第十三幕!少女と少年
文字数 11,243文字
直々にやり取りをしてくるとは、とても大胆な領主である。とはいえ、以前聞いた彼女の性格と合わせてみると、強がってはいるが本当はただの小心者である可能性の方が高い。彼女を追い込むことがターニングポイントとなってくるこの取引において、少なくとも有利に働く可能性が高いだろう。
交渉の末、明日の11時に砦で取引をすることが確定。奴らも俺たちという敵の急な出現に恐れおののいたのであろう。しっかり考える期間をもうけることもなく、悪事の隠蔽を優先する。この辺りが、領主の性格を証明しているようにも思えた。
だが、こちらにとっても準備の猶予がない。夜も遅いので交渉に備えて寝ようとしたところ、先生に呼びかけられた。
「リーダー、それに典一とカネスケ、少し手伝って頂けますか?」
俺たちが頷くと、先生がブルーシートのようなものを取り出して車を降りた。それに続いて降りると、4人でそのネットを車にかぶせる。どうやらこのシートは、ドローン対策とのことであった。
公国側は、軍事ドローンを多数所持している。万が一この場所を見つけられ、夜襲でもかけられれば一溜まりもない。でも、このシートをかぶせておけば、周囲の自然と同化しているように見えるので存在を見破られにくい。そのうえ電波を反射させない特殊なシートのため、ドローンや電子機器には存在が映らないようになるのだという。シートで念入りに車を覆い、急ぎ車内に戻った。
明日は、ついに敵の拠点に突っ込むことになると思うと、不安ですぐに寝れそうにない。気を紛らわす為、星でも見ようと窓を開けたがシートが邪魔で何も見えなかった。
疲れが溜まっていたのか、車内を見渡しても起きている者は1人としていない。夜の闇と静寂に包まれたこのバンの中で聞こえてくる音は、時折響く典一とカネスケのイビキくらいである。
とりあえず目を閉じていると、隣で寝ている紗宙が寄りかかってきた。人の温もりは、なぜか心を落ち着かせることがある。久々に感じる暖かい温度と香水の匂い。あれだけ寝れずに苦労したのに、気づいた時には眠りに落ちていた。
◇
朝、俺は誰かに起こされた。さらさらした長い髪が顔にかかる。紗宙かと思って重たい瞼を開けると、そこには先生がいた。何事かとキレかけたところ、大事な用事があるからと外へ誘われた。
彼に連れられて外へ出て少し歩くと、そこには程よい広さの砂地があり、カネスケと典一が座りの混んでだべっている、
「リーダー。典一と組手をしてみてください。ルールは簡単。5分間逃げ切れば典一の勝ち。一発でも拳を顔に食らわせることができたらリーダーの勝ちです。」
寝起きに唐突すぎて、まだよく理解できない。鈍感な俺に対して、先生が補足を入れてくれる。
「これから戦闘力を鍛えていく上で、現在のポテンシャルを確認しておくための力試しです。」
ついにトレーニングとやらが始まるのか。徐々に状況理解したところで、頭からペットボトルの水をかぶり眠気を吹き飛ばした。
「俺は...、一発も当てられなかったぜ。」
カネスケが悔しそうにしていた。先生は、そんな自信を失う彼へアドバイスを忘れない。
「しかし、相手の動きを予測して動きを鈍らせるための策を駆使したり、当てるために頭を使った努力をしていた。そこは見事であった。」
リーダーなのに呑気に寝ていたことへ、苛立ちが増し始める。それから、俺ならできるという根拠のない自信が、力のない自分に大口を叩かせるのだ。
「俺もやってやるよ。典一をぶっ飛ばす。」
イキリ立つ俺を前にして、典一が上裸になった。恐ろしいほどの筋肉に威圧されたが、俺も負けじと睨みつける。
彼が合図をすると、俺は走り込んで彼に向かって拳を突き出した。彼がその拳を捉えると、俺を天高く投げ飛ばす。受け身を知らない俺は地面に叩きつけられる。一歩間違えれば首を折ってあの世へ行っていた。彼はきっと、本気で俺のことを殺しにきているようだ。
