第二十二幕!古川攻略戦
文字数 9,907文字
住民達は慣れない戦闘に疲弊していたが、いつ奴らが襲来してもおかしくない状況の中で、ゆっくり寝れた者はいなかったという。臨戦の空気が漂う中で、先生が安心したような顔でこちらへ来た。
「朗報がございます。」
「なんだ?こんな時に?」
「新潟官軍が、山形市から仙台官軍を追い払い、街を占領下に置いたとのことです。」
これは驚いた。俺は、新潟官軍がもうそこまで動いていた事を全く知らなかった。
「先生が手を回してくれたのか?」
「さようでございます。報告せずに事を進めてしまい、申し訳ございません。」
先生は、仙台官軍と教団はつながっていると読んでいるようだ。その上で立石寺が土龍金友に襲撃されたあと、このままでは我々と関わった人間や住民達の安息の地がなくなってしまうと考えた。そこで、秋田公国を牽制するために下越地方に駐屯していた新潟官軍の部隊に、山形市を占領できないかと申し立てたのだそうだ。
彼が俺に内緒で事を進めたことに関して、特に詰めるつもりはない。しかし、時折先生の力が恐怖に感じることがある。彼は、どこまでのことを知り、どこまでのことを考えているのか、わからないことが怖かった。
それはさておき、紗宙救出作戦や暴走神使との抗争で、他の誰かを巻き込みたくはない。
「これからの戦いは、俺たち青の革命団だけで進めよう。」
「確かに、その方が良いですね。」
「新潟官軍にここまで来てもらい、住民達を保護してもらうことはできないか?」
「それは良いお考えです。早速連絡を取らせて頂きます。」
すると彼は、その場で新潟官軍本部へ電話連絡を入れた。きっとこのことも想定していたのだろう。電話をかけて2コールもしない内に連絡がつき、スマホの向こう側から懐かしい糸木の声が聞こえてくる。そして、二つ返事で了承をもらえたのだった。
「どうやら、糸木殿率いる第一部隊がここまで駆けつけてくることになりました。しかし、3日ほどお時間を頂くとのこと。」
「3日か。奴らがいつ報復に来るかわからない。かと言って、俺たちにはここに3日も残る余裕はない。さあどうしようか。」
「住民達と相談してみましょう。」
そして、俺と先生が住民達の元へ歩み寄る。住民達は、気絶から目が覚めたズミールと何か会議をしていた。俺たちがその輪に近づくと、ズミールもこちらに気づく。
「あのさ、住民の中で腕っ節の強い奴を集めて、大崎蔦馬を討ち滅ぼしに行こうって考えているんだ。お前らも一緒に来てくれないか?」
ズミールの妹は、それを止めて欲しそうな目でこちらを見てくる。
「そのことなんだけど、俺たちと協力関係にある新潟官軍が山形市を保護下に置いた。そして、連絡を取ったところ、お前や住人達を保護してくれるというんだ。」
官軍が協力してくれることが、どれだけ心強いのとか。住民達の間で喜び混じりの歓声が沸いた。
「そして、保護部隊は3日後に錦ケ丘へ到着する。それまでここを死守してくれないか?」
周囲の高揚感とは逆に、ズミールだけ不服そうに顔が暗い。
「保護の件は感謝する。けど俺は、龍二を置いて1人だけ助かるなんて真似はしたくない。」
「大丈夫だ。俺たちがお前らの代わりに大崎蔦馬を討伐する。そして龍二やその一族を救い出す。」
「ダメだ。それはこっちの問題だから、俺もいなきゃ意味ないだろ。」
俺と彼の意見は平行線だ。確かに彼がいれば心強いが、せっかく助かった命である。大事に妹の為に使ってやって欲しかった。
俺と彼が無言のままガンを飛ばし合っていると、カネスケが間に入る。
「こうなったら、連れて行くしかないんじゃないか?」
「相手はただの暴走族ではない。県を壊滅させるほどの力を持った武装集団だ。これ以上無駄に死傷者を増やすわけにはいかない。」
カネスケは、同調しつつも意見を述べてくる。
「それはわかるよ。わかるけど相手は大人数。こっちも人数揃えて行った方が良いと思うぜ。それに俺たちは、少し戦闘経験があるってだけで素人とあまり変わらない。だからこそ戦力は多い方が心強い。」
