第九幕!帰還、そしてまた
文字数 8,871文字
まずは、カネスケらの牢へ向かい話を伝えた。それから紗宙のいる階へ駆け上がり、彼女を救助しようと部屋の扉を開ける。
しかしそこには、無理やり紗宙に詰め寄る岩井と、それを必死に拒否し続ける紗宙の姿があった。
色部の存在に気づいた岩井は、冷静を装いつついつもの気持ち悪い笑顔を向ける。
「なんだい?ちょっと遊んでただけだよ。変な目で見ないでくれるかな。」
「急用でして。あまり聞かれたくないのでこちらでお話ししましょう。」
色部が神妙な顔で伝えると、彼は紗宙を押し倒してから廊下へ出た。
「急用ってなに?時間ないんだけど!」
苛立つ彼を見て笑が溢れてくると、すかさず短刀で彼の腹を突き刺した。岩井が大声で奇声をあげたせいで、それを聞きつけた他の信者たちが集まってくる足音が響きだす。色部は、その音の聞こえる方へ彼を蹴り飛ばした。
「無礼者!やっぱり裏切ったか!この無能が!」
岩井の罵声に呼応するかの如く、信者が10人ほど集まってくる。そして彼の周りを囲いつつ、こちらの動きを伺ってきた。
色部は、手榴弾の栓を抜き、岩井めがけて投げつける。手榴弾は顔面に命中して、彼が目を押さえながらうずくまる。そして気付かぬうちに、首につけていたスカーフに弾の金具が引っかかった。
それを見た信者たちは、慌てふためいて子グモのごとく散らばる。異変に気づいた当の本人も、スカーフが異様に重く、締め付き気味になっていたことにイラつき直そうとした。そこで、自らが死を突きつけられていることを知り発狂するのである。
「許してくれ許してくれ!僕はまだ死にたくない!この世界で何も成し遂げてないんだ!頼む!!もう悪いことはしないから!頼む許してくれ!頼む!!」
「人を馬鹿にすることしか脳がないハラスメント野郎にしては、優しい最後だと思うけどな。」
その途端に手榴弾が爆発。彼は、官取井の名前を叫びながら床に散る肉片となった。吹き飛んだ瓦礫や爆風により、付近にいた信者たちも3人死亡。残りは恐怖のあまり、その場を逃げ出した。
◇
官取井よりも先に紗宙を助けなければ、彼女が人質として取られるかもしれない。そうなる前に彼女の元へ向かう。扉の前までやって来ると、部屋の中からガサガサと音が聞こえてくる。ヤバい。そう思って部屋に入ると、彼女がベットから起き上がり部屋の中を調べていた。
急に扉を開けたものだから、彼女もこちらを振り向いて蒼白とした表情を浮かべていた。しかし、来訪者が色別であるとわかった時、彼女は胸に手を当てながら深いため息をつく。
「やっと終わるのね。」
さっきまでの強張った表情が、少しだけ和らいでいるみたいだ。ひと段落ついた達成感を噛み締めたい気持ちは山々ではあるが、まだ最重要目的を果たせてはいない。そして時間もない。
色部は、紗宙を連れて部屋を出ようとした。だがどうやら、簡単には行かせてくれないようである。部屋の外から声が聞こえてくる聞き覚えのある気色悪い声。
「紗宙ー、無事か!紗宙ー!」
その声の主は、もちろん官取井だ。足音の数から多数の信者も引き連れているのだろう。冷静を保ちながら彼女に尋ねる。
「紗宙さん。この部屋で隠れられそうな場所は?」
彼女が天井の板を指した。どうやら先ほどの騒動の間にたまたま発見したそうだ。2人は、部屋の椅子を使い天井裏へ潜り込む。紗宙を先に登らせてから、色部が天井にぶら下がって椅子を静かに蹴り倒してから天井裏へ上がる。そして蓋を閉じ、小さな隙間から部屋の様子を覗き込んだ。
2人が隠れた数分後。部屋に入ってきた官取井たちは、血まなこになって紗宙を探している。官取井は頭が真っ白なのか、ずっと独り言を言っている。ブツブツ聞こえてくるのは、周りの人間に対する彼なりの見解と中学生みたいな悪口である。信者たちも、ご機嫌を取りながら捜索している。
そんな時、官取井が何かに気づいたようだ。動きを止め、部下に指示を出す。
「お前達、槍を数本持ってくるがいい。」
彼の部下が慌ただしく動き出した。一方でその言葉を聞いた色部は動揺する。奴は、こちらが天井裏にいることに気づいている。逃げ出すことが得策か、出て戦うことが得策なのか悩みどころだ。
