第十七幕!能力
文字数 9,109文字
「修行には慣れてきたかな?」
「多少は慣れました。ですが、まだまだです。」
和尚が云々と頷く。
「わしが、技や能力の研究をしていることは、真から聞いておるな?」
「ええ、まあ。」
「お主は、自分にどんなスキルがあると考えておるか?」
突然の質問に頭を悩ませる。こんな質問は、小学生時代の戦いごっこ以来聞かれたことは無いので、思いつきで答えるほかなかった。
「無いですね。無能ってやつでしょう。」
その答えに対して、和尚は笑う。
「はっはっは、そのままか。だが、自分のスキルも知らないのは、凄く損をしておるな。」
「俺にスキルなんてあるんですか?」
俺の心の窓についた曇りを取り払うように、彼はズバリと断言した。
「スキルを持たぬ人間なんてこの世におらん。それに、後から身につけることも出来るのじゃ。」
「スキルなんて物が、現実社会に存在する訳ないですよ。」
「いや、確実に存在しておるぞ。」
「例えば、どのようなものをスキルと呼ぶのですか?作業のスピードが人より早いとかそんなことですか?」
「良い質問じゃな。それもそうじゃが、例えば灯恵は、中学生にしてすでに『輪』のスキルを取得しておる。」
この坊主は何を言ってるのだろうか。そう思いながら尋ねる。
「その『輪 』とは、一体どのようなスキルなんですか?」
「そのスキルを持つ人間がその場に入るだけで、自然と人の輪を形成できる能力じゃ。簡単に言えば、会話の中心となって場を作り上げることができるスキル。女性や売れる営業マンに多いスキルじゃ。」
「なるほど。確かに彼女は、人見知りせずに懐へ自然と入ってくる。そして、いつの間にか会話の中心となって話を引っ張ることがある。和尚の言った通りかもしれません。」
「よく道端で世間話をしている主婦達がおるじゃろ。その内の誰かが、『輪』のスキルを持っているからこそ、その場に人が止まり会話が長引くのじゃ。」
俺は、興味が湧いてきたので、色々と聞いてみることにする。
「では、諸葛先生はどんなスキルを持っておりますか?」
「わしが知る限りでは『創造』『器用』『温』『酷』などかのう。奴は紛れもなく天才じゃから、数えきれぬほどのスキルを持っていると考えておるわ。」
「その4つは、どのようなスキルなのでしょうか?」
和尚は咳払いをしてから話し始めた。
「 まずは『器用』。これは単純に手先を使った作業や、ナイーブな人間関係など、神経を使うこと全般をそつなくこなせるスキルじゃ。彼が取引先や多くの人間と上手く交渉する姿や、戦場における銃さばきなんかを目にしたことじゃろう。」
俺は納得してうなづいた。確かに彼は、何事にも柔軟でかつそつなくこなしてしまう。それをスキルと呼んでも違和感はない。
「『温』とは性格が温厚で、一緒にいることで相手の感情を和らげ、どんな感情の起伏も抑え込むことができるスキル。『酷』は優しさを捨て、心を鬼にして、相手を容赦無く制裁を与えることができるスキルじゃ。」
「『温』と『酷』は正反対な気がするのですが?」
「そうじゃ。しかし、人によっては、それを時と場合によって使い分けることも出来る。真はそんな人間じゃ。」
「では『創造』とは、一体どのようなスキルなのですか?」
「『創造』とは、自分の頭の中で考えた世界を、この現実世界に作り出すことができるスキルじゃ。すなわち、真が国を作ろうと画策すれば、国家の1つや2つは簡単に作り上げることができるということじゃ。」
「そんな化け物みたいなスキルが存在するのですね。」
「物凄く希少なスキルじゃ。全人類で両手に収まるくらいの人間しか持たないと言われておる。」
その統計の胡散臭さはさておき、そんな人物が自分のチームにいるという現状に驚いた。彼を手の中においておけば、自ずと天下を取ることができる。そう思い俺が勝ち誇っていると、和尚は呆れたように言う。
「だが、そんな真にも弱点がある。なんだかわかるか?」
「失敗をしたことが無い、とかですか?」
「奴でも失敗は死ぬほどしてきておる。」
だとしたら何だと言うのか。相手を肯定しかせず、否定しようとしない所か。多少ビックマウスなところか。それか、ミステリアスで常に先を見すぎているが故に、何を考えているのかわからない所があることか。思いつく限り想像してみたが、これといってパッとする答えが見つからない。