「戦えない人たちはどうする?ここへ置き去りにするのか?」
「そうか...。ならせめて、ズミールと銃が使える4人だけでも連れて行った方が良いんじゃない?」
「そのメンツが抜けたら、それこそここが危うくなるだろ。」
浅はかなことを言うカネスケを詰める。彼もまた、何かを言い返そうと口を開こうとする。その時、住民の1人が声を上げた。
「錦ヶ丘は、俺たちに任せてくれ。」
お前らに何ができる。昨晩の勝ち戦でイキリ立っていた俺は、鼻にかけるような態度で彼らを見ていた。すると、他の住民達も同じように、町は自分達で守るから大丈夫だと、言葉を投げかけてくれる。
彼らは、心の底がドス黒い俺に対しても、救世主だと言ってくれたり、また何かあったら任せてくれと言ってくれる。そう言う言葉をかけられると、どうした物かと考え込んでしまう。
そんな俺を見かねたカネスケは、少しためを作ってから、さっき言おうとしていたことを吐き出した。
「蒼、忘れるな。彼らは俺たちよりも大人だ。様々な苦難を乗り越えてきた人生の先輩だ。恐怖から解放され、彼らが自分たちの足で立てるようになった今、その言葉は信頼すべきだと思うぜ。」
それを聞いて俺は気付かされる。こういう特殊な毎日を過ごして行く中で、自分たちが特別すごい人間なんだと思い込んでいたことに。
俺は、張りのある声でここにいるみんなへ向けて宣言する。
「ズミールと猟師3人、プロゲーマー、そして青の革命団!この計12人で古川を攻略し、大崎蔦馬を討ち、龍二とその関係者を救出する!」
すると、そこにいた全員から歓声が上る。みんなきっと、山形市へ逃れることができる安堵心と、憎き暴走族へ鉄槌を下す時が来た高揚感で、これまで押さえつけられてきた気持ちが、一気に解放へと向かったのだろう。
「そうこなくっちゃ!!」
その解放感を感じているのは、住民達だけではない。ズミールも拳を握りしめてガッツポーズを取っていた。
俺は、改まって先生へ尋ねる。
「新潟からの保護軍は、そう長く錦ケ丘に駐屯できないと思う。それに紗宙のことが心配だ。3日以内に古川を攻略できるか?」
無茶な要望だが、先生ならなんとかしてくれるはずだ。当然のごとく問いかけると、当然のごとく答えが返ってきた。
「暴走族の駐屯地など1日あれば攻略できます。奴らが動き出す前に、古川へ向かいましょう。」
「すごい自信だな。また軍師としてその腕を遺憾無く発揮してほしい。」
先生が誠実で力強く返事をしてくれる。俺よりも能力があるのに、俺を立ててくれる。初めの頃は違和感があったが、今では違和感すらありがたく受け取れるようになっていた。そして俺は、この時ぐらいから、先生のことを無意識で軍師と呼ぶことが多くなっていた。
◇
宮城県北部の街『古川』。ここは、暴走神使の宮城県支配に置いて、重要な拠点の一つである。そしてここを守っているのが、暴走神使七雄の1人であり、古川ブラッドキングの総長の大崎蔦馬である。
彼は元々、仙台でギャル男モデルをしていた。だが、東北で暴走族が勢いを増すと一転して地元へ戻り、様々な人脈と策謀を駆使してブラッドキングを立ち上げた。それから、いち早く暴走神使に取り入り、宮城県北部で一大勢力を築き挙げた男である。欲しいものを手にいれるためならどんな卑怯な手でも使い、龍二など強い人間は親族を人質をとって配下に加えた。そして、悪事を繰り返させることで、自分の下から抜け出させないようにするなど、恐怖によって配下や人々を支配していた。
住民軍との戦いから戻った龍二は、そんな蔦馬から呼び出しをくらう。龍二が総長の館へたどり着くと、いつも以上に武装した隊員達がたむろしていた。それから蔦馬の部屋に入ると、鋭い目つきの蔦馬と側近である宇野の姿があった。蔦馬は、いつも通りのイケメンスマイルを浮かべている。
「なんでお前をここへ呼んだかわかるよな?」
