第十四幕!黒の系譜
文字数 10,717文字
「そんなもん?悔しかったらもっと来なよ。」
灯恵が当てずっぽうでリンを殴ろうとした。でもやっぱり届かない。リンは、がむしゃらに拳を振るう灯恵をみて大笑いする。
「こんなんだから、ボーイフレンド1人守れないんだよ。」
灯恵がその言葉にぶちギレると、思い切り拳をリンの顔面めがけて放つ。でもリンはあっさり避け、灯恵の顎に強烈なアッパーを決めた。灯恵は、血を撒き散らしながら、後方に仰け反り倒れこむ。俺は急いで彼女の元へ行き、崩れゆく身体を支えた。そしてリンを睨む。
「秋田公国はファシズムか?やることが最悪だ。」
「ふっ、弱い奴は痛めつけられて当然でしょ。せいぜいオモチャとして私を楽しませてよ。」
灯恵を座らせ、今度は俺がリンに向かって突っ走り、大きく振りかぶり渾身の拳を放つ。しかし、リンには当たらない。彼女は典一以上に早く、そして可憐に俺の攻撃をかわした。俺は必死に考えながら攻撃を続けるが、彼女にはまるで効果がない。
「ねえ、なんでそんな必死になってるの?薄汚い小鼠娘の弔い合戦にさ。仇を買って出ちゃう偽善者の役、つまらないでしょ?」
「俺は偽善者なんかじゃない。弱い者イジメしてるお前が気に食わなかっただけだ。」
「そんな気さらさらないんでしょ?プライドが高くて目立ちたがり屋の役たたず君。」
頭が真っ白になり、目の前にいるリンが野菜に見えた。そして、腰に隠し持っていた手間包丁で彼女をぶっ刺そうとする。リンはギリギリまで引きつけてからそれをかわし、俺の脇腹に蹴りを入れた。俺は、前身が破裂するような痛みをまといながらその場にぶっ倒れる。リンが倒れた俺の腕を思い切り踏みつけると、腕にとてつもない激痛が走った。顔が引きつり、表情が歪む。
でも、こいつを殺害したいという思いは変わらない。目つきは依然として人殺しのまんまだ。そんな俺の目を見た時、悪意のある笑みを浮かべていた彼女の顔が、何かを見つけた純粋な少女の顔へと変わった。
「その目...。やっぱり...。」
俺は喋ろうにも激痛で何も言えない。リンは、俺に顔を近づけるとまた囁く。
「面白い玩具、みっけ。」
俺は気味が悪くなった。リンの目は、美しさの中に冷たく暗い闇が垣間見える。だが何故だろう。暗闇で埋め尽くされたその瞳は、邪悪な物を超越した美しい秘宝のような魅力がある。世の男性、いや女性すら彼女に見つめられると、抵抗する力すら失ってしまうのではないだろうか。俺は死ぬ覚悟をすることすら忘れ、ただ呆然と闇に浸る以外選択肢はなかった。
リンは、あざとく俺の耳元でつぶやく。
「まだ、弱いけど。私と同じオーラを感じる。」
俺は、人の脳内を支配するような彼女の囁きに意識を集中させてしまっていた。そして再び、リンが意味深な言葉を言い放った。
「君も、黒の系譜に選ばれた者の1人だったんだね。」
彼女の言っていることの意味がさっぱり理解できない。リンは、俺の額に手を置き、そして優しい声でまた囁く。
「殺すには惜しいから、お情けかけてあげる。」
何がなんだかわからなかったが、命拾いをしたのだろうか。とはいえまだそうと決まったわけでもない。奴が目の前にいる限り、いつ殺されてもおかしくはないのだ。俺は、警戒を怠らずに彼女を目で追い続ける。すると彼女がゆっくり立ち上がり、灯恵の方に歩み寄っていく。
「君は見逃すけど、そこに転がっている娘は調理してあげないとね。」
「やめろ...。その子には.手..だす...な...。」
俺は、血を吹き出しながらその行いを止めようとする。しかし、リンが俺の言葉に耳を貸すはずもない。灯恵に近づき、彼女の胸ぐらを掴み起き上がらせ、そして首を思い切り締めた。灯恵はもがきながらも抵抗する。
