第六幕!俺達は一般人
文字数 7,001文字
先輩と飲みに行ったこと、街コンで作った当時の彼女のこと、パワハラで自殺した上司の代わりに大きな案件を任されたこと。それから、某宗教にのめり込みいつの間にか退職していった家庭環境が複雑な同期のこと。
自分の人生には満足していたが、周りの大事な人間が社会の闇により干されてしまった。そんな現実が許せなかった。そう考えるようになったタイミングで蒼からあの誘いがくる。
友達の無謀な夢、興味本位ではあったが応援しようと決め、出世という名の栄光を捨ててここまできた。だからこそ、やるからには必ず成果を残してみせる。
回想に浸っていると、後ろからクラクションが鳴る。 先へ進むしかない。そんな意味も込めて力強くアクセルを踏み込み、新潟港まで突っ走った。
◇
朱鷺メッセ周辺にある港へ着いた。そこでは、軍服を着た一行が船の掃除をしている。彼らがきっと官軍の隊員たちだろう。
カネスケは、大きな声で爽やかな挨拶をかます。
「昨日連絡を入れた直江です!糸木部隊長はおられますか?!」
すると、船からひょろっとした男前が降りてきた。彼は鼻が高く目もぱっちりとしていて、女性からモテそうだ。
「私が新潟官軍第一部隊長の糸木です。あなたが北生蒼殿ですか。」
「私は直江鐘ノ助。彼の友人です。」
「北生蒼殿は不在なんですか?」
彼は、蒼としか会わないつもりなのだろうか。そう思い、押し気味な口調で尋ねる。
「リーダーは療養中なので代理としてきました。私じゃ不服ですか?」
「いや、問題ない。船の中に入ってください。」
彼に連れられ船内に入った。船内には様々な道具が置かれている。部屋に着くまでに周囲を見回すと、明らかに性能が良さそうな武器が並んでいて彼らの強さが伺えた。
部屋に着くと、8人の男が武器の手入れなど身支度を行なっている。彼らは、戦いになれた雰囲気が素人でもわかる顔ぶれだ。
カネスケは舐められまいと、堂々とした態度で部屋の椅子に腰掛ける。
「第一部隊の人員は、糸木さんとこの8人ですか?」
「そうです。本当は40人いるのですが、南魚沼の反乱が思ったよりも強大で、残りはそちらへ回しました。」
カネスケの表情が曇ると糸木が苦笑いする。
「大丈夫ですよ。なんと言っても第一部隊は、新潟官軍1の精鋭部隊。更にこの8人は、その中から選ばれた精鋭なんですから。」
それを聞いて、カネスケは胸をなでおろした。とは言っても、少数過ぎるのではという不安はあったが。
「作戦の話の前に聞きたいのですが、官取井とはどのような人物なのですか?」
糸木は、皮肉るように答えた。
「元ソープランドのスカウトで、女を堕とすことを生業にしていた人間です。その後、コネを駆使してブラック企業の役員になったものの、過剰なパワハラで解雇。宗教の道に目覚めてヒドゥラ教に入信した糞野郎です。」
理解してないカネスケを見て、糸木は微笑しながら情報を付け足す。
「あはは、ついつい悪口が。要するに極悪非道な奴です。奴らによる女性誘拐事件は、教祖金友の命令と言うより、官取井が好き勝手にやって起きていることらしいです。佐渡では、現在進行形で事件は起き続けています。早く捕まえなければなりません。」
「一見ただの女好きにも見えますが、相当なキレ者ですね。生半可な作戦じゃ上手くいかなそうだ。」
「ええ、その通りです。斥候によると奴はいま、佐渡金山の内部に砦を築いてそこを根城にしています。砦は警備も厳戒態勢とのこと。侵入して捕縛するとなると、難易度は上がります。」
「糸木さんならどう攻略しますか?」
糸木の目つきは、ヘラヘラと悪口を言っていた時とは打って変わり、尖った矛のような策略家の目へと変わる。そして彼は、冷めた声で意見を述べた。
「僕なら、囮の女を使い奴を誘い出し、隙を見て捕縛します。そして奴を人質に取り、他の信者を降伏させます。」
「なるほど。確かに食いつきはありそうですね。それをベースに考えましょうか。」
敵は女好きの野蛮な野郎である。この作戦が汚いことはわかっているが、話を聞く限り勝算はあるのかもしれない。カネスケ、そして立案者の糸木は、その方向で動くことを決める。
「島へは簡単に上陸できるのですか?」
