第二十幕!錦ケ丘の合戦
文字数 10,105文字
昨晩は早く寝たので、みんな体調がすこぶる良さそうだ。しかし、敵地であるが故に、男性陣が交代で見張りを担当していた。その為カネスケは、交代で起こされてから寝れていないので、ちょっと眠そうにしている。
30分くらい走ったころであろうか、道の向こう側に大きなニュータウンが姿を現す。先生のタブレットで現在地を確認すると、どうやらそこが錦ケ丘だという。暴走族との衝突はなるべく避けて通りたい。一気に駆け抜けようと、思い切りアクセルを踏み込んだ。
車がみるみると速度を上げ、100キロを越えようとしたあたりで、俺はブレーキを踏んだ。理由は、前方に並んで立ちふさがっている黒い影である。
カネスケが目を擦りながら、寝ぼけて過激なことを言う。
「なんだあれ?族か?轢き殺しちまおうぜ。」
彼よりも目が良い俺は、その黒い影がなんなのかを把握することができた。 そして、その光景がはっきり確認できた時、恐怖で萎縮しそうになった。前方の道を塞いでいるのは、鎖で繋がれて一列に並べられ、こちらに向かって土下座をしている血だらけの人間たちである。状況を考えると、恐らくはここに住んでいた民間人なのだろうか。
後ろの席に座っている灯恵と結夏が手で顔を覆った。さすがの先生や和尚や典一も、驚きを隠せないようである。カネスケは、寸前まで寝ぼけており、車が停車した時にその光景に気がついて声をあげた。
先生が冷静に周囲を見渡す。一件閑静な住宅街に見えるこの場所は、家屋をよく観察すると、窓ガラスが割れていたり、網戸にタバコの火で焼いた後があったり、落書きがあったりと、カスによる支配の爪跡が刻まれている。とはいえ、パッと見るだけでは閑静な住宅街なのだ。そして、そのメインストリートに並べられた鎖で繋がれた血だらけの人々。ここまで異様な光景は見たことがなかった。
「これは予想外でした...。」
「ひ、引き返すしかないだろ。」
冷静な先生に対して、カネスケの声が明らかにひよっている。これが戦場を渡り歩いてきた人間と、そうではなかった一般人の違いなのかもしれない。
俺だってカネスケと同じで怖い。だが、意地でも強がらなくては、このチームをまとめ上げることはできない。だからこそ、怖いという気持ちを殺し、彼らを助けてから突き進む道を押し通す。
「怖いけど、彼らを解放しないか?」
「だけどさ、これはやばいぜ。引き返さないと俺たちの命も危ない。」
カネスケは、日和っている割に頭は回る。状況がどれだけ危機的なのかくらいはわかっているようだ。これが罠であることくらいわかる。しかし聞こえたのだ。エンジンを止めなくても、かすかに車内に入ってくる、掻き消されるようなか細い救援要請。彼らはみんな、俺たちに助けを求めている。
「どっちみちもう手遅れなんだ。だったら助けて前に進もう。」
すると先生は、さりげなく恐ろしい現状を報告する。
「そうですね。奴らはもう我々を取り囲んでいるようですから。」
カネスケが横目でサイドミラーを確認すると、後方から轟音とともに、改造されたバイクが数台向かってきているのがわかった。窓の外を見ると、両サイドにある家から、続々とイカついヤンキー達が出てくる。
これから、血生臭い抗争が始まる。俺は、それが明確になった時、灯恵と結夏に告げた。
「車の中で待っててくれるか。」
2人は、絶対に死なないでねとばかりに、強い目線を交わしながら頷く。それを確認してから、俺は男たちに言い放つ。
「戦うぞ!!」
防災用ヘルメットを頭に被る。そして、拳銃と鉄の棒を手に取ると車から降りる。その姿は、まるで昭和時代の学生運動のようだ。それを見た他のメンズ4人は、それぞれ戦闘準備をすると何も言わずに外へ出た。
カネスケは、さっきまで日和っていたくせに、いざやるとなったら目つきが変わる。彼の心のスイッチが入ったのだろう。最後にバンを降りる彼は、結夏に一言だけ言い残す。
「車の鍵、閉めとけよ。」
