第二十九幕!新たなる門出
文字数 5,370文字
官軍がいないとなると、暴走族の襲撃にだけ注意を払えば良いのでだいぶ気が楽になる。そうなると、張り詰めていた時には気がつかなかったことに気付き始める者が出てくるのだ。灯恵がボソッと呟く。
「お腹空いた。」
結夏も我慢の限界が来たのか同じことを言う。すると、カネスケと典一もそれを真似しだした。
ほんとは、フェリーに乗ってから夜食にしようと考えていたが、こうなっては仕方がない。俺は、先生がオススメしてくれた、港近くにある海鮮料理が有名な料亭へ行くことに決めたのだ。
◇
料亭に着くと、8人がちょうど入るくらいの個室に案内される。和を基調とした内装は、気持ちを落ち着かせてくれて、久しぶりに平和に浸れたような気がした。
料理が運ばれてくると、みんな何かに取り憑かれたのかのように無言で食べ始める。いつも騒がしいカネスケや結夏も、柄には合わず無言で飯と向き合っていた。俺と紗宙は、病院の飯や旅館の定食などをちゃっかし食べていたが、他のメンバーはここ数ヶ月の間、たいして良い物を食べてこなかった。美味いものを食べることへ集中するのは、別に変なことではないのかもしれない。
俺がゆっくりと飯を食べていると、速攻で飯をかき込んだカネスケと典一が会話を始める。すると、食べ終わった者から参入していき、場は大いに盛り上がり始めた。
全員がご飯を平らげたころ、龍二がみんなにある質問を投げかける。
「みんなは、新しい国ができたら何をするんだ?」
カネスケは、当たり前のように胸を張る。
「俺は、国の基盤を固めるために、政府で働くかな。なんたって、俺たちが作った国なんだからな。」
先生は、いつもの穏やかな口調で、俺のことを立ててくれた。
「私は、そこにいる次期国家元首の補佐として、政府で働くつもりです。」
「そう言われると恥ずかしいな。」
国家元首か...。無我夢中で国を作る、国家元首になると声を上げ続けたが、いざ現実的になってくると違和感しかない。恥ずかしさを隠すべく、目の前の飯に食らいつく。そんな俺を見ながら、龍二は深く相槌を打っていた。
「なるほど。国の建国に携わるなんて考えたこともなかったから、すごく気になっていたんだ。ちなみにリーダーは、国を作ってからの目標とかあるのか?」
「この国を再統一して、本当に平等な忖度のない社会を作ることだ。」
俺がきっぱりと答えると、典一が早とちりをして自身の進路について告げる。彼は、俺たちと少し意見が違うようだ。
「俺は、政治に関わることはないな。国家建国が成し遂げられたら、街に道場作って子供たちに武道を教えたい。」
それを聞いた結夏も、典一と同じような考えらしい。
「私も政治には関わらないつもり。山形から流姫乃を呼んできて、2人で美容室開業したいな。」
龍二がこちらをチラッと見た。どうやら彼は、俺が反対すると思っているようだ。紗宙やカネスケも気まずそうに様子を伺っている。きっとみんな、ここ数日間で俺の冷酷な行為を見てきたから、国へ託す道を選ばない2人へ何かするのではないかと心配しているのだろう。
俺は、ため息を着いた。
「それは寂しくなるな。」
結夏は、そんな俺を暖かい目で見てくる。
「そう?呼んでくれればいつでも会いに行くよ!」
逆に典一は、同情して寂しそうな顔をした後、励ますかのように言葉をかけてくれた。
「リーダーが困った時は、いつでも助けに行きます。そんなに寂しそうにしないでください。」
俺は、些細な言葉でも凄く嬉しかった。社交辞令なのかもしれないが、こんな俺に温かい言葉を差し出してくれる。それに、各々の気持ちが本当なら、みんな革命団というこのグループを好きになってくれたということに違いない。とても誇りに思えることである。
みんながその話題で盛り上がっていると、灯恵がまたさっきみたいに、ボソッと呟いた。
「私は。特にないかな。」
みんなが彼女の方を見ると、気が抜けたように、目の前の食べ終えた後の食器を見つめていた。彼女にしては、珍しく自身がなさそうである。それに対して、先生が声をかける。
「まだ15歳。これから見つけていけば良いのです。」
「うーんそうだけどさ。学校もないし。てかそもそも、小卒の私に仕事なんてできないだろうし...。」
