第二十五幕!師と引き換えに
文字数 10,775文字
金友が躊躇なく親衛隊へ命じる。
「殺せ。」
親衛隊は、短刀を取り出すとこちらへ向かって一斉に迫ってきた。鋭利な刃物を持った多数の敵が波のように押し寄せてくるこの恐怖は、想像を絶する恐ろしさがある。
すると和尚は、彼らに圧倒されて気を取られている俺の視線を遮るように立つ。
「こんな奴らワシ1人でなんとかなる。紗宙を頼んだぞ。」
彼一人で大丈夫なのだろうか。そんな不安がよぎったが、俺たちの目的は彼女を救い出すことだ。侵入して脱出するだけではない。
俺は、礼を言うと紗宙と向き合う。先程と同様に鉄パイプを何度も鎖に叩きつけ、何分か立った頃にようやく左腕の鎖を外すことに成功。しかしあと3つ、それからロープが残っていた。後ろを振り返ると和尚が親衛隊を何体か撃破しており、そこら中に短剣が散らばっている。
俺はその短剣を拾い上げ、紗宙の首に括られたロープを断ち切った。前に傾いた彼女を支えながら、今度はもう一方の腕に絡みついた鎖を鉄パイプを使って渾身の力で叩き壊す。前のめりに崩れ落ちる彼女を床へ寝かすと、彼女を傷つけないように残る足の鎖を慎重に叩いた。
その時だ、後ろで和尚の叫び声が響いた。思わず振り返ると、両肩が短刀に貫かれた和尚の姿がそこにはあった。
「和尚ー!!」
彼が血を撒き散らしながら叫ぶ。
「こっちをみるな!!!早く鎖を外すのじゃ!!」
それから和尚は、身体を回転させて屈強な親衛隊を吹っ飛ばしてから、刺さった短剣を抜き取り、親衛隊を切り刻んだ。俺は、和尚を信じて目の前の鎖に注意を向ける。だけども、足につながれた鎖はなかなか壊れる気配を見せない。そのせいで、いつの間にか周りを見ることができなくなっていた。和尚の状況も、自分の後ろに金友が迫っていたことも。
ようやく鎖を壊し終え、彼女を助け出せた。そんな時、周りが見えてない俺に金友は背後から近づき、 首を思い切り掴んだ。そして締め上げたあと、俺を壁に向かって投げつける。
俺は、壁にめり込む勢いで投げつけられ、身体中を酷く打ちつけられてから、その場に這いつくばった。心臓が激しく脈を打ち、呼吸が安定してくれない。金友は、親衛隊の1人に命じて紗宙を羽交い締めにさせる。そして、彼女の腹を思い切り殴る。
「紗宙。起きるのだ。」
紗宙が苦痛で満たされた表情で目を開く。金友は、彼女の首に手を添える。やせ細った彼女は、金友が少しでも首をひねれば、骨が粉砕してしまいそうだ。
俺は、風前の灯のような命と、それを弄ぶ中年の残虐な行為を前に、ただ叫び散らす。
「やめろ!やめてくれ!」
「今更遅い。薄汚い悪魔どもよ。」
紗宙と目が合うと、彼女の目から枯れるような涙が落ちた。
「本当にきてくれたんだ...。」
「俺が助けに来ないわけねえだろ。」
金友は、すかさず紗宙の唇を触る。
「感動の再会とでも思ったか?お前はこれから、青の革命団一人一人の死を目の当たりにしてゆくのだ。」
紗宙は、掠れた声で懇願する。
「お願いだから、みんなを殺さないで。」
金友は、その縋り付いてくる姿を満足そうに見下す。
「奴らが死にたいと望んでおるのだ。黄泉の国へ送ってやらんわけにもいかないだろう。」
金友が彼女の首をまた握りしめた。紗宙は、息ができなくなり呼吸困難に陥った。そんな彼女の目を彼はじっとりと見つめる。
「ちゃんと見ておくのだ。」
金友が彼女から手を離すと、俺の方に近づいてくる。俺は、渾身の力で立ちあがり、金友に短刀を向けた。金友は、そんなことお構えなしで接近してきて、俺の前まで来ると短刀を払いのけ、硬い指輪のついた拳で顔面を殴る。俺は、血を吐いてその場に倒れ込んだ。金友は、抵抗する俺を何度も何度も踏みつけた。
「これが、革命など闇の思想を世にまん延させようと企んだ悪魔の最後よ。」
彼は、なおも暴行を止めることはない。俺の顔は腫れ上がるばかりだ。歯は欠けて、肋骨も一本くらい折れたような気がした。悲痛の叫びを発することしかできない。
紗宙は、俺の無様な姿を見て、必死に金友へ懇願する。
「金友!もうやめて!!お願いだから蒼を許して!」
