第二十四幕!先輩と俺
文字数 9,513文字
無人喫茶店とは、人が一切接客に携わらないコーヒーショップだ。券売機でコーヒーコインを購入。飲みたいコーヒーが入ったコーヒーメーカーへコインを入れ、コーヒーを注いで飲む。店内にはその辺のチェーンと同じように、テーブルが並べられている。飲み終わった食器は、回転寿司のお皿と同じ要領で机についている穴に入れる。その食器は、コンベアーで運ばれて厨房まで送られるらしい。店内の掃除は、床もテーブルも全自動お掃除ロボが担当していて、なかなか近未来的な飲食店だ。
俺たちは、住民に通報されないように角のテーブル席に着いた。ファミレスよりも少し高級感のある椅子に座り、背もたれにもたれかかると、急に疲れが押し寄せてくる。ブラックコーヒーを飲んでいるのに、眠気が一向に晴れてこない。俺は、彼女との昔のことを思い出していたら、あっとういまに眠気に飲み込まれていた。
◇
あれはいつのことであっただろうか。
年下の猿どもからいじめられ、それを親に話したら、学校にクレームをつけにいくと言われた。恥ずかしいからやめろと言うと、出来損ないのお前を守ってやってるんだから感謝しろ。そう怒鳴りつけられた。怖くて萎縮していた俺は、情けない奴だと罵倒された挙句、外で正座してこいと家を追い出された。
いつまでたっても家には入れてもらえず、仕方なく近所の公園でブランコを漕いでいた。そんな時、習い事の帰り道でたまたま通りかかった先輩が、俺に話しかけてくれた。
先輩は、昔から俺みたいな近所の地味な少年の話も、面倒くさがらずに最後まで聞いてくれた。人の話をまともに聞かないバカ親、猿以上に頭の悪い年下のガキども、駄菓子屋にたむろして粋がっている年上の輩達、金持ち自慢が激しい同級生のほとんど。周りがそんな汚物ばかりだったからか、彼女の優しさが普通の倍くらいに感じられた。
彼女との関係は、なんだかんだで長い。幼馴染と言っても良いくらいだ。昔は、よくゲームで遊んでもらったことが記憶の片隅を横切る。
小2の時に、俺の家が引越してから近所になった。馴染めない俺に、初めに話しかけてくれたのもあの人であった。それに、大嫌いないじめっ子から守ってくれたこともあった。けど、そんな姉と弟みたいな関係も、時代が下るにつれて大きく変化をしていく。
彼女は陽キャラの世界へ。そして俺は陰キャラの世界へ。それぞれ運命に導かれながら進んでいった。彼女は小5になる頃には、すでに彼氏という存在がいたという。だからなのか、その辺から遊んでくれることはなくなった。
中学に上がると年に数回挨拶するかしないかで、もはや赤の他人みたいな関係にまでなっていた。だけども俺は、あの楽しかった懐かしい日々にいつか戻れると、本気で思いこみながら毎日過ごしていた。
相変わらず容姿の良い彼女はモテモテだった。校門の前で、イケメンの彼氏とキスしているところを目撃してしまうこともよくあった。その頃の俺はどうだ。家柄も悪く、貧乏で、顔や能力にも自信がなくて、地味で、いつも受け身で、泣き虫で、まさに闇の世界の住人だ。
子供の世界では、大人の世界以上に冴えない奴らへの風当たりが強い。俺は、学年でも数少ないヤバ人の括りに組み込まれ、小学生の世界でいうお金持ちの子供達に取って代わる形で、中学生界で天下をとった無法者集団のヤンキーという存在から、壮絶な虐げられ方を受けていた。もちろん、俺以外にも同じような立場の陰キャラやオタク達は存在していた。
だけど、俺、そして友人の翠太への当たりは、特に強かったような気がした。内容はいじめと言うよりかは、れっきとした犯罪ばかりで思い出すだけで鬱病になりそうになる。いじめが原因で翠太が不登校になってからは、俺1人に攻撃が集中した。