先生が、俺の方を厳しい顔で見つめていた。彼も典一と同様で、死んだらその程度だった言わんばかりだ。悔しくて、痛みすら忘れて典一に蹴りかかる。彼がそれを下がって交わす。俺が無我夢中に殴り続けるが、彼は避けたり受け流したりを繰り返す。時間制限もあるので必死に拳をふるった。しかし、全く当たらない。
そこで卑怯ではあるものの、地面の砂を掴んで彼の顔にぶっかける。けども彼は、くるくる回転して遠心力で砂を弾き飛ばし、卑怯な方法を使った俺に罵声を浴びせることなく一瞬で背後に回りこむ。
「修行が足りませんな。」
体重を前のめりにしていた為、彼の軽いチョップで前方に吹っ飛び、切り傷と砂だらけになってしまう。悔しいけど勝ち目がない。車に戻り、刃物で刺し殺してしまおうか。
そんなことを考え始めたあたりで、ようやっと先生が勝負を止めてくれた。そして彼がズタボロの俺へ歩み寄る。
「武道としては卑怯かもしれません。ですが、機転を利かせたところは、カネスケと同じで合格です。ただそんな小細工使わずとも、典一に一発食らわせるくらい修行を積んでください。」
「必ず強くなってやるからみとけよ...!」
何食わぬ顔でアドバイスをする彼に暴言混じりの決意を吐き散らした。でも先生は、爽やかな笑顔を浮かべた。
「期待しかしてません。リーダーならできるでしょう。」
そう言うと、彼が俺の手を掴み起こしてくれる。典一も近寄ってきては、申し訳なさそうに謝罪をしてくる。俺は、逆にそれが嫌で3人を置いて先に車へと戻った。
太陽がいい具合に登り出した時間である。女性陣3人も身支度を始めていた。後から戻った先生と典一が車にかぶせたシートを片付け、他のメンツも取引に対する心の準備を整えようとしている。しかし俺は、さっきの悔しさが抑えきれず、1人でしばらく地面を見つめることしかできなかった。
◇
9時をすぎた頃、出発の準備が整った。車内は緊張感とそれを紛らわすメンバー達の声が響く。俺は、死地に向かう中で少しでも生き延びる足しにならないかと、助手席に座り運転席の先生に尋ねる。
「砦の中に入ったら逃げ場がないが、何か策はあるか?」
「今のところ皆無です。砦内の状況や作りがわからない限り、手の打ちようがございません。」
「そうなると、腕っ節で虎穴を抜け出す必要があるということか。」
「いえ、私が奴に器の大きさというものについて説き、我らを殺さない方が後々のためになるというメリットもお伝え致します。上手くいけば、我らを見逃してくださるかもしれません。」
「上手くいかなかったら?」
「その時はその時です。」
先生は、疑心暗鬼の目で睨む俺に対して、余裕の笑みを浮かべる。
彼の交渉力を信じるしかない。きっとなんとかなるはずだ。そう俺は思い込み、心臓から湧いてくる恐怖心を必死に抑え込んだ。
「カネスケ。またお留守番をお願いしても良いか?」
「またっすか?結夏の前で良いとこ見せたかったのに。」
結夏は、不意に名前を上げられた為、思わず微笑を浮かべる。不満そうにカネスケがごねる。文句を垂れる彼に対して、先生がバシッと言い聞かせた。
「私情は慎みなさい。脱出における重要な役割であり、君の運転技術を見込んでの役回りなのだ。この改造バンを自由自在に運転できる人物は、今は私と君しかいない。」
「悔しいですが承知しました。役目を全う致します。」
彼は、なおも不満そうではあるが渋々納得してくれた。先生が忖度抜きに指示を出す傍ら、残念そうなカネスケに結夏が声をかける。
「絶対に助けに来てね!カネちゃんいないと上手くいかないから!」
頭はキレるがプライベートでは単純な性格のカネスケである。その一言だけで『任せとけ!』とやる気をみなぎらせる。それを見た典一は、グッと身体を彼の方へ押し出しながら笑う。
