第十八幕!法王降臨
文字数 11,132文字
奥の院から出て階段を下りる。昨日まで毎日辛い思いをしながら走っていたというのに、いざお別れとなると込み上げるものがある。とはいえ俺は、山を降りている最中は昨晩のことで頭が一杯で、時たま階段を踏み外しそうになってはカネスケに支えてもらっていた。
駐車場に着いて荷物の詰め込みを終えてから、俺は用を足しにトイレまで向かう。観光用のトイレは、予想外にも掃除が行き届いており、とても快適に過ごすことができた。旅の道中で廃墟となった建物を見てきた為、この清潔感へのありがたみは大きく、平和を感じられた瞬間の1つだ。
トイレを出て駐車場に向かおうとした時、たまたま紗宙も同じ用事を終えた所だった。ばったり鉢合わせて彼女の顔を見た時、昨日の寝言の件をまた思い出して目を合わせられない。彼女が不思議そうな顔でこちらを伺ってきたが、あまり会話の無いまま駐車場の方へ歩いた。
しかし、平穏は突然崩れ去ることになる。寺の正門の方から見覚えのある袈裟を着た大柄の僧侶と、何人いるかもわからない多勢の白装束達がこちらへ向かって歩を進めてくるのだ。
俺はその僧侶の正体を知っていた。テレビでも見たことのあるその憎たらしい顔は、まさに土龍金友本人であった。
◇
恥ずかしさなど忘れて紗宙の腕を掴むと、全力で駐車場まで走ろうとする。しかし、金友の手下が一斉に発砲した銃弾が俺の足をかすり、俺と紗宙は転倒。運よくその一発しかかすらなかったが、俺達2人は銃口を突きつけられ、その場を動けず助けも呼べない状況に陥ってしまう。
金友は、俺達のことをゴミを見るような目で見下しながら、薄気味悪い声で言う。
「逃げても無駄だ。お前のことは調べさせてもらった。」
刃のような目つきで金友を睨みつけるが、彼が怯むことはない。馬鹿にしたような不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「北生、お前の目的はなんだ?」
恐怖で上手く言葉が出てこない。金友の目は徐々に険しくなり、俺を絶望へと飲み込もうとしていた。すると震えが止まらない俺の手を、紗宙が強く握りしめる。その暖かい温もりを感じ、萎縮していた心を我に帰えすことができた。
そして、過呼吸になりつつある喉を酷使して、無理やり声を振り絞る。
「この世界を...作り変えることだ...。」
すると金友は、馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばす。
「それは我が神から授かった使命だ。お前らは道を阻む虫ケラどもにすぎん。生きている価値など更々無い奴らに国が変えられるか。」
俺は、呼吸を整えるのと同時に、彼の気持ち悪い発言に何故か腹立たしく思い、勢い任せで言い返した。
「あるね。お前がデタラメと暴力で汚したこの世界を、作り変えるっていう使命がな!」
「お前は何を言っているのだ?力が支配するこの世界を変えるには、その力を超える強力な力という鎮痛剤を打ち込まねばならんのだ。そして無に帰してから、新しい形を作ることこそ、国が完全なる生まれ変わりを果たす時なのだ。そう第二次大戦の時のようにな。そして、その考えや私が神から受けた世界を救う啓示に、多くの日本国民が賛同してくれただけだ。一時的な武力制裁と大多数の協力は、この国の為にも必要不可欠なことなのだ。」
怒りが益々蓄積していく。昔から俺は、宗教を信じる奴と不良が大嫌いだった。こういうカスの発言を聞いていると、胸糞悪くなってくるのだ。
「都合の良い解釈だな。多くの人間を自分たちの都合で殺害、弱いものを拉致、殺した挙句に人体実験に使う。そんなの鎮痛剤でも正義でもなんでも無い。お前の快楽殺人だ!!」