金友が笑みを浮かべながら、制裁という名の暴力を繰り返す。そんな光景を遠くから見ているリンは、大層満足気な顔でこちらを見つめている。紗宙が涙を流すとそれを鼻で笑い、俺が悲鳴をあげると腹を抱えて大笑いしていた。
それからなん分くらいか経った後、俺はあまりの痛みに身体を動かせなくなる。置物のようになった俺を見て、紗宙が泣いた。想像を絶する痛みと絶望に侵された俺の耳に、紗宙のかすれるような泣き声がかすかに聞こえてくる。
悔しかった。好きな女性を泣かした極悪人を今すぐ殴ることができないこと。仲間たちの期待を背負っているリーダーがこんな情けない姿になっていること。そして、長年育ててきた野望が、こんなところで朽ち果てそうになっていることが。
やっぱ俺、かっこ悪い奴だな。そう思ったあたりで、和尚に稽古を付けてもらった修行の日々を思い出していた。
◇
山寺の境内で、俺の組手稽古に和尚は付き合ってくれた。喧嘩の経験も全くない。あったとしても、戦いごっこで殴ったことがある程度だ。あの時、相手の親から罵声を浴びせらたのが懐かしい。
俺は始めた当初、和尚の動きについていけずによく音を上げていた。そんな時に和尚は言うのであった。
『いま吐いた言葉が勝鬨になるか、それとも呻き声になるかはお前次第じゃ。』
俺は負けたくないと言う思いを胸に、和尚をぶっ殺す気持ちで全力でぶつかった。
寺には、俺たち青の革命団以外にも、全国から修行をしに来ている奴らがいた。週に一度全員集まってトーナメント式の試合が行われたが、最初の1ヶ月は全て初戦敗退であった。ちなみにカネスケはセンスがあるのか、初回で1勝を上げていた。
俺は初め、体力作りと銃の訓練がメインで、組手はほとんど手をつけていなかったので、仕方がないと言い訳をしていた。そんな俺に和尚は助言をする。
『やったことがないから勝てないは、勝てない奴の座右の銘じゃ』
確かに彼の言う通りである。この人生において、初めてが本番なんてことはたくさんある。代表例は仕事だろうか。部活の試合や発表会と違って、初出勤日から練習なしの本番である。
それに戦場で『やったことないから仕方がない』は通用しない。戦ったことのない戦略を使われたから敗北しました、なんてことは絶対に許されないのだ。なんと言っても、命の駆け引きをしているのだから。
俺は、あの修行の3ヶ月間、和尚から様々な助言をいただいたおかげで、少しは勇猛な男に成長できた気がしていた。
革命団のメンバーは、みんな和尚にお世話になった。だけども、俺と紗宙は特にお世話になった。戦闘のこと以外にも、人生相談など様々な面で協力してもらった。
後から聞いた話ではあるが、紗宙は俺の話を和尚によくしていたのだと言う。彼女がどんな内容の話をしていたかは教えてもらっていない。しかし和尚は俺に言ったのだ。
『お主に期待してくれている人がいる限り、諦めるような真似はするな。』
彼が何が言いたいのかわからなかった。でもその言葉は、心の中に確かに刻み込まれて離れない。99%勝てる見込みのない戦いに足を踏み込んでしまった今、誰を信じて前に進めば良いのか。それを冷静に考えた。けども答えの行き着くところは結局同じだ。
青の革命団に集まってくれた仲間達。彼らを信じて、ただ真っ直ぐ進むだけだ。
そして俺は、最後の組手トーナメントで、第3位まで登りつめることができた。優勝できなかった言い訳をしようとすればいくらでもできる。でもその時は、言い訳をしなかった。
和尚は、優勝できなかったことへの慰めでも、第3位に入れたことへの賞賛でもなく、ただ言い訳一つ言わなかったことだけを褒めてくれた。
『人は変わっていく生き物じゃ。お主なら必ず野望を成し遂げる。自信を持て北生蒼!!』
昔の俺なら、今すぐにでもふさぎ込んで、金友が暴力をやめてくれることを、嵐が過ぎるのを待つ無力な人間のように待ち続けていただろう。
だけど今の俺は違う。どんな戦いであろうと、ただ真っ直ぐ俺が欲しいものを掴むために突っ走る。それから欲しいものは待つのではなく、絶対に奪い取りにいく!!
