第二十三幕!杜の都にて
文字数 9,650文字
俺たちは、錦ケ丘を出てから敵の目を気にしつつ北上。城塞都市の北側に位置する七北田公園の木陰に車を止め、救出作戦の会議を行っていた。時刻はすでに20時を回ろうとしている。ある程度話がまとまったので、先生が作戦を皆に言い渡した。
まず状況を簡単にまとめると、仙台に入るには厳しい検問を潜り抜ける必要がある。もしくは、城壁をよじ登って乗り越えるくらいしか、方法が見当たらない。また俺たちは、指名手配書を政府から出されている。特に、俺と先生と典一に関しては、顔写真付きで公開されており、日本政府の勢力がまだ強い地域では、民間人にすら見つかることが命取りとなる場合もある。
この話をすると、城壁を登る方が賢明なのではという意見が出た。しかし、城壁は建物で例えると、4階建のマンションくらいの高さがある。登るだけで相当時間がかかるので、一瞬の隙をついて上まで行くことなんて、素人の俺たちにはできる筈がない。そして、相手は暴走族のようなチンピラと違い、訓練を受けた自衛隊顔負けのツワモノたちだ。ノロノロ登っている間に、衛兵の所持しているショットガンで撃ち殺されてしまう。となると結論として、厳しい検問を突破しなくてはならないのだ。
そこで、先生が考えた作戦はこんな感じである。
まず俺と和尚と結夏が、紗宙救出部隊としてトラックの荷台に隠れたり、変装したりして壁の内側へ入る。続いてカネスケと典一が囮部隊として、俺たちが入る門から離れた門へ敵中突破で侵入して奴らの目を引く。2人が暴れまわり、教団、官軍、市民の目を引いているうちに、俺たち3人が教団の施設へ侵入して紗宙を助け出す。最後は、それぞれが敵の目を掻い潜り仙台を脱出する。
先生と灯恵はというと、城外の敵から見当たらないところで、俺たちに付けたGPSの位置情報を管理。作戦を立てて、それをメンバーに伝える司令塔の役割を果たす。それ以外にも2人は、新潟官軍など外の勢力とも連携をとるなど、ものすごく重要なポジションを担う。
各々の力とチームワークが物を言う、革命団始まって以来初の大掛かりな救出プロジェクトだ。
最後に作戦の決行時刻が明日の朝となった。なぜ朝なのかというと、夜間だからこそ検問がより厳しくなる、という情報を聞いたからである。逆に朝は、各地から出稼ぎにくる人や、石巻港から物資を運び込む大型トラックなど通行が激しくなるので、他の時間帯よりも検問が緩いと言われている。それに加えて、城壁のすぐ外にある物資運送会社の荷物積み込み時間が朝なので、その機に乗じて荷物に忍び込むこともできるのだ。
作戦も決まり明日の勝利を祈りながら、寝るまでの時間は各自が自由に過ごした。内容を聞く限りでは、すごく順調に進んでいきそうな感じはする。
だが、まず始めに荷物に侵入してバレずに城内へ運び込まれる、という一番の難関が待ち構えている。ここでバレて捕まればその時点でアウトだ。それから街の中は、そこら中に仙台官軍の兵隊や教団の信者がいるらしい。さっきも話したが、指名手配をされているので、迂闊な行動が一切許されない。そして、土龍金友と対峙する確率がほぼほぼ100%と言って良いので、彼からなんとかして逃げきらなくてはダメだ。それを思うと、やはり生きた心地がしなかった。
そのような負の感情が顔に出ていたのか、和尚が明るく声をかけてくれる。
「顔が暗いのう。こういう時こそ、笑顔を忘れてはならんぞ。」
「やっぱり死ぬのが怖い...。」
「死んだら死んだで良いではないか。人は、悪意を持って人を殺さない限り、また人として生まれ変われる。それはそれで良いじゃろう。」
「そうなのかもしれません。しかし...。」
「戦う前から死ぬなんて考えるのではない。必ず勝てる、そうじゃろ?我らがリーダー。」
俺は、しばらく俯いて目を閉じ、それから言葉を発する。