「神の道を阻む癌細胞の滅殺は我の願い。即ち日本国の再建の為の工程にすぎん。人体実験は、彼ら一人一人の聖戦であり、人間社会の将来のために自らの身体を捧げたに過ぎぬのだ。お前はそんなこともわからんのだな。愚かな若造よ。」
俺は、金友に反論しようとしたが、それよりも先に紗宙が感情を抑えられなかったようだ。
「ふざけないでよ!くだらない妄想のせいで、どれだけの人が悲しい思いをしてるか知らないくせに!子供狩りも教団が支持しているんでしょ?日本の癌細胞お前だ!父さんと母さんを返して!!」
金友は、目を真っ赤にして気持ちを吐き出す彼女のことを、ゴミを見るように笑う。
「ふふふ。女、お前は癌細胞の娘ということだ。」
金友が紗宙を指差すと、信者の1人が銃弾を発砲。俺は、咄嗟に紗宙へ覆いかぶさる形で彼女を庇うが、銃弾は背中にヒットしてそのまま倒れ込んだ。
「蒼!大丈夫??ねえ、蒼!」
一瞬死んだかと思って気を失ったが、彼女に揺すられたことで意識を取り戻す。銃弾は命中したものの、念を入れて服に鉄板を仕込んでおいたので、致命傷には至らなかった。とはいえ、命は助かったものの状況は何も変わらない。奴らがまた俺達2人に銃を突きつける。
「無駄な足掻きはよせ。遅かれ早かれお前達は死ぬ。抵抗したところで苦痛を味わうだけだ。」
言葉を発しようとすると、教団信者が紗宙に対して引き金を引こうとしてくる。下手に動けば彼女が射殺されてしまう。反論すらできない状況に陥っている俺をあざ笑うかのごとく、ゆっくりと金友が近づいてくる。俺は、紗宙を守るような体勢で金友を必死に睨みつけた。そんなちっぽけな抵抗しかできなかったのだ。
何もできない俺たちを出し抜くように、金友が容赦なく信者達へ命令を下す。
「この2人は我に任せよ。お前らは、寺の中にいる虫ケラの仲間を探し出して殺せ!また、この寺に関わった全ての人間も、こいつらに加担したとみなし殺害を許可する!!全員殺したらこの寺に火を放て!!!」
信者達が威勢の良い声をあげ、一斉に行動を開始した。彼らは、目につく限り、時に拳銃で、また時には集団リンチで、老若男女問わず殺害していく。
「クソが!止めるんだ!」
口答えをした俺の腹を、金友の前蹴りが貫く。血を吐きながら吹っ飛ばされ、あまりの痛みにその場を動けない。金友は、紗宙を無視してこちらへ向かってくる。恐怖のあまりに、さっきまで感じていた痛みすら引いて震えが止まらない。
「お前が愚かな行動を起こさなければ、ここにいる全員が死ぬことはなかったのにな。お前はある意味悪魔だ。死刑に値する。」
何も言えず、ただ恐怖に浸ることしかできない。目の前まで来た金友が硬い拳を振り上げた。指には鋼鉄の指輪がつけられており、あの圧倒的なパワーで硬い拳が顔面に入れば確実に死ぬ。そう思った俺は、顔面を手で覆う。こんなことをしても無意味なことはわかっているけど、怖くてこれしか思いつかない。
「これが運命の裁きよ。受けるがいい。」
彼が拳を振り下ろそうとする。ヤバい、誰か助けて、死にたくない。心の中で足掻き散らした結果かわからないが、奴の後ろで紗宙が叫んだ。
「動かないで!!」
彼女は、銃口を金友の後頭部に向けた。金友が一瞬動きを止める。そして振り向くと、醜悪な目つきで彼女を睨む。
「なんと気の強い女だ。これが革命団の女戦士という奴か。」
だが彼が拳を下ろすことはない。紗宙は、銃を力強く構え、一歩たりとも動かない。
「構わん!撃ってみよ。」
どういうことだろうか。金友は後頭部に防具すらつけていない。それなのにこの余裕は、何か裏があるのだろうか。
「どういう意味だ?」
俺の問いかけに対して、金友がニヤリと笑う。
「こういうことだ。」
彼は、渾身の一撃を俺に振り下ろした。それと同じくして、紗宙も引き金を引いた。彼女の方が少し早かったが、ここで妙なことが起こる。放った銃弾は、金友の後頭部を直撃したにも関わらず、貫通しないばかりか弾き返されてしまった。
