第五幕!越ノ国
文字数 8,436文字
相変わらず右肩には激痛が走っていて、手術で銃弾は抜いてもらったが、傷は全くと言っていいほど癒えてはいなかった。
新潟市に着いた頃にはもう朝だ。カネスケと交代で運転していた先生以外は、皆爆睡していた。
「リーダー。眠れましたか?」
「全然寝れなかった。酷い激痛だ。」
「あと少しで病院へ着きます。それまでの辛抱です。」
俺は、ふと不安に駆られた。
「教団の施設は全国にある。ここ新潟でも、俺達は既にマークされているのではないか?それに警察も黙ってはいないだろ。」
すると先生は、走る緊張をほぐすような落ち着いた声で答えた。
「安心してください。向かう病院は官軍病院ですので部外者は入れません。それに新潟県知事の長尾氏は、これから会いに行こうとしている(株)新国土建設鉄道の代表取締役の田中氏の知り合いです。田中氏の紹介ということで、数日間であれば官軍の施設に匿ってくれるとのこと。」
「官軍は信用できる相手なのか?田中氏と先生の関係は?」
「県知事でもあり新潟官軍代表の長尾氏は、ヒドゥラ教に批判的な考えを持つ方の1人です。それに官軍は官軍。政府が腐り始めたとはいえ、悪行を重ねていると噂高い奴らから逃れてきた人間を引き渡すような真似はしないでしょう。
そして田中氏は元取引先です。彼の会社の新入社員研修やセミナーで講師を務めていたことがあります。そのご縁で今も親しくさせて頂いているのです。」
それを聞いて多少は気が落ち着いたが、官軍といい田中氏といい、見ず知らずのお偉いさん達だ。果たして俺たちが社会に背くような旅をしていることを知った時、態度を急変させるのではという疑念がある。だけども今は、先生を信頼して病院へ行くということが最優先であることに間違いなかった。
町に入ってしばらくしてから前方を見ると、日の丸の旗が掲げられた官軍の施設が視界に入ってくる。小規模な自衛隊の訓練所みたいな作りになっていて、かつ綺麗に手入れをされた外観。俺達が襲撃したゴミみたいな教団の施設とは大違いだ。
入り口には拳銃を腰に差し、警棒と大きな盾を両手に構えて武装した見張りが2人いる。先生が見張りに事情を話すと、彼らは確認のため中に入っていく。
それから十数分。中々出て来ないので、暇を持て余して周りを見渡すと、後方から数人の男女が車に近付いてきた。
先生がこちらへチラッと視線を向ける。
「ヒドゥラ教の信者です。」
俺も言われて確信した。上着で隠れているが、一瞬ヒドゥラ教信者の必需品である、教紋ネックレスが見えた。
まずいバレたか。そう思った時、門から先程の見張り番達が出てきた。そして数人の怪しい男女に気付き、右の見張り番がドスの効いた声で突っかかる。
「お前達、土龍金友の差し金か!?」
「ええ、だからどうしました?」
信者の1人が悪気なさそうに答え、バンに無理矢理接近してくる。門番がそれらを容赦なく突っぱねると、信者が頭のおかしい発言を始める。
「我々は、新しい世界を創造する計画の邪魔をした愚かな者どもを探していましてね。その車を調べたいだけなのです。」
「ダメだ!この方達は、県知事兼官軍総司令官の長尾景武様の客人なのだ!」
見張り番は、彼らの気味の悪さへ屈することなく、頑として譲らない。すると信者の1人は、突如としてキレ気味な声を発した。
「いーじゃないですか、ちょっとぐらい!!!」
見張り番のもう1人が先生に声をかけ、先生はお礼を述べて車を門の中へ進めた。
だが、キレ気味の信者が拳銃を素早く抜き、バンのタイヤを撃ち抜いた。車が傾き、他の3人が目を覚ます。
信者達が車にかけよってくる。しかし、見張り番の声や拳銃の音に気づき、中から出てきた軍人達によって追い払われた。
俺たちは、間一髪で官軍施設に到達することができたのである。握りしめた拳は、恐怖の冷や汗でいっぱいだった。
◇
世界が平和になり、軍隊は不要のように見えた社会。法律に縛られて何もできない警察官よりも、官軍は国民から重宝されているようだ。その官軍施設は広く、病院や食堂など内部のバリエーションも充実している。