「そうですね。リーダーがこんな顔してたらダメですよね。」
それを聞いて、和尚が嬉しげに相槌を打つ。彼にとって俺は、自分が愛を込めて育てた弟子の1人出そうだ。そんな俺の元気の無い姿は、見て見ぬ振りができないのだろう。すると今度は、結夏が会話に入ってきた。
「紗宙を絶対に助けだすんでしょ!気合い入れなさい!」
お母さんみたいだと思いつつ、俺は言い返す。
「わかってるよ。俺が死ぬわけねえだろ。」
いつもと変わらず尖る俺を見て、結夏は笑顔になる。
「それでこそリーダー!!」
「バカにしてるだろ?」
結夏は、そんなことないよと首を振った。
「でも、無理しすぎないでね。」
「結夏もな。」
そういうと俺は、1人で夜風に当たりたくなったのでバンの外へと出た。空には綺麗な星が眩い光を放っている。いつか彼女と見た風景と、似ても似つかないこの夜空を見上げた時、彼女のことを思い出す。そして、また強くならなければと、心の中で自分に言い聞かせた。
結夏はことあるごとに、俺と紗宙の関係の進展について聞いてくる。だから俺も、結夏の恋愛事情について聞いたりする。故に彼女は、俺が紗宙のことを本気で好きなことを知っている。そして俺も、彼女が誰のことを気にし始めているのかを知っていた。
俺はまた、星空を見上げて考え込んだ。明日からのこと。それから将来のことも。
◇
月の明かりが、ステンドガラスから微かに差し込む薄暗い部屋。
ここは『司の間』。
紗宙は、拉致されてからずっと同じ体勢で食料も水も与えられず、虐待を受け続けていた。微かに差し込む光を眺めながら溢したその涙は、枯れ果てた頰をたどり落ちる。
土龍金友は、彼女のことを魔女だと仕切りに言い切った。教団における魔女とは、人を扇動して秩序を乱すきっかけを作る汚い女性を意味している。魔女は屈辱を与えた上で餓死させるべきである。それが金友の正義だ。
当初は紗宙も抵抗していたが、覆いつくした空腹と渇き、教団からのことあるごとに繰り出される暴力による恐怖、極めつきには金友の飴と鞭とも言える巧みな話術、それらによって、精神、肉体、両面から破壊され、もはや考えることすらまともにできなくなっていた。
教団は、飲食だけではなく、睡眠もほとんど取らせてくれなかった。ある時、寝ている紗宙を見つけた新藤久喜は、彼女をサンドバックの如く殴り、起きて怯える彼女に対して何度も言い聞かせるように言ったのだった。
『お前は殴られて当然なんだよ。世界を破滅に導こうとした犯罪者の1人だからな。』
また、汚い話になるが、トイレにすら行かせてもらえない。屈辱で心が壊れた彼女に金友は言うのだった。
『そんなに何か飲みたいのなら、それを飲めば良いではないか。』
彼女はもはや放心状態で何も言うことができず、ただ恐怖に縛り付けられて震えていた。思い出すだけで嫌な思いをここへ連れてきてこられてから何回も味合わされた。幼い頃、さらわれたお姫様がイケメンの王子様に助け出されるおとぎ話を聞いて憧れたことがあるが、思えばなんでそんな苦しい状況に惹かれていたのだろうかと疑問すら感じられた。そして、ついさっきの今夜は、金友に交渉を持ちかけられた。
『紗宙、救済を受けたいとは思わんか?』
限界を超えて意識がおかしくなっていた彼女は、その問いかけについ頷いてしまった。すると彼は、彼女の顎を指で持ち上げて、顔を近づけると彼女の目を見つめて言うのである。
『我の唾液を飲むのだ。すると体内の悪しきものが浄化され、お前は魔女から人へ戻ることができるのだ。』
こんな気持ちの悪い条件を普通であれば飲み込むはずがない。しかし、精神が壊れ、身体が枯渇して、まるで砂漠の真ん中に水筒も無しに放り出されたような状態で、唾液ですら水分だと本能的に意識しかけてしまう。それから金友は、真剣な目で彼女を見続けるとまた語りかける。