呆然とした俺の顔に、彼の凄まじい拳が直撃。数メートル吹っ飛んでコンクリートに叩きつけられた。その俺の顔を、今までにない激痛が支配する。おそらく鼻の骨が折れたのと、頭蓋骨にヒビが入ったのかもしれない。うずくまる俺に迫る金友。またしても俺は、もう辞めてくれ、もう辞めてくれよと心の中で叫びながら、その場の空気に耐えた。
「しぶとい虫だ。そんなに死ぬのが怖いか。」
這いつくばる姿をあざ笑うかのごとく、彼が俺を見下してくる。俺には、どうしたらいいのか考える余裕すらなかった。
そんな俺から、なんとか金友を退けようとする紗宙。彼女が必死に抗戦するものの、奴に拳銃は効き目はない。俺は、奴がサイボーグにしか見えなくなった。
必死に抵抗する紗宙を、他の信者が撃退しようと銃を構えた。その時に俺は、金友や痛みのことなど忘れて懐の拳銃を構え、信者を射殺した。数秒遅れていたら、紗宙は殺されていただろう。
息を撫で下ろしたのも束の間である。金友が身体を紗宙の方へ向ける。
「自分の命よりも、あの女が大事か?」
「俺はリーダーだ!仲間は誰1人として殺させない!」
「そうかそうか、それは立派なことだな。では、我からあの女を守ることができるかな?」
金友は、気持ち悪い笑みを浮かべながら、紗宙へ近づいていく。
「嫌!来ないで!!」
彼女は手の震えを抑えながら、銃口を金友へ向ける。そんな紗宙には考えがあった。
いくら硬い身体をしていても、目は硬くないはずだ。それに目以外にも鍛えて硬くならない場所はいくつか想定できる。そこを狙っていく戦法だ。
「あの無様なリーダーよりかは、頭が回りそうな女だな。しかし、どんなに顔が良かろうが頭が回ろうが、我に刃向かった時点でこの世では役立たずなのだ。」
彼女は、早歩きで接近してくる金友を寸前まで引き寄せてから、目を狙うと見せかけて耳をめがけて銃弾を放った。だが金友は、それを軽々しく避けると彼女の拳銃を奪い取る。そしてなんと、片手で握りつぶしてしまった。
ぐしゃぐしゃになった拳銃が、コンクリートの上に落ちた。ガシャっという音とともに、部品が損壊。それはまるで、希望を握り潰されたかのようだ。彼女は、その圧倒的な力の前に絶望して、その場に尻餅をついた。そして金友は、拳銃を握りつぶしたその重たい拳で、魂が抜けたような彼女の頰を殴り飛ばす。それから恐怖を煽るように、地面を踏みつけながら近づき、倒れた彼女をグリグリと踏みつけた。
俺は、その残酷な光景を見て、恐怖以上に怒りを覚える。そして勇気を振り絞り叫ぶ。
「その人から離れろ!!!!!」
金友が俺の言葉に耳を貸すはずがない。彼は楽しそうに、ニヤけながら彼女を踏み続ける。
俺は痛みを抑え込むと、我を忘れたかのように金友に飛びかかった。叶うはずがないことくらいなんとなくわかるけど、俺が死んでも戦わなければ、彼女を救うことはできない。
拳を構え、殴りかかるフリをする。しかし意味をなさないことくらいなんとなくわかる。だからこそ、殴りかかるフリをして突き飛ばす作戦だ。全体重かけて突っ込めば、いくら奴が強いとはいえ、彼女から離れざるを得ないはずだ。息を吸い、大声を上げながら突っ込んでいく。
だが、奴の考えはその上をいくものだった。攻撃をすんなりとかわし、紗宙から離れたのだ。勢い余った俺は、彼女の前ですっ転び、擦り傷と好きな人の前で恥をかくという心の傷を負う。
でも、そんなこと以上に彼女が心配だ。俺は痛みなど忘れて起き上がり、蹲る彼女に声をかける。すると彼女は、痛みを堪えながら顔を上げた。口から血を流し、苦しそうな表情を見せるその姿があまりにも残酷で、人を平然と痛めつけておいて日本を平和にすると語る金友への憎悪を更に湧き立てる。
俺は、手を差し出して起き上がらせると、彼女に言い聞かせる。
「こいつは俺がやるから、早く先生たちの元へ逃げろ!」