それから、一連のいじめに先輩が関与してしまったこともあった。ある日、ゴミクズに俺は呼び出された。公園に行くと、鉄パイプを持ったゴミクズが数人待ち構えていて、人前で野糞をしなければ、ヤクザにチクってお前の家族に危害を加えると脅しを受ける。当時の俺は、今以上にビビリでその手の脅しが苦手であり、命令を拒否した時に根性焼きを入れられたこともあって、彼らの要求を飲んでしまった。
その結果、恥ずかしい写真を撮られた挙句、それをネタに様々な悪事を強要させられた。そして数週間後、奴らの気まぐれでその写真がばらまかれ、先輩の元へも写真は回った。俺は学校中の噂になり、昔関わりがあった先輩は、なおさら関係者と思われたくないと考えたのか、挨拶しても冷たい顔をされるようになった。あの悲惨な状況下で自殺しなかった自分を全力で褒め讃えたいと今でも思ったりする。
彼女は頭が良かったのか、地元では偏差値の高い私立高校へ進学が決まった。卒業式の日、俺は勇気を出してお祝いの挨拶をしようと考え、帰り道の公園で彼女を待ち伏せた。待つこと十数分、彼女が通りすがった。けども、俺は何もしなかった。なぜなら、彼女はスポーツ系のイケメン彼氏が漕ぐ自転車の後ろにまたがって、イチャイチャしながら風を切って通り過ぎていったからだ。そのあと数年間、俺は彼女と一言も言葉を交わしてはいなかった。
一方で俺は、地元から少し離れたところにある、ごく普通の目立った取り柄もない共学の高校へ進学していた。高校でも、やっぱりスクールカースト最底辺だった。相変わらず、周りの人間から忌み嫌われていた。自分の置かれた環境を少しでも変えられたらと、両親や周りからの反発を喰らわない程度に、ほんの少し髪型を変えるなど工夫はこらしたが、何も変わらずに無駄な日々を過ごした。そんな中、ずっと虐げられてきた俺は、今まで以上に『革命』と言う行動へ魅力を感じて行くのであった。
最寄駅への通学路で、あの先輩の姿をたまに見かけることがあった。彼女は、年を重ねるにつれて垢抜けていき、すれ違う度に俺を魅了するのである。俺が革命やその類の思想に飲み込まれていった時、彼女は最高な人生への階段を青春という追い風をまといながら駆け上がっていた。
◇
俺がFラン大学へ進学してしばらく経ったある日。バイト先のカフェに、たまたま彼女がやってきた。無視を貫き通そうと知らぬ顔で対応した。しかし、彼女は何事もなかったかのように声をかけてくれた。その声すら、業務的に返してやろうかと考えていたが、人を冷たくあしらったりすることが不得意だから、愛想よく彼女に接した。俺が席を離れると、彼女は俺も知っている近所の顔ぶれと会話に花を咲かせていた。その一件があってから、家の近所で会うとたまに世間話ができる仲には戻っていた。
この頃の話をすると、彼女は医療系の大学へ進学したのだという。相変わらずモテ続け、学校のミスコンにも選ばれていた。恋愛の方も順調で、色黒の体育会系やお金持ちの御曹司、それからイケメンのモデルなど、いろんな人と恋に落ちたのだとか。結局は、人柄の良さそうな年上の公務員と付き合って、幸せ一杯の日々を過ごしていたそうだ。就活も順調で、そこそこ有名な都内の病院に医療事務として就職した。その話を聞いた時は、素直に流石だと思った。
そんな彼女と反対に俺はといえば、パートナーは相変わらずいない非リアな日々。学校では基本的にボッチ飯、家に帰れば真っ先にオナニーをする。これが日々のルーチン化となっていた。勉強なんて大嫌いで、かつて塾に通わせてもらえなかったことを言い訳に、勉強ができないのは当たり前だと言い張り、全くといっていいほど努力をしなかった。だけど、革命とか学生運動とかそんなことへの興味は絶えず。たまに空いた日に、政府への抗議デモに参加したりしていた。