龍二は、顔色一つ変えず、ただ当たり障りのなくいつも通り振る舞う。
「先日の戦いのことですか?」
「おう、その通りだ。お前の噂はよく耳にしている。」
「命を張って哀子さんを守り抜きました。」
すると、蔦馬の感情が突如として沸点に達する。テーブルを思い切り蹴っ飛ばし、机の上に置いてあった灰皿が吹っ飛んだ。
「そんなことじゃねーよ。バカかおめーわ。」
龍二は、焦りを表に出さず、ただただ彼と視線を合わせ続ける。
「何か失態をしましたか?」
「住民や対抗勢力の人間を殺さずに逃がしていること、俺が知らないとでも思ってんのか。舐めてんじゃねえぞ!!!」
「そんなわけないですよ。そんな偽善者みたいなことした覚えはないです。」
「嘘つくな。そこの宇野が目撃したと証言している。」
横の壁にもたれかかりながら、龍二を見下すこの男は宇野民部。彫刻を集めるのが趣味の金持ちの家に育ったボンボンだ。人の話を他人にすぐチクって立場を守っているクズのくせに、人望が厚いあたりが気に食わない。奴も同じく龍二を気に食わないと思っているからか、特に龍二の話したことはすぐ他人にチクる。正直言ってゴミだ。
「宇野の見間違えです。」
「さあ、それはどうかな?」
宇野が嫌味たらしく、ずかずかと会話へ入ってきた。
「おい龍二、虚言癖はそのくらいにしておけ。お前は裏切り者なんだよ。」
頭に来た龍二は、宇野を怒鳴りつける。
「てめーいい加減にしろよ!!」
宇野はヘラヘラ笑っている。奴は最近、彼女と婚約したからか知らないが、有頂天になってますます嫌な奴になっていた。
蔦馬は、宇野へ怒りをぶつけた龍二の鼻をへし折るように、罵声を彼へ投げつける。
「お前が黙れよカス!」
そして、蔦馬が合図をすると、彼の部下が部屋に何かを運んできた。その何かは、顔がボコボコに膨れ上がり、誰だかわからない2人の人間であった。
「なあ龍二、こいつら誰だかわかるか?」
龍二は、その人たちをじっと見る。そして誰だかわかった瞬間、絶望に身体が包まれた。その正体は、彼の両親であった。腫れ上がった瞼が目を覆い、鼻と歯がへし折られている。布切れ一枚の奴隷のような白い服は、血と汚れでドス黒く染まっている。
両親から漂う鉄の匂いを嗅がされ、悔しそうな顔をしている龍二を蔦馬が嘲笑う。
「お前が悪いんだ、お前が。」
宇野は、蔦馬に便乗して龍二の脇腹を蹴りつける。
「バカだな!ズミールを逃がさなきゃこんなことにならなかったのによ!」
「俺はそんなことしていない。あいつは戦場で行方不明になり、その後バイクが敵に奪われていることがわかった。だからあいつは、捕虜になったか戦死したんだ。勝手なこじつけで人質に手を出すなど約束が違います。」
蔦馬は、龍二を睨みながら見下す。そして龍二の父親へ近づくと、ピアスを開けてやるとかほざきながら、タバコの火を眉に押し当てた。うぎゃあああと悲痛な叫びが部屋を覆う。
龍二の顔は青ざめ、蔦馬を止めよう立ち上がるが、すぐに宇野から羽交締めにされた。
「過ぎたことをつべこべ言うなよ。」
「辞めてくれ!!なんでもするから、親父とお袋に手を出さないでくれ!!」
蔦馬は、満足そうにニヤつきながらこちらを見てくる。その汚い笑みは、まったく笑みとは言えない不気味な物で、彼の目だけは氷のように感情を持ち合わせていなかった。
「まだこいつらを生かしている理由はわかるな?」
龍二が憎しみを込めて蔦馬を睨んだ。しかし、人質がいる以上は余計な口答えができない。黙りする以外なかった。蔦馬は、この状況を良いことに、偉そうに踏ん反り返りながら、龍二へ顎で命令を下す。
「暴走神使に歯向かった奴ら、全員探し出して殺せ。そして、その死体を俺の前に持ってこい。それができたら、今回の件は水に流してやる。できなければこいつらが死ぬ。」
龍二は、ズミールの顔を思い出し、少しだけ思い悩む。そして顔を上げ、蔦馬に誓う。
「わかりました。必ず奴らに暴神天使の制裁を加えます。」