その話を聞いた結夏は、辛そうな顔をしていた。血も繋がっておらず、約10個ほどしか歳が離れていないとはいえ、彼女は義理の母である。灯恵の将来のことが案じているのだろう。
俺は、このチームのリーダーとして何か力になりたいと思い、灯恵に提案してみた。
「よし。そしたら俺も、やりたいこと探し協力する。」
「お、おう。ありがとう。」
すると彼女は、なぜか困惑している。恐らくは、俺が普段こう言うことを言わないから、違和感を感じているのだろう。だが、今は何もできないけど、国を作ったら彼女の恩にも必ず報いようと本当に考えていた。まだ、どういう形でしようかは決まっていないけど。
灯恵の話が終わると、後は紗宙だけとなる。彼女もまた、明確な答えを自分の中で出してはいないようだ。
「私は...、まだ決まってないけど、何かしらでみんなを支えることができたらなって考えてるよ。」
俺が紗宙の顔をチラっと見る。彼女は、俺と目が合うと嬉しそうに目を背けた。俺たちが付き合っていることは、この時点では打ち明けてはいない。俺はまだ、そのことを打ち明ける必要があるのかも、そのタイミングもわからなかった。
「いろんな意見があるんだな。参考にさせてもらう。」
龍二がそう言ったところで、雑談がひと段落ついた。時間もちょうど良かったので、俺たちは店を出ることに決めた。
外は非常に冷たい風が吹いていて、いかにも東北の秋を感じさせてくる。駐車場で、カネスケと結夏と龍二がタバコを吸っているのを待つ間、東京を出たあの門出の日を思い出していた。
初めは4人だったメンバーが、いつの間にかその倍に増えていた。絶対無理だと思っていたことが、まさかこんな形で進んでいるとは、当時は思いもしなかっただろう。だけどもこの結果は、自分の野望を貪欲に追いかけた俺のハートと、それに対して親切でいてくれた仲間たちのおかげである。ここまで来たからには必ずやりきってやる。そう意気込んだ俺は、みんなより早く車へと乗り込んだ。
準備が整い、車が少しずつ動き出す。それから20分もしないうちに、フェリーへ吸い込まれた。フェリーの上から見渡せる気仙沼の夜景は、仙台のものと比べたらこじんまりとしている。でもその感じは、案外嫌いではない。
俺は、港町の夜景を見ながら、夜空に誓いを立てた。
『新しい国家というデカいお土産を手に、必ず本州へ戻ってくる!待ってろよ日本国!!』
夜空の星が鋭い光を放っていた。あの幾千万もの星々は、人々の野望や夢の数と言い換えても良いだろう。それらがひしめき合い、ぶつかり合うこの社会で、俺は必ず自分の夢を掴み取ってやる。そう妄想しながら、1人拳を握りしめるのであった。
◇
フェリーは、北海道への航路を北へ北へとゆっくり進んでゆく。明日の朝には、えりも町へ到着する予定だ。
俺たちは、個室を2つ借りて、男組と女組で別れて寝ることになる。本来であれば、早く寝なくてはいけないのだけど、寝る前にちょっとだけ晩酌しようと集まったが最後。話が盛り上がりすぎて、みんな疲れているくせになかなか眠りに付かない。あの灯恵も、中学生のくせに勝手に酒を飲んで楽しんでいる。それに先生も珍しく乗り気で、みんなでくだらない会話やトランプなどの遊びを楽しんでいた。
そんな中、紗宙が一足先に部屋に戻るというので、俺は誰よりも早くその送り役を買って出る。そして、一緒に女子部屋へ向かうのだった。
◇
部屋に着くと、酔っ払っている彼女がベットに寝転がった。電気をつけようか迷ったが、暗い方が気分が落ち着くのでつけなくて良いと彼女に言われる。
自販で購入した水を彼女に渡す。彼女がそれを一口飲むと、独り言のように呟く。
「楽しかったな。明日からのこと考えたくない。」
「そうだな。普通の生活に戻りたくなる。」
「私たち、もう戻れないんだよねー。」
そう話す彼女の横顔は、微かな寂しさが滲み出ていた。いくら革命団を好きになってくれたとはいえ、半年前までは普通に暮らす一般人だったのだ。特に彼女は友達も多かったから、それらの生活が恋しくなることがあるのだろう。
「まあな。でも、普通の生活を作ることはできる。」
「え、どうやって?」
「さっきみたいな感じさ。」
