序幕
文字数 6,343文字
極京と改められ、この国家の首都とされたユジノサハリンスク。国家創設記念日。この街の広場に大勢の民衆が集まり、そして見守る中で国家元首は姿を見せた。まだ若く大学生にも見える彼は、しばらく沈黙を保ってから口を開いた。
「皆!話がある!!世界が1つにまとまり、平和を体現したこの地球。その中で、俺の母国の日本は唯一の内戦国となった。日本はかつて、アメリカや中国と肩を並べて、世界を引率していた時代もあった。だが今では、かつて発展途上国や独裁国家など言われていた国々からも、天と地の差をつけられるほどに荒廃してしまった。
数々の溜まりに溜まった社会の膿。それが引き金となり起こった先の革命。そして、その終焉。地方に強い指導者が現れ、荒れ狂う列島。俺は、このまとまりを失った国を統一し、また世界と肩を並べ、新しい時代へ飛び込んで行ける国にしたいと考えている!!長い戦時下に置いてしまう事を大変心苦しく思う!だが、どうか俺についてきて欲しい!」
若い国家元首がそう語ると、日本人、ロシア人、アイヌ人、その他多くの顔ぶれの民衆は、歓声を上げた。その光景は、新しい日本の夜明けに相応しいものとなった。
式が終わり、国家元首が会場を後にする。付き人とともに車に乗り込むと、彼は宮中へ帰路に着く。
「陛下、新国家樹立から3年。ついに日本国再統一へ向けて動き出す時が来ましたね。」
国家元首となった俺は、車窓から見える町並みを眺めた。最果ての首都は、3年間で目覚ましい発展を遂げていたが、これは新たに始まる時代への第一歩にすぎない。
「スタートラインに立ったばかりだ。」
付き人は、そんな俺を畏敬の視線で見守っている。
「これからが本当の戦いなんですよね...。」
そう、俺の目標はまだ先にある。この国の統一という一大事業。そして、そのさらに先に...。
◇
20××年夏。中学3年生の俺、北生 蒼(きたき そう)は、テレビのニュースに釘付けになっていた。あまりにも衝撃が大きくて、言葉では言い表せないショックと、恐ろしい時代の濁流を目の当たりにしてしまう。なんと、『青の革命党』代表の江戸清太郎が暗殺されたのだ。
青の革命党とは、江戸清太郎、千秋義清らを中心に結成された政党だ。人間社会に無意識に蔓延しているカースト制への打倒と、それに合わせた法の改正を主に訴えている団体である。
名前の由来は、社会主義革命との差別化にある。かつて世界を席巻した革命で多くの一党独裁国家が誕生した。それらは、国旗や団体の名称に赤が取り入れられることが多かった。しかし、そういった力によって表面的に体制を変える革命ではなく、人間の内面に潜む悪しき常識覆す精神革命。そういう皮肉的な意味合いも込めて名付けられたのだという。
俺は、この政党を強く支持していた。理由は簡単で、世の中から虐げられる側の人間だったからだ。家庭は、気分屋の親父と、自己中な母親に振り回されていた。夫婦喧嘩はしょっちゅうで、食器と罵声が日々飛び交っている。こんな環境だ。勿論性格も根暗で、学校では馬鹿にされたり、見下されることがほとんどだった。女性からも相手にされない。隣の芝が青く見える毎日を過ごし、少しでも相手の上に立ちたいと思う我の強いめんどくさい性格もおまけとしてついてきた。
いつしかこの毎日が変わることを強く願っていた。そんな時、青の革命代表である江戸清太郎の演説を街頭で偶然聞いた。それから、彼の考えに惚れ込んでいった経緯がある。
◇
江戸の死により、青の革命は衰退。彼を暗殺したのは、茨城を中心に勢力を強めている暴力団、『佐竹組』の仕業だとか。青の革命で損害を被った、丸の内法人役員連合組合のお偉いさん方が、各企業の追い出し部屋にいる捨て駒社員を使いパシリにして殺させたのだとか。様々な憶測があるが定かではない。
