第十六幕!仲間
文字数 13,674文字
修行は基本的に俺、カネスケ、紗宙、結夏、灯恵が同じメニューを行い、典一は和尚が考案した特殊訓練を実施することとなった。先生は、俺たちが自分自身と向き合っている間に、青の革命団に資金を投資してくれそうな企業にテレアポをしたり、新潟官軍や北海道のアイヌ独立運動などと連携を取り合ったりと、陰ながらに俺たちの活動を前へと進めてくれていた。
初日は、不平不満をもらしながらも、お国のためだと気持ちを鼓舞して頑張っていた俺たち。しかし、修行3日目の朝に事件が起こる。
俺と紗宙以外の3人が大遅刻をしたのだ。和尚は、彼らに冷たく帰宅を促し、3人がブツブツ文句を言いながら宿舎へ戻っていく。
こういう時どうすれば良いのか、迷いながらキョロキョロしていると、和尚がこちらへ向き直る。
「蒼、紗宙、あの3人の分も走るのじゃ。」
とんでもない話だ。3人の分も走るとなると、明らかに日をまたいでしまう。それに高校を卒業して以来、まともに運動をしていない俺たちからしたら生き地獄そのものである。
「和尚、これ以上回数が増えたら、俺も紗宙も故障してしまいます。」
だが、その願いでもむなしく、彼は俺の言葉をはねのけて厳しく諭した。
「仲間の不祥事の責任を取ることもリーダーとしての務め。これをできないお前はリーダー失格だ。」
俺は、その言葉にプライドを傷つけられ、心に灯っていた火が吹き消されるように消える。心に冷夏のような冷たい風が吹き荒れ、勢いと思い込みで押さえつけてきた本心が口からこぼれだす。
「別に成り行きでなっただけだ。」
和尚は何も言わない。彼も心の中ではそう思っているのだろう。でも紗宙は違った。彼女は、ふてくされている俺へ冷たく言い放つ。
「ださっ。それ本気で言ってるの?」
「ああ、そうだけど。」
俺のいじけた態度は、その時を訪れさせてしまったようだ。彼女の中の何かが切れた音がする。綺麗でぱっちりとした瞳からは、いつもと違う嫌悪感と怒りが滲み出ている。
「だからいつまでたっても陰キャラなんだよ。見損なった!!」
突如として怒鳴りつけられる。基本的に声を張り上げることこない彼女が、まさかここまで激怒するとは思わなかった。怒ったら怖いだろうことくらい、普段から接していればなんとなくわかるが、実際に出くわすとそれが本当だということがわかる。
だが、俺という人間は捻くれている。強い相手、恐怖の対照が大きいからこそ、それに対して負けず嫌いのプライドが出て、無茶苦茶にブチギレてしまうのだ。。
「そんな言い方ねえだろ!!!!!」
紗宙はそっぽを向いた。そして靴紐を結びながら、俺の心を突き放す?
「私は走るから。陰キャラはお部屋に戻っておままごとでもしてれば?」
俺は、あまりにも気持ちが荒んでいた為、出ない言い返す言葉の代わりに手が出てしまう。しかし、その手は和尚に叩き落とされ、俺はゲンコツを落とされる。
「弱い者には食ってかかる今のお前は、その辺にいる蛮族となんら変わらん!もう呆れたから宿舎に帰れ!!」
言い訳をしようとしたが、帰れとしか言ってくれない。立ち尽くしていれば許されてくれる。そう考えて待って見ようとしたけど、情けない姿を彼女の前で晒し続けることを自分自信が許せなかった。そのまま俺は、半泣きのまま宿舎へ帰る。
一方で紗宙は、1人残って和尚へ宣言した。
「私、走ります。」
「全員分走るのじゃぞ。」
和尚は当たり前だといった顔をしている。きっと心のどこかで彼女のことも呆れているのだろう。しかし彼女は、人の顔色を過剰に伺うような器の小さい女ではない。薄らと頷くと、一人で階段を駆け降りた。
◇
口論から1時間はたったであろう。俺は、宿舎の外でしゃがみ込み、地面を見つめながら今までの人生を振り返り嘆いていた。
なんで俺は、こんなに情けない男なのだろうか。いつからこうなってしまったのか、誰のせいだろうか。親か、俺のことを昔いじめていたゴミどもか、評価してくれなかった社会か。辛い時、どうしても周りのせいにしてしまう自分がいる。才能も何もないまっさらな俺。もはや生きている価値すらないのであろうか。
