第二十八幕!冷酷なリーダー
文字数 13,165文字
俺は、計られたことを察して、ようやく奴の正体に気付いたのだ。 奴は教団でもなければ官軍でもなく、暴走神使だ。きっと、大崎蔦馬追討の報復に来たのだろう。怪しいとは思っていたけど、その予想が的中していたようである。
急いで紗宙を起こすと、彼女に民部のことを説明した。あまりに急なことで驚いていたが、彼女もすぐに状況を把握して冷静になる。
俺は、服に仕込ませている拳銃を取り出そうするものの、あるはずの物がなくなっている。急いで部屋中を探したが、見当たる気配がない。そして同様に、紗宙へ渡していた拳銃もいつの間にか消えていた。
昨夜まであったものが消えたとなると、宇野民部がこの部屋に忍び込んで盗んだ可能性が高い。俺たちを抵抗できない状態にして、嬲り殺すつもりなのだろうか。まあ、8割型そうなんだろうけど。
そうこうしている間に、玄関の方からあの忌々しい民部と、その仲間たちの声が聞こえてきた。紗宙の前だから恐怖に負けじと堪えていたが、小便を漏らしそうなくらい怖かった。
カーテンの隙間から再び外を見ると、暴走族のバイクの数がどんどん増えていく。このままでは、凄惨なリンチが待っているだけだ。民宿の門前で、薄汚い特攻服を着た族どもが腕を組んで待ち伏せをしているのも目に入る。
窓から逃げても囲まれ、ドアをぶっ壊して廊下から逃げても囲まれる。この最悪な状況をどう打破するべきか悩んでいると、ついに奴らが2階へ上がってきたようだ。
「きーたき君、あっそびっましょ♪」
民部がドアの前でふざけると、金魚の糞どももゲラゲラ笑っている。薄汚いゴミどもめ。俺の中で怒りと軽蔑の感情がこみ上がり、奇策を思いつかない現状の中で戦う覚悟を決める。
紗宙に俺の後ろへ下がれと伝えてから、部屋の片隅に置いてある小型の石の彫刻を手に取る。そして、ドアを睨み、大声で奴らを煽り立てた。
「早くドアを開けてみろ!!できないのかガキども!!」
「あ?舐めてんじゃねえぞ!!!」
ドアの向こうからは、民部の罵声が聞こえくる。奴は、仲間たちとブツブツ言いあってから、ドアを思い切り蹴り開けた。
これこそが俺の狙っていたタイミングである。待ってましたとばかりに、硬い彫刻を民部の顔面めがけて投げつけた。投げた彫刻は目に直撃。奴は、あまりの激痛にうめき声を上げた。
俺は、目を抑えながら泣いている民部を蹴り飛ばすと、彼が所持していた金属バットを奪い取る。そして、すかさず彼の顔面めがけて、スイカ割りの如くバットを振り下ろす。
人とは思えない悲鳴をあげる民部。動揺する暴走族の隊員たち。俺は、そんな彼らの隙をつき、紗宙を連れて部屋を抜け出すと階段を駆け下りた。
一階のリビングには、呑気にソファーに腰掛けながらタバコを吸っている奴や、出番はまだかと意気込んでいる奴など、多くのヤンキーがたむろしている。奴らは、俺が生きて降りてくると考えていなかったのだろうか。目が合うと、弱そうな身なりをしている俺に対して畏敬の目線を送った。そして、俺たちが通り過ぎた後、慌てて追いかけてきたのである。
俺は、玄関の木製のドアをぶち壊すと、ようやく民宿の外へ出ることができた。だがそこは、想像していたよりも遥かに地獄となっていた。
待ち伏せていたのは、恐らく500人はいるであろう暴走族の大軍隊。彼ら一人一人が、チェーンソーや斧、火炎瓶やスタンガンなど凶悪な武器を所持している。そして彼らの目は、喧嘩が好きな暴走族の目というよりは、破壊を楽しむシリアルキラーの目をしていた。
俺がその大軍に圧倒されていると、頭をかち割られ、血だらけになった民部が民宿から出くる。彼は、気が狂ったように大笑いしながら、俺たちに現実を突きつけてくる。
「ははははは。お前らの命運もここまでだなあ。」
周囲を見渡すと特攻服を着た殺人集団が、こちらへ徐々に迫ってくる。宇野民部がその光景を満足げに見つめていた。周りにいるヤンキーどもは、自分らの圧倒的な勝者感に浸り、ゲラゲラ笑っている。