「蒼を置いていくことなんてできない...。」
「俺を誰だと思ってる!あとから必ず追いつくから!早く!!」
最高にイキった発言だ。後から後悔することは間違いない。でも、俺にはもう後がないかもしれない。だから最後まで少しでも彼女の前でカッコ良くいたかった。
「でも...。」
そのやりとりを聞いていた金友は、馬鹿にしたように笑いながら、こちらへまた近づいてきた。
「お前らの大好きな先生は助けに来ないぞ。今ごろ我が親衛隊100人の手で火炙りにでもされてるだろうな。」
先生の助けを借りられない。心のどこかで期待していた希望の星が流れていく。
「くそ、こうなったら倒すしかないか。」
しかし、拳銃も通用しないような化け物に、一般人の俺がどう対抗してゆけば良いのかわからない。そんな時、頭を抱えて思い悩む俺に紗宙が提案する。
「とりあえず、同じ箇所へ集中的に狙うのはどう?」
「そうか!どんなに硬い筋肉の持ち主でも、筋肉は筋肉だ。必ず限界がくるってことか!」
「うん。とりあえず先生たちが来るまでは、それを続けるしかないね。」
「そうだな。先生のことだから100人くらいすぐ片付けてくれるか。」
気を取り直すと、改めて前方の金友に目を向ける。彼がこちらを恐怖を煽るように接近する。俺は、予備の拳銃を紗宙に渡し、周囲の信者たちを彼女に任せた。そして自らの拳銃から弾を抜きバレル側を握りしめると、グリップを鈍器とする形で金友に殴りかかった。
金友は攻撃を鮮やかにかわしながら、強力な打撃や蹴りで対抗してくる。俺もそれをかわしながら、金友へ向けて拳銃を振り回す。紗宙は、見事な銃さばきで次々とヘッドショットを決め、敵の白装束どもを撃ち殺した。
俺は必死に銃を振り回して、ようやく金友の鎖骨に会心の一撃を決め込んだ。奴が一瞬怯んだように見えたが、大打撃には至っていない。しかし、化け物みたいに強いとはいえ、奴も人の子である。いくら鋼鉄のごとき筋肉を持っていたとしても、薄い部分は多少なりとも痛みを感じるのだろう。
味をしめた俺は、一瞬の間に弾を仕込むと脛めがけて引き金を引いた。馬鹿でかい音とともに銃口を発した弾は、彼の脛に命中した。もちろん脛も硬く銃弾を弾き返されたが、傷口から多量の血液が出血しており、ようやく奴に一撃を食らわせたような気がした。
だけど、その希望は一瞬にして絶望へ落ちた。金友は、まるで傷などなかったかの如く動き、俺の続きの攻撃をかわす。それから、鋼鉄の拳で俺の腹をぶん殴る。俺は、泡を吐きながらその場に倒れ込む。意識はあるが、言葉では表現できないくらいの途轍もない痛みに悶え苦しんだ。
「たかが傷一つ負わせただけで、勝ったつもりか。」
彼は、足を思い切り振り上げると、何度も俺の顔や上半身を踏みつけた。靴に鉄が仕込まれているため、もはや生きた心地がしない。俺を助けようと、紗宙が金友にタックルをする。だけど金友は、飛びかかってきた彼女の顔を鷲掴みにして強く握りしめる。彼女が何とか手を振りほどこうともがくものの、金友の握力は並大抵のものではない。ただ無駄に、体力を消耗するだけだあった。
金友の腕の力がより強くなるにつれ、紗宙がうめき声をあげた。俺は、首を思い切り踏みつけられていて、息をすることすら容易ではない。そんな俺たちを彼は見下す。
「さあ死ね。神の裁きを受けるのだ。」
俺は首、紗宙は顔をあと少しで潰されてしまう。
もうダメなのか。首の骨からメキッと音が聞こえたような気がした。息が続かなくなり、頭に血が昇る。熱い、痛い、苦しい。涙ながらに金友に助けを請いたいが、それをしてしまえば俺の命だけでなく、精神まで死んでしまう。それだけは避けたい。生命の危機なのに何故かそこだけは譲れなかった。俺は負け組になりたくない。彼女の前で恥をかきたくない。だけど現実は現実で、もう息が続きそうになかった。
◇