だが、官取井が待ってくれるはずもなく、天井を箒でコツコツ叩き始める。
「紗宙出てこい!色部いるんだろ!今ならこの蛮行を許してやらなくもないぞ!」
なんども繰り返すにつれて奴の言葉は汚くなっていく。紗宙が怯えながら真顔で天井裏の床を見ている。
「私達を串刺しにする気かな...。」
色部は、不安を煽らないように何も言わない。それから周囲を見渡したが、天井裏には逃げ道が無さそうだ。そうなると必然的に出て戦う意外の道はない。できればカネスケ達と合流してからにしたかったがもうやるしかなさそうである。
官取井は、部下がいつになっても戻らない現状にイライラし始め、それを物や付き人にぶつけだす。そんなことが5分ほど続いた時、入り口側から聞き覚えのある2人の気高き声が響いた。それと同じくして官取井の罵声が響く。
「貴様ら計ったな!!」
入り口から飛び込んだカネスケと樋口は、奪い取った槍で向かってくる信者達をなぎ倒した。その気迫に恐れをなし、逃げ出そうとした信者を官取井が牛刀で刺し殺す。すると信者達は、無敵の人のようにカネスケ達へ向かって突っ込んでいく。
樋口は、峰打ちを繰り返して末端信者達を次々に気絶させた。彼らは洗脳されているだけで、むやみに殺すのは良くないからだ。その傍らで、カネスケが牛刀を構えた官取井と対峙。緊張のあまりに気分がハイになっている。もはや、奴を捕縛するという目標すら頭から飛んでいる。やるかやられるかしか考えられない。
官取井が牛刀を振りかざすと、こちらへ向かい突っ込んできた。槍で応戦するも、素人の突きなどすぐに交わされ、腕や腹を切りつけられた。奴の目は、完全に人を殺す目をしている。そして、牛刀で首を叩き落とそうと腕を振りかざしてくる。
天井裏の色別は、官取井がカネスケにしか目が無いこのタイミングを逃さない。天井を突き破り、牛刀を持つ奴の手をめがけて思い切り木刀を振るった。その攻撃は功を奏し、官取井の腕の骨が砕けたかのような音が響いて牛刀が吹っ飛ぶ。続いて降りてきた紗宙がその牛刀を拾い奪う。
その後、官取井の必死の抵抗は虚しく、色部と樋口の手によって捕縛。色部が紗宙の拾った牛刀を官取井の首に突きつけ、信者へ降伏を促した。抵抗する力もなく、ただ官取井や幹部の恐怖に従うことしかしなかった下っ端たちは簡単に降伏。その後、駆けつけた新潟県警や官軍の援軍らにより、教団関係者は次々と逮捕された。
カネスケは、紗宙に傷の応急処置をしてもらったおかげで、多量出血という窮地からの生還を果たす。そして施設を脱した4人は、他の部隊や本部の先生らと合流。両津港にて作戦の総括を行うのであった。
後日。革命団メンバーは、負傷により俺が搬送された官軍病院の病室へ集結。酒又を撃ち殺してから、3日が経過した日のことである。
◇
病院のベットは落ち着かないが心地は良い。綺麗にクリンリネスされていて、柔軟剤の良い匂いと天日干しされた温かさが弱った身体を包み込む。
俺は、今ほど生きている事実に感謝したことはなかった。また、今回の勝利により1つ大きな自信を与えてもらったと感じている。抑えきれない安堵感に浸っていると、部屋に4人が入ってきた。真っ先に目が合った彼女が駆け寄ってくる。
「蒼!大丈夫?」
「お、おう。」
俺は、照れを隠す暇もなく目をうるうるさせながら、心配をしてくれる彼女に感謝の気持ちを伝えた。 また口にはしなかったが、同じくらい湧き出ていた人殺しの罪悪感からくる恐怖も、仲間の顔を見れたことで落ち着く。
「みんな無事で何よりだ。」
改めてみんなの顔を見回すが、傷を負っていない者が1人もいない。カネスケの腕は包帯でぐるぐる巻きで、紗宙の顔には青いアザができていた。でも、そんなこと忘れているかのように、苦痛を顔には出していない。
みんな何でそんな強いんだよ。言葉が溢れそうになるが、俺の口にチャックをするかの如く、先生が一言クッションを入れてから報告をしてきた。
「官取井を捕縛したことにより、佐渡は解放されました。それもあり、家族を洗脳により奪われた信者の親族達から感謝の言葉を頂いております。また、任務を成し遂げたことで、田中氏からの出資も確定致しました。」
みんなの顔が生き生きしている。きっと死を覚悟して敵の懐に飛び込んだ成果が返ってきたことに、達成感と納得を得ているのだろう。それは俺も同じだ。