「はっはっは、カネスケ!ゆなっちゃんの護衛は俺に任せときな!」
「ちくしょー!絶対生きて帰ってくるんだぞ!」
彼が悔しそうに叫ぶ。典一は、当たり前だといった勢いのある相槌を打った。2人のやりとりを見て結夏がきょとんとしている。他の4人は、なんとなく察しているので、それらを温かく見守っていた。
◇
時間が刻々と迫ってくる。ついに山を降りる時がきたというタイミングで、流姫乃の元に一通のメールが届いた。差出人は気流斗であった。
彼女が急いで内容を確認するが、ただ一枚写真が添付されていただけである。そして開いた彼女は絶望する。
その写真は、全身アザだらけの気流斗が、鎖に繋がれている写真であった。それから間も無くして送られてきたもう一通のメールには、『早くこないと衰弱死しちゃうかもよ』と書かれていた。
このメールは、桧町亜唯菜からの挑戦状なのだろうか。俺たちは、覚悟を決めて市街地に降り立った。
市街地は、人質のやりとりが行われようとしているにも関わらず、朝の通勤通学で道が混雑している。俺たちも少し前までは、戦いなど無縁のあの集団の中の1人にすぎなかった。だから複雑な気持ちになるのだ。
砦近くの公園で車から降ろしてもらうと、カネスケ以外の6人が砦へと向かう。砦に着き、門の衛兵に亜唯菜とアポを取っていることを伝えると、あっさり通してもらうことができた。
門を潜りすぐの場所で待っていたら、案内役がやってきて大広間へと通される。大広間へ向かう間、見える範囲で砦内の造り、兵隊の数、その他武器になりそうな情報を集めようと試みた。
しかし、特に何か起こることもなく、すんなりと広間の前まで到着する。唯一気になったことといえば、異常な数の防犯カメラと、扉に仕掛けられていた金属探知機である。
簡単な話が終わると、案内人が亜唯菜を呼びに行く為、俺たちの元を離れた。
「噂通りのセキュリティ。おそらく領主は、私たちのことをじっくり監視していたのでしょう。それに兵士の数が異様に少ない。どこかに潜ませている可能性が高いのでご注意ください。」
「なるほど。そこまで手を打ってきているとすれば、簡単に2人を返してくれなさそうだな。」
「さよう。奴らは、2人を返す気はまっさら無いでしょうね。」
「難曲だな。」
「先にも申し上げましたが、いざとなれば私が彼女を説き伏せて見せますので、とりあえずは安心して交渉してください。」
話が区切れたタイミングで案内役が戻ってくる。心の準備がいまいち整わない中で、案内役が扉を開けた。するとそこには、衝撃的な景色が映し出されたのである。
◇
ホールの中央の玉座に座る亜唯菜。足元には、亜唯菜に顔を踏みつけられている気流斗。そして、届くか届かないかの位置で鎖に繋がれて横たわる灯恵。
紗宙と流姫乃は、あざだらけになった子供たちを見て言葉を失った。特に気流斗は、顔が酷く腫れ上がっていて、イケメンの面影が微かにしか残らぬ醜い容姿となっていた。
「灯恵!!」
結夏が一歩前へ出て叫ぶと、灯恵がそれに気づく。
「助けて!きる君が死んじゃう!!」
亜唯菜が気流斗を蹴っ飛ばして立ち上がる。そして、持っていた鉄の棒で思い切り灯恵の腕をぶっ叩いた。灯恵が悲鳴をあげ、手を抑えながら蹲る。その光景を見物していた臣貴は、いやらしい目つきでにやけている。
亜唯菜は、大笑いすると再び玉座に腰を下ろし、横たわる気流斗に思い切りかかと落としをして、再び彼の頭の上に足を乗せた。彼女は、俺たちをじっくり見つめ、そして口を開く。
「ようこそ秋田公国へ。私は桧町亜唯菜、新庄城主にして、公国植民地最上ブロックの領主なり。あなたたちは一体何者なの?」
俺は、彼女を憎しみのこもった目で見つめ、殺害する気持ちで名を名乗る。
「青の革命団だ!!俺はリーダーの北生蒼!!自己紹介はこのくらいにして、その子達を解放して頂きたい!!」