俺は、悔しくて拳を強く握り締めた。すると紗宙も怯えているのか、俺の腕を強く握った。助けてくれる人間なんて誰もいない。もはやこれまでだ。先生やみんなには申し訳ないが、どうあがいても生き残れる気がしない。足がガクガクと震え出し、その場で崩れ落ちそうになる。でも、例え殺されてもそれだけはしなくはなかった。これまでの逃げ続けた人生を、最後くらいはカッコ良く終わらせたかった。社会のゴミどもに遠慮をして、頭を下げさせられた人生に一矢報いたかった。そして、彼女の前では、男らしい男でありたかった。だから、目の前にいるゴミの集団から、いくら一升瓶や金属バットで殴られ続けても、あの弁慶や張飛のように、仁王立ちを続けてやる。そう心に刻み込み、歯を食いしばるのだ。
彼女だけでも逃したい、当初はそう考えていたが、状況的にそれすら不可能だ。仮に奴らへ彼女の命だけは助けてくれと言ったところで、命が救われたとしても彼女は決して救われることはない。一生屈辱に塗れて生き続けなくてはならないのだから。
さあどうしよう。彼女を守るために彼女を手にかけ、汚物どもにやりたい放題される前に、俺自身もプライドが生み出した刃で、自らの首を突き刺して自決を計ろうか。いや、しかしそれでは、やられっぱなしになってしまう。だったら最後まで戦い抜き、1人でも多くのヤンキーを道連れにする。その方が自分の負け続けた人生に花を添えることができるんじゃないか。色々と考えたが、ここは戦場である。これ以上の長考は許されない。もうやるしかないんだ。
決断を急かすように、汚い若者どもの笑い声が四面楚歌の如く四方八方から聞こえてきた。俺は、隠し持っていた折りたたみナイフを手に取り、まずは彼女の首へもっていこうとした。
『紗宙、すまない。』
そう心で呟いた時である。敵の威勢が、何故か悲鳴へと変わっていく。状況が掴めずに困惑している中で、ある方向がやけに騒しいことに気がついた。その発端となったであろう方向に目を向けると、何かとんでもなく強い奴が、ゴミどもをかき分けてこちらへ迫ってくるのだ。どんどん距離を詰めてくるその何かは、バイクに跨り、鬼神の如く俺たちの周りにいたゴミどもを一掃した。
俺と紗宙は、急なこの展開に呆然と立ち尽くした。軍神が舞い降りて、俺たちを助けに来てくれたのではないか。そう思いたかったが、もちろん軍神なんてこの世に存在しない。その勇猛な男は、俺たちの真前でバイクを止め、1、2回エンジンをふかしてから、こちらを振り向く。
「待たせたな。」
俺は、目を見開いて、まじまじとその男を見た。見覚えのあるリーゼントヘアー、俺と似ている鋭い目つき。そう、この男は、紛れもなくあの龍二であった。
「何故お前がここにいる?」
「お前を追いかけて来た。」
「ズミールやみんなは無事なのだな。」
「ああ。新潟官軍に保護されたのを確認したから大丈夫だ。」
「ゆっくり話すのは後にしよう。奴らがまた集まってきた。」
生きる希望と勝機が湧いた。俺は、さっきと考えを一変させ、ナイフを構えて好戦の姿勢を示す。紗宙も気持ちは同じらしく、俺の心を支えてくれているかのように、側を離れずにくっついていてくれた。すると龍二は、後ろに乗れと俺たちを後部座席へ促す。どうやら彼の大型特殊バイクも、3ケツが可能な作りとなっているようだ。
俺たちは、悩んでいる暇もなく後ろに乗っかると、龍二が思い切りアクセルを吹かせてコールを鳴らし、敵の不良たちを威嚇。それから、背後で1人焦っている宇野民部へと目線を移し、バイクでそのまま近づく。そして龍二は、奴の目の前でエンジンの爆音を靡かせた。
「おいヘタレ、俺のこと忘れたわけじゃねえだろうな。」
民部は、目に涙を浮かべ、情けない顔で怯えながら答える。
「ひ、ひぇっ。お、覚えてます。覚えてますとも。」