◇
金友が、足に全体重を乗せ、死を宣告するかのように言い放つ。
「死ね!このボリシェヴィキの生まれ変わりが!!」
俺は、すざましい力で顔面を踏みつける金友のアキレス腱を落ちていた短刀で思い切り突き刺した。不意をつかれた金友は、大きな呻き声を上げて俺から足を引いた。
タイミングを見計らって立ち上がる。その時、紗宙を羽交い締めにしていた親衛隊の男が、呻く金友を守るため、紗宙を蹴り倒して彼の元へ駆け寄った。俺は、それを見逃さずに紗宙の元まで駆け寄る。そして、突き飛ばされて地面に叩きつけられそうだった彼女を抱きかかえる。おかげで彼女が怪我をすることはなかった。
金友は、アキレス腱をやられたことに憤慨して、親衛隊達に怒号の命令を下す。
「このクズどもを地獄へ突き落とすのだ!!!!!」
親衛隊や信者たちが、部屋へ続々と入ってくる。 奴らは、津波の如く押し寄せてくると、部屋の逃げ場を塞いでいく。俺は、紗宙を背負うと、信者たちを短剣で滅多刺しにしながら、地下への道を切り開いていった。
金友の親衛隊は精鋭揃いで、瞬く間に俺に追いついては短剣で斬りかかってくる。俺は、紗宙を守りながら、持てる限りの全てを出し切って戦った。しかし奴らは、俺の数百倍も戦闘を経験している。故に押し返すことができず、簡単に追い込まれてしまう。
「法王に従わぬ悪魔!ボリシェヴィキの生まれ変わりよ!我ら親衛隊があの世に送ってやる!!」
親衛隊達は、俺の首元に短剣を突きつけた。まずい、動脈が切られる。そう思った時、後ろから気合の入った掛け声とともに和尚が現れ、親衛隊どもを片っ端からやっつけた。和尚は更に、近くにいる奴らをぶっ飛ばす。彼は、全身血だらけで、折れた短刀が背中に突き刺さっている状況にも関わらず、衰えぬ戦闘力を遺憾無く発揮する。俺は、ただただ感心しては、命を救われたことへの感謝の気持ちが湧いてくる。
「助かりました。この恩は忘れません。早くここから出ましょう。」
すると、和尚が当たり前のように言うのだ。
「3人での脱出はもう無理じゃ。敵が多過ぎる。」
「そんなことはないです。俺は諦めません。」
和尚は、俺を諌める為、声を張り上げる。
「何を言うておる!!この状況がまだ分からぬのか!!!」
周囲を見渡すと法王親衛隊だけでなく、ショットガンやスナイパーライフルを所持した仙台官軍の部隊も混ざり始めていた。
「3人で背を向けたところで、蜂の巣にされてお陀仏じゃ。」
「だったら俺がここへ残ります。言い出しっぺの俺に責任を取らせてください。」
「お前には背負ってるものがあるじゃろ!それもまだ見えておらんのか!」
「ですが...。」
「わかってるなら!もうこれ以上何も言うな!」
和尚が強い口調で、俺のネガティブをぶった切る。それで俺が萎縮すると、今度は紗宙が疲れた声で言う。
「和尚、蒼、もういいよ。私が囮になるから 。」
それに対して和尚は、彼女にも同じように叱咤した。
「紗宙、お前にもまだやることはある!成し遂げるまでは絶対に死ぬな!」
そうこうしている間に、仙台官軍が続々と中に入ってくる。どうしても決断できない俺を、和尚が思い切り蹴り飛ばした。俺と紗宙は、地下室の扉の内側まで吹っ飛び、司の間を見上げると、和尚が敵と対峙している。
地下室から見た、司の間から漏れる灯りの逆光で、和尚が神々しく見える。彼は、一度だけこちらを振り向く。
「ワシは、お前達が弟子で良かった!生きて、役目を果たして、そして幸せを掴め!ワシは信じておる!」