「簡単には行かないでしょうね。奴らも馬鹿なりに警戒はしていると思うので。」
「どうします?いっそのこと、小型の筏でも作って密かに上陸しますか?」
「いや、そんなめんどくさいことはしません。フェリー乗り場で見破られないように、変装して各自バラバラで島に入る。そして各々の持ち場へ集まり、先ほどの作戦を遂行するのです。」
「少人数だからできることってわけですか。」
糸木は、コクりと頷くと、部屋のクローゼットを開けて見せる。そこには、軍に必要無さそうな私服が多数掛けられていた。彼曰く、潜入捜査で使用する為に、スーツやハイブランドから汚れた作業服まで、様々な衣服を買い集めたのだとか。
「これを着て一般人に紛れ込むというわけですか。」
真面目に服を見ているカネスケを見て、糸木はあっけらかんと答えた。
「ま、こんな物着なくても、普段着を着て船に乗れば見分けは付きません。なんたって佐渡は、こんなご時世でも疎開地を求める人や旅人で賑わってますから。」
カネスケは、楽観的な糸木の余裕に対して、少しのイラつきと大きな信頼を覚える。こんなに危険な作戦を前にしてこの余裕は、やっぱり只者ではないなと。
「作戦の話に戻りますね。仮に上陸できたとして、島には多くの過激な教団信者がいるのでしょう。少数精鋭とはいえ、信者が束になって襲ってきたとしたら、14人じゃ太刀打ちできないのではないですか?」
「大丈夫ですよ。仮に信者が5000人だとして、その内に戦闘経験ある人間はどれだけいると思います?居ても100人くらい。それも、素人の訓練を受けた僧兵。第一部隊の誰か一人でも居れば全部葬れますよ。」
糸木からは自信しか伝わってこない。彼がどのくらい強いのかを知らないが、その強さは恐らく本物なのだ。
「今の話ですと、港からの上陸が前提とのことですが、それ以外の場所から密かに侵入は出来ないのですか?」
「可能です。しかし、怪しまれる可能性が高いのでオススメはできません。」
「そうですか。ではその情報を踏まえた上で考えた策があります。」
糸木が目を見開く。
「もう考えたのですか??」
カネスケは、真面目な顔で頷く。そして、壁に掛けられた佐渡島の地図を指差しながら、できたばかりの策略を披露する。
「14人を4つに分けます。一隊は官取井を捕縛する部隊。二隊目は、メインゲートである両津港を占領し導線を確保する部隊。三隊目は、赤伯港を占領して逃げ道を塞ぐ部隊。そして4隊目は、小木港にあえて手を付けず付近に潜伏。このフォーメーションで、奴らを一網打尽にするのです。」
「なぜ小木港だけは手をつけないのです?」
「奴らに対して小木港だけは安全だという情報を流します。すると、もしも官取井が捕縛部隊を撒いた時、小木港から逃亡しようとするでしょう。そこで奴を捉え、島の中で事を終わらせる為の予防線だからです。」
「少ない人員をさらに細分化か。ハイリスクな策ですが...、有りです。」
糸木が手を顎に当てて考え込んでいる。カネスケは調子に乗り、まるで営業先にプレゼンするようにガツガツと話す。
「そこで、大事になってくるのが配置です。私を含む青の革命団5人は、まず諸葛先生とリーダーを両津港へ。典一は赤伯へ。そして、私と紗宙さんは捕縛部隊へ。それと糸木さんは、両津にいて貰った方が良いです。奴らにまだ、官軍は両津までしかきていないと思わせる為に。」
「直江殿、作戦の全貌がわかりにくいのだがどういうことですか?」
カネスケは、しくったと思い頭を掻いた。でもこんなことでへこたれる彼ではない。早急に謝罪をしてから内容を整理して伝え直す。
「まず捕縛部隊がアジトを突き止め、上手く懐へ入り込む。その段階で糸木さんへ連絡をするので、一気に両津を占領してもらう。すると奴らは慌ててアジトから兵を両津へ向けるでしょう。兵が両津へ近づいた段階で赤伯を占領。奴らは混乱します。その期に乗じて官取井を捕縛します。仮に取り逃がした場合は、あえて開けてある小木港へ奴らを逃し、そこの伏兵部隊を使い捕縛致します。」
「そういうことか。ならば我らも、それに相当する配置を行いましょう。ちなみに、官取井へ差し出す囮というのはまさか。」