◇
青の革命は落ちた。しかし、この事件は全国へ波及して行き、革命の動乱をさらに急加速させるに至る。
江戸の同士である千秋義清は、地元秋田へ戻り秋田公国を建国。
佐竹組は、茨城を任侠の支配する半独立地域にした。
宇都宮では、栃木県を守るはずの官軍が、自ら騎士団を名乗る。そして、リーダーの高野が宇都宮公国を建国。
北海道では、アイヌ民族独立運動が本格化。
甲信地方では、教祖の土龍金友が率いる新興宗教のヒドゥラ教が、信者を増やし勢力を拡大。
東北の太平洋側では、何百もの暴走族が結成。なかでも、福島のマッドクラウンや、八戸から福島県北部にまで勢力を拡大した奥羽列藩暴走神使。これらは、陸奥の2強と言われるまでになっていた。
その他日本の至る所で公国や暴走族、チーマー集団、官軍、独立運動、新興宗教、任侠、など多くの団体が出現。それぞれが実力で勢力を伸ばし、奪い合う時代へと変わる。日本国が無くなった訳ではないが、政府は統率力を失う。また、ヒドゥラ教の後押しを受け、裏で繋がりを持つ神導党が議会で勢力を強め、これにより民主主義の存続が危ぶまれた。
そして象徴である皇室も、こうした外敵から身を守らなければならない状況となっていたのだ。
◇
日本各地で新勢力が台頭して動乱の時代に突入したけども、庶民は相変わらず庶民である。
社会人になって1年が経つ。今日も俺は、相変わらず非リアなオフィスライフを早々に切り上げ、四ツ谷のビルで開かれているとある塾に顔を出した。オフィスビルの2階の研修部屋の机は、今日も恒例の満席である。
部屋の真ん中あたりの席に座り、自販で買ったキンキンに冷えたコーラを口にした。
「美味い。やはりコーラは最高だ。」
そう確認の意味も込めてボヤいてみせると、横に着席した青年が話しかけて来る。
「何ボケっとしてんだよ!」
この男は直江 鐘ノ助(なおえ かねのすけ)。俺の大学時代の親友だ。戦略ゲームと将棋が趣味。大人しいグループにいる陽キャラという謎のキャラを確立していた変わり者。たまに抜けてる所があるが、頭のキレは東洋1と言ってやりたいくらい優秀である。ちなみに俺は、彼ことを『カネスケ』と呼んでいる。
「あ?考え事してただけだよ。この間先生が言ってたこと。」
「いやいや無理でしょ。俺達一般庶民だぜ。しかも世間的に言うと、社会カーストの下の方。このご時世だからって流石にね。」
彼はヘラヘラしているが、俺はいたって真剣だ。
「やってみないとわからないだろ。俺とカネスケがタッグを組めばできるって。それに他に仲間を増やせば絶対に!」
「うーん、俺ならともかく。蒼はコミュ症だからな。新しい国家を建国だなんていくらなんでも...。」
彼がちょいと眉を潜める。俺は、弱腰なその態度を見てついつい会話に熱が入った。
「若くて独身で背負うものも大してない身軽な俺達が、一発かまさなくてどうするんだ!」
そして、彼が圧に押されていた所で授業が始まる。
講師の諸葛先生が入ってきた。諸葛 真(しょかつ しん)、28歳。先生ではあるが、歳が近い俺達にとっては尊敬できる先輩と言った方がしっくりくる。
諸葛先生は変わり者だ。東京大学理科三類を半年で中退後、アメリカの有名大学へ進学。卒業してから、世界を放浪し各地で軍学を学ぶ。そして、当時まだ内戦をしていた国家へ赴き、傭兵の参謀として軍隊に加わり、内戦を終結に導くなど多大な功績を挙げた軍学者であり軍師である。
その後、会社の役員や、政治家の補佐なども務め、20代ながら全知全能と謳われた稀代の天才となる。そして現在では、表舞台ではなく教育者として優秀な人材を育成したいという思いから、セミナーの講師を務めている。