紗宙が彼の元へ手を伸ばそうとする。しかし彼は、俺たちに一礼すると、敵の中に飛び込んでいこうとする。奴らが和尚をかき消す勢いでこちらへ迫ってくる。俺は、それを止めようと部屋に入ろうとした。すると和尚が背後蹴りで扉を叩き閉める。そして、俺がドアノブに手をかける前に、鍵のかかる音がした。何度か捻ったり引いたりしてみたが、重い扉はびくともしない。俺は、悔しさで涙ぐみながら、部屋の扉の前で跪いていた。
扉の向こう側では、激しい銃声と和尚の叫び声が聞こえてくる。紗宙は、足の痛みをこらえて立ち上がろうとしたが、長い監禁生活と恩師との別れのショックから、その場で倒れこんで気を失ってしまった。
背後では、扉を破壊しようと攻撃を続ける信者達の声が聞こえる。どうやら今は、悲しみに打ちひしがれている場合ではなさそうだ。俺は、急いで紗宙を背負うと、暗い地下道を祈りの間へ向けて駆け出した。
◇
時同じくして、 城塞都市の外にいる先生と灯恵にも危機が迫りつつあった。彼らの居場所が、仙台官軍に特定されてしまったのである。仙台官軍の司令長官である新藤久喜はキレ者で、先生の考えそうなことを予測して、場外にもスパイをはりこませたのであった。
彼らは、黒いスーツとサングラスを身にまとい、住民に扮して捜索。ついに先生達の車を発見したのだ。
だが、先生もその怪しい連中には気づいていた。
「場所を変えましょう。」
先生が急にそんなことを言い出すのだから、灯恵の気持ちも振り回されてばかりだ。
「え、なんでなんで?」
「どうやら奴らは、我々の存在に気づいているようです。」
灯恵は、外を見わたす為に窓を開けようとするが、先生がそれを抑える。
「怪しまれてはいけません。気づいてないふりをして動きましょう。」
「いつ移動するの?」
先生が囁くように話す。
「今です。メンバーには、このことを伝えてください。」
灯恵がメールを打っている間に、先生は車を発進させた。スパイのような男達は、車を睨みつけながら誰かと連絡を取り合っている。
先生は、急いで公園を出る。遠くから軍用車が数台くるのを確認すると、それとは反対方向に車を走らせた。軍用車が速度を上げて追いかけてくる。
灯恵がバックミラーで後方を確認すると、奴らがロケットランチャーをこちらへ向けてきていた。驚いて慌てる灯恵。それに対して、先生は言うのである。
「もう奴らの射程圏内です。」
ということは、いつ打ち込まれてもおかしくはない。灯恵は、更に慌てた。
「え、え、どうするの?ねえ?」
しかし先生は、澄ました顔している。
「しっかり掴まっておきなさい。」
灯恵は、彼が何をしようとしているのかわからなかったが、彼のことを信頼していたので、自然となんとかなると思えた。けど、やはり怖くて手に汗がにじむ。そうこうしている間に、敵のロケットランチャーから弾が打ち出される。灯恵は、すがる思いで先生を見つめた。すると先生が、カウントダウンを数え始める。弾が目前まで迫ってきて、灯恵は目をつぶった。
先生は3つ数え終わると同時に、今まで使ったところを見たことがないレバーを思い切り引ききる。すると、車が物凄い勢いで前方に引き寄せられた。
一瞬のことであり、あの瞬間何が起こったのかを全く覚えていない。軍用車と車の間は大きく開き、奴らの姿はいつの間にか確認できなくなっていた。わかることは、かすかに聞こえた爆発音と、遠くに見える舞い上がった煙くらいである。灯恵は、地球最後の日を経験したかのような顔で先生を見た。