結夏は、当たり前のことを言われて少し戸惑ったが、その通りに車の鍵をロックする。そして、いつものおちゃらけた雰囲気の違う、仕事人としてのカネスケの背中を見守り続けた。
◇
後方から、この族隊のボスらしきパンチパーマが近づいてきた。体格も身長も俺と同じくらいだが、奴の放つ異様な雰囲気は、一般人として真面目に生きてきた俺に異常なまでの不快感と、死をも連想させる恐怖心を与えていた。
「おいおいおい。お前らここが誰の土地かわかって入ってきてるのかな?」
俺は、ヤンキーも苦手な物のうちの一つである。言葉が喉に詰まってなかなか出てこない。それを良いことにパンチパーマがほざく。
「こいつビビってるぜ!だっせー!!!」
そう言うと、周りの頭の悪そうなヤンキー達が、ガハガハ汚い笑い声で笑った。俺がイラついて殺意むき出しのガンをつける。するとパンチパーマの頭に血が登り始めたようだ。
「 お、陰キャラがいきってんじゃねーぞ!そのおもちゃの拳銃で何ができるのか楽しみだなあ!」
そして、パンチパーマはさらに近寄ってくる。低俗な癖に舐めやがって。そう思った俺は、一言だけ口から出すことができた。
「来るな...。」
しかし、相手が足を前へ踏み出そうとする。だとすれば、これは正当防衛である。自分を納得させると、もはや何の抵抗感もなくパンチパーマの股間を銃で撃ち抜いた。凄まじい怒号のような銃声とともに、怒りの鉛玉が奴の股を貫く。あまりの痛みに悶え苦しむヤンキーを見下しながら、立て続けて彼の目に銃弾を撃ち込む。そのパンチパーマは、更に酷いうめき声をあげて数秒間あがき、そして化石の如く動かなくなった。
周りのヤンキー達は、それを見て驚きを隠せずにいるようだ。恐らく今までここを通過しようとした人間は、武器も持たず人も殺したことがないただの一般人ばかりだったのであろう。
俺は、奴らがひるんだところを見逃さない。片足で死体を踏みつけ、車を取り囲む不良品達へ言い放つ。
「お前ら!!死にたくなかったらこの街から出て行け!!失せろカスが!!!」
さっきまで、怯えて声が出なかったのが嘘のようであった。強そうな奴を打ち倒したことが、また1つ自信につながったのか。それとも無意識の空元気なのか。声が喉から吹き抜けるかの如く外へ飛び出した。
しかし、ヤンキー達も怯んでばかりではない。体勢を立て直すと、四方八方から一斉に襲いかかってくる。
総勢50人はいるであろう不良の集団は、果物包丁や金属バット、トンファーなど各々が凶器を所持している。そしてどいつもこいつも殺人をしたことのあるような人相をしていた。
俺と先生は、拳銃で近づいてくる敵を、まるでゾンビゲームをやっているかの如く撃ち殺していく。カネスケも所持していた警棒で、向かってくる相手をなぎ倒す。典一と和尚は、お得意の正拳突きで無双状態に入っている。
俺たちがひたすら殺し続けると、実力を知ったヤンキー達は怯えて逃げ出し始めた。 俺は逃げるヤンキー達を、背後から1人1人撃ち殺していく。カネスケがもう辞めろと言っていたようだが、俺は悪魔達が生きていることにすら嫌悪感を覚えた。そして、その嫌悪感以上に報復が怖かったのかもしれない。気づいた時には、目の前に死体の山と血液の湖が広がっていた。
他の4人が愕然とした顔をしている。俺は、そんな仲間達を置いて、1人先に鎖で繋がれた住人達の救助に当たる。遅れて4人もやってきて、無事に住人達を解放することができた。
彼らは俺たちを、救世主とか恩人とか言って煽ててくれる。しかしこの時、カネスケは思ったのだと言う。北生蒼は、いつの日かとんでもない男になってしまうのではないかと。一方の先生は、俺が住民達と話しているところを冷静な目で見つめていた。
◇
車に戻ると、結夏達が心配の声をかけてくれる。そこで彼女らに言われて気づいたことが1つあった。それは、意外にも重傷を負っていないということだ。奴らが雑魚すぎたのか、それとも俺たちの修行の成果なのか。とにかくこのことは、成長の実感と自信へとつながった。