『奴らの肩を持ち、魔女として破壊の道を生きるのか。それとも身を清め、我々のように日本の平和のために信仰を広めるのか。選択するチャンスを与えておるのだ。お前は奴らと違い優れた人間だったはずだ。どうだ袖ノ海紗宙。』
金友は、彼女に苦痛と屈辱を与え、彼女が限界に達していると感じると、その都度楽になれる選択肢を与えた。もちろん、そんな条件を飲むはずがない紗宙は、必死に拒み続ける。すると金友ら教団は、あらゆる暴力で彼女に絶望を味合わせるのであった。
◇
嫌な記憶に犯されていると、部屋の明かりが灯った。奴らがやってきたのだ。彼女の頭の中が恐怖で真っ白になる。恐る恐る顔を向けると、金友と久喜、それからあの女の姿があった。
印象的な黒髪ボブ。女性ですらも虜にしてしまう美貌と可愛さを持ち合わせた容姿。力強さと純粋さの裏に広がる、暗い何かを感じさせる瞳。忘れもしないその顔は、新庄で気流斗を殺害したリンである。
何でリンがここに居るのだろう。彼らとは一体どんな繋がりなのか。興味が湧く以前に、おぞましい恐怖が心を蝕んでいく。そんな心境の中で、嫌でも金友の声が耳に入ってくるのだ。
「リン殿、久しぶりにお会いしたにも関わらず、何のもてなしもできていなくて申し訳ない。」
リンは、相手が法王金友だというのに、一切臆することなくズケズケと喋る。
「おじさん。別に期待していないから。」
久喜は、リンの態度に苛立ちを隠せない。
「ほ、法王様におじさんとは!それはいくらリン殿であっても許されませぬぞ!」
憤る彼とは対照的に、金友は余裕の態度を示している。
「ふ、良いではないか。我も昔は、彼女の出演していた映画を見て、楽しませてもらったからな。」
「さようでございますが...。」
リンは、お構いなしに金友へ尋ねる。
「計画は順調に進んでるの?」
「順調だ。現内閣総理大臣も教団の信者の代表として、国教をヒドゥラ教に指定しようと準備している。また仙台、札幌など、官軍の代表者も教団の幹部が兼ねているところが増えた。信者の数も益々増え、今や全世界に我を信じてくれている者たちがいる。何としても、計画を成し遂げるつもりだ。」
リンは、どこかバカにしたような笑顔で彼を見ている。
「良かったね。おじさん。」
金友が嬉しそうに相槌を打つ。その隣で久喜が冷ややかな目でリンを見ていると、彼女が太陽の様な暖かい笑顔を彼へ向けた。久喜は、彼女に対する蔑みをバレていなかったと思い込み安堵する。だけどもリンは、その顔からは想像のつかない様なドスの効いた声で聞く。
「何か言いたいことある?」
久喜がさっきと一変して怯え始め、何も言葉を発さず首を振る。金友は、そんな久喜など置いておき、リンとお喋りを始める。
「リン殿はこの頃いかがかな?」
リンは、憎たらしいくらい爽やかな声で答える。
「んー、つまんない。」
「何か面倒なことでも?」
「そういう訳じゃないんだけど。なんかこう、私を楽しませてくれるオモチャがないというかそんな感じ。」
「ハハハハ、それは退屈でしょうな。」
するとリンは、思い出したかのようにある話題を出した。
「あ、でもね。この間、私と同じ目をした男と遭遇したよ。」
「ほお、それはどこぞの男かな。」
「青の革命団の北生蒼。」
金友が不気味な笑みを浮かべる。
「そうか。あのゴミ虫もこちら側の人間だと。」
「まだ気づいていない様だけどね。」
「その北生蒼は、いずれここへ来るだろう。」
リンは、サプライズを受けた子供の様に笑顔になる。
「え、ほんとに??」
金友は、満面の笑みで紗宙を指差す。
「あの女を助けにな。」
リンがゆっくりと紗宙の方を振り返る。そして、何か面白いものを見つけたかの様に、口角を上げてニヤリと笑うと、紗宙を見つめながら近づく。それから、日々の虐待で疲弊しきっているその哀れな姿を舐め回す様に見つめ、顔を近づけて再び目を合わせ、見下すように微笑む。
