第5話 寝たきり

文字数 1,109文字

未亜は家に帰りたくない。できれば、あの家から出て行きたい。
 学校から帰るときは憂鬱な気分になる。クラスの子たちは部活動に行ったり、帰りに塾や習い事があってそこに向かったりして、放課後は何となく華やいだ空気になる。
 でも、未亜は真逆だ。
 学校が好きなわけではない。勉強だって分からないから、毎日教室に座って時間を潰すのも苦痛だ。
 だけど、家に帰るのは学校にいるより苦痛だ。
 家に帰るとあいつがいる。

 玄関を開けて、靴を脱いでいると奥の部屋から
「未亜ちゃん? お帰り」
と、声がかかる。
 自分の憂鬱はここからピークへと向かっていく。奥の部屋で声をかけてくるのは祖母のさとみである。
 未亜が小学生の頃、交通事故を起こして、それからこのアパートに引っ越してきた。
 体がほとんど動かないので、ずっと寝たままだ。そして、未亜が帰ってくるのをじーっと待っているのだ。
 未亜は祖母の一日を考えただけで背筋に寒気と嫌悪感が走る。
――私が帰ってくるのを暗い部屋でじっと待っている

 さとみが元気だった頃には、母の仕事の間は祖母の家で過ごしていた。もともとは仲良しだったのだ。
 だけど、今は違う。
――いなくなればいい、そう思っている。

「未亜ちゃん、ちょっとお願い」
制服を脱いで着替えているとさとみが部屋から未亜を呼んだ。
――なんだよ!!

 未亜がさとみの部屋のふすまを開けると、さとみが首だけをうごかして未亜を見た。笑っている。
――笑っているときはたいてい何かの頼み事があるときだ

「悪いんだけどさ」
 さとみが声の調子を落として自分の腹の辺りに視線を動かしていく。
「いつもより、多くて……」
 オムツをかえてくれという頼み事だった。
 未亜は黙ってベッドの下に入れてあるオムツの袋から一枚取り出して、さとみのジャージを脱がした。

――私が小さいときには私がオムツを替えてもらったのに。
 面倒くさいし、気持ちのいいものではない。未亜は祖母のオムツを丸めながらさとみと過ごした幼い日のことを少し思い出した。
――あのころは楽しかった。

 オムツを替えると未亜はまた居間に戻ってテーブルの上に載っているスナック菓子の袋を破って食べた。

 こうやって夕方が過ぎるのを待っている。
 母のあけみがそろそろ帰ってくる時間だ。

――また、うぜえのが来る。

 小さい頃に戻りたい。
 もっと楽しかった気がする。
 今はぜんぜん楽しくない。
 
――こんな家から出たい。
 そう思ったところで、未亜に行く当てなどあるはずもなかった。
 鬱々とした思いで、暗くなった部屋に座っていた。

 玄関の鍵が開く音がした。あけみが帰ってきた。
 未亜は慌ててテレビをリモコンでつけて、テレビを見てたふうを演じた。
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