「ふふふ、別に構わないけど条件がある。」
「あ?条件だと?」
「そこにいる、流姫乃さんと交換しましょうよ。」
こちらをバカにしているとしか思えない。計り知れない怒りが、喉の底から込み上げてくる。冷静でいなくてはならない交渉なのに、つい感情が先走っていく。まあ、おどおどして何も言えないよりかは幾分マシなのだろうけど。
「そんな条件飲めるか!俺たちは、お前の悪事や公国の規律をないがしろにしていることなど、全て調査済みなんだ!もしごねるようなら、世間にこのことを公表する!」
亜唯菜が表情を引き攣らせながらも、余裕を誇示しようと乾いた笑顔で答える。
「だから何?そんな脅しに私が乗るとでも?」
「乗らざるを得ないだろう。」
彼女が首をかしげる。俺は、押せや押せやとがむしゃらに喋り続ける。言葉を詰まらせたら足を取られる。そう思ったからだ。
「なぜなら、極秘の悪事が知れ渡れば、お前の築きあげてきた信頼や名誉は地に落ちる。それだけではなく、お前のような女を領主として政を任せた公国も世界からの非難の対象となる。すると、ごく少数の友好地域からの物資の支援すらなくなり、秋田は困窮に陥るのだ。」
紗宙がカバンに隠していた小型カメラを出して、それと連動しているスマホを亜唯菜達へ向けてかざす。
「言い逃れのできないわ!証拠も撮ってある!」
その画面には、流姫乃が護送車から連れ出されるところや、目の前に広がっている子供達への残虐な仕打ち、そして砦内に隠すように止まっていたヒドゥラ教のエンブレムを掲げた黒い高級車。
俺は、彼女が証拠を集めていたことなど、まったく知らなかったので一瞬戸惑う。しかし、先生はそのことも知っていたかのような顔で紗宙を見つめていた。おそらくは彼の入知恵なのだろう。
亜唯菜がそれを見ると少し動揺したように見えた。俺は、言い訳を語る隙を与えない。
「蛮行が知れ渡れば、あなた自身の評判に大きく関わってくる。桧町亜唯菜は、弱いものいじめしかできない領主だってね。」
亜唯菜は、返す言葉が見つからず、歯ぎしりをすることしかできない。しかし、ここで何もできなければ、どこの馬の骨かもわからない連中に只々言い負かされる負け組になってしまう。それに、この会場にはリンがいる。少しでも生ぬるい姿を見せれば、どんな仕打ちを受けるかわからない。込み上げる悔しさと恐怖にペースを崩されながらも、思いつきで言葉を並べる。
「わかったわ。小僧は返してあげる。けどこの小娘はその女と交換よ。」
彼女が流姫乃を指差しながら、はちゃめちゃな交渉を持ちかけてくる。俺は、頑固な女領主に対して内心がっかりしていたが、少し会話が進展したことに希望を感じた。しかし、そう簡単に引き下がるわけにはいかない。かといって、何か良い返しも出てこない。
俺が長考しそうになると、先生がすぐさまフォローに入る。
「桧町殿、あなたはその程度の人間だったのですか?」
「何が言いたいの?」
先生が鋭い目つきで見つめる。その目は、彼女にペースを持って行かせないという強い気持ちが表れていた。
「かつてミス山形にも選ばれ、公国でも順調に出世したエリートのあなたが、なぜこのような姑息な犯罪に手を染めているのか、私には理解できません。」
「別に罪を犯している気なんてさらさらないわ。ただやるべきことをやっているだけのこと。」
「ええ、でも本当はやりたくないのでしょう。あなたは、誰かのいいなりで自分の道徳を捨て、組織の鉄砲玉になることに美徳を感じてるようなダサいお方だったのですか?そうでしたら、多くの民衆があなたを無能な女だと軽蔑することでしょう。」
彼女がギリギリと歯ぎしりをする中、先生は更に畳み掛けていく。
「別にその子たちを解放したところで、あなたは大損しないはずです。それよりも、強引にやりあって騒動を起こされた方が、被害は甚大ではありませんか?」