彼は、蔦馬の腰巾着をしていた時とは掌を返した態度で、龍二に許しを求め続けた。そんな彼に対して、龍二が判決を言い渡す。
「地獄で彫刻でも拝んでろ。」
泣き崩れる民部を横目に、龍二が車体を思い切りウィーリーさせる。そして、バイクの前輪を勢いよく民部の首に叩き落とした。民部は、首がへし曲がった状態で、血と泡を吹き出しながら屍となった。
その光景を見た敵の残党たちが、埃の如く一斉に散りじりにこの場を去っていく。数分後には、さっきまでの大群が嘘のように消え去り、残されたのは、俺たち3人と幾らかの屍だけであった。
◇
戦闘が終わり、空も少しずつ明るくなってきた。俺は、龍二と紗宙を外で待たせると、奪われた拳銃を探すために民宿へ戻る。室内は血生臭く、探索するのが非常に億劫だ。
奴が物を隠しそうな場所で、初めに目星をつけた管理人室。拳銃が入りそうな場所を隈なく探す。すると、管理人室の引き出しの中から、俺たちが持っていた二挺の拳銃が見つかった。それを回収しようとすると、机に貼ってある表に目を奪われた。
上納金リストだ。その内容によれば、この民宿がお客からの売り上げで成り立っているわけではなく、人から巻き上げたお金で成り立っていたというのだ。俺は、その事実に対して、非常に怒りを覚えた。
管理人室をあらかた調べて部屋を出ようとすると、奥の居間で何かがうごめくのを確認した。カスの生き残りに違いない。慎重に拳銃を構え、ゆっくりと近づく。そして中を覗くと、居間には、民部と同い年くらいの女性が、民部の集めていた彫刻を抱いて泣き崩れていた。
「民部、民部、なんで死んじゃうの。婚約したばかりなのに、もっといろんなこと教えてもらいたかったのに。一緒にイタリアへ行こうって約束してたのに。なんで、なんで。」
どうやら、宇野民部の婚約者のようである。そんな彼女を見て、俺は思うのだった。あんな卑怯で性格最悪なゴミ人間をも、こんなに真剣に愛そうとする女性がいるのだなと。
俺は、部屋に入ると彼女に銃を向ける。彼女が振り向くと俺は言い放ってやった。
「お前らは、弱い民からむしりとった金でお金持ちごっこを繰り返したわけか。」
「人殺し!!!出て行け!!!民部は悪くないもん!!!」
俺は、赤子の如く震えながら叫ぶその女を、冷酷な目で見つめる。
「悪魔は、彼女すらも悪魔に変えてしまうのだな。」
別に煽ったわけではない、事実を突きつけてやったに過ぎない。しかしその女は、発狂したように奇声を上げ始める。
俺は、躊躇することもなく、彼女の心臓と頭を撃ち抜いた。部屋に血吹雪が舞い、彼女は彫刻の上にもたれ込んで死んだ。
「情など無用。俺はこの身が真っ赤に染まろうと、暴走神使もヒドゥラ教団も腐れきった官軍や日本政府、その他の悪党、全てこの手で絶滅させてやる。」
俺は、その死骸に向かって唾を吐き捨て、何食わぬ顔で民宿を出る。そして、暴走族が落としていった未使用の火炎瓶を拾い上げると、民宿めがけて投げ込んだ。火炎瓶が破裂して、炎は瞬く間に広がる。そして、上納金で作り上げた南欧風の民宿を包み込み、外側から激しく焼き尽くしていくのであった。悪人は消されて当然なのだ。その炎と煙は、夜の冬空を赤く照らしあげた。
俺は、氷の如く冷酷になっていく自分の心を無理に温めるように、無意識で燃え盛る建物へと歩み寄る。
火を見つめる俺に、紗宙が気まずそうに尋ねた。
「さっき銃声が聞こえたけど...。」
「残党に殺されかけたから、始末しただけだ。」
俺は素っ気なく答える。すると彼女は、俺の服に付着している真新しい血痕を見つめながら、悲しそうな顔をしていた。なんでそんな顔をするのか疑問に思い尋ねてみる。
「どうした?」
「いや、なんでもない。」
彼女が軽く下を向く。きっと気を使ってそう言ったのだ。恐らく、あまり人を殺して欲しくはないのだろう。彼女ならそう思っているはずだ。そう、俺は想像するのであった。
◇