ふと、リンが言っていた言葉が、理性の拒絶を超えて頭の中に浮かび上がってきた。
『 いつか日本国民を狂乱の海に沈めることになる。』
これは、いつか人生を捨てた俺が、大量殺戮でもするという意味なのだろうか。見たくもない未来が頭をよぎり、さらにネガティブになっていく。俺は、もうどうしていいかわからなくなり、トイレに行こうと立ち上がる。すると、目の前が急に真っ暗になり、頭からその場に倒れこみかけた。地面は硬いコンクリートである。正直もう死のうと思っていた。しかし、誰かに腕を掴まれた。意識が遠のいていた俺は、無意識にその腕を振り払おうとする。
だけど、その手は掴んで離さない。俺が大声をあげて発狂すると、その手の主が俺の頰をひっぱたく。
「リーダー、気は確かですか?」
その手の主は先生である。彼は、全て見ていたかのように、強く優しく語りかけてくる。
だが俺には、情けや慰めは必要なかった。欲している物は死。早く死んでしまいたい、その思いだけしかなかった。その為に自暴自棄になり、必死に手を振りほどこうとあがく。でも、彼の力は思った以上に強い。
「貧血ですね。少し布団で休んだ方が良いでしょう。」
「先生、手を離してくれ!俺はもういいんだ!」
彼は、俺の命令であるにも関わらず腕を話そうとしない。俺が奇声を上げて暴れると、彼は幼子を寝かせるように、冷静に言葉を置きに来る。
「リーダーの命令とはいえ、それはできません。」
「なぜだ!!??」
「大切な仲間だからですよ。」
彼は躊躇なくそう答えた。そんな薄い言葉、今まで何度言われたことか。慰めの1つにもなりはしない。聞くだけで苛立ちが高まる。
「社交辞令を聞くのはもう飽きたよ。」
「社交辞令など言った覚えはございません。」
平然と綺麗事を言う彼に対して、今までにない怒りが溢れだした。
「嘘をつくな!!」
「嘘ではございません。それにあなたは、まだこの世に中でなすべき運命を果たしておりません。」
こいつは俺のことをバカにしているのだろうか。目の前にいる男は、先生であり部下でもある。年上でもあるが部下でもある。仲間でもあるが部下でもある。舐めやがって。俺は怒りに心を食い尽くされ、尊敬をしていた彼に対しても悪意の角を突き立てていることに気が付かなかった。
「なすべき運命だと?リンの言ってたアレのことか?」
「リンに何を吹き込まれたかは知りません。ですが、あなたにはやるべき使命がきっとあります。私の星占いでは、その偉業が後の世界に大きな影響を及ぼすと出ております。」
きっとってなんだよ、わかってもないのに言うんじゃない。俺はそう憤った。
「こんな落ちこぼれに一体何ができるというのだ!希望なんてもはやない!!」
「何をおっしゃいます、できていたではないですか。殺されかけていた典一を助けたり、酒又という強敵を討ち倒したり、リンの手から灯恵を助け出したり。これだけでも充分やってるではないですか。」
そう言われて俺は黙る。彼は、俺がしっかり立てることを確認すると、近くにあるベンチに腰を下ろす。
「あなたが何故、今まで上手く行かなかったのか。その理由がわかりますか?」
俺は、冷静さを少し取り戻したかと思えば、ネガティブな気持ちが湧き出てきた。
「ダメ人間だからだろ。細かくいうと長くなるから言わないけど。」
「それは違います。」
「じゃあなんだというんだ?」
「やり遂げようとしなかったからです。」
「何を?」
彼は、キッパリと断言する。
「何においてもです。」
「それの何が関係あんだよ。」
真実を突きつけられて駄々をこねたくなる。
すると彼は、俺みたいな20代半ばにして子供じみた男に対しても、懸命に語りかけてくる。
「人は、何かを満足いくまでやり遂げた時に本当の自分の姿に気づき、そして成長していきます。それは夢であれ、恋愛であれ、なんでもです。」
俺は、彼の話を黙って聞いた。言い返してやろうと考えたが、彼は隙を与えてはくれなかった。
「あなたはまだ、何かをやり遂げたことがありませんよね?ということは、伸びしろは未知数です。でも時間は有限です。この意味はわかりますか? 」