「騒動なんて起こらないわ。煙が立つ前に消す、これが私のやり方なの。」
「ははははは。さすが桧町殿。」
大笑いする先生に対して、亜唯菜は苛立ちを隠せない。
「何がおかしい?」
「いやいや、かっこ良いこと言うなあと感心してしまいまして。」
彼女は更にイラつき、気流斗を蹴りつけた。気流斗は苦しそうにもがいている。先生は、声をあげようとした流姫乃を止め、亜唯菜との対話を続けた。
「疾きこと風の如く、これは私の好きな言葉の一つです。」
「で?」
亜唯菜が鼻で笑った。その直後の出来事である。役人が彼女の元に駆け寄ると、表情に焦りを浮かべながら何やら耳打ちをしている。それを聞いた亜唯菜の顔が不安な色で歪んでゆくのが目に見えてわかった。
先生がニヤリと笑い、煽るように尋ねた。
「おや、顔色がよろしくないですね?」
「官軍と国連って...。あなた達いったい何者なの?」
「同じことは二度も申しません。」
彼女は、蒼白な表情で呆然としていた。それから俺たちを睨みつけると、パンクしたタイヤから抜ける空気のようにぼやく。
「ゴミが...。」
「話戻しますが、ここで騒動を起こしても国連の強制捜査で不利になるだけです。それに私たちを襲えば、新潟官軍も黙ってはいるまい。秋田はあなたのせいで再び戦乱に巻き込まれます。
さあどうです?あなたは、くだらない犯罪で小さな利を得ることに執着して、大きな過ちを犯す愚かな領主ですか?」
彼女は考え込んだ。判断をすることにビビり臣貴の方をチラッと見たが、彼はそっぽを向いて目を合わせようとしない。その態度を見て頼れない男だと判断すると、自らが崇拝しているリンを探す。しかし、会場を見渡しても彼女を見つけられない。プライドは高いが小心者の女領主は、なすすべを無くした。もう自らの選択で決めるしかない。
いつものように、ふふふと余裕の笑みを浮かべることすら出来ず、渋々と答えた。
「2人を解放するわ。その代わり新潟官軍と国連に話をつけて、このこともみ消しなさい。これは交渉よ。」
先生は、さっきまでとは違う穏やかな態度で云々と頷く。
「よくぞ判断して頂けました。それは私めにお任せください。」
亜唯菜が目を真っ赤にしながら役人達に指示を出した。負けることが死ぬほど嫌いな彼女は、その解放劇から目を背け、無言で自らの拳を見つめている。
役人達は、まず気流斗、次に灯恵の鎖を解いて2人を解放。よろよろ歩きながらこっちへ向かってくる気流斗を流姫乃は泣きながら迎えた。
一方の灯恵は、こちらに来る前に亜唯菜へ一言放つ。
「ゴミはお前だよ!」
亜唯菜が鉄の棒に手をかけたが、役人に諌められ手を棒から遠ざけた。
灯恵は、せいせいした顔でこちらへ歩み寄ってくる。その度胸に俺は感心してしまった。結夏も灯恵の元へ駆け寄り、灯恵の頭を撫でながら言う。
「本当に心配したんだから。」
「来てくれてありがとう。」
灯恵は、照れ臭そうに素っ気ない態度を取る。だが、怖かった気持ちを抑えきれなかったのであろう。結夏の腕の中で、顔を埋めながらシクシクと泣いていた。
◇
2人が再会を果たしたその時である。気流斗が流姫乃の手を振りほどくと、灯恵の元へ全力で走った。ホールに大きな銃声が響き渡り、灯恵らをかばった彼が吹っ飛んでゴムまりの如く地面を転がる。みんな、何が起こったのか状況が全くわからない。
俺たちが呆気にとられながらも銃声のした方を見ると、1人の女性が立っていた。彼女は銃口に息を吹きかけると、不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「ズバーン。」
革命団メンバー全員がしどろもどろしている中、灯恵が気流斗の元へ駆け寄る。撒き散らされた血液と、穴の空いた大好きなボーイフレンドの頭。突然の出来事にパニックになりながら、彼女は彼に声をかけ続けた。
彼は、頭を抑えながら重い瞼をめえいっぱいの力でこじ開け、彼女と目を合わせる。