「それから官取井を捕らえ、教団施設をとり調べたことで、色々判明したことがあります。」
恐ろしいが興味深い。俺は、身を乗り出すように彼の話に注目する。
「まず、奴らの組織名簿に官軍の主要人物の名前が多数存在していました。これすなわち、ヒドゥラ教を完全に敵に回したことで、数えきれない敵と戦うことになるということです。」
「教団公認の政党が与党を務めているクソ国家だ。政府や官軍にも、奴らの支持者がいておかしくはない。もう殺し合うしかなさそうだな。」
俺が教団への敵意を剥き出している横で、カネスケは疲れた表情を浮かべている。
「勘弁してくれよー。」
先生は、彼の愚痴を苦笑で聞き流し、教団についての話を進めた。
「それから人体実験についてです。この国のどこかにある教団の特殊施設で、『αプロジェクト』と言う計画が行われているとのことです。」
「そのαプロジェクトとは?」
「詳細はわかりませんが、人を使って新たな生物を作り出す実験、ということが書かれていたそうです。酒又のハッタリ忍術とは比べものにならない、化け物を生み出そうとしているのではないかと思われます。」
「本当にそんなことが起きているのであれば止めるしかないな。新しい国を作るなら、それも使命の1つとなるのだろう。」
先日の戦いでの勝利によって得た消しゴムのカス程度の自信は、少なからず俺の気持ちを大きくさせている。良い意味でも、それから悪い意味でも。
すると、隣で面倒臭そうにしていたカネスケが、まさかの同調しだした。
「ここまで関わった以上、奴らを一掃するまでは枕を高くして寝れないな。」
理由はわからないけど、きっと自分よりもビビりだった俺が急に強気になったから触発されたに違いない。
男4人の声に前向きな熱が浴び始めると、紗宙も負けじと積極的になる。
「平和の為にもやるしかなさそうね。」
俺たちは、恐怖で引き下がりたい気持ちを抑え、戦い抜くことを決意していた。そんな臨戦感漂う空間で典一が俺に尋ねてくる。
「それで、これからどうするんすか?」
「まず、村上という街へ向かい準備を整え、そこから一気に山形市を経由して奥羽山脈を越え、仙台へ出る。」
「危険な旅になりそうですな。東北は今、前代未聞の戦乱社会。万全の態勢で臨まないと死にますぞ。」
先生は、俺に対する典一の助言を聞き、すでにわかっているといった顔をしている。
「ええ、そのために車を改良して、官軍から武器も買いました。皆の傷が回復したら北上を開始します。そして旅をしながらでもリーダーとカネスケ、武術を取得していただく予定です。もちろん紗宙も同様です。」
ついに俺たちも、力をつけていく時が来たのだ。俺とカネスケは、やってやるよといった目で先生を見た。紗宙もクールを装いつつ、その瞳は闘志で燃えているようにも見える。
早く傷を治して強くなりたいという気持ちでいっぱいになり、全身が動きたくてむずむずとしていた。ここぞと言わんばかりに典一が武術について語りだし、またまた病室が活気で満ち始めようとする。
紗宙は、その空気に水を刺さぬよう配慮しつつも、スマホを見ながら話題を変えた。
「さっき山形の状況を調べたんだけど、他の東北と違って状況が少し複雑そう。」
「そうですね。北半分は秋田公国の植民地。南部は福島の暴走族『マッドクラウン』の支配下。唯一山形市も、仙台官軍の実効支配によってなんとか存続している状況です。それに各地の山には、『殺追我意』と呼ばれる人を殺して生計を立てる浮浪人が出没しているとのこと。」
「公国軍も暴走族も人殺しも武力に長けた連中。より厳しい戦いになりそうね。」
俺が悩む彼女へズバリと言い切る。
「そうだな。けどこのくらい乗り越えられないと国なんて起こせない。」
「その通りです。皆で支えあえば必ず突破できます。」
紗宙は、俺と先生の言葉を聞いて拳を握りしめた。
「絶対に上手くいく。そう言い聞かせておくわ。」
たったの5人だけど、組織として一つの方向をみけるようになってきた気がした。その実感を感じて、革命団が組織としても成長できたことがわかりなおのこと気分が良くなる。そして俺は、話し合いの最後にある決断を下した。