「もう諦めたら?」
リンがあざ笑う中、灯恵は首を横に振りながら締め付けてくる手を振りほどこうとしている。彼女がもがけばもがくほど、リンの口角は上がる。
「そうこなくっちゃ。」
そして、強く締め付けたり、気を失う寸前で緩めてはまた圧迫してみたり。苦痛に陥る灯恵の表情を見ながら、リンは楽しそうに微笑んだ。
俺は、その苦しみに満ちたうめき声を聞きながら蹲っている。何もできない自分の心の中で、激しい葛藤が繰り広げられた。このまま何もしなければ、リンは俺を見逃してくれると言っている。しかし、灯恵はリンによって快楽的に殺害される。
俺はまだ生きていたい。かと言って仲間を見捨ててまで、生きている意味はないだろう。でも怖い。怪我をしたくない。自分さえ助かれば良い。とにかく生きることしか考えられない。そんな思惑が真っ先に俺の頭を支配していた。
まあいつものことである。学生時代、親に怯え、不良に怯え、虫に怯え、先生に怯え、警察に怯え、女性に怯え、犯罪者に怯え、勉強に怯え、係りの仕事に怯え、目立つことに怯え、何もかもから恐怖を理由に逃げ続け、会社員時代も責任のあること、面倒なことからいち早く逃げ、何も成長することもなく面白みもない人生を歩む選択肢しかない。そんな俺は、この状況の中でも女の子を守ることより自分を守ることを優先しようと考えていた。
リンが苦しむ少女で楽しそうに遊んでいる。俺は身体に力が入らない。リンは、こちらをチラッと見ると、一切悪びれることもなくニコッと笑う。
「面白いっしょ!」
俺はただ、その悪行を見ていることしかできない。
「けど、なんか飽きてきたから、そろそろ壊すね。」
彼女は、死に損ないの俺を見下しながら、冷酷に灯恵への死刑判決を下す。腕に力を込めると、灯恵の抵抗力が徐々に失われ、力が抜け落ちていくのがわかる。彼女は、その少女の首を強く揺さぶった。俺は目を瞑りたくなったが、リンの可憐な笑顔に目を奪われ、その残虐な光景から目を反らせなくなっていく。
「生きていくこともまた才能。こいつにはそれがなかっただけなんだよ。」
リンが笑いながら血の通わない発言を繰り返す。聞いているだけで悍ましく、気分が悪くなる。はずなのだけど、彼女が言うと何故かそれが正しいことのように聞こえてしまう。恐ろしい女だ。
リンに首を掴まれた灯恵はまだ生きている。そして動くなら最後のチャンスだ。しかし、やっぱり怖い。
そんな時、上着の裏ポケットに手を近づけると、触り覚えのある感覚が腕に走った。拳銃である。しかも、俺が酒又という強敵を打ち破り、初めて人をぶっ殺したときに使った銃だ。
それで思い出した。あの時すでに覚悟を決めていたことを。俺はもう恐れに屈する必要はない。ただ自分の野望の前に立ちふさがる敵を片っ端から潰していくだけだと。
気付かされた俺は立ち上がり、拳銃でリンを撃った。銃弾は腕をかすり、リンが灯恵を突き放す。俺は、灯恵とリンの間に入り込むと拳銃をリンに向ける。
「俺たちの前から消えろ!」
リンは、銃を向けられているにも関わらず、冷たくて血の通わない微笑を浮かべる。
「殺しなよ。できないんでしょ。」
俺は、人間としての良心がこみ上げてくる前に、有無を言わずに引き金を引いた。銃弾が彼女の心臓を貫き、彼女はその場に倒れこんだ。まもなくして怒りがこみ上げてくる。彼女の真上に立つと、持てる限りの銃弾で、彼女の身体が蜂の巣みたいになるまで引き金を引き続けた。灯恵がもうやめてと言っていたが、頭が真っ白の俺には何も入ってこなかった。
◇