糸木が遠慮がちにこちらを見てくる。カネスケは、重い首を縦に振り、躊躇する気持ちを振り切って答えた。
「彼女しか適役はおりません。本日中に説得してみせます。」
糸木がそれを了承すると、すぐに隊員を招集して打ち合わせを始めた。カネスケも颯爽と車に戻ると、急ぎ官軍病院へ駆け戻るのだった。
◇
昼前の官軍病院のある一室は、緊張感で溢れかえりそうだ。俺の部屋に3人を呼んできたカネスケは、糸木と打ち合わせた作戦について語った。もちろん囮の話もだ。
彼が言うには、このご時世で誰が裏切るかわからない故に、一番信頼できる彼女を囮に使うのが良策とのことだ。でも、俺は心苦しかった。それに仮に囮に出すとして、負傷しているので近くで守ることができない。それが凄く腹だたしかった。
囮に抜擢された当の本人は、悩んだ末に答えを出す。
「私しかいないなら、それでもいいよ。」
カネスケが申し訳なさそうにありがとうと言っている。すると先生は、微笑みながらカネスケを見た。
「なかなか斬新じゃないか。流石はカネスケだな。」
カネスケは、褒められたが素直に喜べないでいた。それは、俺が彼を殺意剥き出しで睨みつけていたからだ。そんな俺たちをさておき、先生が話を切り出した。
「そして朗報だ、海上自衛隊と交渉したところ、第8師団を派遣してくれるそうだ。彼らには日本海警備を口実に佐渡周辺を巡回させ、怪しい船が出たら検問するように頼んでおいた。これでいざ官取井を逃した時の保険ができた。後は我々次第ということだ。」
自衛隊のお偉いさんとまで知り合いとは、流石先生としか言いようにない。
しかし、話が前へ前へ進んでいくものの、どうしても前向きになれないでいた。俺は沈黙のまま会議を見守る。
「大丈夫です。必ず成功させます。みんな死なせずに。」
先生の声にすら無愛想な返事をする。それから紗宙を見ると、不安を隠そうとしていることがなんとなく把握できた。その姿は、見ていて非常に辛かった。
会議が終わると、先生以外の3人が部屋を出る。2人だけの部屋で、彼に当たるように愚痴を撒き散らした。
「俺はリーダー失格だ。こんな時に何もできない。くそっ。」
「こんな時、仲間を信頼して一歩引くこともリーダーとして大事なこと。感情的にならずにカネスケに任せましょう。彼なら上手くやります。そしてあなたは、両津で指揮を取るのです。私も全力で補佐致します。」
先生は、いつも俺を励ましてくれる。そんな彼の思いに少しは答えなくてはダメだ。後ろ向きな気持ちを無理矢理にでも180度回転させた。
「そうだな、傷を理由に感情的になり、カネスケの才に嫉妬していただけだった。リーダーである以上、私情は控えないとな...。」
窓から外を眺めると雨が止んできた。まだ痛む身体を起こし、服を着替えると部屋を出る。もちろん、カネスケに会いにいく為だ。
◇
食堂にカネスケを呼び出すと、5分もしないうちに来てくれた。彼も話したいことがあったという感じだろう。
病院の食堂は、昔ながらの定食屋を改装したような質素なところで、スペースは中学校の教室くらいの広さしかない。料理のメニューはまるで給食だが、その味は懐かしく、そして素晴らしく美味しい。
「さっきはすまなかった。だいぶ意地を張ってしまった。」
「大丈夫。そんなことで怒るほど短気じゃない。」
そう言われて少し安心した後、ハンバーグ定食を注文。彼は天ぷら定食を頼んだ。
「相談せずに話を進めたことは反省してる。今後は少なくとも、お前には相談する。」
俺は無機質で冷めた視線を彼へ向けた。
「そうしてくれると嬉しいな。」
笑わない俺を見て、彼が申し訳なさそうに萎縮していた。
俺は、特に意味はないけど周囲を見渡してみると、他の官軍兵士達が和気藹々と食事を楽しんでいる。それと比べて俺たちの卓はどんよりとしている。自分のせいではあるが、この重苦しい空気に潰される前に話題を変えた。
「だが、彼女だけじゃなくてお前のことも心配だ。敵のアジトに囮とともに赴くなんて大役、本当にできるのか?」
気にかけるこちらを他所に、彼が質問をはねのけるように言ってのける。
「できる、できないじゃない。どうすればできるのかを考えるんだ。考えていたらわかるさ、できないことなんて存在しないって事が。」