「自暴自棄になり、時間を無駄にして可能性をドブに捨てるのかってことか?」
「まあそんなところです。あなたはまだ、可能性があるのにそれを捨てようとしている。 あなたが可能性、いや人生を捨てたことで、何人の人間が悲しむとお思いですか?」
「そんな奴、いやしない。」
「いえ、居ます。少なくとも革命団のメンバーは悲しむことでしょう。」
先生が強い口調で反論する。そして、怪訝な顔をする俺を見て、彼は優しく語りかける。
「悲しまない筈がないです。みんなあなたの挑戦心や野心、実は仲間というものをとても大事にしたいと思っているところ、自分の心の闇と必死に戦っている姿、時に無謀ですが決断を下す振り絞った渾身の勇気、そんなところに惹かれてついてきたのでしょう。そして、私の知る限り、それぞれが重い過去を背負っていますが、みんなで集まってくだらない話をしているときは、本当に幸せそうな表情をしている。もちろん私もあなたも含めて。この皆が笑顔になれる空間を作ったのも紛れもなくあなたです。そんなあなたが仮に死にでもしたら、悲しまない人がいないわけないでしょう。」
俺は、それを聞いても納得ができない。
「俺は言い出しっぺなだけだ。革命団があるのは、紛れもなく先生の人望だろう。」
すると彼は、顎の手を当てて冷静になる。
「ふむ。確かに私は、惜しみなく協力をしました。しかし、あなたの発案がなければ協力することもなく、世に出ることも無かったでしょう。それに今いる仲間を集めたのは全部あなただ。私はバックアップしただけのことです。」
何も言い返せなかった。そう言われてみると、俺も意外と頑張ったのかもしれない。でも、やっぱり先生の方が貢献度は高いだろう。結局俺は、他人任せの口だけ指示出し待ち男なのだ。
心が更に萎れていく。俺自身、どこか諦めに走り始めていた。しかし、先生は諦めない。いつも俺の野望や行動を肯定し続けてくれたのに、今回は肯定しようとしてくれなかった。
彼は、倒れかけた大黒柱を元に戻すかのように、俺の自己肯定感の再生へ力を注いでくるのだ。
「もうここまできた以上は、名実ともにリーダーです。あなたにはメンバー全員への責任が生じております。」
自分すら否定していた自分を彼は肯定し続けてくれる。嬉しいけど小っ恥ずかして、つい鼻で笑ってしまう。
「ふ、勝手だな。」
「今、この集団を束ねられるのは、私ではなくあなたなのです。どうか懸命なご判断をお願いいたします。もうあなたの命は、あなただけのものではない。ここに集まったみんなのものなのです。」
普段は感情控えめな先生が、ここまで熱くなっていたのを見るのは初めてだ。彼は喋りが上手いので、また適当な綺麗事を並べているのかと思ったが、ここまで本気で説得されると、案外そうでもないのかもしれない。彼は、心の底から俺のことを大切に思ってくれているのかもしれない。
長い沈黙の後、俺は答えを出した。
「わかったよ...。俺は諦めないし絶対に強くなるから。」
それを聞いた先生は、涼しげに笑い、そして頷いた。
「それじゃあ、和尚と紗宙に謝って修行してくるわ。」
後ろを向き、和尚の元へ戻ろうとした。すると、先生が思い出したかのように言う。
「和尚はスパルタですが、修行について熟知しておられる。あなたたちを望んで殺しにかかるような真似は絶対にしないので、死ぬ気で食らいついてください。私も陰ながらご武運をお祈り致します。」
そう言うと、先生が宿舎に入って行こうとする。俺は、ふと聞きたいことが浮かび、先生を呼び止めた。
「先生、なんで俺をリーダーにしたんだ?」
彼が立ち止まり、こちらを向かずにゆっくりと話す。
「あなたが掲げた理想への戦いです。リーダーはあなたしかいないでしょう。それに...。」
その続きを聞こうとした。しかし彼は、また今度とはぐらかすと部屋の中へ消えていった。問い詰めたいところだが、いつか話すべき時がきたら話すのだろう。そう自分を納得させ、紗宙と和尚の元へ駆け戻るのだった。
◇
朝集合した場所へ戻ると、和尚が山の下の街を眺めながら短歌を書いている。邪魔して悪いと思いながらも、彼に声をかけた。