就活はどうだったのかというと、見た目は真面目な俺である。そこそこ腕はふるい、数社から内定をいただくことに成功した。でも俺は、選択を誤ってしまった。自分の適性も考えず、福利厚生に魅了されて選んだその会社が、俺の中の反社会的思想をより増進させた例のブラック企業だったのだ。
彼女は幸せ一杯の光の道を歩き、俺は暗い影が覆う闇の道を歩いた。彼女が就職して実家を出てからというもの、またしばらく会うことはなかった。もう結婚したんだろうなと思いつつも、たまに彼女のことを考えることはあった。
しかし、昔を思い出している余裕がないくらい多忙な日々が続いていた。そんな日々が、1年くらい続いたある日。俺は、彼女がコンビニでパートをしているという話を風の噂で聞きつけた。そして、偶然を装ってそのコンビニへ立ち寄った。するとそこには、昔と変わらない垢抜けた雰囲気の彼女が働いていた。
俺は照れ臭かったので、素っ気ない挨拶をすると、彼女は愛想よく俺に接してくれた。それからというものの、何かあった時にそのコンビニへ行って相談に乗ってもらうことが増えた。
根が優しい彼女は、わかる範囲でアドバイスをくれたりして、そのおかげで助けられたことも多かった。彼女が、婚約者と別れて地元へ戻り、パートをやっている真実を知ったある日。俺も、自分がまだ彼女に淡い恋心を抱いていたことに気づいた。
それからというと、クソみたいな上司に詰められて泣きそうな時や、腐れはてた家庭に疲れて鬱になりそうな時は、常に彼女の顔を思い出して元気をもらった。
そんなこんなで色々とあったが、この俺の人生の様々な面で支えとなり、感謝してもしきれないくらい恩がある先輩。常にモテモテで垢抜けていて、俺の理想を具現化してきた先輩であり憧れの幼なじみ。俺のくだらない野望に耳を傾けて、こんな危険な旅についてきてくれた、幼なじみであり同志。まだ恩も返せていなければ、大好きだということも伝えることができていない。そんな彼女がたった今、悪魔の手の中で苦しめられている。
俺は、自分が粉々に砕け散っても、彼女を助け出す理由がある。
『待ってろ紗宙。いま助けに行くからな。』
そう頭の中で呟いた。
◇
どこからか和尚の声が聞こえてきた。
「蒼。起きるのじゃ。」
その声で飛び起きた。どうやら俺は、寝ていたようだ。コーヒー最強説を信じきっていたが故に、寝ている自覚がなかったみたいである。ブラックコーヒーも凌駕する疲れが、戦いで蓄積されていたらしい。
目を擦りながら、先生からのメールを確認した。すると、かなり有益な情報が記載されていた。教団施設の内部状況についてである。
それによれば、紗宙が捕らわれている場所は、『司の間』という執務室。施設の最も奥に位置する部屋。本来であれば、警備室や宗教法人の事務所を経由しないと、そこへはたどり着けないのだという。そのうえ、法王親衛隊の詰所付近を通過したり、警備がうろついている廊下を通ったりと、何かとリスクが大きい。
だが、リスクを負わずにたどり着く方法があるというのだ。施設には正門から長い一本道をまっすぐ進んだところに、祈りの間という礼拝所が存在する。そこに法王や限られた人間しか知らない秘密の地下通路がある。その通路が、司の間へ繋がっているのだというのだ。
それから、その祈りの間へ行くにも、警備室の前や、信者たちが夜な夜な修行をしている道場の前を通らなくてはならない。しかし、祈りの間のガラスを破壊して侵入すれば、その必要もなくなるらしい。
この情報から考えると、正門の突破さえ上手くやれば、たどり着くことは簡単なのではないかという憶測が生まれる。最後の極め付けに、正門の警備室は、夜間は人数が半分に減少して見回りも少なく、施設内を移動しやすいそうだ。