「何がおきたし??」
先生は、いつもと変わらず澄まして笑みを浮かべていた。
「急加速装置を使ったのです。」
灯恵が目を輝かせる。なんだかわからないけど、とんでもない体験をしたようだ。
「えー凄い!ワープみたい!」
「ワープの前身みたいな物です。新潟にいた時に、青の革命団のスポンサー先の紹介で、米軍から購入いたしました。国際連合に知人がいるツテもあったからでしょうか、まさか購入できるとは思いませんでした。」
「なんか漫画の世界が、すぐそこまで来ているみたい。」
先生がそれを聞いて笑っている。
「いえ、もうきてますよ。私たちの現状も、一般人からしてみれば漫画の中の世界ですからね。」
灯恵は、なんだか楽しくなってきて、ニヤニヤ微笑む。
「そういえば、一体どこまで逃げるの?」
「とりあえず、石巻周辺まで逃れようかと思います。そして、各々から城壁脱出の報告を受け次第助けに向かいます。」
灯恵が前方の景色を見ながら、ぼやくように言った。
「早くみんなに会いたいな...。」
先生がさっきまで締め切っていた車窓を開け、新鮮な東北の空気を車内に吹き込ませる。少しばかり冷たい風が、緊張による心のモヤを吹き飛ばしてくれるようだ。
彼は、窓の外の空を見上げた。雲がかり、快晴とは言い切れない空模様。しかし、雲間からは、青空がハッキリと見え、太陽光が仙台近辺を照らし出している。
「みんな精鋭です。きっとすぐに会えますよ。」
先生の余裕過ぎる振る舞いを見て、緊張していた灯恵もいつの間にか普段の冷静な心境へと戻っていた。こうして2人は、仙台官軍の攻撃から逃れて石巻まで向かったのだ。
◇
目の前に野球場が姿を現した。薄汚い仙台官軍の将兵達から逃げる結夏は、使われることが少なくなった球場内に身を潜める。
彼女は、ブルペンに入ると、右肩を押さえながら壁にもたれかかった。逃亡中、官軍から警棒で殴られた部分が酷く腫れ上がっている。息を押し殺しながら、必死に激痛から耐えた。
追跡者は、50人を超える屈強な男達。皆、執拗に彼女を追い込もうとしていた。野球場近くにも迫ってきていて、ここが見つかるのも時間の問題である。彼女は、体力が落ちてしまったこと改めて知り、この時ばかりはタバコの存在を恨んだ。
少し休むと立ち上がる。ここで見つかったら逃げることができないので、もう少し逃走しやすい場所を見つけることにした。
グラウンドに出るとベンチがあったので、そこへ腰をかけて作戦を考える。もう19時を回るのに、まだカネスケ達が来てくれない。一体何かあったのだろうか。そう無意識に彼らの心配をしてしまった。それから悔し涙もこぼれた。
今回の作戦で、唯一失敗して周りに迷惑をかけたと思ったからだ。本来であれば、今頃リーダー達と教団施設へ侵入していた頃であろう。それが途中で見つかって、カネスケ達の助けを借りなくてはならなくなってしまったのだ。久々に挫折を味わったような気持ちになった。
とはいえ、泣いていても変わらないと気持ちを奮い立たせ、スマホを開いた。待ち受けは、灯恵との休日のツーショット。それを見ると、絶対に死ぬことなんてできないと強く思わされるのである。
けども運が悪く、奴らはベンチに座る彼女を発見して、銃声で仲間にそれを知らせた。こうなることも計算していた彼女は、急いで球場の外へ出た。
出口を飛び出した時、相手が少し上手だったことに気づかされる。50人を超える軍人が、彼女を取り囲んでいた。球場内に戻ろうとしたが、後ろから迫ってきた先ほどの奴らに銃を向けられる