気づくと灯恵が横で泣いていて、俺の目の前には血だらけの女が倒れている。灯恵の元へ歩み寄ると、彼女は地面を見つめながら泣いている。
「ごめん。こんなことになっちゃって。」
俺もしゃがみこみ、優しく声をかける。
「灯恵のせいじゃない、すべてこいつらが悪いんだ。」
「そうだけどさ。関係ない人たち巻き込んじゃったし。」
「気にしなくていい。早くここを出よう。」
お互い肉体も精神もボロボロだ。俺は灯恵と肩を組み、階段の方へ歩き始めた。もうこれで終わったのか。まだ脱出していないのに、勝手に達成感に浸りかける。すると、目の前に見覚えのある影が立ちはだかった。それを見た俺は目を疑い、足の震えが収まらなくなってその場に座り込んだ。灯恵も同様である。
目の前に姿を現した黒いワンピースを着た女。紛れもなく、さっき俺が撃ち殺したリンそのものであった。彼女は、目を見開いてこちらを見てくる。その綺麗な眼差しが、必要以上に狂気を放っているのだ。
「さっきのすごかったね。私が見込んだだけあるわ。」
灯恵は恐怖で上手く喋れない。
「なんで...死んだはずなのに...。」
リンがムッとした顔で答える。
「は?死んでねーし!」
俺が事実確認の為に後ろを振り返ると、確かに死体はそこにある。だが、あまりにも衝撃が隠せなかった。なんとそこにある死体は、リンではなく桧町亜唯菜の死体であった。俺はこの怪異に怖気ずき、冷静を保つことができない。
「い、一体どういうことなんだ?」
すると、リンが持っていた黒いウィッグをこっちに放り投げる。
「変装。」
ついていけてない俺を見かねて、リンが平然と説明を入れた。
「亜唯菜は優秀だったから。私が教えた演技をすぐにマスターしちゃってさ。いつの間にか、影武者もできちゃうくらい成長しちゃったんだ。それで実験台に使わせてもらった訳。」
「何を言ってるんだ...?」
あそこまで完成度の高い変装があるものか。あれは明らかにこの鬼畜女だったはず。声も容姿も服も全てそのまんまじゃないか。でも、変装だったというのか。やはりいくら考えてもわからなかった。
全てにおいて圧倒され手も足も出せない俺に、この女は笑いかけてくる。
「北生君を試してみたかったの。」
俺は、なんのことだかさっぱりわからない。リンがそんな俺を弄ぶように見てくる。
「君はいつか、日本国民を狂乱の海に沈めることになる。」
「だから何が言いたい。そんな訳ないだろう。」
「まあいずれわかるって。それに、いつかまた会うことになる。その時は、じっくり遊ぼうね。」
そう言うと、彼女は背を向けて去っていく。俺たちには、もはや何もできないと考えているのだろう。だが、それは本当のことだ。リンに抵抗する気力は、一ミリたりとも残っていなかったから。
◇
俺と灯恵は、暗い階段をようやく登り終えて地上に出た。空は相変わらず淀んでいて、もうすぐ雨でも降るのだろう。
2人で塀まで戻ろうとしたがすでに遅かった。俺たちは、周囲を無数の白装束により取り囲まれてしまう。その数15人。
全員が俺たちの方へ銃口を向け、そして集団の後ろから、先ほどの新藤久喜が現れた。
「無様な姿だな。これが教団に逆らった成れの果てよ。」
「俺たちを殺したところで、お前らの命運が尽きる未来を変えることなどできない。」
「命乞いをしても遅いわ。貴様らは聖戦の犠牲となるんだよ。」
「薄汚え聖戦だな。」
俺は、この聖戦とかいう厨二病的な単語を聞き、つい鼻で笑い見下した。すると久喜の表情が明らかに曇る。どうやら彼の堪忍袋の尾を切ってしまったようだ。
「教団を侮辱した罪、身を以て思い知れ。」