負傷している俺と典一は、すぐさま病院で手術を受ける。致命傷には至らなかったが、全治2週間の傷を負った。
病院の建物の高さは低い。外からの監視やスナイパーによる暗殺を避けるため、塀の高さに合わせた2階立ての設計だそうだ。俺は、その2階の一室で、今後のことを考えながら過ごしている。
外は今日も雨模様だ。空気も景色もどんより濁っていて、たまに聞こえてくる教団信者達の演説が耳障りで恐怖心も駆り立てた。どうやら彼らは、標的をリーダーである俺に絞っているらしいのだ。
新潟は、群馬よりも教団施設の数が多く、信者も多数いる。ここにいることが知られている以上、包囲されているようなものだ。俺がこの日本のどこに居ようと、教団は追ってくるであろうか。
教団だけじゃない。俺は、この国家すら敵に回そうとしているのだ。今更怖じけずくわけには行かないが、やはり怖いというのが本心である。
もやもやして鬱になりかけていると、病室の扉が開いて先生とカネスケが入ってくる。そしてカネスケは、俺と目が合うと心配そうに近寄ってきた。
「傷の調子は大丈夫か?典一は順調に回復してるぜ。」
「ああ、なんとかなりそうだ。」
強がる俺の様子を呆れるように見守っている。俺は、興味なさそうに彼から目を逸らす。
「先生。それにしても新潟から、わざわざ危険な陸路を通り、仙台まで行く必要はあるのか?」
「ええ、それしか道はないのですから。」
「日本海航路は、港がない上に秋田公国の領内も通る。辞めた方がいい。」
カネスケも同感のようである。でも俺は、江戸清太郎を尊敬しているが故に、彼の同志であり最も近しい存在であった人間の作った国が危険な国家だと思うことができない。
「秋田公国は、俺の尊敬している江戸清太郎の同志でもあった千秋義清が建てた国。彼はもう亡くなっているが、その意思は受け継がれているはず。故に目指していることも似ていると思う。話せば味方にできるのではないか?」
質問が終わるや否や、先生が首を横に振って答える。
「確かに、日本政府の体制に批判的な考え方は似ています。ですが、その思想には、排他的なところがありました。彼は、日本を生まれ変わらせるのではなく、秋田を完全な独立国にしようとしたのです。いずれ倒さなければならぬ相手となるでしょう。」
「そうか。清太郎と義清は、同じ思想のもとで戦ったと思っていたが、そうではなかったのか。」
「初めはそうでした。しかし清太郎の死後、地元に帰った義清は方針を変えたのです。壊滅的な少子高齢化と人口減少から故郷を救うには、1つの独立国家として地域を括りあげ、さらに鎖国政策をとる。これにより、独自の文化経済圏を作り上げることが、未来の故郷を守る唯一の道だと。」
カネスケがチャンスとばかりに補足を入れる。
「その鎖国って考え方のせいで、海路は公国の検問が厳しくて通り抜けしにくい。だから、少しでも怪しいことをすれば、しょっぴかれちまうわけだ。」
俺は、1番詳しいと自負していた事実がズレていたことに、悔しさと恥ずかしさを感じた。反論をしようか悩んだが、そこまでして危険と言われる道を進むべきでもないと考える。
「そうか、わかった...。日本海航路はやめて、予定通り仙台へ向けて行動しよう。」
話がまとまり一息つける。そう思って先生を見ると、彼は何かを考えながら話を切り出す。
「しかし、休んでいる間にも教団からのマークは強まっています。この新潟市から簡単には出してくれないでしょう。」
「ではどうする。官軍を利用して教団新潟支部と全面戦争でもするか?」
「そのつもりです。長尾知事には、これを機に教団の排斥をして頂くことを約束してきました。」
先生の仕事の早さについ笑ってしまう。彼には、俺達一般人が見えない先の世界でも見えているのだろうか。そう感じさせるほど、用意周到で抜け目がないのだ。
「田中氏とは、いつ面会するんですか?」
カネスケがなんとなく尋ねる。すると先生も同じようになんとなく答えた。
「もう病院に到着したそうです。」