「灯恵...、最後に...かっこついたかな...。」
「最後とか言わないでよ!!!」
彼女が彼の身体を揺す必死に揺する。気流斗は、自分のことを好いてくれた彼女へ向けて、薄ら笑顔を見せた。
「好きだった...。出会えてよかった...。また一緒に...。」
最後までセリフを言い切ることができない。そこで彼は息を引き取った。灯恵が何を問いかけても、もはや彼からは血液しか出てこない。彼女は彼を抱き起こすと、彼の胸の中で思いを口にしながら号泣していた。
その姿を見ながら、拳銃を持った清純系黒髪ショートボブのあいつは笑っている。そして、冷めた顔で会場を見渡していた女領主に言う。
「亜唯菜、甘すぎるよ。」
「リン様、申し訳ございません。しかし...。」
リンは亜唯菜に後ろから抱きつく。そして、彼女の耳元でつぶやく。
「私、あいつらが赤く染まっていくところ、もっと見たいんだけど?」
何か言いたげな亜唯菜にリンは顔を近づけ、彼女の瞳を冷たい目で見つめた。亜唯菜は、もはやリンに意見することをやめた。そして、ただ一言返事をするだけとなる。
俺は、亜唯菜ら公国側に怒鳴る。
「ふざけるな!!!約束が違うじゃねーか!!!」
すると亜唯菜は、冷めた笑い声を撒き散らしながら、平然の手のひら返しを始める。
「ふふ、違わないわ。だってガキ2人を解放することがあなた方の条件でしょ。その後に、煮ようが焼こうが交渉とは関係ない。」
そんな会話をしているうちに、臣貴が率いる役人達が俺たちを取り囲んだ。彼は、紗宙、流姫乃、結夏をそれぞれ指差す。
「最後に条件をくれてやる!女どもを公国へ献上しろ!さすれば悪いようにはせんぞ!」
俺は、そんなキモおやじに一言だけ言い放つ。
「やだね。」
そうすると役人達が一斉に襲いかかってくる。典一は、灯恵と死体となった気流斗を抱え上げた。
「これでも十分戦えますぜ。早くこの場を脱出しましょう。」
「一先ずこのホールから出て中庭を突っ切るぞ!!」
俺を先頭に8人は続いた。役人達が殴る蹴るの暴行を加えてくる。でも俺達は必死すぎて、いくら殴られても蚊に刺されたくらいにしか感じない。なんとか押し切ってホールを抜け、中庭に飛び出す。さっきまで晴れていた空に雲がかかっている。俺たちは恐怖の荒波から逃れるように、全力で中庭を駆け抜ける。
各所で防犯センサーが反応して、サイレンが鳴り響く。こうなると、下手したら駐屯軍が押し寄せてくる可能性も無視できない。典一は、最後尾に回りこむと拳で次々と役人どもの頭を粉砕した。もはや殺人鬼である。役人達が怯んでいるすきに、俺たちは距離をとっていった。
徐々に出口が近づいてきた辺り、突如として思わぬ妨害が入った。外に出るための門の前に、見覚えのある白装束の集団がたむろしていた。奴らと目が合うと、その中心に立つ貫禄のある陰湿な顔をした男が声をあげた。
「私はヒドゥラ教幹部、仙台支部代表の新藤久喜。北生蒼、君たちのこと調べさせてもらったよ。悪い子達だね。」
新藤の指示の元、教団信者らが一斉に銃を撃ち始めた。
かろうじてよけて来た道を引き返すが、遠く後方から死に損ないの役人どもとそれを指揮する臣貴が必死の形相で追いかけてくる。このままでは挟み撃ちになり、不利な状況に持ち込まれることは間違いない。そんなとき、典一に担がれていた灯恵が提案した。
「西の塀に登りやすい場所あった!そっちに走れ!!」
俺たちは、西の方角に進路を変えて全力で走る。されど執拗に奴らは追いかけてくる。灯恵は考えがあると言うと、典一の肩から降りて俺たちを建物や倉庫が立ち並ぶ通路に誘導した。
路地には、A倉庫、B倉庫、C倉庫、宿舎、事務所、と言った様々な施設が立ち並び、この砦の規模の大きさと入り組んだ構造がよくわかる。奴らも続いて路地に入ってくる。灯恵の案内の元、路地を右へ行ったり左へ行ったり、建物の中に入ったりと逃げ回る。