回答を出し尽くした上でわからないと話すと、和尚が庭を見つめながら結論を語る。
「天才すぎるが故に、周りの人間がその能力に甘えてしまうところじゃ。そうなると周りの人間は成長しないじゃろう。」
「なるほど。確かにおっしゃる通りかもしれません。」
「だからこそ、それを補うためにも、リーダーのお主が奴の力を上手く使うのじゃ。そして、メンバーそれぞれに役割を持たせ、チーム全体の力を向上させねばならぬ。」
そんなふうに言われると、心が重くなってくる。俺みたいな凡人に、あの先生を上手く扱い抜くことができるのであろうか。不安が募り、目線が落ちていく。それを和尚は見逃さない。
「なんじゃ?自信がないのか?」
「いえ、大丈夫です。リーダーは俺ですから!」
「うむ。それで良い。そうでなくては、リーダーは務まらんからのお!」
「ええ。今日のお話を踏まえて、これからもチームを動かしていきます。」
言い切ったからにはやるしかない。込み上がってくる気持ちを締め殺し、自分ならできると自分に言い聞かせた。
和尚は、よろしいといった顔でこちらを見ると、話題の矛先を俺のことへ戻す。
「話を戻すが、わしが見る限り今のお主は『不屈』のスキルを持っておる。」
不屈、嫌な響きだ。なんかこう、頑固とか、融通が効かないとか、そんな所だろうか。
「『不屈』とは一体どのようなスキルなのですか?」
ネガティブに捉え、疑心の目で見つめる。そんな俺に、彼はスキルの見解を教えてくれる。
「自分の意思を貫き通すスキルじゃ。その曲がらない意思は、時に成功を呼び、時に融通が効かず手間がかかることじゃろう。」
「そのスキルは、どのように活用すれば良いのですか?」
「そうじゃな。スキルを身につけるために、そのスキルを活用するというのはどうじゃろう?」
「能力を身に付けたいという意思を貫き、スキルを勝ち取るということですね。」
「そんなところじゃ。そして、これから国を作り、国家元首となるお主に身につけて欲しいスキルが2つある。」
ここにきて、さっきまで冗談半分で聞いていたのに、いつの間にか興味津々で彼の話に夢中になる俺がいる事実に気がついた。それだけ、このスキルの話が本当なのではないかと思い始めていたのである。
「それは、『傾聴』と『断行』じゃ。『傾聴』とは話を親身になって聞き理解して、相手の考えを受け入れることができるスキル。『断行』とは、素早く判断し、決断したことを情やその他環境に流されることなく突き進んでいけるスキルじゃ。」
「なぜその2つなのですか?」
「国民や部下の意見に対して、熱心に耳を傾けられないような奴に政治ができると思うか?それから、優柔不断で行動できない奴に人が付いてくると思うか?」
「確かにその通りです。では、どうしたらそのスキルを手に入れられるのですか?」
「それは知らん。スキルの取得は、修練方法を見つけるところから始まるのじゃ。試行錯誤を繰り返し、自分の力で自分にあった方法を見つける。それを納得いくまで繰り返すのじゃ。そうすれば、いつの間にか身に付いておるじゃろう。」
「奥が深いのですね。必ず見つけてスキルをものにします。」
「期待しておるぞ、時期国家元首よ。」
俺は、彼に期待しといてくださいと言ったが、どうしたらそれらが身につくのかを考えこむ日々がしばらく続くこととなる。そしてもし、本当にスキルとかいうゲームの世界にありそうな武器が存在するのであれば、是非とも身に付けておきたいものだ。
◇
寺での修行は、日を増すごとに厳しさも量も増していった。メニューに慣れたかと思えば、新しいメニューが付け足される。2ヶ月も経った頃からは、階段走りと射撃以外に筋力トレーニング、組手、短剣など、それぞれが選んだ武器による打撃訓練まで行われるようになった。
この新メニューが追加されてから、毎日のように典一に組手を挑む。毎回ボコボコにやられるのだが、3ヶ月経った修行の最終日、ついに顔面に拳をかすらせることができた。その時は、最後に彼の重いパンチがクリーンヒットして意識不明となり、俺の敗北で幕を閉じた。