「もう一回、修行させてください。」
「夏が来て、秋冬春と、季が変わる、若の心も、すぐかわるかな 。」
彼が書いていた短歌を詠んだ。俺の頭にハテナが浮かぶ。どう言う意味なのか、尋ねてみても答えてくれない。そして質問はスルーされ、彼が俺と目を合わせた。
「覚えているか?ワシの修行は厳しいぞ。」
「わかってます。どんなに困難も絶対に超えて成し遂げます。」
「そうか。ならば、遅刻した3人の分まで走るのじゃ。」
自分含めて4人分。死んでもおかしくない回数だ。でも俺は、和尚と先生を信じると決めた。仲間達の期待に答えようと決めた。だから意を決して苦行に耐え抜く道を選ぶ。例え自分の足が粉々になったとしても。
大きな声で返事をしてから、颯爽と階段を降りた。そして1000段を超える階段をようやく半分まで降りたとき、地面に跪いて必死に呼吸を整えている紗宙と遭遇した。
俺は、彼女に駆け寄り、膝をついて深々と謝罪をした。
「さっきは本当に悪かった。ごめん。」
彼女は、息を切らしながらも冷めた目で俺を見てくる。どうやらまだ、許してくれそうにもない。
「もう戻ってきたんだ。休んでてよかったのに。」
「充分休んだよ。紗宙こそちょっと休んだら?」
彼女が少し足を引きずっていた。これ以上無理をしたら、これからの修行に影響が出てしまう可能性も捨てきれない。なんとかして彼女を説得しようとするが、あんなにも情けない姿を晒した俺の言葉を聞いてくれそうにもない。気の強い彼女は、自信なさそうに優しさを振りまく俺をまた突き放そうとする。
「大丈夫。こんくらい。」
「無理すんなよ。」
その時、彼女が体勢を崩した。足場は階段であるが、中途半端に舗装されているのでゴツゴツした岩も飛び出していた。俺は、とっさに手を彼女の身体の下へ回して支えた。
散々突き放しておいた上で助けられた彼女は、視線を合わせずボソッと言う。
「ありがとう。こんなこともあるよね。」
強がる彼女。だが、いくらクールで少し男勝な姉御肌みたいな所があるとはいえ、身体が疲労困憊であることに変わりはない。それ故に、このまま1人で走り続けさせるのは危険すぎる。
「すぐ追いつくからここで待ってて。一緒に走った方がお互い続くだろ。」
「一緒に走るの有りかな?」
「それに関しては、ルール設けられてないから良いだろ。」
すると彼女は、少し間を空けてから、嬉しそうに温かみのある顔を浮かべる。
「わかった。なら、待ってる。」
どうやら機嫌を取り戻してくれたようだ。俺は、その言葉を聞くと力がみなぎってきた。全力で階段を降り、また全力で紗宙の元に駆けつけるのであった。
そのあと、2人は必死になって走ったが、到底ゴールが見えてこない。なぜなら、あの3人の分も残っているからである。時刻は15時を周り、ようやく自分たちの分が後僅か、残り3往復すればひと段落つくという思いで頂上まで来た。
しかし、ここで紗宙が足を挫いてしまう。俺は、彼女の肩を担ぎながら寺の境内まで登る。そして彼女の足を確認した上でもう走れないと判断。彼女の反対を押し切り、1人で続きを走ることに決めたのだ。
◇
あれから何時間が経っただろうか。山下に見える小さな住宅街は、夕陽で真っ赤に染まっている。
疲れ果て、ついに途中の階段でぶっ倒れた。
虫が大嫌いな俺は、普段こんな山道で寝転がることなんて到底できないしありえない。しかし、もはや限界を超えており、砂利道ですらお布団みたいに感じてしまう。
30分くらいそこで寝ていたのだろうか。誰かの声で目を覚ました。薄暗い山中である。何事かとビビりながら起き上がると、そこにいたのは紗宙と例の遅刻3人衆であった。
「本当に心配したんだから...。」
紗宙が少し息を切らしていた。彼女は、一息ついて気持ちを落ち着かせ、それから疲れ果てていて正気を失っていた俺と向き合う。そして、何か吹っ切れた顔で呟いた。
「生きてて安心した。」
どうやら死んだと思われていたらしい。疲労と寝起きで頭の整理がつかないが、彼女を心配させてしまったことは間違いない事実である。
