隊が、暴走神使の襲撃によって壊滅。仙台と山形を繋ぐパイプラインが断たれてしまったそうだ。その影響で山形自動車道が封鎖されてしまった。
これでは、仙台に行くことができない。俺が考え込んでいるとカネスケが戻ってきた。
「ここから北上して、東根ってとこから山を越えるルートがある。そこから行こうぜ。」
「山形から仙台へ向かう主要ルートは、全て官軍によって封鎖されている。さっき調べたらその道もダメだった。」
「それなら、新庄から山を越えて古川へでるルートはどうだろう?」
「そうか!秋田公国の勢力圏であれば、封鎖されていない可能性もあるのか!しかし、リスクは高そうだな。」
「でも、官軍のバリケード突破するよりかはリスクが低いだろ。それに、秋田公国がどんなところかを見れるメリットもある。」
確かに官軍のバリケードを無理やり突破して、国家を敵に回すのは避けたい。それに彼らから追撃を受けながら、前から来る暴走神使と戦うことこそデメリットでしかないのだ。
「急がば回れってことだ。新庄コースで進もう。」
こうして俺は、北へ大きく回り込む形で仙台へ向かうことを決めた。
それから意気揚々と駐車場へ戻ると、車の改造を終えた典一が一人で筋トレをしている。俺たち二人の存在に気づくと、すぐに腕立て伏せを中断する。
「リーダー、それにカネスケ!見てくれ!このできばえを!」
彼の指した先には、バンの上に取り付けられた新たな収納があった。荷物や武器が入りきらなそうだったことを見かねてつけてくれたのだ。先生のバンが彼の考案により進化していくのを見ているのが日々の楽しみとなっていた。
「これで少しは広くなった。次はどんな仲間が乗るのかな。」
典一の言葉を聞いて、俺もカネスケもワクワクしてきた。この先、どんな仲間と出会ってどんな出来事が待っているのであろうか。紗宙も言っていたが、過去に囚われて闇に心を浸しすぎるのは良くない。そして未来に起こるであろう希望を妄想していた方が有意義な時間を過ごせるに違いない。
3人でワイワイしていたら、いつの間にかチェックインの時間を過ぎていた。俺たちは、先生や紗宙と合流して宿へ入る。
◇
翌朝のことであった。美容室に忘れ物をしたことに気づき、5人で七日町まで赴いてから、車に4人を待たせて例のビルへ向かって走る。
美容室の前に着くと、本日は臨時休業と書かれた看板がかけられていた。しかし、中に誰かいるようだったのでノックしてみる。すると、目を真っ赤にした結夏が出てきた。
彼女は、元気がないことを隠すかのように、振り絞った声で言う。
「昨日はご来店ありがとうございました。いかがいたしましたか?」
「休業中に申し訳ありません。昨日ハンカチを忘れてしまったので取りに来ました。」
彼女は、それを思い出したかのように持ってきてくれる。だが明らかに様子がおかしい。
「どうかしたんですか?」
すると、声を震わせて打ち明けてくれた。
「灯恵が行方不明なの。昨日から家に帰ってこないし。しかも流姫乃とも連絡が取れなくて。手当たり次第探したんだけど見つからなくて...。」
俺の心は、反射的に悪意に満ちる。その悪意とは、適当に流してとっとと4人の元へ行こうと考えたことだ。しかし、昨日の話を思い出すと、彼女が大切なものを失った悲しみが深く伝わってきて、傍観しててはいけないと思ってしまった。
「それなら俺も手伝います!必ず見つけ出しましょう!」
軽はずみな関与。ついついカッコつけて言い出してしまった。彼女は、他人を巻き込むのは申し訳ないと断ってきたが、ここまで聞いといて引き下がるのも人としてどうかなのだろうか。だから俺は、協力したいと強く願い出た。
彼女は、それでも気にするなと言ったけども、俺は引かずに説得。すると、わかってくれたようで一緒に灯恵達を探すことに決まる。
そして、4人に連絡を入れ、灯恵と流姫乃の捜索の手伝いに協力する指示を出した。革命団においてリーダー命令は絶対である。とはいえあの4人は、困っている人を放っておけるような人間ではない。快くこの判断を受け入れてくれる。
こうして俺たちは、結夏とともに2人の捜索を開始することとなったのだ。
(第十幕.完)