「綺麗だね。」
リンの目は優しかった。その一言を浴びせられただけなのに、女性ですら魅了する彼女の魅力に、紗宙の脳内は支配されていた。リンが彼女の首に括り付けられている紐を引く。不意に首を締め上げられた紗宙は、苦痛に悶える声をあげた。リンは、その光景を無邪気な子供の様な笑顔で見つめた。
「その顔、最高に可愛いよ。」
紗宙が苦し紛れに助けを求める。リンは、紐を引いたまま金友の方を見た。
「面白いオモチャ作ったね!」
金友は、今にもよだれを垂らしそうな顔で紗宙を眺める。
「まだ壊してはならんぞ。このオモチャは、青い虫どもの死体の前で、じっくりと罪を悔い改めさせた後、粉々に壊すのだからな。」
リンが気味の悪い顔をして笑う。そして紗宙の紐から手を離した。金友は、呼吸を整えようとしている紗宙に向かって問う。
「紗宙。なぜお前は苦難の道を歩むのか?」
紗宙は、彼を鋭く睨みつけ、無言を貫こうとする。
「我の一言で魔女から人へ戻してやることもできる。どうだ紗宙、人に戻って我々と共に乱れきったこの国を正していかないか?」
紗宙は、恐怖による身体の震えをぐっと堪えた。そして、絞り出す様に自分の気持ちを示す。
「私は、みんなのことを、蒼のことを信じてるから。」
金友は、それを聞くと眉間にシワを寄せた。それを見た紗宙の表情が歪んだことを確認したタイミングで、久喜に顎で命じる。久喜は、リンに対するストレスもあいまってか、思い切り紐を引っ張った。紗宙は首を締め上げられ、泡を吹いて気絶する。それを見たリンが汚い笑い声で大笑いしていた。久喜は、ドヤ顔で報告する。
「死ぬ寸前で止めました。」
金友は、満足げに頷くと、ゆっくりと紗宙に近づいた。それから彼女の唇を指で摘んで撫でながら囁く。
「我の決断一つで、お前も、お前の仲間も、この堕ちた国家も、どうにでもすることができることを忘れるなよ。」
そう言い終えると、金友は椅子に腰をかける。そして、泡を垂らして苦痛の顔を浮かべ気絶している紗宙を見物しながら、リンと久喜、後からきた教団の幹部達と談笑に浸った。
意識を失っている紗宙の目から涙が溢れる。彼女は、心の中で必死に助けを求めていた。そんな紗宙の涙を見たリンは、満面の笑みを浮かべて彼女を見下した。
◇
北仙台駅周辺は、4年前よりも人が増えて賑わっている。学生の頃に一度訪れた時は、もう少し落ち着いた場所であった気がした。まだ10月だというのに、凍える様な風が吹く。俺は五橋公園に向けて歩き始める。
思い返してみれば壮絶な朝だった。倉庫に忍び込んで果物の詰め込まれた箱の中に身を隠し、トラックに運ばれながら検問を突破して運よく街へ侵入。それから、運よく中心地に近い北仙台駅周辺まで運ばれ、業者の目を盗んで外へ出た。念のための証拠隠滅として、身を隠していた箱を果物ごと梅田川に投げ落としてそのまま逃走。
俺が業者から逃れた辺りで先生から連絡があった。どうやら和尚と結夏も上手く潜入に成功。カネスケと典一は、暴走天使から奪い取ったバイクで大暴れをして侵入。大いに敵の目を釘付けにしているという。特にカネスケは、髪をスプレーで黒く染め、指名手配書の俺と同じ服を着ている。影武者として役割を全うしてくれているのだから、彼への恩義は計り知れない。
俺は、伊達眼鏡をかけて上着のフードを深く被り、なるべく人通りの少ない路地を辿り、集合場所の五橋公園へ急いだ。仙台駅に近づくにつれ、徐々に人通りの少ない道が減っていく。