「心配かけて本当にすまなかった。」
「もう帰って休も。和尚は私が説得するから。」
俺の身体は帰りたいと言っている。でも心は帰りたがらない。なぜなら、まだ3人の分を走り終えてはいないからだ。それが終わるまでは、意地でも帰る気はない。
「だめだ。メニューはしっかりこなさなくてわ。」
すると、遅刻3人衆の中で一番気まずそうな顔をしていたカネスケが歩み寄ってきた。
「蒼、すまなかった。紗宙さんに言われるまで、お前がこんなになっても俺の分を走り続けてくれていたなんて気づけなかった。」
あの勝ち気な結夏も、修行から逃げる情けない行動をしただけでなく、その尻拭いを俺にさせてしまったことを悔いているようだ。カネスケに続いて気まずそうに頭を下げてきた。
「拗ねて帰って2人に押し付けてしまったこと、本当にごめんなさい。」
そして灯恵も、キョロキョロこちらを伺ってから、ぎこちなく謝罪の一言を述べた。
「ごめん...、反省してる...。」
3人は開き直ることもなく、やってしまった愚行と向き合って反省をしている。本音を言えば説教をしようかと思ったが、よくよく考えれば俺も逃げ出した側の1人だった。あまり偉そうな事を言える身分ではない。
「もういいよ。それに俺も一回逃げ出したから、3人にとやかく言う権利はない。」
3人は少しの間、黙り込んで気まずそうにしていた。しかし、時間は待ってくれることもなく、日没が訪れようとしている。すると結夏は、階段の下の方を眺めた。
「逃げた私が言うことではないけど、リーダーや紗宙に負けたくないから私の分は私が走る。」
「いや、もうすぐ日が暮れる。こんな所々お墓がある山道なんて走ったら危ない。」
すると彼女は、ハツラツと答えた。
「肝試しなら任しといて!私そう言うの平気だから!」
するとカネスケが彼女の肩に手を置いた。
「おいギャル、強がんなよ。」
結夏は、彼を横目で見る。
「強がってないから。」
「まっ、安心しな。俺も一緒に走るから。」
「カネちゃんこそビビってるくせに...。」
「は、怖いわけあるか!」
すると、灯恵がカネスケの後ろを指さした。
「カネスケ、後ろに誰かいるぞ。」
その瞬間、彼が大声を上げて勢いよく振り返る。しかし、そこには誰もいない。その驚きっぷりに灯恵は腹を抱えて笑っている。カネスケ以外の俺たちも、彼女の冗談であるとを知っているので、その場は笑いに包まれた。1人悔しそうにしているカネスケを結夏は微笑ましく見つめている。そんな光景を背に、灯恵が俺の方を向いた。
「もう一度言うけどさ、サボってごめん。私も残りの分をちゃんと走るから、リーダーと紗宙は先に帰ってゆっくりしてて。」
確かにサボった彼女が悪い。でも、こんな墓だらけの山道をJCに走らせて良いものだろうか。
「いやしかし...。」
薄暗くて見えにくいけど、灯恵の真っ直ぐな目つきが、その思いの強さを表している。その時、カネスケが会話に入ってきた。
「大丈夫。ギャルと小娘の面倒は俺がちゃんと見るから、蒼は体調管理に徹してくれ。それもリーダーの務めじゃないかな?」
俺が彼と目を合わせると、彼は自分に任せろと胸を叩いた。今の彼は、今朝の彼とは違い、雰囲気が生き生きとしている。だったら最初からそうしろよと言ってやりたい。
とはいえ、改心してくれたのであればそれで良いのだ。俺たちには、身内でくだらない揉め事をしているほどの余裕はないのだ。短期間で力をつけ、約半年後には、カラフトに国家を打ち立てるのだから。
「そうか...、みんなありがとう。」
カネスケがふざけた雑談を交えながら、結夏と灯恵と準備運動を始めた。すると、階段の上の方から雄叫びとともに誰かが降りてくる。薄暗い山道であるがゆえに、再び恐怖が俺たちを包み込んだ。その声は、徐々にこちらへと接近。俺たちは、5人揃って発狂した。カネスケは勿論、結夏や灯恵も案外オカルトには弱いらしい。
だが、俺が懐中電灯でこちらへくる何かを照らすと、5人はあっけにとられた。なんたって、その雄叫びの主が典一だったのだから。
典一は、息を切らしながら俺たちの元へ駆け寄る。