これらは教団の信者の証言であるが為、嘘の情報の可能性も極めて高い。俺と和尚は、もしもの時の場合などを考慮した上で施設へ迫っていく。
◇
あれから何日が経ったのだろうか。紗宙は、気心の知れた革命団と引き離され、虐待を受け続ける。そして朦朧とした意識の中で、三途の川のほとりを歩いていた。もはや目の前の川が、幻なのか現実なのかわからなくなっている。流れる川の水に手を出そうとするが、両手は縛られていて手の自由が効かない。必死に顔を動かそうにも、首に絡みついた拷問用のロープがその自由を奪い取る。
ずっと同じ体勢で、水すら与えられていないのだ。身体が干からびて、全身が引きちぎられるのも時間の問題なのだろうか。死の恐怖を突きつけられて、精神的に追い込まれている彼女へ、金友は時折こんなことを言う。
『あいつらは暴走族に殺された。』
それを聞くたびに、不安と絶望に駆られる。その不安そうな顔を見ると、金友がいっぺんして優しそうな声で言い聞かせる。
『お前を救済できるのは我だけだ。』
金友に懇願して、彼の従順な信者にでもなれば、解放してくれるのかも知れない。けれども、彼女はそれを拒み続けていた。どんなに辛い状況に陥っても、強い絆で結ばれた仲間の存在を彼女はわかっていたからだ。
それにしても、右足に走る激痛が彼女を苦しめ、眠りにつかせてくれなかった。反抗的な態度をとった紗宙に対して腹を立てたリンが、彼女の右足をガスバーナーで炙ったのだ。一瞬のことであったが、その激痛により、紗宙は頭がおかしくなりかけた。
リンは、人が不幸になると、宝物を見つけた子供のような可愛い笑顔になる。そして、苦痛で悶える姿を見ると、好きなお笑い芸人の面白いネタを見た子供のように、無邪気にゲラゲラ笑うのであった。そんな彼女を見て、憤りと不快感を覚えずにはいられない。
けども、彼女の顔を見続けると思うことがあった。昔どこかで見たことがある顔で、知り合いではないけど何故か親近感が湧く。薄らとした疑問が蔓延り始めた頃、リンがかつてファッションモデルだったという話を金友達から盗み聞きした。その時、彼女の正体が紗宙の頭の中でぼんやりと浮かび上がる。けども、名前までは正確に思い出せない。大河や特撮、連続ドラマや映画にCM、ミュージシャンのPVにも出演して一世を風靡したが、ある事件をきっかけに、17歳で表舞台から失踪したあの女の名前。
そんなことを考えていると教団の信者たちが部屋に入ってきた。テクノロジー技術部署の奴らであった。彼らは、教団のテクノロジー部門を引率していて、修行道具と称した拷問器具なんかの開発に関与していた。
紗宙は、監禁されてから、教団の内部機密を少しだけ知ることになる。彼らが、宇宙人との密貿易に手を出していることとか。それ以外にも、佐渡の研究所で目撃した、薬物漬けにされて意思を奪われた女のような何かのこととか。
何故知れたのか。それは、教団は紗宙が死ぬのは時間の問題だと考えている。だから、幹部達の彼女に対する警戒が緩んでいた。それ故に、彼女の面前でも、簡単な機密であれば口走ったりしていたのだ。
紗宙の前へやってきたテクノロジー技術部署の信者が、抱えていたブラックボックスの中からヘッドギアを取り出した。彼らは、紗宙の髪の毛を無理やり引っ張り顔を近寄せる。そして、手に持っていたヘッドギアを彼女の頭に取り付けた。
それから一瞬のことである。彼女の頭に想像を絶する痛みが駆け抜けて意識が飛び、戻ってきたかと思うと頭がフラフラする。気付いた時には、過去の記憶の一部が抜け落ちていたりした。