ここで街のことについて触れておくと、今この街は難民問題が深刻化している。東北各地で人が住めなくなり、暴走族や無法者に住処を追われた人々が、難民として押し寄せているのだ。一般的には日本国民であれば、城壁の厳しい検問も正式な手続きを終えると入れることになっている。難民として街に来た人たちは、何かのツテがあったりお金持ちであれば、家を借りたり、数の少ない難民キャンプに泊まることができる。しかし、そうでない人たちは、ホームレスとなり、雨風のしのぎやすい街の中心地に集まり、路地や駐車場の隅なんかで生活をしている。ついでに聞いた話では、住処を求めて教団の門を叩き、出家して寮で集団生活をすることで、住処を確保するという人間も増え続けているのだとか。
俺は、目的地まで向かう途中、商店街で無人レジが設置されているスーパーを発見。とりあえず、昼食の牛タン弁当を確保することができた。イートインスペースがあり、そこでご飯を食べながら、設置されているテレビでやっているニュース番組に目を向けた。そして、俺は恥ずかしくなった。
ニュースのトピックスで、俺たちのことが報道されているではないか。どうやら青の革命団は、テロ集団という括りで指名手配されていた。そのニュースに出ている専門家曰く、革命罪が適用されるかもしれないとのことだった。もちろん、ニュースには顔写真も転載されている。そこには、会社でモラハラやいじめを受け、仕事で失敗して上司に詰められ続けて、青瓢箪の様な顔の時に取られた社員証の写真が使われていた。
急いで弁当を平らげてスーパーを出ると、小走りで公園まで向かう。駅の前を通り過ぎた時、仙台官軍の隊員と目が合うが、どうやら俺だということに気づいていなかった様だ。それから少しして、なんとか無事に公園まで到着することができた。
先生からの報告によると、すでに和尚が到着しているとのことだったので周りを見渡す。すると、ベンチに腰をかけて、呑気にお茶を飲みながら新聞を読んでいる和尚を見つけた。俺が声をかけると、和尚は一瞬戦う時の目つきになった。でも、相手が誰か気づくと、いつもの優しい和尚に戻った。
俺も同じくベンチに腰をかけ、和尚に状況を尋ねる。
「ここに来るまで何かありましたか?」
「特に何もなかったのう。強いていうのであれば、教団と仙台官軍の関係がはっきりしたということじゃな。」
知りたかった情報だ。俺は息を飲んで気持ちを落ち着かせ、それから和尚に尋ねる。すると彼は、腕を組みながら答える。
「ヒドゥラ教仙台支部代表は新藤久喜、仙台官軍総司令官は新藤久喜。同一人物じゃ。」
一瞬驚いたが、冷静に考えてみれば納得できる。総理大臣がヒドゥラ教を信仰してしまった国である、官軍の代表が信者でもおかしくはない。まあしかし、政府にそこまで影響力を持っている教団は、ますます油断できない相手だ。それに同一人物であるのであれば、山形で仙台官軍に襲われた理由も頷ける。それにしても、あの薄気味悪い新藤久喜が仙台を守る官軍のリーダーとは、なんか気に食わないなと思ってしまった。
とりあえず結夏が到着するまでは、目立たない様に待機せよと先生から言われていた。その為、和尚と話しながら作戦会議をしつつ、彼女を待つことになった。
◇
結夏は黒髪のウィッグを被り、メイクも清楚系に変え、マスクをした格好に変装して堂々と検問を通過した。その変装にした理由は、いつか使えるかもしれないと、暴走族の女隊員からくすねた身分証明書の顔写真がそんな容姿だったからである。それに教団が仮に結夏のことを把握しているのであれば、派手髪のギャルというイメージを持っているはずだ。この見た目はその真逆であることから、バレにくいだろうと考えた。結夏の変装はクオリティーが高く、疑われることなく検問を通過。後から聞いた話だと、守備兵と役人に色仕掛けをしてまんまと相手を乗せたのだとか。
彼女は、八乙女から出ている仙台壁内電鉄に堂々と乗り込んで北仙台駅まで移動。彼女の乗った電車は、北仙台が終点だったのでここで降りることに決めた。駅に着くと、やけに騒がしいことに彼女は気づいた。ホームを見回すと、白装束の信者らが数十人規模で何かを捜索している様だった。結夏は、彼らと距離を取るために悟られない様に駅を出て、人通りの多い方へ歩いていくことを決めた。人が疎らな場所だと、逆に怪しまれるのではないかと読んだからだ。