「痛みが引くまで、あと数日間はかかってしまう。それまでは長期休暇としよう。」
堅苦しい休暇宣言に対して、カネスケがすかさずツッコミを入れる。
「なんだそれ、会社じゃないんだし!」
他の3人は、そんな2人のやりとりを見て笑っていた。この和気あいあいとした空気は、少しずつではあるけど居場所がなかった俺の帰る場所へとなりつつあった。それから俺たち5人は、長いようで短い長期休暇に入ったのである。
◇
療養期間もあとわずかに迫ったある日。手術も無事に終えた俺とカネスケ、そして紗宙の3人で市内の和食居酒屋にて細やかな打ち上げ行う。
店には、有名な日本酒がズラリと並んでいる。メニューには、県内産のお米を使った様々な料理が記載されていた。
3人で話す時の大体は、たわいも無い昔話がほとんどである。主にカネスケが喋り、それに対して俺と彼女がリアクションするという流れが8割なのだが。
程よいタイミングで卓の上に美味そうなおにぎり、焼き魚、漬物の盛り合わせが並んだ。東京から旅に出て以来、改まった食事をすることがなかった為、久しぶりのご馳走に気持ちが高ぶる。
特に彼女は、先の作戦で非常に怖い思いをしたからか、その閉塞感から解放された気持ちのリバウンドのせいでいつもよりテンションが高い。
「でも本当に運良かったよね。今ここにいるだけでも奇跡でしょ。」
俺は、旅に出る前であれば無難なことしか言わなかっただろうが、リーダーとしてのカッコ付けも相まってぶっきらぼうに答える。
「いや普通だろ。」
カネスケもそれには同感のようだ。
「確かに、奇跡は毎回起こらないからな。今回が奇跡なら次は無いぞ。」
反論された紗宙は、少ししょげた後に気を取り直す。
「そっか、じゃあ私たち不死身だね。」
「ああ、絶対に死なないさ。」
酒の力もあってか、気持ちが更に大きくなっていく。カネスケは、酒が入るといつも以上にお調子者になる。そして紗宙は、初めて一緒に飲んだのだが、どうやら普段はクールなくせに、酒が入ると少し無邪気さも見え隠れするタイプなのかもしれない。まあどちらにせよ、美しくて可愛いことには変わりがないのだけど。
そして当の俺は、酒が入るとカッコつけたり偉そうに語り出すタイプであった。
「先生が武術教えるって言ってたけど、何やるか聞いてるか?」
「初めは、射撃訓練とか体作りとか簡単なことからやるそうだ。」
彼は、リーダーである俺からの言葉に表情を和らげる。
「てっきりもっとハードなことかと思ったわー。」
「持久走とか結構ハードだったぞ。」
すると一変して、カネスケと紗宙が2人して嫌そうな顔をしている。思えばここ3人は、スポーツを好き好んでするタイプではなく、どちらかと言えば文化系に縁がある人種だ。カネスケはボードゲーム、紗宙は音楽、俺は思想。
「体力つければ良いことしかないから頑張ろう。」
カネスケが現実を忘れるかの如く、御猪口に入った日本酒を一気に飲み干した。そんな彼を紗宙が煽ると、また調子に乗ってもう一飲みしている。
彼がよっぽど持久走が嫌な事がわかった。でも、やると決まれば本気を出す2人である。きっと訓練にもついてきてくれる事だろう。余談ではあるが、カネスケは高校時代にテニスの県大会で優勝したという体育会系の一面も持ち合わせているのだから。
訓練の話にひと段落つくと、紗宙が話題を切り変える。
「そういえば、義見君って覚えてる?」
カネスケは、誰だそいつみたいな顔で紗宙を見ているが、俺はよく知っている。義見翠太、俺の中学時代の親友だ。
「懐かしいな。彼がどうかしたか?」
「その義見君が、私の同級生の篤妃と付き合ってるらしいよ。お互い正反対のタイプなのにね。」
篤妃さん、彼女のことも俺は知っている。紗宙の同級生だ。そして、俺が一時期片思いをしていた人物でもあった。
「まじか、意外な組み合わせだな。翠太とは、もうしばらく連絡を取ってない。こんな形で話題に出るとは、思ってもみなかったな。」
翠太は中3に上がる頃から不登校になり、みんなの前から姿を消した。もちろん原因はいじめである。 残虐すぎて一部記憶が飛んでいるが、俺と翠太の2人は不良たちから虐げられ、自殺する寸前まで追い込まれていた。そしてある日、彼は学校に来なくなった。