そう諦めかけていた時、どこか遠くから誰かがこちらへ向かってくる足音が聞こえた。1人ではなく、数人の駆け足が徐々に近づいてくる。意識が飛びそうになるなかで聞こえてくるその声は、革命団のメンバー達であった。
典一と和尚が二人掛かりで金友に殴りかかる。金友は、典一の拳を片方の手で抑えたが、両手両足ふさがった状態となり隙ができた。その開いた腹部に、和尚が強烈な蹴りを打ち込んだ。金友は、平然と耐えたかのように見えたが、俺の首から足を退ける。和尚がさらに攻撃を繰り返し、金友の至る所に強烈な一撃を加えていく。すると金友は徐々に後退していき、馬鹿にならない力で典一を和尚へ投げ飛ばして自分の身を守る。和尚は、典一を軽々しく受け止め、そして金友に言う。
「その身体。貴様、『硬化』のスキルを身につけておるな。」
「何を言っているのかわからん老いぼれだ。」
「神の名を借りて悪行を働くお前は、仏の名においてワシが成敗してくれるわ。」
「何とでも言うが良い。仏など虚構だ。この世の神は、宇宙神ヒドゥラと、その生き写しである我しか存在しない。」
和尚が鋭い目つきで金友を睨む。おそらく彼は、次の技で金友を殺害するつもりなのだろう。だが金友は、冷静を失わない。
「お前たちが死を認めなければどうなるかわかるか?我が弟子たちが、この寺にいる全ての人間に、貴様らと同罪とみなして制裁を加えることとなるぞ。」
俺たちが周囲を見渡すと、寺の一角から火の手が上がり、各所から銃声と悲惨な断末魔、爆発音が聞こえてくる。
「死にゆく者たちがどうしてこうなったかわかるか?そうだ、お前たちが原因でこうなっているのだ。お前たちが神に逆らわなければ、このようなことにならなかったのだ。」
俺は、怒りとともに罪悪感を感じてしまう。これまでも世間を巻き込んだとはいえ、身内と公的機関、明らかに日本国に反旗を翻している者たちだけである。だがここにきて、ついに無関係の市民も巻き込むことになったのだ。
金友が笑みを浮かべながら俺の方を見てくる。俺は、自分の心を見透かされているような気がして、物凄く気分が悪くなる。しかし、そんなことで嫌悪感を抱いている場合ではない。紗宙がまだ奴の手元にいる。どうしたら助け出せるのかを考なくてはならない。
俺たちと金友が睨み合う中、ようやく先生がやってきた。金友は、動揺しているのか、表情が冷静に変わる。
「土龍金友。あなたの配下は一掃させて頂きました。」
「ほお、この数分の間にか。さすがは諸葛真、全知全能と呼ばれただけあるな。」
「よくご存知で。しかし、あなたは私たちを侮りすぎていたようだ。この寺には、そこの和尚に鍛えられた多くの修行僧がおり、皆が武術に精通している。そして、それを指揮しているのはこの私だ。いくらあなたが権力者で頭が切れて武に精通していようと、部隊を上手く動かしていくところにおいては、私の足元には及ばないでしょう。」
「ふ、何が言いたいのだ。」
先生が金友の背後を指差す。
「後ろをご覧あれ。あの汚いキャンプファイアーを。」
金友が振り向くと、寺の駐車場の方で爆音とともに激しい炎が燃え上がっている。
「あなた達が使用した車両は、全て私の信頼している仲間に葬ってもらいました。あなたは助けてくれる仲間もいなければ、逃げ場もないでしょう。」
金友が悔しそうに歯を食いしばり黙りこむ。これが因果応報と言うやつなのだろうか。先生は、金友が行った仕打ちを、そっくりそのまま返してしまったのである。ただ、彼が手を緩めることはない。そこへ王手をかけるように追い討ちをかけた。
「土龍金友、革命団はあなたに降伏を要請します。断れば、和尚と典一、そして私たち全員であなたに死の制裁を加えます。」
「鬼神の如き采配だ。だが、お前は肝心なことを忘れている。」
そう苦し紛れに言うと彼は、紗宙の首を思い切りしめた。すると彼女が苦しそうな声で助けを求める。俺は、いてもたってもいられず、必死に静止を求めた。