彼女が国分町に差し掛かった時、仙台官軍の将兵たちが彼女に声を掛けた。
「お姉さん、俺たちと飲み行こうぜ。」
彼らは、結夏の正体に気づいておらず、ただ単にナンパしてきただけである。結夏はナンパ慣れしていたので、軽くあしらってこの通りを抜けようと早歩きで前に進む。しかし、彼らのナンパはしつこい。イラついた結夏は彼らと向き合う。
「辞めてくれます? 警察呼びますよ。」
官軍の将兵たちは、動じることもなくニヤニヤとしていた。
「おー、怖。けど残念だったな。この街では、警察よりも俺たち官軍の方が偉いんだよ。」
周りのむさ苦しい将兵たちが笑っていた。 彼女がそれを無視して歩き続ける。すると将兵の中で一番ガタイの大きい男が、後ろから結夏に抱きついた。周りの将兵たちが歓声をあげる。本来であれば戦って勝てそうな奴らだと考えたが、正体を知られるわけにはいかない。彼女は、叫んで助けを求めた。
「辞めて気持ち悪い!誰か助けて!痴漢!」
ナンパしてきたリーダー格の男前の将兵があざ笑う。
「だから言ったろ。警察は、俺たち官軍のすることに対しては不介入が鉄則なんだよ。それに俺たちのリーダーは、国家だけじゃねえ、神にも通じているお方なんだぜ。だから俺たちは、人からも神からも認められてる存在なんだ。従わねえ女は従わせてやるだけだ。」
周りの将兵たちが歓声をあげて悪ノリしている。 すると、たまたま警察官が道を通り過ぎるのを見つけたので、再び大声で助けを求める。しかし、明らかに見て見ぬふりをされてしまった。こうなってしまえば仕方がない。彼女は、隠し持っていたダガーで、ガタイの大きな男の動脈を切って殺害した。ウィッグと上着が血で汚れる。
将兵たちの歓声は、ピンクから黒へと変わった。結夏の刃物を使い慣れた動きを見たリーダー格の将兵が目を細めた。
「お前、何者だ?」
結夏は、ウィッグをその男に投げつけた。黒髪の下から現れた、その派手なオレンジの髪を見た他の将兵が騒ぎ出す。
「お前まさか!青の革命団の女!!」
その言葉を聞くと、周りの将兵たちはどよめき、そして殺意の目が向けられた。 結夏は、仕方なさそうに正体を言い放つ。
「そのまさかの市ヶ谷結夏よ!覚えときな !」
そう言った彼女は、迫ってきた将兵を2人ほど負傷させると、東北一の歓楽街の路地へ向かって駆け出した。街にサイレンが鳴り響く。官軍、市民、そして教団から追われることになった彼女は、救出部隊が集まるであろう公園とは別方向へ全力で逃げた。途中彼女は、先生に電話をかけ、通話が繋がると申し訳ないという思いを伝える。
「見つかっちゃった。ほんとごめんなさい。」
先生は、相変わらず冷静だ。息を切らす彼女へ落ち着いて問いかける。
「無事に逃げ切れそうか?」
「わからない。とりあえずは、教団施設と真逆の方向へ走ってる。」
「なるほど。そうしたら、カネスケと典一に助けに向かわせるから、それまでなんとか逃げ切って欲しい。私も状況を確認しながら連絡する。」
結夏は、先生の冷静さに触れ、心の落ち着きを取り戻す。そして元気に返事をした。
「りょーかい!」
こうして彼女の逃走劇が幕を開けたのである。
◇
先生からの電話にて、結夏が敵に見つかり追われる身となったことを聞かされた。彼女を助けにいくべきかと先生に問うと、既に手は打ってあるとのことだ。俺も和尚は、一度立ち止まって考えてみた結果、結夏のことは先生に任せることに決める。それ故に俺たちは、 2人で教団施設へ潜入すべく歩き出す。
施設へ近づくに連れ、日は沈み始める。果たして紗宙を助け出し、この街から生きて帰れるのであろうか。俺は、不安と恐怖とかすかな自信を胸に秘め、一歩一歩進み始めたのだった。
(第二十三幕.完)