彼は天才なのか鬼なのか。その仕事の速さには度肝を抜かれてばかりだ。準備をする暇すらない俺とカネスケの気持ちに緊張が走る。特に俺は、会社員時代から取引という行為が大の苦手だったので、先生のメンツを潰してしまわないか不安で仕方がない。
◇
数分の後、先生に連れられて田中氏が入室した。彼のことは、新聞でしかみたことがないが、噂通りの威厳のある人物だ。大柄でいかにも会社のボスと一目でわかるその風貌は、海のような器の広さと頼り甲斐が伝わってくる。だけども何故か威圧感とかはなく、どこか人垂らしが上手そうな温かみが見え隠れしている。
「革命団のリーダーとは、彼のことで間違いないかな?」
先生が頷くと、田中氏がこちらをぐるりと見回した。彼は俺を見て、いったいどのようなことを思うのだろうか。ただの仕事ができなそうな底辺男か、それとも運命を背負いし宿命の陰キャラか。まあなんでも良いのだけど、偉大な成功者の前で上手く緊張を隠せない。
あたふたしている俺に、彼が穏やかな声をかけてくれる。
「お初にお目にかかります。株式会社新国土建設鉄道代表取締役の田中です。先生から貴方のお話を聞き、是非一度お話をしてみたくてお伺いしました。」
挨拶すらされず、粗暴に扱われるのかと思いきやそうではなかった。彼は、こんな底辺野郎にも礼儀を尽くし、丁寧に接しようとしてくれた。
流石は田中社長。いつかネット記事で見た『人垂らしの田中』の異名に嘘わなかったようだ。
だが俺は、緊張を誤魔化しながら、精一杯の強がりを見せる。
「いえ、本来私から直接出向いてお話ししなければならないのに申し訳ない。自己紹介が遅れましたが、青の革命団リーダーの北生蒼と申します。皆からはリーダーと呼ばれています。」
田中氏の目は、暖かいようでしっかりと相手を観察している。良い人だけど気を許してはならない。
緊張を隠していたつもりが、自然と瞳に現れていたのだろうか。彼の後ろにあった窓に映る俺の顔は、猜疑心に満ちた鋭い物となっていた。
そんな俺を見かねた彼は、ニッコリと笑って空気を和ませる。
「では私は、蒼殿と呼ばせて頂こう。蒼殿は、今後どのようになられるおつもりか?」
「樺太に新たな国家を作る。そして日本を統一して、この国家と国民性を生まれ変わらせようと考えています。」
彼の鋭い観察眼が俺を見抜こうとしているような気がする。恐らく少しでも意志が固まっていないと見られれば、金を出してもらえないどころか先生の顔に泥を塗ってしまうかもしれない。胃の辺りが少しキリキリしだした。
「そのために協力しろということですか?」
「協力して頂きたい。御社はローカル鉄道の事業でトップクラスの会社です。私が新しい国を建国した際には、そのノウハウは必ず活かせて大きな利益を出せます。」
とにかく思いつく限り、彼にとってのメリットなるものを提案してみた。彼はそれらに云々頷きながらも、まだ納得はしていないようにも見える。
「そうですか...。面白い計画ではありますが、あまりにも漠然としていますね。まるで子供の夢みたいに。」
「どんな偉大な夢も、初めは漠然としたところから始まります。確かに失敗をするリスクもありますが、成功後のメリットはその数万倍にもなります。」
「ほお、そのメリットとは何ですかな?」
「投資して頂いたあかつきには、御社に新国家の国鉄の運営をお任せしたいと考えておりました。」
田中氏は、至って冷静だ。顎に手を当て、目を光らせながらこちらを見てくる。
「鉄道事業の独占など、国民が許さないでしょう?」
「独占ではありません。某日本の国鉄は、この騒乱の中で解体と破産が続いており、その会社が運営していた日本各地の多くの路線が廃線となっております。その路線の経営権を御社に譲渡すると言っているのです。他のローカル線や現存する会社を買収させるなどとは言っておりません。」
「なるほど。だが、いくら天才諸葛真がいるとはいえ、一般人が独立国を作るのは相当難しい。仮に建国できたら、協力させて頂くのはいかがですか?」