少し浮かれてしまったが、冷静に考えて状況は最悪に変わりはない。俺たちは、暴走神使に喧嘩を売ってしまったわけなのだから。俺は、気を取り直すと住人達との話を彼女らに共有した。
錦ケ丘には、かつて大型のショッピングモールがあったが、現在は廃墟と化していて暴走族の根城になっているのだと言う。そこで、できれば奴らを討伐して、街から追い出して欲しいとのお願いを受けた。
本当は、すぐにでも先へ進み、紗宙の元へ向かいたいところだ。しかし、奴らを討伐しなければ、報復のヤキで住民達が酷い虐待を受けることになる。俺は、関わった以上はケジメをつける為にも、暴走族を討伐することに決める。住民達の事情を考えると、この決断に意を唱えるメンバーはいなかった。
廃墟のショッピングモールへ向かう途中、カネスケが俺を怪訝そうに見続けていた。彼は恐らく、先程の戦いにおいて、俺へ不満があるのだろう。そう思っていると、彼から話を切り出してくる。
「あんまりやりすぎるなよ。」
「やりすぎた覚えはない。」
なんのことだろうか。頭の良いカネスケならば、あのくらい徹底的にやらねば、舐められて更なる被害を生むことくらいわかっているはずだろう。
「いや、だってさっき。」
「無駄な殺生をした覚えはない。」
別に悪気なんて一切ない。やらなければやられる。刀を抜かれる前に刃をへし折る。昔、英雄の伝記で読んだ、乱世の掟である。
カネスケは黙ったまま、それ以上何か言うことはなくなる。 彼はただ、悲しそうな顔をしながら窓の外へと目を背けるだけだった。
俺も少し気分が悪くなり、しばらく黙りを決め込もうと考えていた。そんな俺に先生が言う。
「今はこれからのことを考えましょう。」
まあ、無駄なことを悩んでいても何も変わらない。俺はコクリと頷くと、住民から聞いた情報を思い出して頭の中を整理して行く。
「敵の数は相当居そうだ。むやみに突撃しても死に急ぐだけだが、どう攻め込むか?」
「そう難しく考える必要はございません。 我々のやるべきことは、この街から奴らを追い出すこと。そしてやってはいけないことは、誰かが犠牲になることです。」
「なるほど。具体的にはどうする?」
「住民からの情報ですと、モール跡地の南側にある駐車場に、奴らのバイクが止まっているそうです。まず奴らの最大の武器である特殊バイクを全て破壊します。」
先生が一呼吸置こうとすると、気を取り直したカネスケが会話へ割って入ってくる。
「先生の作戦わかったぜ!ずばり、奴らの戦意を削ぎ落として、戦わずして戦いに勝つってことだ!」
「まあそんなところですが、奴らはノリと根性だけで生きてきた負けず嫌いのイキリどもです。向かってくる輩もいるでしょうから、結局は戦う羽目になります。しかし、大多数は金魚のふんのような奴ら。我らの力を見せつければ、すぐに逃げ出すでしょう。」
俺は、先生が彼らしからぬ毒トークをふんだんに含ませてきたことに、ついつい笑ってしまう。そのおかげで肩の力が抜け、決心に踏み切ることができた。
「わかった。その作戦で行くとしよう。」
空気を入れ替える為に車窓を開けると、強い風が吹き始めていた。もう1ヶ月も経てば冬がやってくる。そんな季節の足音を感じさせるような乾いた冷たい風である。
◇
ショッピングモールの廃墟に着いた。住民達の話していた南側の駐車場へ行ってみると、確かにバイクが50台くらい並べられている。そしてバイクの周りには、見張りのヤンキーどもが、数人でうんこ座りをしながらたむろしていた。
俺たちは、車を物陰に隠してから降りる。その際に結夏と灯恵には、再びお留守番をお願いした。すると、それを聞いた結夏が不満をぶつけてくる。
「私たちも連れて行ってよ。」
俺は考えた。なんだかんだいって暴走族どもは、腕力も強いし戦い方も粗暴だ。2人を危険な目には会わせたくない。それに、なるべく人を殺して欲しくはなかった。悩んでいる俺に結夏は言う。