俺と紗宙は、龍二のバイクに跨りながら、松島へ向けて道を駆け抜ける。集合時間は夕方となっているので、それまでは松島にある龍二の知り合いの旅館に匿ってもらえることが決まったのだ。その道中は、想像以上に困難もなく、暴走族と遭遇することもなかった。それ故に、龍二や彼女と雑談なんかで盛り上がれる心の余裕もある。
「彼は龍二。俺の戦友だ。」
「関戸龍二(せきど りゅうじ)だ。これからよろしくな。」
龍二は、緊張しているのかしらないが、言葉が棒読みになっている。そんな彼に対して、紗宙は相変わらず堂々としてクールだ。
「紗宙です。よろしく。」
そんなこんなで簡単な挨拶を終え、自己紹介もひと段落ついた辺りで、俺は龍二に尋ねた。
「さっきは本当に助かった。だが、よくあの場所がわかったよな。」
「実は、あそこで遭遇したのはたまたまなんだ。」
彼は、風で乱れる髪をかき上げながら、ここまでの経緯を話してくれる。それによれば宇野民部は、蔦馬と一緒に龍二自身やその親戚を虐げていた張本人だったそうだ。そこで龍二は、奴だけは自らの手で殺したいと考えていたそうだ。元々俺を追いかける予定であったが、その途中に奴の経営しているインチキ民宿があることを思い出し、奴を消すためにここへ向かったのだという。
「そういうことだったのか。だけど俺にとっては命の恩人だ。本当に感謝しているよ。」
「俺もお前に恩があるからお互い様だ。」
龍二は、照れ隠しのように謙遜していた。話してみると、意外と怖い奴じゃないのかもしれない。そんな龍二に尋ねる。
「お前が良ければ一緒に来るか?」
「俺は、そのつもりで追いかけてきたんだ。」
答えは即答だった。俺は、まさかの回答にめちゃくちゃ嬉しい気分になる。
「察せなくて悪かった。それは嬉しい限りだ。これからもよろしく頼む。」
「任せとけ!」
龍二は、似合わぬ笑顔を作り、気合いの入った声でそう言ってくれた。こうして、俺たち青の革命団の8人目の正式メンバーとなったのである。
◇
くだらない雑談をしていると、いつの間にか松島へ到着していた。ここは、山寺と同様に比較的治安も良く、暴走族も少ない。また、仙台から近いこともあり、この戦乱のご時世でありながらも、今だに多くの観光客が訪れるスポットとなっていたのだ。
しかし、暴走族が少ないとはいえ、日本政府の力が及ぶこの地域は官軍の勢力域だ。俺たち青の革命団にとって、危険なことに変わりはない。
俺は、仮眠をとって昼食を済ませ、それから部屋の窓から松島を眺めつつ、1人でたそがれていた。
ここの旅館は、松島の一等地にあり、日本三景を見渡せる好立地だ。昼食の牡蠣と牛タンの定食は、とても美味しくて久しぶりに贅沢をした気分である。
龍二に頼んで先生と連絡を取ると、どうやらカネスケたち3人の救出に成功したそうだ。現在は多賀城市周辺に潜伏を繰り返しながら、こちらへ向かっているとのことである。俺は、メンバーの無事を確認できたことで、肩の荷が少しだけ降りた気がした。
先生と合流するまでの間、特にすることがなかったから、旅館の書斎に並べられていた法律の本を読みあさることにした。いずれ国を作るのであれば、法律が絶対必要になるだろう。その時のための準備である。
俺が読書に集中していると、紗宙が入浴を終えて部屋に戻ってきた。彼女が俺の前を通り掛った時に漂うシャンプーの優しい香りは、集中力を本から彼女へ向けさせる。
「良い香りだな。」
彼女が髪をさらりとなびかせる。
「りんごの香りだって。」
「この香り凄く好きだ。」
「そう、じゃあシャンプー追加で買っとこうかな。旅館の売店で売ってたの。」
「それは嬉しいな。」
彼女は、俺が手に本を持っていることに気づく。
「読書中だった?」
「おう。でも紗宙と話してる方が、読書よりも楽しいから気にしないで。」
「本当に?照れるな。」
クールな癖に、時たま嬉しそうに照れるところがとても可愛い。そんな彼女は、どこか遠くを見定めるように、外の景色を眺めている。その横顔は、俺に対して何か言いたげなようだ。