奴らは、小型小銃の引き金に手をかける。感情もなく、自分を持つこともなく、ただ神仏に頼ることしかできない同じ顔をした他人任せの殺人ロボット達が、死んだ魚のような目でこちらを向く。目つきは座っていて、感情という言葉とは無縁の生きた屍だ。きっと躊躇なくそのトリガーを握り込むのだろう。
もう終わった。そう思った時だ、砦の門の方から黒い塊がこっちへ突っ込んできた。俺たちを取り囲んでいた信者たちの注意は、一斉にそちらへ向く。
その黒い塊は、徐々に近づいて来ると、運転席の男が俺たちに手を振った。見覚えのある顔ぶれ。そう、カネスケの運転するバンである。
バンは、信者らに容赦なく突撃しては死傷させ、俺たちの横で止まった。ドアを開けると、まずは灯恵を車に乗っける。俺は、彼女の救出を見届けると、近くで負傷している信者から拳銃を奪いとり、向かってこようとする他の信者を片っ端から負傷させた。
もうこのくらいで大丈夫だ。そう思ってバンに乗り込もうとした俺を逃さまいと、久喜が銃口を向ける。
「動けば死んじゃうぞ。おとなしく降参しろ。」
身動きが取れない。奴との距離は5m。下手に動けばアウトだ。だが、俺はまだ、天に見捨てられていなかった。後ろ窓の隙間から放たれた銃弾が、久喜の腕に命中。彼は銃を落とし唸っている。
命拾いをした俺は、救世主の顔を拝もうと顔を上げる。そこにいた銃弾の主は、紗宙であった。彼女はボケっとしている俺に手を差し伸べる。
「蒼!早く乗って!」
俺は、その手を握りしめると車に乗り込み、勢いよくドアを閉めた。久喜が信者たちに指示を出すが、彼らも負傷していて動けない。その隙をついてカネスケが車を急旋回させると、入ってきた方へ引き返す。
狭い敷地で暴走するどデカいバンを前に、教団信者達はなすすべがない。お陰様で、メンバーが誰一人銃で打たれることはなかった。
◇
門のところまで戻ってくると、騒動を聞き駆けつけた役人たちで溢れていた。カネスケが猛スピードで突撃しながらクラクションを鳴らす。役人たちは、蜘蛛の子の如く散って道を開けた。
門を突破した俺たちは、そのまま一気に新庄市街を駆け抜けた。人も車も多い時間帯の逃走劇は、本当に心臓に悪かった。だが、カネスケの運転テクニックは完璧を超越しており、時速80キロで歩行者天国のような市街地を駆け抜けてるにも関わらず、人を轢き殺すことはおろか、障害物と衝突することすら一切なかった。
街を抜け、一本道を山形市方面へひた走る。この広い国道は、市街地と違って障害物になりうるものがほぼほぼ存在しない。だからこそ、ハラハラすることもなく逃亡することだけに気持ちを専念できる。
バックミラーを見ると、後方から夥しい数の軍用車が迫ってくる。公国の駐屯軍がついに動き出したのだ。駐屯軍は、公国の正規部隊である。かつての自衛隊と同等の力を持つ彼らと戦えば、勝てる見込みはないだろう。
とにかく逃げねば。そわそわしている俺の気持ちが通じているのか、カネスケがスピードをさらに上げる。流石にこれなら追ってこれないだろう。バックミラーを改めて確認してみた。すると、一時は全く見えなくなったが、時間が立つと奴らがまた姿を見せるのだ。きっと奴らの軍用車も、暴走神使の改造バイクやこのバンと同様に、エンジンの改良を行っているに違いない。
果たして逃げ切れるのだろうか。そんな危機を感じている間に橋へ差し掛かった。先生がカネスケに指示を出した。
「赤いボタンを押してみてください。」
カネスケは、指示をされると躊躇なく押した。いつもであれば一度立ち止まって考える彼が、言われるがままに指示を受ける。焦りを表に出さない彼も、心の中では相当なプレッシャーを感じているに違いない。