彼らは、人の記憶すら自由に書き換える実験もしているのだろうか。ただの気まぐれか、それとも念を入れて故意的に行ったのか真相は定かではない。しかし、彼女が把握していた教団の秘密の多くは吹っ飛んでしまった。酷い激痛が走る中、彼女に付けられたヘッドギアから、聞き覚えのない音楽が流れ始める。意味のわからない歌詞が耳に入ってきたが、この声の主は明らかに金友である。そこから丸一日。意味はわからないが、キャッチーで頭に入ってきやすい気味の悪い曲を聞かされ続けることとなった。彼女の脳内は記憶を一部失ったり、変な音楽を刷り込まれたりして、無茶苦茶な状態となってしまう。 おまけに、足を中心とした全身の痛みがピークに達してきた。
今すぐにでも、舌を噛んで消えてしまいたい気持ちだった。
◇
夜の闇に紛れた俺と和尚は、教団施設の周囲をくまなく調べ上げた。そして、一箇所入り込める隙を見つけたのだった。それは、近頃の台風のせいであろう。施設の塀の上に仕掛けられた鉄条網が破損している部分があったのだ。わざわざ正門を通るより、ここを乗り越えて侵入するのが大正解だ。ラッキーなことに、その塀の先は祈りの間である。
俺たちは、ロープを引っ掛けて塀を登ると、内側を見渡す。どうやら、見回りは近くにいないようである。急いで壁をつたい内側へ潜入。先生から教えてもらった窓ガラスの場所を確認する。すると、少し高いところではあるが、その窓は実在していたのだ。
何か梯子みたいなものがあれば。そう周囲を見渡していた俺に、和尚がある提案した。
「わしの手の上に乗るが良い。」
俺は、2度聞き返してしまう。いくら彼でも、片手で俺を持ち上げるなど、無茶振りにも程がある。そう思い、最初はよくわからなかったが、彼が早くしろと急かしてくる。その為、試しに差し出された手の上に足を乗せてみた。すると彼は、
軽々しく体重60kg前後の俺の身体を持ち上げた。
素直に驚きたかったが、今はそんな余裕はない。音が響かないように、窓にガラス用ドリルで穴を開ける。その穴に腕を突っ込み、鍵を開けて内側へ入りる。そして和尚の手を引っ張り、2人で施設へ侵入することに成功した。
祈りの間は、とてつもなく広い間取りとなっている。中央の祭壇には、法王金友の顔写真が祀られていた。その顔に激しい怒りを覚え、思い切り悪意を込めて祭壇へ唾を吐き捨てた。それから先生が言っていた、祭壇裏にあるという隠し通路を探す。
情報によれば、祭壇裏の宇宙神ヒドゥラの銅像の下にあるということだ。しかし、銅像は押しても引いても動く気配がない。何処かにスイッチが隠されている可能性も考え、絨毯の下や経典の収められた本棚の中、奴の肖像画が入れられた額縁の裏などあらゆる場所を捜索した。
誰か入ってくるかも知れない。そういう状況のなかでの捜索である。緊張で全身汗だくになり、恐怖に包まれた空間で冷静を保ち続けるのは大変なことであった。俺は、焦りを隠しきれずにいられない。
そんな時、壁沿いの長椅子の隣の床だけかすかに色が違うことを和尚が発見した。もしかしてと思い、その重い長椅子をずらしてみる。特に何も反応はなく、期待外れだったように思えた。しかし、俺がたまたま、さっきまでびくともしなかった銅像に寄っ掛かる。すると、銅像がみるみる横に動き、その下に地下道へ続く階段が現れた。俺と和尚は、喜びの声を押し殺してハイタッチをした。
しかし、祈りの間の入り口付近から誰か来ている気配を感じた。その為、急いで階段を駆け下りる。薄暗い地下道を、スマホのライトを頼りに突き進んでいくと、少し立派なつくりをした扉が姿を現した。
俺は、扉に罠が仕掛けられていないか確認する。それから、慎重に耳を押し当てると、中から人の声は一切聞こえない。しかし、鎖のようなものが動くギシギシという音は、聞き取ることができた。