「あのさ...。俺のこと、正直どう思ってる?」
「好きだよ。行動力もあって、いつも私のこと考えてくれて、昔の面影が薄れちゃうくらい男らしくなって。頼り甲斐もあるし...。」
彼女は、急にどうしたのといった顔でこちらを見ながら、俺のことを褒めてくれる。しかし、最後に何かを躊躇しているようにも思えた。俺が口を開こうとすると、彼女は考えた末にもう一言添えた。
「けど、もっと他人に優しくても良いんじゃないかな。」
「人に優しく?」
「そう、人に優しく。なんていうか、旅を始めた時と比べて、躊躇せずに人を殺しているように見えるの。まるでゲームを楽しんでいる少年たちみたいに。」
黙って彼女の話を聞いていた。そう言われてみればそうかもしれないけど、その事実をそんなふうに認めなくはない。俺は、悪い奴らを抹殺しているだけなのだから。
「確かに相手は極悪非道な悪党なのかもしれない。でも、やりすぎるのは良くないなって私は思う。」
そんなことを言われたら、真っ向から反論するしかないではないか。
「平和な時代ならそれで良いだろう。でも、いつ報復を受けてもおかしくないこの時代、相手を完膚なきままに根絶やしにしなければ、こちらがやられるかもしれない。自分らの身を守るためには、やらなくてはならないのだ。」
彼女の方もクールなくせに根は勝気だ。引く気はないのだろう。
「気持ちはわからなくない。それに私たちのことも考えて手を汚してくれていることは、本当に感謝している。でも今のままじゃ、いつか本当に1人になっちゃうと思う。」
黙って窓の外を見ている俺に、彼女が問いかけてくる。
「冷酷なリーダーと温厚なリーダー。最後に幸せになれるのはどっち?」
俺はボソリと答える。
「それは温厚なリーダーじゃないか。その方が人望も厚いだろうしな。」
「そう。じゃあ今の蒼はどっち?」
痛いところを突かれた。だけども、素直になれば良いのに、また俺の悪い我が出てしまう。
「冷酷かもな。けどさ、戦時中は冷酷であるべきだと思うぜ。兵士は飴だけじゃついてこないから。」
「飴だけじゃ人はついてこないのが現実。でも、蒼がやっている見せしめみたいな殺し方は、いつか仲間や敵の恨みを買って、革命団の首を自らしめることになると思うの。」
的確な言葉に対して、若干イラつきを覚え始める。後ろめたさから目を背けようとすると、彼女が力強い目つきでこちらを見てくる。俺は、その態度に対して血が上り、キツい口調になる。
「何が言いてえんだよ。」
紗宙は、少し怯んだものの、負けじと言葉を口にした。
「そんな怒る必要ある?」
俺は、彼女の肩に手を置くと、その身体を揺さぶりながら、汚い口調で怒鳴りつけた。
「だから、お前は何が言いてえんだって言ってんだろうが!」
彼女は、崩れそうな冷静を保ちながらも、感情を上手く織り交ぜて話した。
「私は、戦意を放棄した人を狙撃したり、死んだ相手に対してむやみに攻撃を続けたり。そういう残虐なことはやめてって言いたいだけ!」
言い返そうとしたけど、彼女の目からこぼれ落ちた涙を見たとき、そんな気持ちはどこかへ消え失せていた。目を尖らせている俺へ、彼女が声を震わせながら語る。
「喧嘩をするつもりじゃなかった。ただ、蒼に人を殺して欲しくない。これ以上冷酷な人間になって欲しくない。だから言わないとって思ったから言った。」
俺は、それを黙って聞いていた。彼女が必死に俺に言葉を投げかけてくる。そんな彼女の想いに、これ以上頑固を貫けなかった。しばらく沈黙が続いたあと、俺は口を開く。
「悪かった。ごめん。」
俯いた彼女を優しく腕で包んだ。その瞬間、何故か思いが言葉となって溢れ出てくる。
「俺さ、どうしても人を信じることが苦手なんだ。どんなに好意を寄せられても相手を疑ってしまう。敵対関係になんてなってしまったら、相手の謝罪なんて信用できない。裏切られることを恐れて完膚なきままに叩きのめしてしまう。こんな臆病で猜疑心の塊みたいな自分を、変えられないまま苦しんでいるんだ。」