「やめてくれ!!」
そう叫んだが、少しでも歯向かえば彼女の命が無い。俺以外の仲間達も、金友が紗宙を人質にとった時点で何もできなくなった。
でも、先生だけは違う。冷酷に、そして無機質に金友を刺激し続けるのだ。
「私にそう言う小細工が通用するとでもお思いか?」
先生が躊躇なく銃を金友へ向ける。彼の目は座っていて、情を持たない真顔を貫く。俺は、先生を止めに入ろうと、重い痛みを我慢してふらふらになりながら立ち上がろうとする。
一方の金友は、できるものならやってみろという目つきでこちらを見ている。
「諸葛真。お前がその気でも、リーダーはそう思ってないようだな。」
「たとえリーダーに嫌われてでも、やらなくてはならない時があるのだ。」
先生が止まることはなく、引き金に手をかけた。典一が先生を諌めようとしたが、彼の耳には届いていない。俺は、ようやっと立ち上がると、先生と金友の間に入る。
「先生、紗宙を殺さないでくれ!金友は俺が何とかするから、だから銃口を降ろしてくれ!」
俺は泣いていた。何もできず、金友にやられぱなしで、大好きな人まで奪われ、助けてくれた先生の邪魔までしないといけない。今の自分が、不甲斐なくて悔しかった。
そんな俺を見た紗宙は、力尽きそうな声で言う。
「蒼、もう大丈夫だから。私のことなんて忘れて、これからの為の決断をして。」
それからゆっくり目を閉じて、今度は先生に思いを伝えた。
「先生、みんな、本当にありがとう。たかが数ヶ月間だけど、人生で一番激動的な毎日で大変なことばかりで、それでも私は楽しかった。私は死んでも良いから、早く金友を討ち取ってこの国を平和に導いて。」
先生は、依然として銃を下さない。しかし、彼の目元が若干涙ぐんでいるようにも見えた。俺は、悔しくて感情的に彼女へ訴えかける。
「大丈夫だ!俺が絶対に助けるから!!」
金友は不敵な笑みを浮かべながら、意見がぶつかり合う俺たちを見下している。先生は何も言わずに俺を見つめ、右手で銃を持つ左手を抑えると、さらに鋭い構えで金友に狙いを定めた。
金友が紗宙の首を掴み、彼女を盾がわりにしてみせる。俺が金友のところへ突っ込んでいこうとすると、彼は紗宙の首に強く握りしめる。それ故に、身動きをとることが一切できなくなった。
◇
この状態が数分続いた時である。軍用のヘリコプターが、上空からこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。そのヘリの側面には、教団のエンブレムが刻み込まれている。轟音とともに頭上に近づいたヘリからは、梯子のようなものが下され、白装束の信者が数人おりてきた。
先生は、金友が逃げる前に射殺しようと引き金を引く。しかし、俺が先生に体当たりをしてその行為を邪魔してしまった。
弾が金友と紗宙の真横を通り過ぎ、どこか彼方へ飛んでいった。あと数ミリずれていれば、金友は死んでいた。しかし、同時に紗宙もこの世にいなかっただろう。死に損ないの金友が、哀れな俺たちを見ながら嘲笑う。
「北生蒼。今日のところは見逃してやるが、この女は我が頂いた。取り返したければ仙台まで来い。」
そう言い残し、金友が紗宙の首を締めて気を失わせ、そして弟子達とともに梯子を伝ってヘリに乗り込んだ。その軍用ヘリは、山寺各地に空爆を行うと、遥か東の空へ瞬く間に消えていった。
◇
町の住人達は、教団の焼夷弾による空爆によってパニックに陥り、炎上している場所を避けて寺の中に入ってきた。周りの人間は、消化活動やケガ人の救護に当たっている中、大切な人を奪われた俺も絶望に打ちひしがれていた。
「リーダー、彼女は死んだわけではないのです。それに奴の目的は、我々革命団を全滅させること。私たちが諦めない限り彼女は殺されないでしょう。まずは気を取り直してください。」