典一のパンチを食らい、意識を失っている間に夢を見た。その夢は、青い服を着た陰キャラ、赤い服を着たアウトロー系の陽キャラ、緑の服を着た好青年。この3人が、日本地図の形をしたアップルパイの取り分を巡って殺し合うという内容だ。前半は青と緑が赤に残酷なまでの仕打ちを受け、パイを捥ぎ取られ、取り分すら与えてもらえない。そこで、赤の圧倒的なパワーに対抗するため、青と緑は手を組んで立ち向かい、赤を討伐することに成功する。その後、パイを半分に分けることを約束した2人。しかし後半、青は緑を裏切る形でパイを奪い取る。そして、緑は青の手によって処刑され、残った青が日本国型のアップルパイを1人で美味しく頂く。そんなストーリー性のある内容であった。
◇
意識が戻る。外から心地よい涼風が吹いていて、季節が残暑だということも忘れさせてくれる。修行場にいたはずなのに、いつの間にか縁側で寝かされていた。隣には典一が座っていて、お茶を飲みながら俺の目覚めを待っていたようだ。
典一と目が合った時、なぜか新庄砦を脱出する際に彼が敵の頭を拳で破裂させていたことを思い出す。そしてその技について聞いてみた。目覚めて早々そんな話を持ちかけられた彼は、少し不思議そうな顔をしている。だが、その素朴な疑問に答えてくれた。
「あれは『正拳突き』と言って、全ての力を頭蓋骨の表面に炸裂させることで、骨を打ち砕く瓦割りの応用のような技です。」
当たり前のことみたいに答えてくるが、とんでもない内容だ。しかしながら、その技を習得できれば、敵に武器を奪い取られたとしても腕一本で戦えるのだ。どうすれば習得できるのかを尋ねると彼は言う。
「一言では言い表せません。ですが習得には、少なくとも3年はかかります。」
3年は長い。けども3年我慢すれば、あのヒューマンバグ級の裏技が使えるようになるのである。これはやる以外の選択肢はないだろう。
「いざとなった時に、強者から身を守る技が欲しい。教えてくれないか?」
「厳しい修行になりますが、覚悟は有りますか?」
「この寺での修行も乗り越えた。覚悟はできているさ。」
「わかりました。では、明日からまた移動続きの日々となります。少しずつ時間を作って習得いたしましょう。」
こうして俺は、彼から『正拳突き』を教わることとなった。和尚の話していたスキル、典一から学ぶ必殺技。これらを自分のものにできれば、生きていく上での自信につながることは間違えない。それにいつか1人になってしまったとして、誰も助けてくれない環境下に陥ったとしたら、必ず自分を守る武器となることだろう。故に俺は、これからの修行へのモチベーションが頗る上がるのであった。
典一と語り合っていると先生がやってくる。彼は、この山寺へ来る旅の道中、常にスーツを着用していた。しかし、寺での生活においては、今の時代に見合わぬ和服を着ていることが多い。今日も例外なくその格好で、そんな風貌を見ていると半袖以上に夏らしく、夏らしいのに暑苦しさが全く感じられない。むしろ涼しさすら感じてしまい、こちらとしては気分が良かった。
彼は、スマホを懐にしまい込むと、改めて俺と向き合う。
「どうやら、スキルについて興味を持たれ始めたようですね。」
「にわかに信じがたいが、人は各々何か特殊な能力を持っているようだな。」
「ええ。その力をどう活かしていくかが、これからの戦いの鍵にもなってくるでしょう。」
「典一の『正拳突き』のように、恐ろしい殺人技を持った奴がこの日本にまだ沢山いる。そう思うと、身体に震えが走るな。」
「それに打ち勝たねば、野望は成し遂げられませぬ。」
「俺は、まだまだ強くなってみせる。いつか先生を超えてやる。」
「楽しみにしております。」
俺がスキルについて興味を持ったことが嬉しかったのか、先生がうっすらと笑みを浮かべた。でも、彼がここへやってきたのは、くだらない雑談をする為なんかではないことぐらいわかる。俺は、雲ひとつない快晴を見上げながら、綺麗な山の空気で深呼吸をした。
「ここへ来たのには、何か他の用事があってのことだろ?」
「ご察しの通りでございます。実は先ほど東京の知人から、ヒドゥラ教本部に動きがあったとの情報が届きました。一応共有しておこうかとここへ参りました。」
教団。その単語を久しぶりに聞いたような気がする。修行をしていた約3ヶ月の間、自分自身と向き合うことへ集中するために、寺の外の情報は重要なもの以外は先生に処理を依頼していた。それ故に、教団という単語が耳に入ってくると、変な懐かしさと嫌悪感が脳内に広がる。
俺がその内容について問うと、彼の目つきが変わる。寺での生活中の着物を着て落ち着きのある雰囲気が一変して、いつもどおりの仕事人の先生へと戻っていた。