「楽しみにしているぞ。」
蔦馬がこういう時に見せる笑みは、危険な香りしか漂わなかった。宇野民部がその隣でケラケラ笑っていた。彼が龍二を罠にはめたことは、目に見えて明らかであった。
◇
青の革命団を中心に編成された大崎蔦馬討伐軍は、3台の車に分乗して古川まで向かう。敵の本拠地を攻略するにあたり、部隊を3つに分散。主力は正面から突撃して、暴走神使の駐屯部隊を抑え込む役割だ。ここには先生と狙撃隊の4人、それから和尚が加わることとなった。第2部隊は、龍二の親族やその他捕虜になった住民を救出する役割。これはカネスケと結夏と灯恵が担当する。そして最後の部隊は、大崎蔦馬、それに哀子など主だった敵将や幹部を討ち取る役割だ。ここは俺と典一、そしてズミールが担うことにした。
古川まで向かっている時、右手にどこまでも続いているかのような城塞都市の巨大な城壁が見え続ける。俺はそれを眺めてから、ヤンキーへの恐怖以上に、紗宙が無事でいてくれることへの心配の方が大きくなる。だから、何の恐怖を感じることもなく、戦闘準備に入ることができた。この時はただ、早くヤンキーどもを駆逐して紗宙の元へ向かいたい、その思いしか頭にはなかった。
古川に到着したのは、15時過ぎくらいである。奴らの文化には『今日のリンチは今日中に片付ける』というものがあるらしい。だがどうやら、俺たちの方が早かった。まさに疾きこと風の如くである。
高台の陰から暴走族の駐屯地を眺めると、奴らは遠征の準備で大忙しである。俺たちは、ギリギリまで近づき、車を加速させて一気に駐屯地に侵入。そこら辺にいたヤンキーを片っ端から殺戮する。
こんなにも早く攻めてくるとは思いもしなかったのだろう。暴走族は完全に油断しきっている。
先生率いる本隊は、詰所から慌てて湧き出てくる、ゴキブリのようなヤンキー達との混戦に突入。数は圧倒的に向こうが優勢であるが、士気は明らかにこちらが上だ。錦ケ丘の合戦とほぼ同じ状況である。だが、違うことと言えば、敵に1人だけ必死に戦う男がいることだろう。それは、もちろん龍二である。
彼は、誰かに洗脳されたかの如く俺たちに襲いかかってきた。和尚が何とか抑え込んでいるが、それすら押し切りそうなくらいの凄まじい強さで暴れていた。俺がズミールに説得しないのかと聞くと、彼は気難しそうに答える。
「俺にはわかる。龍二は監視されていて、説得に応じれば、家族が酷い殺されかたで殺される。だから和尚に頼み、しばらく龍二を抑え込んでもらうことが懸命だ。」
俺は、それを和尚に伝え、敷地に立つ高い建物を見上げた。きっとこの何処かから、大崎蔦馬が俺たちを見ている。策謀家の彼が悪知恵を巡らせる前に、早く討伐しなければ。そう思い、主力部隊以外に指令を出し、皆を早急に入り口へ突入させた。
俺の率いる別働隊は、第2部隊と共に建物の中へ侵入。強そうなスーツを着た黒人の用心棒が迎え撃ってきたが、ズミールと典一が鮮やかな喧嘩で彼らを圧倒。どんどん建物の奥へ突き進んだ。
カネスケ率いる第2部隊は、ズミールから捕虜の場所を教えてもらい、そのまま地下室へ向かう。そして俺たちは、大崎蔦馬のいると言われている最上階の部屋へ向けて階段を上がった。
◇
どでかい消防署の跡地のような広大な建物を駆け周り、ようやく最上階へ上り詰めると、蔦馬の部屋の前に、例の『男の娘』が仁王立ちで待ち構えていた。イズミルが腫れ物に触るように声をかける。
「哀子さん、そこどいてもらえないっすか?」
すると、奴がまた気持ち悪い声を発する。
「いやよー。蔦馬様は、わ、た、さ、なーい。」
それを聞いてイラついたズミールは、哀子に駆け寄って拳を振るおうとする。しかし、典一がそれを止めた。ズミールが、訳のわからない彼の制止にイラだちを募らせると、典一が彼の背中を軽く叩いた。
「この娘は俺が相手する。早くリーダーと一緒に親玉のところへ行ってくれ。」