彼がボタンを押した瞬間、車体後方のマフラー付近から何かが発射した。先生は、カネスケに速度を300㎞まで上げるように指示を出す。時速300キロの世界は、とてつもなく魅力的で、またとてつもなく恐怖を感じる。速度を上げた車体は、一気に橋を渡りきった。
流石にこの速度では、軍隊も追いつけずにどんどん距離は開く。極め付けには、軍隊が橋に差し掛かった瞬間に橋が爆発。奴らの先陣部隊は、壊滅と足止めを食う羽目となり、ついには追いかけてくることがなくなった。
カネスケが爆発に驚いて先生に尋ねると、先生は笑いながら、新たに爆弾を撒く機能を付けていたことを語った。脱出劇、銃撃戦、そして時速300キロの世界。俺たちは、いつ死んでもおかしくないハラハラした環境の影響でアドレナリンが異常に出ていた。そのせいで、恐怖や知人の死による悲しみを一時的に緩和することができていた。
◇
公国領から離れて、あっという間に山形市内へ戻ってきた俺たち。とりあえず、流姫乃の家に向かう。
彼女の家に着くと警察に連絡して、流姫乃が無事であったことを伝え、それから気流斗が殺されたことを報告した。警察は、協力できなかったことを深く詫びると電話を切った。
興奮が覚めたのか、気流斗の亡骸を囲った女性陣と涙もろい典一がずっと泣いている。感情に疎い俺は、カネスケをベランダへ呼び、久しく吸っていなかったタバコを口にする。冷静になり、今回の事件がどれだけ重大なものなのかを改めて考えら為に。
桧町亜唯菜を殺した俺たちは、他国の重役を抹殺したということになる。つまり、教団だけでなく、公国からも目をつけられる存在となってしまったわけだ。それに奴らは、怒り狂ってこの街を攻撃してくる可能性もある。そうなると、1つの戦争の引き金を作ってしまったことにもなるのだ。そこでリンが言っていた言葉がなぜか心に引っかかる。
日本国民を狂乱の海に貶めるとは...。
今回のように、戦争のきっかけになり続けるということなのだろうか。いや、そもそもリンが何者なのかすらわからない。本当にわからないことしかなかった。
悩んでいる俺の気持ちを察してくれたのだろう。カネスケがいつものように声をかけてくれる。
「俺たちならどんな壁でも乗り越えられる。そうだろ?」
「そんなことわかっている。けど、あの女に言われたことが、なんだか頭に残るんだよ。」
「リンって女か?」
「ああ。何者なのかわからない。だが、公国の人間とも、ヒドゥラ教の奴らとも違う独特の空気を漂わせていた。奴は俺に『黒の系譜』だとか、『日本国民を狂乱に落とす』だとかよくわからない予言を残した。意味はわからないが悪い意味には違いない。」
「ははは、蒼は占いとか予言とか好きだったもんなー。けど、そんなよくわからんやつのいうことなんて、気にすることはない。それに黒の系譜って厨二かよ。」
俺は、カネスケのツッコミに笑みを見せられるほどの余裕もない。彼女に植え付けられた力の差に未だ圧倒されていた。
「けどさ、世の中いろんな奴がいるもんだな。他人事かもしれないけど、次はどんな奴に会えるんだろうって、考えたらワクワクしてきた。」
「ポジティブだな。その考え叩き込んでくれよ。」
陽気でポジティブな彼を見て、少しだけ元気を貰えた。それを聞いた彼が、そう簡単なものではないと言って熱く語り出す。俺は、嫌なことを忘れ去るために、カネスケのくだらない話に神経を集中させた。
しばらくして、カネスケの話が終わり部屋に戻ると、女性陣がようやく落ち着きを取り戻したようであった。俺は、気流斗のことをどうするかを流姫乃に聞いた。