「教祖の土龍金友が、仙台へ向かっているそうです。」
「それは何かを意味するのか?」
先生が険しい表情を崩さない。このことから、事の重大さが伝わってくる。
「滅多に本部か総本山以外に出向かない土龍金友。彼が理由もなく、こんな荒れ果てた東北に来るはずがありません。表向きは巡礼かも知れませんが、本当の狙いは我々にあるのではと私は読んでおります。」
めんどくさい事になるかもしれない。そう俺の不安が募った。
「その予想が的中したら厄介だな。」
「金友の指揮で無敵とかした信者により、人海作戦で捜索されたらひとたまりもないです。なので仙台行きを避け、気仙沼からえりも岬まで向かうルートに変更致しましょう。」
俺は、教団に囚われた時のことを想像して恐ろしくなり、迷わず彼の案を採用した。
「となると、奥羽山脈を抜けてから一旦古川方面へ出て、そこから三陸を目指すという道になるな。」
「そうなりますね。古川は、暴走神使の勢力圏が故に要注意が必要です。しかし、金友らに比べれば、まだ難易度は低い方でございましょう。」
「そのルートで向かうとしよう。」
こうして俺たちは新たな地へ向かう準備を整えていった。修行の終わるタイミングでこの一報。これはきっと何かの運命なのかもしれない。教団が本気を出す前に本州を抜け出さねば、命がいくつあっても足りないだろう。教団、暴走神使、官軍、奴らの魔の手をかいくぐり気仙沼までたどり着けるのか。俺は、あまりにも恐ろしくて怯える心を隠しながら、出発の前夜を過ごすことになる。
◇
出発前日の夜。俺は紗宙を誘い、星のよく見える高台に足を運んでいた。ここでの夜も今夜が最後。明日からまた激動の時間が始まるので、早い流れに飛び込む前に彼女とゆっくり話しておきたかった。
星が綺麗な眩い光を放っている。俺はジャージで彼女はスウェット。こんな出で立ちをしていると、自分たちがしている重い国家事業のことが頭のどこかへ追いやられていく気がした。
「修行の成果はどうだ?」
彼女は、手を上げ下げしながら答える。
「前よりも身体が軽くなった気がする。」
俺も足踏みをしてみる。
「ガキの頃に戻ったかのように身体が動く。」
すると彼女が聞いてくる。
「先生が言ってたスキルとかいうの、私にもあると思う?」
「そうだな。あるんじゃないかな。」
「蒼から見て、私のそれを命名するならどんな感じ?」
俺は考える。それからパッと閃いて答えた。
「そうだな。『癒し』かな?」
「なにそれ?」
「なんかその、どんな辛い時でも紗宙のことを思い出すと頑張れる、というかなんというか。」
言った自分が恥ずかしくなってしまう。紗宙は、そのぎこちない俺をじっと見つめる。
「そんな意識してくれてたんだ。」
「い、意識してたとかそういうのじゃ...。」
彼女が顔を近づけてきた。
「え、違うの?」
焦った俺は、早口で話す。
「まあとりあえず、紗宙がいることがすごく心強い。それに、結夏が感情的になった時やカネスケが悩んでる時、一番冷静に話を聞いて相手の気持ちに寄り添っているところとか。あと、医療系の大学へ通ってたからかも知れないけど、怪我した時に手当てしてくれるのっていつも紗宙じゃん。だから『癒し』がしっくりくるなって。」
すると彼女は、軽いため息をついた。
「『癒し』か...。」
俺は、嫌われていないことにホッと胸をなで下ろす。そして話題をずらすために逆のことを聞いてみた。
「俺にはどんなスキルがあると思う?」
彼女は、思い悩むこともなく、自然と答えを出した。
「『元』。」
その訳を尋ねると、彼女が夜空を見つめながら教えてくれた。
「みんなが何かを作り出す元を作ってくれたから『元』かなって。前にも言ったけど、この団体の創始者だしさ。いつも目標立てるのって蒼じゃん。その目標に対して、各々がアクション起こして、その繰り返しが達成につながるじゃん。」
「そうか、俺はみんなの元なのか。こんなネガティブ野郎が『元』で良いのか?」
「うん大丈夫。そのネガティブなところは、私が愚痴を聞いたり、結夏やカネスケが盛り上げれば補填できる。それに人は1人じゃなにもできないから助け合うんでしょ。」
笑顔でそう話す彼女の横顔は、とても純粋で綺麗だった。それはともかく、俺の知らない俺を彼女は知っていた。お世辞で言ってくれたのかも知れないが、彼女の優しさには感謝しか言いようにない。つい自然と涙がこぼれ落ちてしまった。