そう、政治や戦争なんかとは無縁の普通のことをみんなで楽しむ。一緒に卓を囲んで飯を食べたり、お酒を飲んだり、寝たり、遊んだり、仕事をしたり。メンツは違えど、昔と同じ普通の感覚に戻ることができるのだ。そしてその繰り返しが、いつか本物の普通の生活へと変わっていく。故に、普通の生活は、自分次第で作ることができるのだ。その普通の生活環境の元には、国家という土台が必要不可欠だ。そして、その土台が今、シロアリに食い尽くされたように崩壊の一途を辿っている。だからこそ、俺は戦い続けるのだ。
すると彼女は、意味を察してくれたのか、クスっと微笑んだ。
「そーいうことね。」
楽しそうに気を許してくれる姿を見て、俺もいつのまにか気持ちが楽になっていたことに気づいた。移動中や飯の場でも、楽しい時間を過ごしているようで、周囲への疑心の目を緩めることはしていない。いつどこから狙われているかわからない状況で、敵がいるかもしれないことを忘れてはならないからだ。
しかし、今くらいは、防衛という心の防具を脱いでも良いのではないだろうか。そう思ったら気が楽になってくる。
「今夜は楽しい夢を見たいな。」
「さっきの続きの夢みたりして。」
「それもアリだな。」
彼女が、ふと窓の外を見る。
「真っ暗だね。」
「三陸の港は、暴走族の襲撃でほとんど壊滅しているからな。明かりの灯っている町なんて皆無に等しいだろう。」
「星はすごく綺麗だけど。」
窓を開けて上空を見渡すと、プラネタリウムみたいな夜空が一面に広がっていた。満点の星空を好きな女性とベットに寝転がりながら眺める。全てに置いて最高のシチュエーションだ。ゆっくりとその光景に浸っていたかったが、11月の北東北は寒さが厳しく、すぐに窓を閉めた。
部屋に静けさが戻ってくる。照明はつけていないので、非常灯の明かりが良い雰囲気を作り出していた。
俺は、遠い地平線を見ながら黄昏ている彼女の隣に座り、彼女の手の上にさりげなく手を重ねた。
「どしたの?」
俺は、質問に答えずに、臆することなく彼女を抱く。彼女も少し驚いていたが、特に抵抗することもなく受け入れてくれた。
「結夏たちに見られちゃうよ。」
そう照れ臭そうに彼女が言うが、俺は何も言わず、ただただ彼女の鼓動を感じた。しばらくその温かみに浸らせてもらってから、耳元で囁いた。
「ちょっとドキドキしない?」
彼女は、少し間を置いてから答える。
「してきたかもしれない。」
俺は、彼女をベットに押し倒してキスをする。結果どうなったのかはいうまでもない。俺にとって、人生で一番満たされた瞬間となったのである。
◇
1時間以上もあんなことをしていたのに、まだ結夏と灯恵は戻ってくる気配すら感じなかった。もしかすると、ドアの向こうで声を盗み聞きしていたのではないか、という仮説を紗宙に話したら、彼女は恥ずかしそうにしていた。それを見た俺も、言い出した本人なのに、彼女以上に顔が赤くなった。
俺は、ちゃっかし彼女と一緒にシャワーを浴び、何事もなかったかのように、1人でみんなのいるコミュニティースペースに戻る。
俺がコミュニティースペースに入ると、先生以外の全員が酔いつぶれて、ソファーに横たわっている。どうやら先生は、先に部屋へ戻ったらしい。カネスケをたたき起こそうとしたが、彼に俺の声は届いていない。
俺は、怠いと感じながらもため息をつくと、彼らに毛布をかけてそのまま部屋へ戻る。そして、部屋のベットで今日起こった奇跡に浸りながら、明日という現実へ向かって旅に出たのである。
◇
汽笛の音がなっている。俺は、目を覚ますと、防寒着を着込んで甲板へ駆け上がった。吹き荒れる寒風、青々しい海、遠くに見える広大な緑の大地。俺たちは、ついに北海道へたどり着いたのだ。
様々な苦難を乗り越えて、ようやくこの地へやってきた。だけども、ここはゴールでもなくスタートですらない。この試される大地と言われた蝦夷の地を超えて樺太へ渡り、そこに国を打ち立てた時が本当のスタートラインなのである。
俺は、静かに深呼吸をすると、北海道へ向かって叫んだ。
「俺は必ずこの国を変えてやるぞ!!!!!!!!」
やまびこになんて期待はしていない。俺は、北海道がどんな試練を課してこようとも、それを乗り越えて行く自信しかなかった。
(第二十九幕.完)