ズミールは、拳を納めて典一に礼を述べる。そして、哀子の隙をついて俺とともに蔦馬の部屋へ突入した。
◇
部屋に入ると、大きなバスタブが用意されていて、煮えたぎったお湯がすれすれまで入っていた。その上に、天井から紐で吊るされた顔の膨れ上がった老夫婦が、途切れそうな声でもがきながら助けを求めている。その横に目を向けると、鋭い刃物を所持したギャル男ヘアーのお兄系の男が、社長椅子にふんずりかえってこちらを見ている。
ズミールは、その男と目が合った瞬間、憎しみを爆発させたような声で叫んだ。
「大崎蔦馬!!!お前を殺す!!!」
一方の蔦馬は、薬物でもやったかのような死んだ目と無機質な笑みで、こちらを観察している。
「やはり噂は本当だったか。」
そう言ってから奴は奇声をあげ、手に持っていた牛刀で老夫婦の紐を勢いよく切った。このままでは、老夫婦が茹で蛸になってしまう。
俺は、彼らを助けようと、バスタブめがけて走る。しかし間に合うはずもなく、老夫婦は煮えたぎるお湯に落下して、熱い熱いと奇声をあげてもがき回った。
俺がバスタブから助けようと近づく。すると、蔦馬は牛刀を持って襲いかかってきた。
「お前らが、噂の青の何とかっていう奴らかあーん?」
「クズに構ってる余裕はないからどけ。」
蔦馬の眉間にシワが寄り、憎き恐怖の対象である不良の顔が垣間見える。
「てめぇマジ殺すわ。」
彼の振り回す牛刀は、かわすことが何故か難しく、身体のいたるところに切り傷を負った。奴の注目が俺に向いているその隙に、ズミールが老夫婦の元へ助けに向かおうとした。すると焦った蔦馬は、俺を蹴り飛ばして牛刀を刺しの構えに持ち替える。
「ズミール。俺を止めないとこの男の命がないぜ。その顔面ズタ袋の夫婦とこいつの命、どっちを取るかな?」
ズミールが困惑している。いま助けないと、どちらかが必ず死ぬ。そう思っているのだろう。
だが不思議なことだ。彼は、親友の家族の命と俺の命を天秤にかけているのだ。普通であれば、彼にとって関係値もほとんどない俺の命など捨てて、大切な親友の親族を救う道を選ぶはずだ。でも彼は、思い悩んでくれているのだ。
嬉しいけどもどかしい。俺は、ズミールを叱咤した。
「俺は死なねえから、あの夫婦を助けろ!!」
ズミールは、蔦馬の恐ろしさを知っていた。彼の牛刀で刺されて、生きていたものはいない。彼は苦渋の決断をする。なんと老夫婦を見捨て、俺を刺し殺そうとしている蔦馬の後頭部に、ドロップキックを決めたのだ。
老夫婦の苦痛の叫びが部屋に響き渡る。それと、鉄板入りの靴で後頭部を強打された蔦馬の呻き声も同時に響いた。俺は、蔦馬の隙をついてバスタブに駆け寄り、老夫婦を引きずり出した。助ける際に、100度を超えるお湯をもろ被りしたので、俺自身も身体に火傷を追うこととなる。切り傷と火傷が混じり合った痛みはとてつもなく痛かった。
立ち直った蔦馬が、疲弊する俺を刺し殺そうとこちらへ駆け寄ってきた。俺はギリギリで牛刀をかわすと、服の裏に隠し持っていた弾が切れた拳銃のグリップ部分で、思いきり奴の目をぶん殴った。
目を潰された蔦馬は、狂気に陥り牛刀を振り回す。隙をついて、ズミールがローキックをかますと蔦馬はぶっ倒れた。俺は、倒れた蔦馬から牛刀を奪い取り、彼の全身を滅多刺しにして挙句の果てには死体を担いで窓から投げ落とした。その死体は、主力部隊と族の駐屯部隊が混戦する戦場の真っ只中に落下。粉砕してグシャグシャになった。
これがきっかけで、大将が死んだとわかった暴走族側の士気は乱れに乱れ、後半戦は圧倒的優勢で討伐軍の勝利で終わる。ズミールが俺に対して、あの殺し方は違くないかと問いかけてきた。だが、俺からしてみれば、住民に残酷で猟奇的な仕打ちを繰り返した汚物には、あれくらいのことはしておかないとダメだという思いしかない。そして、蔦馬が最後に言い残した言葉がある。
『お前はもう普通に生活なんてできねえ。俺の兄弟たちが、お前を地の果てまで追いかけて八つ裂きにするのだからな。』