先生の声ですら素直に聞く気にすらなれない。自分自身のことなんかよりも、断然彼女の命の方が大事だ。命よりも大切な物を圧倒的な力により奪い取られた絶望は、俺から自信と希望を奪いとる。
「そんなことわかってる!!わかっているけど、俺は彼女を助けられないばかりか、先生の邪魔までしてしまった...。ただの足手まといじゃないか。」
また先生に当たってしまった。いつものように罪悪感にかられる。しかし彼は、感情的に怒鳴り散らかす愚かな真似は一切しない。優しく、そしてポジティブに諭してくる。
「私があそこで金友を撃ったところで、紗宙は死んでも金友は生き延びる可能性だってありうる話です。そうなった場合、紗宙を殺させなかったあなたの行動は、リスクの回避に繋がったでしょう。それにあそこで紗宙を殺していたら、革命団の絆に傷を残していました。そう考えたら、あれはあれで良かったのかもしれません。」
目の前では、大規模な消火活動が行われている。官軍を頼ることができない今、ボランティアで集まった住民と地元の消防団が、試行錯誤を繰り返しながら火災に挑んでいた。
俺はそれを眺めながら思うのである。先生の言葉は、まさにその消火に使われている水みたいだと。他人の話が入ってこないくらい、黒い炎で燃え上がる俺の心へ、優しさという光で消火活動を行なってくれる。彼は心の消防団だ。
「そうか。そう言ってくれるとすごく助かる。」
「それよりもこれからどうするかです。まずこのお寺に関しては、仮に教団や官軍に襲撃されたところで、和尚やその他武闘派の僧侶達が守ってくれているので大丈夫でしょう。難題はどうやって紗宙を救出して、仙台を脱出するかと言うところなのです。」
「先生は何か、仙台に関する情報を知っているか?」
「ええ。現在の仙台は、東北で数少ない日本国の統治が行き届いている区域となっております。
故に人口は集中しており、街が繁栄しております。特徴的な部分は、市内各地に防壁が築かれ、暴走神使ら暴走族から住民を守ることのできる、戦闘向き区画整備が行われております。その為、難攻不落の杜の軍都とも呼ばれております。」
「街を守るのは自衛隊か?」
「いえ、仙台官軍でございます。」
「更に厄介だな。」
「彼らは、国家から自衛隊の代わりとして、南東北の統治を委託されています。ですので、官軍の中でも優れた軍備と戦闘力を保持しております。一寸たりとも油断はできません。」
「難易度が高そうだけど、紗宙を死んでも助け出す。だから俺は、仙台の教団支部を目指す。みんなは納得してくれるであろうか?」
先生は、清々しく笑うと、一切文句を言わずに受け入れてくれた。そこが彼らしいというかなんというか。本当は行きたくないのではと問いただしてみる。だが彼は、ただ従順にこう言うだけだった。
「私は、リーダーが行くと言うのであればお供いたします。」
「そうか、先生がいてくれれば心強いな。早速みんなに聞いてみるよ。」
こうして俺は、先生を味方につけたことで自信を取り戻し、一人一人にこの話を振ってみる。誰か批判してくる人が出てもおかしくないのではと思っていたが、みんな思いの外に快く受け入れてくれた。きっと仲間を助けたいと言う熱い気持ちは、みんな一緒であったのだろう。
◇
翌朝。俺たちは、戦いの傷は癒えていないが紗宙を救出するために、金友の待つ仙台へと旅を進めるのであった。
それから心強いことに、和尚も仙台までは同行してくれる事になる。理由を尋ねると、俺たちのことを気に入ってくれていたからだという。お気に入りの弟子と思ってくれたからこそ、この危機を放ってはおけないのだそうだ。
新しいメンバーも増えた俺達は、果たして悪の元凶から彼女を助け出すことができるのか。残暑も落ち着きを見せ出す秋頃、過酷な旅が始まりを告げた。
(第十八幕.完)