本心かどうかはわからない。でも俺は、その言葉まで辿り着けただけで納得してしまう。しかし、先生は違った。
「田中さん、それは後出しジャンケンです。私たちの革命が成功するかは、貴方の力も大きく関わってくるのですから。」
田中氏は、先生をギロりと睨んだ。しかし先生には通用していない。壮大で未知数な計画を淡々と語る。
「我らは樺太へ渡る前、北海道アイヌ独立軍と合流して彼らと共に戦います。そして、彼らも青の革命団に参加してもらう予定です。ただ彼らは、札幌官軍の最新兵器と総統である京本の知略により、追い詰められている状況。この危機を脱するには、私の知略と貴方の信頼により培った財力が必要不可欠なのです。」
先生の推しは強い。感情的にならずに相手の感情へ揺さぶりをかけていく。彼も田中氏に負けず劣らずの人垂らしである。その言葉を聞いた相手はなぜだか納得してしまうのだ。
そして田中氏も悩んだ末に結論を出した。
「そうですか...。先生がそこまで私を必要としているのであれば、今回限りは先出しジャンケンさせて頂きましょう。」
俺は、その言葉を聞いて拳に力が入り、つい嬉しくて大きめの声を出してしまう。
「ありがとうございます!!」
しかし、こんな上手い話がタダなわけない。田中氏は、とある条件を持ちかけてくる。
「ただ、条件がございます。我が県からヒドゥラ教の施設を一掃して頂きたい。」
俺は、少し強張った顔をして頷く。あの凶悪な団体と戦うことは容易なことではない。でもやらなければ、大きなチャンスを失ってしまう。
何もない俺たちは、どんなに小さな機会にもしがみついていかなくてはならないのだ。
田中は、視線を一切そらさない俺を見て、表情を緩ませた。
「安心してください。官軍も力を貸します。知事と私からのたってのお願いなのです。」
なぜ俺たちにこんなお願いをしてくるのか。それはもちろん先生の力を借りたいからである。その先生は、俺の配下にあり俺の指示によって動く。それ故に彼らは俺たちに期待している。
俺は、そんな意図を汲み取りつつも、再び頷くと答えた。
「わかりました。やってみせましょう。」
彼と握手をして、そのまま先生と共に官軍参謀室へ向かう。俺は、ついに大手企業の社長まで巻き込んでしまった。その途方もない責任が、心に重くのしかかってくるのだ。
◇
参謀室は、冷房が完備されていて、外の蒸し暑さを一瞬で忘れさせてくれた。部屋の中央には長机が置かれていて、その一番奥に威厳のある50代過ぎの男が座っている。恐らく彼が知事の長尾氏であろう。
その左には、無骨な顔つきではあるが優しそうな軍人。右側には、メガネをかけたスーツ姿の男。3人で会議していたようだが、こちらに気がつくと会話が途絶える。
気まずさに押し潰されそうな中、先生が堂々と彼らに歩み寄った。
「長尾さん、お久しぶりです。」
「よく来たな諸葛真。君の力を借りたいところだったのだ。その隣のお方は、田中の言っていた革命団の若きリーダーか?」
俺が会釈をすると、長尾もペコリと頭を下げた。それから彼は、簡単な自己紹介をした後、両サイドの人物へ視線を配る。左にいるのが官軍の大将の村上五十六。右にいるのが後方支援部長の柿崎新八。2人とも長尾の懐刀と呼べるくらい優秀な男たちのようだ。
俺たちが挨拶を交わしてから席に着くと、知事が柿崎に指示を出すと彼が詳細を教えてくれた。
それによれば、新潟は周辺地域と比べると、ヒドゥラ教信者による誘拐事件、信者の家族への恐喝等事件が後をたたない。そこでつい数日まえ。警察とタッグを組んで市の郊外にある奴らの支部に立ち入り調査を行ったようだ。しかし、そこはもぬけの殻で、地域住民の情報によると佐渡へ逃れて布教活動をしているらしい。
彼は、咳払いをしながら説明を続ける。
「我々が動きたいところだが、南魚沼周辺でも教団信者約3万人が暴動を起こしている。奴らは、地域の人々を人質に取る形で山に籠った。規模の大きさから、我らはそちらの対応にまずは重点を置きたい。そこで北生さん達に、佐渡へ行って奴らを討伐して頂きたいのだ。」