ドアには鍵がかかっている。だが、昔に誰かから教わったピッキングのやり方を試してみたら、いとも簡単に開けることができた。中の鎖の音も相変わらず変化がない為、おそらくこちらには気づいてないのであろう。鍵は開き、慎重に扉を押したがなかなか動いてくれない。どうやら扉の奥に、本棚か何か障害物があるようであった。
俺と和尚は、考えた末に覚悟を決める。何メートルか後ろへ下がり、その動かぬ扉へ全力のタックルをかました。すると、本棚みたいな障害物が前方に倒れる。そして、大きな音を立てて勢いよく扉が開いた。
その時点で俺たちは悟ったのであった。死ぬかも知れないことを。
扉を開いたその先は、情報の通り執務室となっていた。ここが司の間であると一瞬でわかる。司の間を見渡した俺は、ついに彼女の姿を見つけ出すことができた。月の光に照らされた、痩せ細った痣だらけの彼女。それを見て、すぐさま彼女の元へ駆け寄る。どうやらさっきの音は、彼女の両手両足を縛り上げている鎖が動く音だったようだ。
彼女は意識がないのか、それとも俺の声が届いていないのかわからない。だが、声をかけても揺すっても、反応をしてくれない。たまに無意識で足が動き、鎖がギシギシ音を立てるのである。
彼女の顔には、ヘッドギアが括り付けられていた。それをなんとか外そうと頑張るが、なかなか外れてくれない。ヘッドギアから流れ出る気持ちの悪い声に吐き気を覚えつつ、様々方法で取り外しを試みてみる。
そうこうしている間に、廊下が徐々に喧騒を増している。どうやら、祈りの間のガラスが割れていることが発見されてしまったようだ。奴らに見つかる前に、3人でここを脱出しなければならない。
そう焦りにかられた俺は、渾身の力でヘッドギアを外すことに成功。ヘッドギアは一部破損して、あの気味の悪い声は砂嵐へと変わる。
ヘッドギアから開放された紗宙の表情は、少し安らかになったように思えた。しかし、いまだに目を開けてはくれない。俺は、彼女の首に括り付けられたロープと、手足を縛り付けている鎖の切除を試みた。
持ってきた鉄パイプで、鎖のつなぎ目を力一杯ぶっ叩く。音が立ってしまうが、もうバレているので時間の問題であろう。何回も打ちつけたところ、少し綻びを見せはじめた鎖であったが、なかなか破壊することができない。
気づいた時には、廊下側の扉が開かれる。そこには法王土龍金友と、その親衛隊らしき屈強な白い服を纏ったSPたちが、武器を所持して立ちはだかっていた。
和尚は身構えた。俺も金友の方へ身体を向けると、内ポケットに忍ばせている拳銃に手をかけた。金友が俺をみるなり鼻で笑う。
「ここまできたことは褒めてやろう。」
俺は、憎悪の気持ちを込めて彼を睨みつけた。
「紗宙は返してもらう!!」
「力づくで取り返してみろ。」
金友が指示を出すと、彼の親衛隊が俺たちを取り囲んだ。どいつもこいつも堅いが良く、アメフト部の学生に取り囲まれているような感覚である。この窮地を前に、和尚が俺に言う。
「お主は、紗宙と共にここから出ることを第一に考えるのじゃ。」
「わかってます。俺は、絶対にここから紗宙を救い出し、みんなで仙台を脱出してやります。」
「そうか。そう言ってくれるのは嬉しいのう。とりあえず今は、紗宙を守りながら、どうやってロープとその鎖を切除するのかを考えないとじゃな。」
周りの状況を再び見渡した。本音を言ってしまうと、99%勝ち目のない戦いである。人生最大のピンチから切り抜ける方法を、この一瞬で考え出さなければいけないのだ。
もう時間がない。俺は、ほんの数秒間目を閉じて、全集中力を駆使して考えるのだ。大切な人を助け出す方法について。
(第二十四幕.完)