「変に気を使わないでくれる?それにもし、敵の仲間が背後から来た時、私達だけでいると逆に不安だし。」
「しかし...、奴らは薄汚い連中だ。2人に何をするかわからない...。」
「は?あんな奴らに屈すると思ってるの?舐めてるでしょ?」
勝ち気な彼女である。一度気持ちに火をつけてしまったら、引き下がることはなさそうだ。俺は思い悩んだ挙句、一歩も譲らない彼女に心が折れた。
「わかった。2人も着いて来てくれ。」
こうして7人は車を降り、駐車場の入り口にある門に隠れて様子を見る。奴らは何も気にせずだべり続けている。俺は、新潟官軍から頂いた手榴弾をポッケから取り出すと、奴らへ向けて投げつけようとした。すると、それを見た典一が待ったをかける。
「そこそこ距離がありそうです。私が投げましょうか?」
「肩に自信があるのか?」
「昔、野球をかじっていたことがあります。だから自信はあります。」
それを聞いて彼に任せることに決める。典一は、手榴弾の栓を抜くと大きく振りかぶり、渾身の力でヤンキーめがけて投げつけた。奴らの1人が、飛んできた手榴弾に気づいた時にはもう手遅れである。見張りのヤンキー達は、ことごとく吹き飛ばされ、バイクも何台か損壊。そこから出た火の手がどんどん広まり、車体が爆発を繰り返して駐車場が徐々に火の海と化した。
火の手に気づいたヤンキー達が、廃墟から出てくる。このタイミングで俺たちも駐車場に侵入。俺と先生とカネスケは、出てきた彼らに向けてすぐさま発砲。ヤンキー達は態勢を崩しつつも、俺たちに対して向かってくる。俺たちは、奴らの得意とする近距離戦をなるべく避ける為が故に、持てるだけの飛び道具で数のまさる相手に善戦を続ける。しかし、俺たちもプロのガンマンではないので撃ち損じることもあれば、一発で仕留められないことも多い。だからこそ、銃弾を避けながら近くまで来てしまうヤンキーもいた。
そんな時に驚いたのが、結夏の投げナイフであった。彼女は、正確に相手の首や心臓めがけてナイフを投げた。どうやら俺たちが射撃や組手の訓練をしている最中、彼女はこれの練習をしていたらしい。この活躍には相当助けられた。
数人を討ち取ったあたりで、ここのボスらしき人物が出てくる。奴は、10人くらい引き連れて一斉にかかってくる。迎撃しようとしたがタイミングが悪い。俺たちの所持している飛び道具の底がつき始める。すると和尚と典一は、待っていたとばかりに敵の中へ飛び込み、あっという間に片付けてしまった。
その鮮やかな闘いぶりを見たヤンキーの下っ端達は、蜘蛛の子の如く散るように逃げ出した。そんな中、俺は残りの銃弾で逃げ出すヤンキーを撃ち殺そうと狙いを定めた。しかし、今回はカネスケに腕を抑えられ踏みとどまった。
「もうやめとけ!今のあいつらには、戦意のかけらもないから戦う必要がない!銃弾を無駄に使うだけだ!」
俺は、逃げていくヤンキー達へ向けて叫ぶ。
「俺たち青の革命団がいる限り、お前らの好きにはさせねえ!!来るならかかってこいと総長に伝えとけ!!!」
ヤンキー達はたまに振り返りながら、負け惜しみを言って逃げて行く。彼らが去ったあと、乾風がさらに強まる。駐車場の火が廃墟に燃え移り、ショッピングセンターの敷地全域が火の海となった。
俺達は、火から逃げるように駐車場を抜け出して車へ駆け戻る。みんな必死だったから相当息が上がっていた。だがしかし、訓練の成果もあったので、すぐに態勢を整えることができた。
車の中から、悪の砦が火の海と化している光景を眺めていると、となりで先生も同じ光景を目に焼き付けている。
「これが火攻めというやつか?」
「原始的な戦い方ではあります。ですが、兵器を使う近代戦でない以上、とてつもない破壊力のある効果的な戦術でしょう。」
俺は、もう一度火の海を満足げな顔で眺めながら、悪に打ち勝ったことを誇らしげに感じた。だがこの時はまだ、自分自身の中に目覚め始め始めたあるスキルに気づくことができなかった。