夜風が少しづつ冷たくなってきて、それはまるで、俺たちに秋の訪れを報せてくれているかのようである。俺はここにきて、修行中2度目のありがとうを彼女に伝えた。彼女はどういたしましてと言いながら天を見上げていた。
「またしばらく、忙しい日々が続くのね....。」
「これからが本番だからな。」
俺も同じく星を見上げた。すると、彼女が俺に尋ねる。
「てかさー、蒼。前よりも大人びた?」
「そんなことはないと思うよ。」
「そんな気がした!」
「だと嬉しいんだけどさ。」
俺達は、たわいもない話を1時間くらいしてから宿へ帰る。紗宙と別れたあと、1人になるとどこか寂しくなる。そして、また彼女と2人で話したくなる自分にようやく気がついた。不意に想いをぶつけてみようかと振り返るが彼女はそこにはいない。忙しい日々の中、この大事にとっておいた気持ちを忘れかけていたが、この寺での共同生活においてそれを思い出してしまう。
俺は、確実に彼女に恋をしていた。
◇
みんなが寝静まった頃。1人寝れずにリビングで、今日あった出来事を振り返っていた。俺は、紗宙を気にしている。でもきっと彼女は、俺を弟みたいな奴だとしか思ってないのでは無いだろう。仮に想いをぶつけて気まずいことになったら仲間達に申し訳がない。そんなことを考え出すと、無限に結論まで至らない気がする。恋の病とは、厨二病なんかよりも重い病気なのではないか。そう思わざるを得ない。
悩んでいると、後ろから誰かに肩を揺すられ驚いて振り向くと、そこにいたのは結夏であった。
「なに暗い顔してるの?」
俺は、1人で思いに浸っている時間を遮られることが、あまり好きではない。考え事を邪魔されたが故に苛立ちを覚える。
「なんでもねーよ。」
すると彼女は、目の前の椅子の丸椅子に座って俺と向き合う。
「知ってるよ、なんで悩んでるのか。」
なんだこいつ。そんな気持ちで彼女を挑発する。
「言ってみろよ。」
結夏は、いたずらっ子みたいにニヤッと微笑む。
「ズバリ、紗宙のことでしょ?」
俺は、紗宙への気持ちを誰にも打ち明けたことはない。それなのに一発で当てられたことへ驚きを隠せない。
「なぜわかった?」
「やっぱね。理由は多々あるけど、強いて言えば私の勘が当たっただけ。」
「勘かよ。でもその理由気になるな。」
結夏は俺の勘ぐりをスルーする。その上で内容をオブラートに包むことなく、ストレートに質問を投げかけてくる。
「いつ告白するの?」
「いつかだいつか。」
「振られて気まずくなった時のこと考えてるでしょ?」
彼女は、俺が何かを気にしてることを察するとズバリ言い当てる。また当てられたことで、結夏に隠し事が通じないことをわかり、つい本音を漏らしてしまった。
「そうだよ。振られて気まずい雰囲気作って、チームの輪を乱したらリーダー失格だろ。」
すると彼女は、その理論をへし折るように強めの口調で言う。
「考えすぎなんだよ。そんなことで乱れるようなチームじゃ無いと、私は思うけどな。」
彼女は、俺に口答えする隙を与えない。
「少なくとも私は気にしない。それに、カネちゃんや典一さんがなんか文句言ったら、私が締めとくから。だから、紗宙に想いぶつけてごらんなさい。」
よくわからないが凄く頼もしい結夏に、俺は少し救われたような気がした。
「そうだよな、こんなことで乱れるようなチームではなかったよな。」
「そうそう。じゃあ、答えは1つだね!?」
「おう。俺さ、紗宙に気持ち伝えるよ。」
すると彼女は、笑顔でグットサインを出した。俺もつられて親指を立てる。
最後に結夏が言い残すように俺へ教えてくれた。
「さっき話した理由について教えちゃおっか?」
俺が教えてくれと頼むと、彼女は笑いをこらえながら言う。
「リーダーこの前さ、寝言で何回も、紗宙〜紗宙〜って言ってたからさ。」
俺は、恥ずかしくて顔が真っ赤になった。それからこのことを知っている人は、他に誰かいるのかと聞くと、紗宙と先生以外のみんなが知っているようだ。明日から旅が再開すると言うのに、恥ずかしさのあまりに眠れなくなりそうだった。しかし、この恥ずかしい理由はさて置き、結夏は俺の気持ちをズバリ当ててくる。その為、彼女には『察し』のスキルがあるのだと俺は思うのであった。山寺を出る6時間前の話である。
(第十七幕.完)