すると、奴らをうまいこと巻くことに成功。通路を抜けると、いつの間にか西の塀の目前に到達していた。灯恵が言った通り、一部破損してデコボコした凹凸のある塀があり、そこから外へ抜けれそうだ。ちなみにこの塀は、彼女らが侵入に使った場所でもあるらしい。外も堀が狭まっており、泳いで渡りやすいのだと言う。
俺たちはその塀に駆け寄る。塀の向こうに敵がいる可能性も捨てきれないため、先生を先頭に流姫乃、紗宙、結夏の順で登った。結夏が塀の上から灯恵に手を差し伸べると、彼女は気流斗を背負った典一に先を譲る。それから彼女も続いて塀を登り、内側にいる俺に手を差し伸べようと振り返った。
だが、彼女の表情が徐々に悪くなっていく。俺はそれに気づき、何事かと後ろを振り返る。するとそこには、気流斗を殺害した張本人である謎の美女、リンが立っていた。
リンは、いやらしいくらい純粋な美貌を放ちながら、不敵な笑みを浮かべる。
「もっと遊びたかったのに、なんで帰っちゃうのかな。」
灯恵は、死んだような眼差しでリンを睨む。塀の向こうから、結夏が俺と灯恵を呼ぶ声が聞こえてきた。だが、彼女の耳には入っていないようだ。
ボーイフレンドの仇を呆然と睨む灯恵。リンは、そんな彼女に対して、楽しそうに喋り掛ける。
「ねえ、ボーイフレンドを殺された気分ってどんな感じ?」
灯恵が俯きながら握りしめた拳を見つめた。悔しさからか、涙が湧いて出ている。俺は、そのあまりにも酷い仕打ちに耐えきれず、リンに向かってキレた。
「お前いい加減にしろよ!!」
リンは、怒る俺と悲しむ灯恵を見て、プフッと吹き出してキャハキャハと笑い出す。
「灯恵ちゃん。全部ぜーんぶ、灯恵ちゃんが弱っちいから招いた悲劇なんだよ。」
灯恵は涙をこらえると、塀の内側に飛び降りた。俺は、彼女と会って間もないけど、その性格はなんとなく把握していた。彼女も俺と同じで、感情的になったら抑えが効かないところがあるのだ。つまり、このままではめんどくさいことになるのは目に見えている。
「灯恵!耳を塞げ!早く塀の向こうへ!」
しかし、会って間もない俺の声なんかが彼女の心に響くはずもない。彼女は、殺意をむき出しにしてリンから目を離さない。
「あ、気が変わった?」
リンが飽きることもなく彼女を煽り続ける。そして彼女は、ついに心の何かが切れたかのようにリンへ向かって駆け出した。リンは、追いかけっこを楽しむ子供のように、笑いながら砦の中へとかけていく。同じくそれを逃すまいと灯恵も砦をめがけて突っ走る。俺は、必死に灯恵を説得しようと叫んだが、彼女は足を止めようとしない。塀の向こうから、結夏の声がハッキリと聞こえ時、灯恵は一瞬足を止めたかのように思えたが、それをも振り切ってまた駆け出した。
俺は、先生達へ先に脱出してくれと指示を出してから灯恵を追いかける。結夏は、異変に気がついて外から塀の上まで戻る。しかし、それを見つけた敵の銃撃により、内側に来ることを断念せざるを得なかった。
◇
俺は、灯恵を追いかけて砦内部の地下へ続く階段を駆け降りる。地下へ続く階段は非常に薄暗く、一歩間違えれば階段を踏み外して死に至るだろう。それに降りれば降りるに連れ、建物というよりかは洞窟のようになっていて、薄気味悪さも際立たせていた。
ようやっと一番下まで降り切り、ロウソクの火で照らされた短い通路を奥へと進む。そして辿り着いたその場所は、どこかでみたことのある作りの礼拝所であった。もちろん、ヒドゥラ教の礼拝所である。
息を切らせながら中を見渡すと、中央にある石のオブジェの上にリンが座り込んでいた。そして、息切れしている灯恵と俺を見下しながら楽しそうに笑う。
「さっきの続き楽しもうね♪」
俺は彼女を睨みつける。するとリンは、あざ笑うかのようにウインクを飛ばした。
(第十三幕.完)