すると彼女は、弟を火葬すると話す。そして寂しそうに窓の外を見つめていた。家族のことが嫌いだった俺は、そっくりそのまま彼女の気持ちに共感できない。でも、彼女は唯一の肉親を失ったのだ。それも最愛の弟だ。自分の1番大切な人間がいなくなった悲しみは計り知れない。その気持ちはなんとなくわかる。
俺は、その表情に心を打たれ、感情に疎いにも関わらず少しばかり寂しい気分になった。そして思うのだ、こんな悲しみを産まない為にも、俺は強くなるんだって。
◇
夕方になりかけた頃。気流斗の元から離れたがらない灯恵を無理やり引っ張って、市内にある病院を訪れた。その病院は、市内でも1、2を争う規模である。それ故に、人が沢山いても混み合っているようには感じない。
外科の待合所の長椅子に俺は座る。そして悩むのだ。隣に座っているのは年が8つも離れたクソガキだ。共通の話題など、思い出したくもないこの前の戦いのことくらいだ。彼女も心に傷を負っていると思うと、会話に出そうとは思えない。そうなると結局はだんまりが続く。
彼女も彼女で、何か遠慮しているのか、珍しく物静かだ。結夏に太鼓判を押されたコミュ力をここで発揮してくれよと言いたくなる。
夕日が俺たちを照らす。診察まであと少しと言ったタイミングで、彼女がしれっと切り出した。
「ねえ、私も旅に連れてけよ。」
「いきなりどうした?」
「もっと強くなりたいんだ。」
彼女は、照れ臭そうにしつつも、視線がブレることはなく真っ直ぐだ。その想いは本当らしい。
「リンに復讐するのか?」
「大事な人を守るために強くなりたいんだよ。あいつは憎いけど、その感情に振り回されたら、それこそ思う壺って感じがするから考えないようにしてる。」
彼女は思ってた以上に大人だ。俺がその立場なら、リンをぶち殺す為に強くなりたいと答えただろう。
「そうか。だがダメだ。結夏をまた悲しませる。」
「義母さんは説得するからさ。蒼には助けられたから、しっかり借りを返さないと。それに、蒼たちと戦うってことは、乱れた世を変えるために戦うってことだろ。なんか、カッコ良いじゃん。」
黙る俺を灯恵が見つめてくる。
「やっぱりダメかな?」
そう言われても彼女はまだ15歳。学校に通っていたなら女子中学生だ。そんな未来ある存在を、革命という鉄と血と野望の世界に引き込んで良いものだろうか。
しどろもどろしている俺に対して、彼女は一切動揺していない。どうやら気持ちは固まっているようだ。
本当はダメな選択なのかもしれない。だが俺は、自らの正義を折ることに決めた。彼女の純粋で真っ直ぐな想いは、俺の心の扉をこじ開けたのである。
「結夏に聞いてみよう。」
すると彼女は、目を輝かせて嬉しそうに頷いた。
これが本当に正しい選択なのかはわからない。でも俺は、彼女の想いに揺れ動かされ、一緒に旅をしたいと思うようになっていた。
病院で診察を受けた後、薬局で薬を受けとってから俺と灯恵は流姫乃の家へ戻る。2人でくだらない話をしつつ、夕暮れ時の街並みを見ながら。
◇
家に戻ると、各々が今後のことについて話していた。俺と灯恵は、緊張感に包まれながら、結夏を庭へ呼び出す。呼び出された結夏は、特に不思議がることなく、軽い感じで庭までやってくる。
しかし、俺たちの少しよそよそしい姿を見て、なんとなく言いたいことを予測したようだ。彼女の顔から笑みが消えた。
灯恵は、後戻りできないことを感じ取ると、申し訳なさそうに話を切り出す。
「あのさ、私この人達についていくから。」
「もうどうなっても知らないんだから。」
案の定、結夏が表情を曇らせる。灯恵は、俯きながらボソッと答えた。
「じゃあ、勝手に行かせてもらうね。」