俺は、怖くて仕方がなかった。あのカルト集団の本拠地に踏み込むとなると、命の補償なんてあったもんじゃない。でも、やらないと野望への道も開かれない。
「わかりました。では、佐渡の新本部撃退は、私どもが指揮をとって良いのですか?」
「作戦はあなた方にお任せします。ただ目的は、教団新潟支部長の官取井容を逮捕して、支部を解散させることです。それを達成する為に動いてください。」
彼が忘れていたかのように付け足した。
「あ、官軍からも物資と精鋭を一部隊お貸しします。そちらもご活用ください。」
俺はぺこりと頭を下げながら、安堵で緩んだ口元を隠す。
「お心遣い感謝します。」
先生は、長尾を見てニヤリと微笑む。
「早期決着ご期待ください。」
長尾も同じく笑みを浮かべて答えた。
「1ヶ月も待たせるなよ。」
その時、村上の電話が鳴る。彼が対応中の数秒間、部屋に静寂が走る。教団に動きがあったのか。そんな臨場感がこの会議室をピリつかせた。
「糸木の準備が整ったようです。」
村上がそう告げると、長尾が俺を見た。
「今回は、糸木部隊長とその配下を派遣する。彼は私の右腕だ。仕事もできて、この越後情勢についても詳しい。彼から色々聞きなさい。」
その配慮に感謝を述べ、先生と共に部屋を後にする。教団との戦いを前に、根拠のない自信を抱えながら。
◇
病室へ戻っても不安は蔓延している。前へ進んでいるはずなのに、進めば進むほど深い谷底が見え隠れしているような、そんな不安だ。
野望を叶える前に死んでしまうかもしれない。国家を変えるための行動が、国家を変えるという目的を阻んでしまうかもしれない。
旅に出てから常に感じている将来と死への気持ちが、いざ難題に直面したことで表面化して現れた。
「やると言ったは良いもののどうしようか。まずは糸木さんに会いに行き、情報を共有しないと始まらないな。」
「ですが、リーダーはまだまともに動ける身体ではありません。いくら官取井を佐渡に追いやったとはいえ、街には信者がうようよしています。ここは、カネスケ辺りに任せて見てはいかがですか。」
「いや、せっかくお力添え頂くのにそれは申し訳ない。俺が直接出向く。」
すると、部屋の扉がスッと開く。外で話を聞いていたのか、カネスケが入ってきた。
「蒼、俺を信じろ。必ず上手くやるからさ。」
俺が渋る。カネスケに仕事を取られたくはない、そういった感情が嫌でも前面に出てしまう。
しかし彼は、わかりやすい例えを出しながら話を続ける。
「じゃあさ。国家ができて、様々な人と取引するってなったら、全部1人でやるのか?」
俺が首を振ると、カネスケは共感しながら答えた。
「だよな。ならばその予行練習として俺に任せてくれ。もっと仲間を信頼して良いんだぜ。」
「わかった...。命だけは落とすなよ。」
不機嫌そうな態度をとると、彼は任せとけとばかりに意気揚々と部屋を出ていった。
それからも拗ね続けている姿を見て、先生が優しく声をかけてくれる。
「よく任せてくれました。彼は必ず上手くやり遂げます。」
俺は、そっけなく相槌を打ち、布団に入って天井を眺めた。天井は柄がなくて凹凸もない真っ白なデザイン。どこにでもある病院の天井だ。
気を紛らわせながら適当なことを考えてみたが、やっぱりさっきの感情が頭に残る。それが嫌になり、さりげなく先生に聞いた。
「俺たちは、長尾知事に試されているのか?」
「もちろんです。ここは踏ん張りどき。彼らの想定以上の結果を叩き出し、我ら流浪の革命団を官軍と対等に渡り合える関係に持ち上げるのです。」
「失敗したらどうする?」
「失敗はしません、必ず上手く行きます。」
それを聞き終えると俺は布団に横たわり、また天井を眺めた。先生の言葉を聞くと、毎度不思議な呪文にかけられたように自信が湧いてくる。彼のビッグマウスは、ビッグマウスであってビッグマウスではない。有言実行が約束され、更には聞いた者に自信を与える。マジックマウスである。
それから数分後、いつの間にか眠りについていた。不安から逃げるかの如く、先生との会話を脳内で繰り返しながら。
(第五幕.完)