「俺も走りたいから混ぜてくだせい。」
4人がなんだこいつといった目で彼を見た。俺は、つい面白くていじる。
「結夏と戯れたいだけだろ?」
彼は、ふいに顔を赤くして、照れ臭そうに頭を掻いた。
「お、リーダーさすがですな。俺の心を見透かしている。」
その間が抜けた彼の表情に対して、その場はまた笑いに包まれた。 そこで結夏は、空気を引き締めるかのように階段へ向かって歩き出す。
「カネちゃん、典一さん、灯恵、さっさと走るよ!」
ふざけながらもなんだかんだやる気に満ち溢れている。そんな4人は、真っ暗になりかけた山道の階段を降りていった。
◇
俺と紗宙は、2人で肩を組みながらゆっくり階段を上がる。メニューが終わったとはいえ、フラフラの身体で長い階段を上がるのは酷である。少しでも気を抜けば、奈落の底へ真っ逆さまだ。
それだけでも大変なのに、暗い闇夜が視界を遮り、何度も階段から足を踏み外しそうになる。スマホのライトも対して頼りにならない。こんな環境下で心が折れそうな中、彼女がら話しかけてくる。
「みんなと笑い合えていられるのは、蒼がこの団体結成しなければなかったことだよね。少なくとも私は楽しいし感謝してる。」
俺は少し照れながら、階段の上の方を見上げた。
「大したことないしてないよ。でも、そう思ってくれている人が1人でもいるってなんか嬉しいわ。ありがとな。」
2人で雑談をしていたら、全身の痛みも麻酔を打たれたかのように忘れられた。大口を叩くのであれば、この状態ならあと2往復くらいはできそうだ。
険しい階段を登り終えると、空を覆うような星空と壮大な月の明かりが俺たちを照らし出す。あと10段。最後の階段の先には、和尚が夜空を仰ぎながら立っていた。
「和尚、迷惑ばかりかけて申し訳ありませんでした。」
彼は、夜空を見るのを止め、その視線を俺たちへと向ける。
「そうじゃよ、手のかかる若造たちじゃ。」
「明日からもめげずに走ります。」
「ふふふ、わかった。期待しておるぞ!」
そう言ってくれた彼からは、すでに怒りの感情は消えていた。俺と紗宙は、顔を見合わせて安堵した。それから彼が話を切り替える。
「蒼。お主に尋ねたいことがある。」
なんのことだろうか。彼は真剣な目つきでこちらをみた。
「お主は、この階段往復の修行において、最も大切なものはなんだったかわかるかな?」
なんだそんなことか。もう俺は、その答えがわかっていた。別に誰かに耳打ちされたわけではなく、自然と脳裏に浮かび上がっていた。
「仲間との絆です。」
それを聞いた和尚が穏やかに笑う。
「その通りじゃ。」
正解したことに胸をなでおろす。そんな俺を見て紗宙が目を丸くしている。
「え、凄い。なんでわかったの?」
答えを知っていた訳ではないが、別に感で答えた訳でもない。今日の生き地獄を乗りきる中で、一番心に感じたことを言っただけである。ただ、その思いを感じることができた一番のきっかけは、紛れもなく紗宙だ。俺は、わけわからなそうな顔をしている彼女の目を見た。
「ありがとう。」
見つめられた彼女は、その意味をわかってはいないのだろう。俺はそう勝手に思っていた。だが再び彼女の目を合わせた時、どうやらその意味を理解しているような気もした。 目を逸らすこともなく、静かに微笑むその綺麗な表情がそれを表している。
◇
その日の夜。先に宿舎へ戻った俺と紗宙は、先生に呼ばれて庭へ足を運ぶ。
薄暗い庭は、一角がライトで照らされていて、そこには2丁の拳銃を持った先生が立っていた。
「お身体の方は大丈夫ですか?」
「わかるだろ。見ての通りでボロボロだ。」
紗宙も足を抑えている。
「まださっきの捻挫が痛む。」
すると先生は、淡々と要件を伝える。
「明日からも修行は続くので、早く寝たほうが良いとは思ったのですが、我々には時間が限られています。なので、無理を言ってお呼び致しました。」
俺は、疲れていたのもあり、機嫌は良くなかった。
「それで何をするんだ?また走れはさすがに身体を壊すぞ。」
「安心してください。体力はそこまで使いませんので。」