彼女が掠れた声で言う。
「そうなんだ...。気づけなくてごめん。」
俺は、彼女の暖かさを深く感じていたかったから、更に強く抱きしめた。
「実を言えば、仲間ですら時たま疑いそうになることだってあるんだ。」
「私のことも疑ってるの?」
「たまに。」
すると彼女は、優しくこう言ってくれた。
「性格を変えることって、意外と難しいことだと思う。だからまずは、私が蒼のことを好きってことだけでも信じてよ。恋人同士なんだから。」
彼女の顔を見た。その真っ直ぐで透き通るような目つきは、まさに疑う余地もない本物であった。俺は、瞬きをしてから、彼女の目をもう一度見た。
「ありがとう。俺も変わる努力を続けるよ。それでいつか、冷酷を捨て去っても人々から愛される温厚なリーダーになってやるから。だからさ...、これからも俺と一緒にいてくれるか?」
彼女は涙を拭うと、微笑みを取り戻した。
「うん。そのつもり。」
こうして俺と紗宙は、また一つ絆を深めていったのである。こんなやり取りを続けていると、時刻がいつの間にか16時を過ぎていた。龍二を呼び出して確認を取ると、先生があと少しでここへ到着するとのことだ。俺は、準備をすませてから、紗宙の手をとって1階へ降りた。
◇
俺と紗宙は、旅館に迷惑をかけない為に、官軍や教団に見つからないようこっそりと裏口から抜け出した。龍二は、バイクの整備をするので後から追いかけてくるそうだ。
先生との待ち合わせ場所にしている松島海岸駅は、ここからそう遠い場所ではない。けれども油断は禁物である。何故なら、そこらへんにいる観光客が、実は私服警官だったりするからである。
いつも以上に警戒しながら、松島海岸駅まで歩く。紗宙も俺の真似をするかの如く、警戒を怠ることはなかった。
駅のロータリーに到着すると、日本に残された数少ない観光地ということもあり、たくさんの人で賑わっている。だが、こんなところで長居をしているわけには行かない。そう思うと、俺は目を皿のようにして、先生の乗っているシルバーのバンを探す。
だがどうやら、街を警備していた官軍の将兵も、同じように俺たちを探していたらしい。彼らは俺と目が合うと、思い切り笛を吹いて合図を出し、俺たちの方へ迫ってきた。
俺と彼女は、人混みをかき分け、駅からなるべく離れない範囲で逃げることを試みる。そして、人混みを抜けて大通りに飛び出した時、俺たちの前に1台のデカい車が止まった。その車は、見覚えのあるシルバーの塗装の大型バン。そう、そのバンの運転者は先生であった。
「リーダー、紗宙、早く乗ってください。官軍の本体がこちらへ迫ってきております。」
「先生、ナイスタイミング!」
そして、紗宙とともに後部座席に乗り込み、ドアを勢いよく閉める。先生は、それを見届けると、車を急発進させて駅から距離を離していく。先ほど追っかけてきていた官軍将兵も、さすがの車には追いつけず、途中で諦めて引き返していった。
そんなこと気にも止めることなく、先生がどんどん速度を上げ、いつの間にか海岸沿いの道まで出ていた。もう11月の上旬であり、こんな早い時間でも、遠く奥羽山脈に沈む綺麗な夕日を拝むことができた。
景色に見とれていたら、誰かが俺の肩を叩いた。振り返るとその正体は結夏であった。彼女はニヤニヤしながら声をかけてくる。
「リーダー。それに紗宙。なんか言い忘れてない??」
そう言われ、俺も紗宙も大事なことを忘れていたことに気づく。そして俺たちは、声を揃えて言った。
「みんな、心配かけてごめん。」
その言葉を聞いた途端、結夏の表情が安心したよう表情が和らぎ、若干目元がうるうるしていた。
「もう、2人のことずっと心配してたんだから!おかえり!」
すると、結夏の横で寝ていたカネスケが起き上がった。彼は目を擦りながら、寝起きとは思えぬ大きな声で話しかけてくる。