セミナーの内容は主に軍学、心理学、哲学、雑学、自己啓発とその期により様々だ。何か専門的な事を学ぶというよりは、先生の話を聞いて、それぞれ必要な事を学び取っていくというような感じである。
今日は、先週に続き上に立つにはどうすれば良いのかという議題の授業だった。俺もカネスケも先生の話を聞く時は、仕事以上に真剣だ。
◇
先生は、講義が終わると自由参加の飲み会を毎回開く。その飲み会は、会社のパワハラ、セクハラ、モラハラまみれの糞みたいな飲み会とは違う。皆が夢や目標について語う。時に意見を激しくぶつけ合い、はたまた何かが始まるきっかけの人脈を作ったりと、毎回飽きる事のない最高の飲み会だ。
そんな場で、今日その時、俺は口にしてしまったのだ。
「俺は新しい国を作って、この国家をひっくり返してやりたい!!!!!」
さすがに意識の高い系の彼らも、これに関してはあまり乗っかっては来なかった。みんな世間で活躍して名を上げ、キラキラした人間になりたいと考えているが、世の中の汚い部分とは向き合いたくないのだろう。中には馬鹿にしてくる輩もいた。
しかし、ここで恥をかいてまでこの話をしたのには訳があった。講義が終わり、居酒屋へ向かう途中の事だ。
「例の計画のメンバーに諸葛先生も加えれば、必ず成功する気がする。だから、飲み会の場で先生に話をしてみるよ。」
そうカネスケに宣言していた。彼は考えながら返答してきた。
「先生が居れば、確かに成功しそうだ。でもさ、そもそも何て説明して誘うの?」
「実はこの途方も無い夢に出会えたのは、先生のおかげでもあるんだよ。先生は高校生の頃、医者を目指していた。
しかし、人を1人助けるのは素晴らしいことだが、国を助けることができれば、更にたくさんの人を救うことができる。そう考えて、医者の道を捨てて大学を中退したと言っていただろ。
そんで世の中は、今まさにそんな状況なんだ。そして俺も、この息苦しい国を見せかけだけじゃない、本当に平等で可能性のある国にしたいんだよ。だから先生ならわかってくれると思う。
それにそもそも、新しい国に作り変える必要がある、って言ったの先生だしな。」
カネスケが鼻で笑いながらも話を合わせてくれた。
「ならさ、やる気見せる為に皆んなの前で言えば?そしたら先生にも熱意が伝わるかもよ。」
俺は、そのカネスケからのアドバイスに少し口角を上向かせ、必ず上手くいくとタカをくくっていたのだ。
◇
飲み会の後、何かアクションがあるのかと思っていたが、何もなくその日が終わる。帰り道は、恥ずかしさで顔がずっと真っ赤に染まっていた。
夜風に揺られて気を紛らわすついでに、地元のよく行くコンビニに寄る。ついでという理由をつけて、ある人に会う為に。
そのコンビニに入ると、お目当ての女性店員がせかせかとレジを打っている。さりげなくチラチラ見ていると、向こうから声がかかる。
「ん、蒼?」
茶髪のセミロング、濃すぎないメイク。スッピンも可愛い。肌が白く鼻が高い、笑顔が綺麗なその女性。
彼女は紗宙さん、本名は袖ノ海 紗宙(そでのうみ さら)。俺の中学の先輩だ。
主に世話になったのは小学生の頃。地域コミュニティで、よく一緒に遊んでもらっていた。
彼女はモテる。俺はモテない。
歳を重ねるたびに距離が離れ、関わるグループもほぼ正反対という状況となり、自然と疎遠となっていた。しかし、とあるきっかけで再び世間話できる仲に戻る。そして、最近ここでバイトをしていると知り、ちょこちょこ会いにきていたのだ。
「顔赤いけど、どうしたの?」
俺は本当の事を言うにも恥ずかしいので、
「酔っ払ってます!!」
と軽く答えた。
ちょっと待っててと言われて待っていると、彼女がバックヤードから私服で出てきた。どうやら上がりの時間らしい。