「つまりできるって事だな。」
「もちろん。必ず成功させて、とっとと新潟からずらかろうぜ。」
彼はポジティブだ。俺と違い、怖いとか辞めた方が良いとか言っておきながら、やると決めたら前向きに捉え切る男である。
だからこそ、もう止めようとは思わなかった。その方が彼の不安を煽らずに済むだろう。
「具体的な潜伏案を聞きたい。」
彼は、食べ物を飲み込むと、流暢に語り始めた。
「俺、紗宙さん、第一部隊の2人の計4人で観光客を装い佐渡金山に入山。斥候からの情報によると、奴らは金山に入山してきた観光客や周辺住民から、お布施という名目で金を巻き上げたり、女を拉致しているらしい。そこで、ちょっとした芝居をうって奴らの内部に潜り込む。上手く潜入できたら、隙を見て第一師団の2人が官取井を捕縛。俺は、紗宙さんを救出して彼らと合流。官取井を人質に取って降伏を促すのさ。」
「初陣にしてはリスクの高いな。絶対に死なないでくれよ。」
ついつい悪い方向を考える俺へ、彼は笑顔でこう返す。
「わかってるよ。それよりも傷は大丈夫か?」
自分の命よりも他人の事を心配する。彼の性格は昔からこんな感じだ。ある意味で裏を返せば、心配するなと言っているのだろう。
俺は、会話に夢中でいつの間にか痛みを忘れていた。
「問題無い。明日には出陣できる。」
「本当かよ。 じゃあいつ島に渡るの?」
「明日の朝だ。」
イキって断言する俺を見て、彼はため息をつきながら微笑んだ。
「リーダーの命令だ。それで決まりだろうけど、あまり無茶するなよ。」
2人は、会話がひと段落着くとまだ暖かい定食を掻き込んで食堂を後にした。こうやって彼といつまでも一緒にいる為にも、くだらない教団如きに屈するわけには行かないのである。
◇
その日の夜。どうしても話をしたかったので、病院の待合室に紗宙を呼び出した。彼女もカネスケと同じように、まるで呼ばれることをわかっていたかのようにすぐやってきた。化粧を落とし、部屋着姿、寝る準備が万全だったのを見て少し申し訳なくなる。
それにしても、待合室は非常灯と自動販売機の明かりだけが灯っていて、良い感じのムードに包まれていた。
「久しぶりだね。改まって2人で話すの。」
「そうだな。いや、初めてかもしれない。」
「このよく分からない企画に参加するまで、会ったら話す程度の関係だったもんね。」
俺は照れながら頷く。 少し間を置くと、彼女から話を切り出してきた。
「本当は、凄く怖い。だって囮だよ。普通の生活してたら、こんなことになることなんてないわけだし。」
「嫌なら断れば良いのに。」
「できなかった。直江くん本気で説得してきてさ、作戦への熱い想いが私にも伝わってきてね。ここまで言われたら、積極的にならないとダメかなって。」
俺は、カネスケ、そして紗宙が、この国家建国プロジェクトに対して言い出しっぺの俺よりも熱くなっていたことに、驚きと恥ずかしさと何より嬉しさを感じた。
そう感じると少し情けなくなり、小言のようにボソッとネガティヴ発言をしてしまう。
「もしかしたら死ぬかもしれないのに。」
すると彼女は、嫌そうな表情を浮かべる。
「変なこと考えさせないでよ。絶対に官取井を捕縛して戻ってくるから待っててよね。」
俺は、不愉快な思いをさせってしまったのではと焦る気持ちを抑え、すぐに冷静を装う。
「わかった。わかったよ。健闘しよう、お互いに。」
紗宙は、何も言わずに立ち上がり、自販機でココアを買うと戻ってきた。そして俺の肩にそれを押し当ててくる。ピリッと痛みが走り、俺が文句をつけると彼女は言う。
「無理するなってこと。もう私達の為に1人で無茶なことは禁止。困難はみんなで乗り越えよう。だって私達は一般人なんだから。」
そんな彼女の意外な言葉に対して、つい鼻で笑ってしまった。まるで彼女の方がリーダーみたいだなって。
「そうだな、俺たちは一般人だ。知恵を出し合って、みんなで乗り越えよう。」
他にも伝えておきたい事があったが、それはまたいつか伝えることに決めた。この戦いは、クライマックスなんかじゃなく、俺達の理想への通り道でしかないのだから。
(第六幕.完)