すると彼は、拳銃を俺と紗宙にそれぞれ渡たす。それから数十メートル先の的を指さした。
「射撃の訓練です。」
「なるほど。これなら体力は使わないな。」
「では早速ですが、あそこの中央を相手の急所だと想定して、撃ち抜いてみてください。」
俺は、言われるがままに、離れた先にある的をめがけて引き金を引いた。インパクトのある音とともに飛び出た銃弾は、的の外側をかすって奥の壁にめり込む。
舌打ちをする俺に対して、先生が腕を組みながら語る。
「簡単そうで意外と難しいものです。今までの戦いにおいては、接近戦だったが為に上手く相手に弾を当てることができていました。しかし、これからは中距離戦も増えてくることです。的確に相手の頭を狙い撃ちできる技術が少しでも付いていれば、有利に戦いを進めることができるでしょう。」
負けず嫌いな俺は、先生にコツを教えてもらうと、時間も忘れて射撃訓練に熱中した。隣で一緒に訓練している紗宙も、眠いと言いつつ真剣に訓練に参加していた。俺がようやく安定して的の中に弾をいれられるようになった頃、紗宙が一発中央に弾を当てる。彼女はすごく嬉しそうにしていたが、俺は凄く悔しかった。
紗宙が俺にその報告をしてきた際は、無理して笑顔を作って彼女を褒めた。そのあと、俺は必死に狙いを定め続けたが、結局弾を命中させることができなかった。
俺は寝ずに訓練を続けようとしたものの、さすがに先生に止められる。しかし、この悔しさが、明日からの修行のモチベーションに繋がる。
夜の射撃訓練の時間を作る為に、誰よりも早く階段を往復。誰よりも長く拳銃に触れる習慣がいつの間にか付いていた。
1週間が経った頃、ついに的の中央を綺麗に撃ち抜くことができた。喜んでいる俺を、紗宙は素直に褒めてくれた。嬉しかったが、心の器という面において、彼女にまた負けてしまったような気がして悔しかった。
しかしながら、体力においても射撃においても力が付いてきたことは確かである。だから、自分の能力に多少は自身が持てるようになれた。
◇
気流斗の葬儀を行った日の夜。俺はカネスケを宿舎の外へ呼び出した。先生が仮設した射撃訓練場の裏に、8畳間くらいのスペースがあり、誰かに気持ちを打ち明ける時はよくここを使っていた。
彼は、和尚からもらった空き缶灰皿を地面に置くと、落ち着いた表情でタバコを吸う。
「射撃訓練が順調って話か?」
俺は、顔を合わせず、切り出そうか辞めとこうか迷っていた気持ちを打ち明けた。
「あのさ、俺、どうしても他人に素直になれないんだ。」
「急にどうしたの?何かあった?」
俺は、紗宙との一件に付いて話した。みんなの前では我慢しているが、いざ誰かに悩みを打ち明けると、深刻な感情が顔面に出てきてしまう。そんな俺の顔を見たカネスケは、深く煙を吸ってゆっくりと長く吐きだす。
「人間そんなもんじゃないかな。特に負けず嫌いの人は劣等感を感じやすいからな。」
「どうすれば、心の底から他人に同情してあげれるのかな?」
彼は、煙を再び吸いこみ、吹き出しながら小さい輪っかを作る。
「そうだな、もっと人を信じてみたらどうだろ?」
俺は、彼の顔を見上げる。
「どういうこと?」
「俺も心理学者じゃないから詳しい話できない。でも、勝負事におけるそういう感情は、相手に上に立たれてしまうのではないか、という変なプライドから来ているのではと思ってさ。」
「それは確かにあるかもな。他人から自慢されたり、見下されたりするのは昔から大嫌いだったから。」
「つまりそれは相手に対して、もしかしたら自分のプライドを傷つけてくるかもしれない、っていう不信感を抱いているってことだ。ようは、相手を信頼していないってことじゃん。」
言われてみれば、彼の説明通りである。俺は心の底で、まだ身内のことすら信じきれていなかったのかもしれない。
カネスケがたたみかけるように語る。
「だから、もっと相手を信頼することができれば、悪い意味での劣等感は抱かなくなるのではないか。」
俺は腕を組んで考えた。
「まだ心のどこかで、みんなを信用してないということか...。」
「そういうことになるね。まあ蒼は、昔からそんな感じだったけどさ。」