官軍の隊長は、彼女を追い込んだ事に誇りを感じているのか、高らかに通告しだす。
「市ヶ谷結夏!武器を捨てて手を上げろ!お前を革命罪で逮捕してやる!」
結夏は、隊長をキツく睨んだ。すると、さっきのセクハラ将兵も出てくる。
「なんだその目は、この糞ビッチが!さっさと武器捨てろや!頭悪くてこの状況も理解できねえのかこのカス!」
結夏は、侮辱的な言葉に対して、イライラを募らせて腕に力が入る。だけど状況は、確かに奴の言う通り絶体絶命で、少しでも不審な動きをすれば殺される。余計な反抗はできそうにもなかった。
その時、スマホが振動していた。彼女は、それに気がつくと、考えた末に武器を捨てることにした。いたるところに潜ませていた刃物を投げ捨て、彼女は両手を挙げる。セクハラ将校達数名が、ニヤつきながら近づいてきた。結夏は、汚物を見る目で薄汚い将校達を見つめる。
セクハラ将校は、目の前まで来ると彼女の髪を掴む。そして、顔を近づけた。
「あの時素直にしてれば、こんなことにはならなかったんだぜ。」
結夏は、決して視線を合わせない。
「そうかしら?」
セクハラ将校は、怖がらない彼女の態度に苛立つ。
「あ、どう言うことだ!」
「あたしが男を選んでないとでも思ってるの?」
将校達がイラついているのが手に取るようにわかる。結夏は続けて畳み掛けた。
「DV男には興味ないし。」
セクハラ将校は、顔を真っ赤にして唾を飛ばす。
「ビッチの癖に舐めやがって。」
結夏がさらに言い返す。
「あんたに媚び売って生き延びるよりも、仲間のために死んだほうがマシだから。」
セクハラ将校はブチギレ、彼女の髪を左右に引っ張った。一方の彼女は、将校の顔面に唾を吐きつける。
「痛えよ!このDV野郎!」
セクハラ将校は、嫌悪感を示しながら唾を拭った。こんなやり取りをしていたものだから、隊長を含めて官軍一行は、結夏達に目が釘付けとなっていた。 セクハラ将校が怒り狂いながら、隊長へ進言する。
「隊長!このビッチの頭、吹き飛ばしても構わないでしょうか?」
「いいだろう。官軍を侮辱したことを後悔させてやれ。」
セクハラ将校が拳銃を抜くと、結夏の額に銃口を押し付けた。そして高らかに笑いながら、舐めた口をたたき出す。
「おいバカ女。最後にこの俺に、そして官軍に助けを乞わなくていいのかな?」
結夏は、不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「その言葉、特大ブーメランだけど。」
そう自信ありげに言う結夏に対して、セクハラ将校が激昂した。
「じゃあお望み通りぶっ殺して、そっから死姦でも楽しんでやるか!!!」
奴がそうほざいた瞬間、官軍の隊長の首が吹き飛んだ。セクハラ将校も含む全員が驚愕する中、突如として現れたカネスケと典一が、次々と将兵を殺戮していく。セクハラ将校は憤慨した。
「計ったかこの糞ビッチ。」
だがまもなく、セクハラ将校も地獄へ落ちた。結夏が背中に隠し持っていた小型ナイフを取り出して、一瞬のうちに将校の動脈を断ち切った。セクハラ将校は苦痛に悶えながら、大量出血で死亡。 結夏は、奴の死体に向かって言い放つ。
「ビッチじゃねえよ、バーカ。」
その後、3対多数の激しい戦いとなったが、3人の方が優勢に傾くと、彼らの中には逃げ出すものも現れた。3人は、援軍が来る恐れもあったので、隙をついて戦線を離脱。カネスケは、逃走しながら結夏に言った。
「近くに来たら連絡入れてと言ってたから連絡したのに。本当危なかったな。」