昔の俺が聞いたら、恐怖で頭がおかしくなりそうなワードである。しかし、今の俺からしてみたら、逆に俺が生きている限り、お前らを絶滅するまで追い込んで、苦痛を与えながら殺してやるよ、といったところだろうか。
俺は、戦いを繰り返すうちに多くのことを経験して、多くの信頼できる仲間を得た。だが、それに自惚れて、どこかおかしくなってしまていることにまだ気づけていない。そして、そのようなことの繰り返しが、いつかリンが言っていた狂気へ繋がるとは、まだわかるはずもなかった。
◇
俺とズミールは、老夫婦をそれぞれ担ぎ、先生たち主力がいる正門近くまで向かう。途中部屋を出たあたりで、典一が勝鬨をあげながら、哀子を討ち取ったことを報告してくれた。砦の入り口付近で、捕虜の救出に成功したカネスケ達とも合流を果たす。
先生たちの元へ到着すると、そこには戦いが終わったことをまだ信じ切れず、和尚に抑え込まれた龍二の姿があった。俺とズミールは、急いで龍二の元へ老夫婦を連れて行き、彼の前で2人を降ろしてあげた。彼は、2人の顔を見ると号泣して、弱りきった両親を抱きしめた。そこでようやく、悪夢から解放されたのだと思い知ったのだ。
だけども、すぐに悲劇は訪れる。龍二の両親は、彼に最後の言葉を伝えると、腕の中で息を引き取った。蔦馬からの酷い虐待による衰弱死であった。龍二は、絶望してもはや涙も出ず、しばらくの間ただただ天に向かって、怒りの咆哮をぶつけ続けた。
◇
龍二が多少落ち着いたのを見計らい、ズミールが彼を説得。彼と彼の両親の亡骸、囚われていた彼の兄弟や友人、その他捕虜となっていた人々を車に乗せる。それから、乗り切れない人に暴走族から奪い取った特殊バイクを与え、皆で錦ケ丘まで帰還。俺たちは、約半日で大崎蔦馬率いる暴走神使の一団を壊滅させた。このことで、またもや住民たちから大歓迎を受けての凱旋となったのである。
街の公園の一角に、仮設の診療スペースが設置され、新潟官軍の保護部隊が到着するまで、怪我人がそこで治療を受けられることとなっている。そこには、主にこの戦いに参加した人たちが収容された。
戦いの後処理がひと段落ついたあたりで、公園にズミールを呼び出した。
「龍二はいないのか?」
「まだ立ち直れていないよ。両親を失ったのだから仕方がないだろう。」
両親を失った悲しみ。親を好きになることができなかった俺には、到底想像もできない感情だ。でも、大切な物を失って打ちひしがれる気持ちはなんとなくわかる。現に俺も、彼女を教団に奪い取られた時は、相当なショックで頭がいっぱいだった。
「わかった。それで呼び出した本題だが、新潟官軍の糸木部隊長へ連絡を入れた。ここへ来たらイズミルと会い、ともに住民保護作業に当たって欲しいと伝えてある。」
「了解だ、後のことは任せてくれ。青の革命団御一行はもう出発するのか?」
「ああ。だから最後に、龍二にも会いたかったのだけど無理そうだな。」
ズミールが苦笑を浮かべる。
「あいつの性格上は、人と会わないと決めたら絶対に顔すら合わせてくれないからな。」
「伝えておいてくれるか。いつかまた会える日が来たら酒でも飲み交わそうって。」
「おう、しっかり伝えとくわ!」
それから、彼と俺は握手を交わす。彼の力強い握手は、俺たちへの感謝を心から表しているような気がした。
◇
ズミールと住民らに見送られ、ついに仙台へ乗り込むべく、城塞都市の北側を目指して突き進む。右手に見える、あの長く高い城壁の中には、俺たちの仲間であり俺にとってかけがえのない女と、俺たちの宿敵であり俺が恐れている男がいる。
次に金友と会ったら間違えなく殺されるという不安と、それを乗り越えてでも紗宙に会いに行くという強い思いが、心臓を破裂させる勢いで葛藤していた。
果たして、彼女を救い出すことができるのであろうか。俺は、そびえ立つ城壁の奥に、かすかに見える城塞都市のシンボルタワーに向かって中指を立てた。
(第二十二幕.完)