もっと引き止めるものなのかと思っていた。だから、あっさりしすぎて反応に困った。灯恵は夜遊びの常連だと聞いているので、既に呆れられてしまっているのだろうか。とはいえ、一言くらい引き止めてやっても良いのではないだろうか。
俺は、これから灯恵を預かる団体の代表として、彼女の義理の母である結夏に聞いてみた。
「本当に良いのか?」
灯恵が結夏の顔を見つめている。きっと彼女も一言くらい引き止めて欲しかった筈だ。緊張が再び3人を包み込んだ。どんな言葉が返ってくるのだろう。期待と不安が心に蔓延した。
少しばかりの沈黙が続く。そして結夏は、口を開いたと思うと、急に笑顔になる。そして言ったのだ。
「うん。だって私もついていくことに決めたから。」
それを聞いて、俺も灯恵も驚きを隠せない。え、どういうことだ、そしていつの間に??、といった感じだ。
経緯を聞いてみると、誘ったのはどうやら紗宙らしい。ついていく気は無かったようだが、このような時代である。いつ山形市が、戦火に巻き込まれてもおかしくはない。どこへいても危険な状況に変わりがないのであれば、それを変えようとしている俺たちと一緒に行動したいと考えたそうだ。
それに日本国に居続けたら、永遠と灯恵を誘拐したことになってしまう。堂々とした関係にするためにも、今の環境を脱する必要があったのだ。
「そういうことか。でも俺たちの旅は遊びじゃない。いつ死ぬかもわからない。それでも大丈夫なのか?」
「そんなの言われなくてもわかってる。戦力になれるように頑張るから。」
結夏も灯恵と同じく本気だった。人の気持ちは目を見ればわかる。彼女の目つきも、想いの熱さがしっかりと伝わるまっすぐなものだった。改めて2人をみたが、どうやら覚悟は決まっている。
「改めて聞く。俺たちと共にくるということは、人に命を狙われ続けることになる。そして、敵とはいえ人を殺すことになる。血も死体も見ることになる。それでもついてきてくれるか?」
灯恵が若干下を向いたように見えた。俺は、彼女を鋭く睨んだ。
「ビビってるなら来なくていい。」
我ながらに偉そうなことを言ってしまった。だけども、人を殺すことに躊躇したり、死体を見て腰を抜かしてしまう優しい人には、なるべくこちらの世界と関わって欲しくなかった。それは、ビビりである俺の経験と、紗宙という心の綺麗な女性をこの世界へ引き摺り込んでしまった後悔から出た結論である。
俺が自らの自論に酔いしれていると、それを覚ますように灯恵が言う。
「びびってねーよ!」
そして結夏も続いた。
「腹を括ったからには逃げないわ!見ててよね!」
少しやんちゃではあるが、根は優しく勝気で明るい2人である。俺は、改めてこの2人と一緒に旅をしたいと思い知らされた。
「わかった。結夏、灯恵、これからも宜しくな。」
答えを聞いて納得してくれたようだ。2人が嬉しそうに返事をする。その笑顔は、他人としてのよそよそしいものから、身内としての自然なものに変わり、俺は2人に対して少しは心を開けるようになれた。
しかし、気になったことがあったので結夏に尋ねた。
「流姫乃も来るのか?」
「誘ったんだけど、気流斗君のこともあるから山形に残るって。」
「そうか。だが1人では、また公国に狙われてしまうかもしれない。何か手はないか?」
「考えがあるわ。」
俺がそのことについて聞くと、彼女は後で話すと言ってその場を去る。俺と灯恵は、気になりながらも結夏を追って部屋に入った。
夕暮れ時も過ぎ、いつの間にか綺麗な星空となっていた。だが、風は強い。吹き荒び始めた突風は、またすぐに次の脅威が迫ってきているかのような気配を漂わせている。
(第十四幕.完)