「蒼、本当に心配してたんだぞ!生きてまた会えて嬉しいよ!」
「カネスケがいなければ俺の今はない。苦労ばかりかけて申し訳なかった。」
当たり前のように会っていた親友と再会できただけなのに、よくわからない安心感が気持ちを覆っていく。そして俺とカネスケは、友情のハグを交わすのだった。彼は涙ぐみながら、良かった良かったと連呼してくれた。
典一も起き上がると、嬉しそうな顔で会話へ参入してくる。
「良いってことですよ。いつでも力になるので安心してくだせえ。」
典一とも同じくハグをする。彼には、いつも助けられてばかりだった。彼がいなければ、一般人上がりのカネスケが生き残れた補償なんてない。つまり、彼は俺の親友を守り抜いてくれたと言っても過言ではない。そしてそのことは、この作戦の成功の要因でもあり、間接的に俺と彼女を救ってくれたとも言えるのである。
「稽古してもらった組手も役立ったぜ。」
この言葉を聞いた彼は、この上なく嬉しそうな顔をしていた。それから、俺とカネスケに事あるごとに早く修行をしようと言ってくるのである。
一方で灯恵は、目に涙を浮かべながら紗宙に抱きついていた。
「紗宙。紗宙。もう側からいなくなったりなんてしないでね。」
紗宙は、彼女を包み込むように抱き寄せた。
「もう絶対に離れたりしないから安心して。心配させてごめんね。」
15歳とはいえ、彼女もまだ子供である。山寺でずっと一緒に生活してきた紗宙がいなくなったことが、とても寂しかったのだろう。
それを見ていたカネスケは、目に涙を浮かべつつも冗談を言う。
「チビが泣いてるところを初めて見たぜ。」
結夏は、そんな彼の腕をつねる。
「いつも我慢してるのよ。」
この後、しばらく灯恵は紗宙にくっついていた。2人のことを微笑ましく見つめながら、結夏が紗宙に言う。
「灯恵じゃないけど、紗宙がいない毎日は寂しすぎた。戻ってきてくれて本当に良かった。」
その瞬間、もらい泣きなのかわからないが、結夏も涙を浮かべながら紗宙を強く抱きしめる。そんな光景を、カネスケが指を咥えるように見つめる。
「いいなー、俺にもハグしてよー。」
結夏は、笑いながら涙を拭う。
「このおじさん達の相手を1人でするの、大変だったんだからね!」
その一言で、車内が久しぶりに笑いに包まれていった。俺は、革命団の日常が戻ってきたことに、満足感をおぼえつつあったが、ふと運転席へ目を向けると、緩みかけた心の蛇口を少しばかり引き締めるのである。それから、前を見据えて運転している先生に声をかける。
「先生、この度の作戦、そして指揮は見事だった。先生が手を尽くしてくれたから、紗宙を救い出すことができたんだ。この功はいつか報いるつもりだ。」
すると先生は、涼しい顔でこう答える。
「私は大したことをしたわけではありません。参謀としての役目を果たしただけでございます。それに、作戦が成功したのは、それぞれが任された仕事をこなしたおかげです。だから私もみんなに感謝します。」
そして、ボックスからコーヒーを取り出して俺に手渡す。
「次の目的地までは少し距離があります。ですので、北海道に降り立ってからの作戦についてでも語りましょうか。」
「そうだな。次の目的地は気仙沼か?」
「ええ。本日の23時に、えりも行きのフェリーが出航する予定です。それに乗って北海道へ向かいます。」
「そうか。ついに北海道か。」
自分の気持ちが高鳴るのがよくわかる。しかし、その後すぐに車内は沈黙することになる。再会にひと段落つけた灯恵が俺に尋ねたのだ。
「和尚は助けに行かないのか?」
その言葉が車内を静寂に導いた。俺は、詰まる言葉を選びながら、素直な気持ちを彼女に伝える。
「助けに行きたいさ。けど今の俺たちの力じゃ...。」
彼女が悲しそうな顔をすると、紗宙は歯を食いしばった。
「悔しいけど、和尚を信じるしかない。」
先生も少し迷ったようだが、わかることを正直に語る。