精神病異常者になったとか、実は自殺したとかいろんな噂が流れていたが、まさかこう明るい報告を聞けるとは思わず心から嬉しかった。だが、少し嫉妬してしまいそうだ。
「翠太は何やってるとか言ってた?」
「博多でバー開業して、店長やってるんだって。」
驚いた。そんなキャラじゃなかった彼が、いつの間にか大きくなっていた。嬉しいのか悔しいのかわからない気持ちに陥る。それを見た紗宙は、焦る俺を戒める。
「隣の芝は青く見えるのよ。誰よりも高みを目指すんでしょ?」
「ああ。翠太に負けないくらい大きくなって、いつか一緒に酒を飲んでやる。」
負けず嫌いの感情が俺の心に火を灯す。その火に油を注ぐように、目の前の徳利に残った辛口を一気に飲み干した。
それから酔いが回り出し、何を話したのかを曖昧にしか覚えていない。でも、これまで経験した飲み会の中で1番楽しかったことだけは確かである。
そして翌日。お酒は残らなかったものの、昔の親友に遅れをとったという事実が頭の中から抜け落ちることもなかった。
◇
数日後。傷の痛みが引いた俺たちは、田中さんや官軍の方々へ別れを告げた。
先生の車に乗り込むと、以前と明らかに様子が異なっている。座席の座りごこちが半端なく良い。それにエンジンも改造してあり、時速400キロまで出すことが可能になっていた。また、タイヤまで全体的に防弾仕様となっており、拳銃の弾くらいならかすり傷1つでなんとかなりそうだ。
外観はというと、特に何の変哲も無い普通のバンである。そこがまた、目立たなくて良いのだが...。
この改造には、療養中の典一も携わってくれたらしい。彼には感謝しかない上に、自動車整備の腕はやはり一級品であることを心底思い知らされた。
村上まで向かう途中、ちらほらと派手なバイクの集団が目に入ってくるようになる。それ以外にも破壊された車、落書きだらけの街、集団同士の抗争。一体何が起こっているのだろうか。俺にはまだ、この先に待つ混沌の社会に現実味を感じることができなかった。
先生は、北へ向かえば向かうほど速度をあげる。新潟市あたりまでは警察の力が強い為、速度超過ですぐに目をつけれてしまうが、新潟北部ないし東北以北は、もはや警察はいるようでいない存在らしい。その理由は、各地の団体が勝手に土地を支配し政治をしているからだ。
東北以北において、日本政府が支配体制を維持できている地域は、青森県の中心部と仙台市およびその近辺、山形市、それから北海道の大半の地域。それ以外は、もはや国家機関は崩壊している。
青森東南部、岩手、仙台以外の宮城、福島北東部は、日本最大の暴走族『奥羽列藩連合暴走神使』、通称『暴走神使』によって殺戮と恐喝による支配が行われ国土は衰退。盛岡なんかは、大阪の西成以上に荒廃してしまったそうだ。
秋田は知っての通り、青の革命党元幹部の千秋義清が秋田公国を建国。鎖国により独自の経済圏を確立し、山形北部や岩手の一部を植民地として支配に組み込んでいる。もちろん、元々置かれていた公の機関に代わり、千秋家を中心とした政治体制が確立された。
福島は、暴走神使のライバル的な極悪暴走族『マッドクラウン』が、これまた残忍な支配体制を確立している。それ故に、元官軍や公務員関係者が各地でレジスタンスを続けていた。そして山形は、いつか紗宙が話していたとおり、各方面の勢力が入り組む緩衝地的立ち位置である。
時速200キロで爆走したバンは、すぐに村上へ着いた。ガソリンスタンドで仕入れた情報によると、このさき仙台までスタンドが閉鎖しているそうだ。理由は簡単で、暴漢たちにガソリンを奪われたり、放火の原因に繋がるためほぼ全て撤退したからだ。買い出しで入ったスーパーにも、最低限の食料しか置かれていない。これも同じような理由だろうか。
俺達は、ネットからでは見えてこない生の情報を持ち帰り、この街の一角で車中泊をすることと決めた。時刻は夕方。そのまま進めば良いのかもしれないが、夜の山道でマッドクラウンや浮浪人から攻撃を受けたら元も子もない。
それに戦いはなるべく避けたい。そう考えたので、今日はここへ留まることとしたのだ。
佐渡戦いから帰還してまだ1ヶ月も立っていないが、俺たちには時間がない。だから前に進み続け、戦いに身を投じて行くのである。
(第九幕.完)