交代で、中年の社会から干されたようなオジさんが、カウンターで接客し始めた。あんな風にはなりたくない。毎回感じるキツい感情だ。
2人はコンビニを出て、別れ道の三叉路まで一緒に帰る。
「コンビニのバイトも飽きてきたな。やりたい事も無いし。将来どうしようかな。」
そう言われて俺は想像してしまう。カネスケ、先生、そして紗宙さんもいたら絶対に凄いこと、楽しいこと、そしてワクワクすることができるかもと。
「ねえ、聞いてる?」
そう言われて我にかえる。
「俺、実は今やり遂げたい事があって、仲間を探してるんですけど。良ければ話だけでも聞いてくれますか?」
紗宙さんは、怪しげな顔でこっちを見た。
「先に言うけど、宗教勧誘はお断りだから。」
ここ数年、ヒドゥラ教などの新興宗教の信者による凶悪な宗教勧誘が相次いでいて、この手の話をすると敏感になる人が増えていた。学生の頃にサークルの勧誘をしていた時でさえ、同じような反応をされることが多々あった。
俺は、誤解を解きつつも、伝えたかった妄想をぶつけてみた。
「馬鹿にされるのを覚悟で話します。
実は今、新しい国を作る為に仲間を募っています。俺は、強き者どもが弱き者たちを虐げるのが当たり前のこの世界を、根本から変えていきたい。
今のこの国は、世界で極めて珍しい個性を重視しない常識。そして、カースト、権力、暴力に無意識の域で支配されています。そして、各地で悲劇が繰り返されている。
故に、1人でも多くの仲間を集めて、この国を良い方向へ引っ張っていければと考えています。」
彼女が興味なさそうに即答した。
「そういうの、あまり興味ないんだよね。」
俺は落胆する。わかってはいたけど、いざ断られるとキツい。
「あえて聞くけど、どうやって国を作ろうとしているの?言っておくけど、中二病みたいな夢物語に付き合う暇はないから。」
「これから考えます!!」
俺がきっぱりと答えると、彼女は呆れた顔をする。
「そういうのは、内容を固めてから話した方が良いよ。」
俺は自分の浅はかさに嘆いた。そう、この計画は、大まかな流れすらまだ考えていなかったのだ。悔しさと恥ずかしさが入り乱れるなか、三叉路についた。
「なんかあれば、コンビニ来なよ。」
そう言い残した彼女は、反対の道を歩いて行く。
俺は、その美しい後ろ姿を見て、ふんわりとため息をつく。その時、丁度日付が変わった。
◇
家に着くと、親父と弟の怒鳴り声、そして母親の悲鳴が響き渡っていた。
就活もせず、婚活もせず、新興宗教に惹かれていく弟。こんな息子に育てた筈がない。そう言い放つ両親。てめえらの子供で生まれた時点で負け組なんだよ。そう人生の失敗を他人のせいにする弟。お前は、家の金をドブに捨てた泥棒猫だな。そう罵る親父。凡人には、教祖の凄さがわからねえんだよ。そう、新興宗教ヒドゥラ教の教祖、土龍金友の事を語り出す弟。
親父が弟をリモコンで殴る。弟の呻き声、母親の悲鳴と掠れた声が聞こえてくる。
もううんざりだ。
部屋に戻ると、本棚の隙間に挟まっている何かを手に取った。ふてくされた顔の俺と笑顔の両親、真顔に弟が写っている写真。昔から家族なんてどうでもいい、そう思っていたのだろう。弟も、そして俺も。
机に腰をかけた俺は、いつの間にか深い眠りについていた。
いじめ、
大企業の裏取引、
金と女、
政治不信、
宗教団体と暴力団の台頭、
地球汚染、
紛争、
差別、
無意識のカースト、
国際的な遅れと孤立、
家庭崩壊、
ネット化社会、
革命、
そして宇宙人との交流。
これらの闇や動乱からこの国を救う為、新たな国と新たな時代が必要なのだ。
そう言って、諸葛先生がホワイトボードを指しながら、熱く語っていた講義の夢を見た。
動き出さねば...。俺は、そう夢の中で誓ったのであった。
(序幕.完)