◇
住宅街に戻ると、公園に住民達が集まって話し合いを繰り広げている。俺たちが近づくと住民の1人が不安げに振り向いた。
「奴らの報復が怖いのですが、守ってくれますか?」
どうやら、ここから北へ向かったあたりにある愛子駅周辺に、奴らの部隊が集結しているそうだ。そいつらが、恐らくはこちらへ向かってくるのだという。
その部隊は、太白区近辺で恐怖支配を行なっていた元凶というべき、暴走神使の部隊長の哀子(あいこ)という人物が指揮をしている。彼女は、報復行為にものすごく力を入れているのだという。
俺は、一応メンバー達に相談してみると、先生がすぐに答える。
「戦うべきでしょう。しかし、ここの住民を守るための戦いは、これを最後にしなければなりません。たとえ哀子の部隊を蹴散らしたところで、またその上の奴らがきます。暴走神使を壊滅させるほどの力もない我らが、それを続ければ必ず泥沼にハマります。」
カネスケも同感のようだ。それに他のメンバーも同じような感じである。俺は、その意見をまとめて住人達に話をした。すると彼らは、俺たちに感謝を述べ、彼らの中で戦える大人の男達が、一緒に戦ってくれることになり、その数は15人にまで上る。それからみんなで集まって話し合った結果、生まれた策がこんな感じである。
奴らがバイクで、フラワースターロードを南下してくるの想定。あやし歩道橋近辺で陣取り、街を守りつつ敵を駆逐するというものである。あの一本道であれば、車や障害物を壁がわりに使用して、バイクの進軍を止めることができる。そして、動きが止まった相手を一斉に叩くことができるのだ。
作戦が決まるとすぐに実行へ移る。住民達は、車や資材を使用して総出で防壁を完成させた。車は二重に並べられ、その後ろにはさらにドラム缶を並べた。俺たちは、ドラム缶の裏に隠れて奴らが来るのを待った。
◇
夕暮れが消え、月がはっきりと見えた頃。奴らは、スズメバチの羽音のような鋭い音をなびかせながら、濁流のようにこちらへ迫ってきた。そして、車で作られた防壁に気がつくと目の前で止まる。その数は100台ほどで、人数は150人くらいいた。停車したと思えばコールをかき鳴らし、こちらを威嚇してくる。
住民達は、この音に怯え皆震えていたが、頑張って息を殺し襲撃のチャンスを伺う。俺は、すぐにでも手榴弾を投げたかった。しかし、さっき投げたもので最後であったため、投げることができない。実のことを言うと、銃弾も残りわずかとなっていて、俺たちは圧倒的に不利な状況から戦いが始まろうとしているのである。俺は、奴らがバイクを降りて、車を超えてくるタイミングを待つ。
にらみ合いが30分続いてから、後続の何十台かも合流したらしい。奴らはラッパの音を合図に、一斉に車をよじ登り始めた。そして、1台目と2台目のスペースに奴らが差し掛かり始めた時、俺は全員に合図を送る。
それをきっかけに、2台目の車の裏に隠れていた住民達は、各々が用意した刺股や高枝切りバサミ、金槌にレンガ、傘や鎌など武器になりそうなものを手にとって襲いかかる。もちろん俺や革命団のメンバーも、前線に立って戦う。
この戦いは、1時間に渡り続けられた。住民達は、暴走族に比べれば戦闘経験は勿論ゼロである。その上、喧嘩経験も少ない者ばかり。しかし、数が少ないと見くびってかかってきた奴らと比べれば、生活がかかっている住民達の士気の方が圧倒的に高かい。それに奴らは何も考えず、力で攻め滅ぼそうと向かってくるのに対して、こちらは頭を使って計算して戦った。
奴らは、その人数があざとなり、車と車の間で大渋滞を起こして身動きが取れなくなる。そして、俺たちによって袋叩きになることとなった。
30分くらい戦うと、奴らは一旦バリケードの外へ退き、またにらみ合いが始まった。現状では、こちら側の死者は出ていない。だが、骨折や刺し傷など、重傷者は何人か出ていた。暴走族側は死者が十数名と、重傷者が多数出ている。住民達は興奮状態になっている者もいれば、『これは正当防衛ですよね?』となんどもなんども確認してくる者もいた。