「残念な話ではありますが、和尚は恐らく生きてはおりません。」
俺は、根拠もない発言にカチンときた。
「なんでそんなことが言える?」
すると先生は、感情を殺しきれない冷めかけの目で、バックミラー越しの俺たちへ視線を配る。
「星占いによると、彼の命星が落ちてゆくのが確認できました。勿論占いなので外れることはございますが...。」
灯恵は、信じたくない事実と信頼している天才の言葉の狭間で、心の整理をつけきることができない。それ故に、いじける子供のような冷めた声で言う。
「占いなんて当たるわけないじゃん。」
すると、先生は覚悟を固め、気持ちに波を立てないように考慮しながらも、事実を淡々と話す。
「それだけではないのです。新潟官軍が教団に放ったスパイの情報によれば、和尚は残虐な刑で殺されたとか。」
灯恵と紗宙が耳を塞いだ。先生は、自身の中でも信じたくないという気持ちがあったのだろう。それに、辛そうな顔をする仲間たちに申し訳ないと思ったのか、悪い夢だと言わんばかりにフォローを入れた。
「あくまで情報です。死体が見つかったわけではないです。それに新潟官軍には、引き続き捜索を続けていただくことになりました。」
「そうか、和尚.........。」
俺は、心のどこかで和尚は必ず生きていると信じていた。それ故に先生がいっている可能性の高い事実が、中々頭に入ってこなかった。
横を見ると、灯恵が上着で顔を覆っている。きっと、泣いているところをあれ以上見られたくないのだろう。紗宙は、彼女を抱き寄せて身体をさすっていた。
車内の雰囲気は、さっきと一転してお通夜が続いていく。そんな中で、気落ちする俺にカネスケが言う。
「下を向いてても余計な壁にぶつかるだけだ。前を向いて突っ走って、障害物乗り越えて、早くみんなが求めている平和な時代を作ってやろうぜ。」
俺は、こんな時に何を言い出すんだとばかしに彼の方を向く。するとそこには、気持ちを鬼にしてでもそう言うしかないんだと言いたげな親友が、真面目な顔でこちらを見ていた。彼と目があった時、落ち込んでいても何も変わらないことに気付かされる。そんな彼の姿に、少しだけ励まされていた。
「カネスケの言う通りだ。下ばかり見ていても何も変わらない。俺たちはこのまま前へ突き進む。」
黙々と運転をしていた先生も、こちらをチラリと見ると、静かに口を開く。
「わかりました...。では、いざ北海道へ向けて先へ急ぎましょう。」
俺は再び周りを見た。各々後悔はしているが、現状を冷静に見た上でこの判断に賛同しない者はいなかった。もちろん紗宙も、そして泣いている灯恵も。
こうして俺たちは、少しづつではあるが、また同じ方向を向いて共に歩み出す。それから、この話がまとまったタイミングで、サイドミラーを確認すると、この車を追いかけてくるバイクが確認できた。それを見たカネスケは、トランクに入ったショットガンに手をかける。
「むむ、あれは教団の連中か?」
俺は、そのバイクの正体が教団でないことを確認する。それから笑うと、カネスケに銃を下げろと伝える。
「あれは青の革命団の新メンバーだ。」
そう答えた途端、後ろの3人が顔を乗り出して振り返った。泣いていた灯恵も、上着を紗宙に渡すと後ろを振り返る。バイクが近づきシルエットがハッキリとわかると、結夏が目をまんまるくしながら驚いていた。
「え、あれ龍二だよね?」
「そうだ。関戸龍二は、この時を持って青の革命団の一員だ!!」
そう言うと、みんな驚いて嬉しそうに声をあげた。灯恵は、バイクで追ってくる龍二に手を振った。龍二もそれに呼応して手を振り返してくれた。
◇
青の革命団は、和尚との別れを惜しみながらも様々な壁を乗り越え、またこうして集まることができた。だけども本当の戦いはまだこれからである。新たな仲間の関戸龍二を加えた俺たちは、北海道へ渡るフェリーに乗るため、気仙沼へ向けて暗い田舎道の闇を搔きわけながら北進して行くのであった。
(第二十八幕.完)