彼は、きっぱりと言い切りつつ、昔のことを思い浮かべているようだ。俺は恥ずかしくて下を向く。
「そうだな。大学生の頃もカネスケにこんな話をぶつけていた気がする。」
夏の夜風が昔の記憶を思い出させる。俺は少しの間、言葉を口にせず目を閉じていた。虫の鳴き声が気持ちを童心に戻し、荒れた心を沈静させていく。
カネスケが新しいタバコに火をつけ、一口吸うとまた話し始めた。
「けどさ、そろそろ仲間くらいは信用しても良いんじゃない?今すぐにとは言わないけどさ。」
「仲間か。分かってはいるんだけど、なんかこう反射的に負の感情を抑えられないんだ。」
「まあそうだろうな。20年以上背負ってきた性格を変えることは至難の技よ。けど本当に変えたいと思っているなら、いつか変わることができるよ。そして、変われるまで俺も付き合うぜ。」
この世に数億の人間がいて、1000人と出会えれば良い方と言われる人生で、こんなことを言ってくれる人間がどれだけいるのだろうか。きっと殆どいないだろう。
だって殆どの人間は、自分のことか、性の対象者のこと、はたまたはその2つによって作った作品のこと、そして利用できる物と偽善の対象にしか感情を抱かない。
もちろんカネスケも俺もその内の1人に違いない。でも、俺にとっての彼は例外だ。運命の青い糸で結ばれた親友に違いない。そう、何処ぞの誰かが誰かを特別な存在として扱うように、彼は俺を特別な存在として見てくれているのだ。
こんなことを考えていると、不意に涙がこぼれだした。
「カネスケ...、ありがとう。」
彼は、俺の肩を2、3回叩く。
「気にすんなよ、仲間だろ。そしてまずは、俺のことから信頼してくれ。」
俺は深く頷く。
「分かったよ、信頼してるぞ。」
「そうだ、その調子だ!明日からも頑張っていこうぜ!」
俺は、ぎこちなく返事をした。彼にはいつも助けられてばかりだ。それ故に、俺もいつか彼が思い悩んでいる時に助けられる友にならなければならない。
気分が晴れて、救われていることを実感して、心が軽くなり始めた頃、いつの間にかその場に灯恵がいた。
彼女は、ふざけて俺に被せて返事をした。俺とカネスケは、突然登場した彼女に驚いたが、そんなことよりもナイーブな会話を聞かれていたことに対する羞恥心が芽生えてしまう。
今の話を聞いていたのかと俺が尋ねると、彼女はニヤニヤしながら頷いた。
「気流斗とのお別れはもう済んだのか?」
そういうと、彼女は物悲しげに下を向く。
「うん...、済んだよ。葬儀場にいたら、なんか辛いこと思い出しちゃうから、ずっとそこの物陰にいたんだ。」
「そうか。なんかかっこ悪いところ見せちゃったな。」
彼女は顔を上げ、首を横に振った。
「別になんとも思わなかった。誰だってそういう見せたくないもの持ってるじゃん。気にしなくて良いんじゃない?」
「そっか、そう言ってくれて俺は嬉しい。」
「でも、どうしても辛くなったら話てよ。歳は離れてるけど、聞くことくらいはできるから。」
俺は、年下のガキにこんなことを言われ、恥ずかしさとありがたさが入り乱れた。そしてぎこちなく尋ねる。
「い、いいのか?」
彼女は、またニヤッと笑うと、上目遣いでこちらを見る。
「仲間じゃなかったっけ?」
「ああ、そうだな。みんな大切な仲間だ。」
灯恵とカネスケが、俺のほうを暖かい目でみてくる。その表情は、今まで見てきた誰よりも優しくて頼もしかった。
◇
こんな話をしていたら、いつの間にか夕飯の時間となっていた。カネスケ曰く、本日の夕飯は寿司らしい。葬式の夜に不謹慎じゃないかと意を呈すと、灯恵が訳を話してくれた。
理由は、気流斗の好物だったからだそうだ。彼のことを惜しんで、姉である流姫乃が望んで決めたらしい。
2人は、寿司のことを思い出したからか、駆け足で宿舎へ向かっていく。人情味に溢れ、欲にも忠実な彼らは、人間らしくて俺は好きだった。
彼らが去ってから、俺は先生の真似をして夜空を仰ぐ。本日も満点の星空だ。そんな感想を心の中で呟きながら俺は誓った。絶対に仲間の思いを無駄にしない人間になってやると。
(第十六幕.完)