にらみ合いが続くにつれ、暴走族のコールの音は激しさを増すばかりである。奴らからの耳障りな煽り声も激しさを増す。奴らの数が減らない中で、こちらも少しでも戦力を増やせないかと話し合った。その結果、地元の住人が、知り合いの猟友会のメンバーを3人連れてきてくれた。彼らは猟師ではあるが、武器と十分な弾薬を所持していた。ついでに住人の息子の1人が、志願兵として加わった。彼は17歳ではあるが、昔FPSの大会で賞をとり、プロとしてのオファーがくるほどのゲーマーだったと言う。この4人を加えたことで、俺たちの戦力は少し上がったような気もした。そして、また奴らの突撃が始まった。
今度はバイクを車に衝突させて、バリケードの隙間を埋めようという策に出てきた。俺と先生と猟友会のメンバー3人、そしてFPSのプロの少年は、衝撃で揺れ動く車の上によじ登り、猟銃4本と拳銃2本で奴らに対抗した。
奴らは、バイクの明かりを最大限にして、こちらを照らしてくる。眩しくてヘッドショットが狙いにくい状況だ。そんな中でも猟師とプロゲーマーは、なんとか一撃で相手を撃ち殺し続けた。奴らも負けじと、瓶や鉄パイプを投げつけてきた。中には拳銃を所持している奴もいて、銃撃戦になったりもした。
敵の勢いが弱まると先生は前線をカネスケに委ね、俺を呼んで一旦車の背後へ回る。
「リーダー、別働隊を作り敵の背後に回らせて、あの部隊を指揮している将を討ち取りましょう。」
「それしか敵を壊滅させる方法はなさそうだな。」
「では誰を行かせますか?」
「よし俺が行こう。ここの総司令官は先生に任せた。それから和尚と結夏と典一も連れて行きたい。」
「わかりました、ここは私が責任を持って引き受けます。」
「敵の大将がどの辺にいるかわかるか?」
「奴らがバイクを整列させている後方あたりにおりまする。」
「なぜそう推測した?」
「暴走神使のバイクは特徴があり、隊長クラスでないと乗ってはいけないバイクがあるそうです。先程の戦闘中に、その辺りで隊長のバイクと、それを守るかの如く取り囲む一団を見つけました。」
よくあの混戦の中で見つけ出せたものだ。しかし、彼は俺と同じく視力が良く、なおかつ冷静で全体を見ることができる。彼の見た内容は大方外れることはない。俺は、彼の報告を受け入れ、その総長バイクを目掛けて攻め込むことに決める。
そんな話をしていると、灯恵が住民の女の子を連れてくる。
「あのさ、お願いがあるんだけど。」
何か重大なことが起こったのではないかという不安が入り乱れる。しかしこんな時とはいえ、彼女を無視するほど人間としてのできそこないにはなりたくない。俺は、彼女の言葉に耳を傾ける。
「この子の兄ちゃんが暴走族に加入していて、できれば説得して連れ戻したいから私も連れてってよ。」
そんな余裕ねえよと言ってやりたい。でも、灯恵の目は本気だった。それに女の子に話を聞くと、その兄貴は家族を守るために暴走族に加担しているらしい。女の子は、今にも泣きそうな顔で懇願してくる。俺は、悩んだ末に、その願いを聞き入れることにした。彼女の家族を思うその気持ちに感銘を受けたからである。俺には無かったその気持ち、掻き消させるわけにはいかない。
依頼を受け入れると、女の子は住人たちの元へ戻っていく。それを見計らい、俺は灯恵をソフトに睨みつける。
「もしもの時は、わかってるよな。」
「わかってるよ。そうならないようになんとかする。」
彼女が鬱陶しそうにそっぽを向く。女の子と約束した責任の重みで、気持ちの整理がつかないのだろう。しかし、少し緊張しつつも必死の笑顔でそう答えた。
◇
こうして俺たち別働隊5人は、住民からコンパクトカーを借り、こっそりと本陣を抜け出して裏道を通り、敵将を目指して突き進むこととなる。月明かりに照らされたこの道の先に何が待っているのか、不安と緊張を隠すのに精一杯であった。
(第二十幕.完)