「あそこで連絡なかったらどうなってたことやら。サンキュ。」
「おう。でも時間稼ぐにしては、ちょっと危ない橋渡ったんじゃない?」
それを聞いた結夏は、むすっとしていた。
「だって、あいつらキモいしムカつくんだもん。」
それを聞いて、カネスケと典一は笑った。大変な目にあったようだから心配していたが、やっぱり彼女は強かった。いつも通りの勝ち気で明るい結夏に戻っている。
野球場近くの茂みまで走ると、そこには2台バイクが止まっている。カネスケがバイクに飛び乗ると、結夏も後ろに飛び乗った。典一は、それを羨ましそうに見つめながらエンジンをかける。
「カネちゃんバイク乗れるんだ。」
結夏がカネスケの腰に手を回すと、カネスケは自慢げに答える。
「ま、まあな。昔、配達の仕事やっててよ。」
典一は、悔し紛れに水を差した。
「そいつ、原付免許しか持ってないぜ。」
カネスケが暴走族から拝借してきたバイクは、明らかに大型バイクである。彼は、典一のツッコミに対してふざけてキレる。
「うるせえな!俺の雰囲気返せ!」
結夏は、不安そうにカネスケに尋ねた。
「え?大丈夫なの?」
そんな会話をしている間に、カネスケがアクセルを思い切りひねる。結夏は、カネスケの腰にしがみ付いた。
「結夏、捕まっとけよ!ぶっ飛ばしていくぜ!役目を全うして絶対に仙台脱出してやるわ!! 」
典一がカネスケ向かって野次を入れる。
「事故すんなよカンカン。」
カネスケ同じく野次を飛ばし返した。
「その呼び方やめろテンテン。」
結夏は、必死にしがみつきながら、その会話を聞いて大爆笑した。カネスケと典一は、年こそ離れているが、もはや喧嘩するほど仲が良い友達みたいな関係になっていた。
3人はそのあと、先生からの連絡を受けるまで敵を翻弄し続ける。そして、今回の救出作戦に大きく貢献することとなった。
◇
それぞれが役目を遂行していく中、紗宙を担いで地下道を抜けた。祈りの間へ出ると、騒動を聞きつけた信者達が、祭壇に向かって真剣に祈りを捧げていた。
教団の宿敵である革命団リーダーが、祭壇の裏からいきなり出てきたものだから、女性や子供の信者は驚いて泣き出す者もいた。俺は、紗宙を散々痛めつけたイかれた奴を祀ってるこの宗教が許せなくて、彼らが見ている前で祭壇を蹴り倒す。そして、法王の写真を踏みつけた。
女子供が、神を侮辱し続ける革命家の行動に恐怖を感じて萎縮している。それから、男の信者達が怒り狂って迫ってきた。俺は渾身の力を込めて、怒りを腹から吐き出した。
「あいつは神なんかじゃない!!!ただの犯罪者だ!!!」
それを聞いた信者達から、罵詈雑言が飛び交う。酷いくらいの誹謗中傷だ。しかし、俺は負けることが大嫌いの負けず嫌いだ。祈りの間が揺れるくらい、声を張って奴らへ言い放す。
「犯罪者が神なら、俺は神を上回る創世者になってやる!!」
そう言うと、木刀や椅子なんかを持って殺しにかかってくる男達を、拳銃と短刀で殲滅しながら出口まで全力で走る。
祈りの間を突破して、出口までまっすぐ伸びる神道の間と呼ばれている空間を、息を切らしながら進んだ。両側を見渡すと、至る所に土龍金友の肖像画が飾られていて、不愉快極まりなかった。
たまに俺は後ろを振り返る。そして、和尚が無事であることを願うとともに、彼を助けられなかった弱い自分を恨んだのだった。
それからまた前を向く。師と引き換えに得たこの命、絶対に無駄にはしないと、強く心に誓ったのである。
(第二十五幕.完)