第1話 同郷人

文字数 1,623文字

 大学は絶対都会に行くと決めていた。住んでいる地方にも大学はあったが、このまま、この田舎だけで過ごすのは嫌だと思った。
 だが、それは住んでいる地元自体が嫌いというわけではなく、一生のうち一度くらいは都会を見ておこうと考えていたからだ。
 小さなころから大人になったら教師になりたいと思っていたから、教員免許がとれる大学に進学した。
 楽しみにしていた大学の勉強は思っていたほど興味がわくものではなかった。どの授業も教授が好きなことをただ話して、それを90分間我慢して聴いているだけだった。
 大学での勉強はそういった感じであったが、かねてからの希望であった都会を見るという目標については、やはり観光で来ているのとそこで暮らすのとでは全然違った。そこで暮らしている生活感が田舎と都会では全く違っていた。ほどほどにその目標は達成していたと思う。
 入学してすぐに同じ講座で知り合った友だちができた。どこかで知り合いや友達がいなければ都会に生活しているのは苦しい。全くの一人暮らしをしていたから、ひとりで街を歩いていても侘しくなるだけだろう。
 二人の友だちができた。三人で一緒によくつるんで遊んだ。モラトリアムだと三人で言い聞かせて。
 友だちになったきっかけは大学の一つの講座の中で、教授が学生たちに自分の出身地の方言を紹介しろ、といった一コマがあった時だ。出身地とその地方の独特な方言を一人ずつ紹介していったとき、自分と同じ出身地の学生が二人いた。授業が終わるとそのうちの一人が話しかけてきた。
 都会に出て来ても結局同郷の人たちとつるんでいたことになったが、都会に出た意味から考えるとやや残念なことにも思えるが、それはそれで気が置けない仲間として親近感を持って付き合うことができていいことだと思った。
 三人とも大学を卒業したら田舎に帰ると決めていたから、この仲間はその後も付き合いが続くことはなんとなくわかっていた。
 副島という男は優しいやつで自分のことよりも人のことを優先するいい男だった。
 本当は気が乗らないようなバイトにも一緒に行ってくれた。
 あるとき二人で死にたくなるような辛いバイトをした。あの時は私がお金が無くなって急遽、日給制のバイトをとってきたのだ。一人で行くのは少し気が引けたので、副島を誘った。
 工事現場のバイトでセメントをバケツに入れて、5階建てのビルの屋上まで何回も運んだ。
 脚も腕もパンパンになってバイトが終わり、二人で帰りにビールを飲んだらバイト代は消えてしまった。今でもその時のことを忘れてないことを考えると全く無意味なバイトだったとは言えないだろう。副島には悪かったと思っている。
 もう一人の小早川は女である。サバサバとしていて、男前な女性であった。頭がいいという印象が強かった。私たち男二人を引っ張ってくれるリーダーであった。飲みに行くのも彼女の発声から始まった。
 三人は田舎に戻ってからも付き合いが続いた。
 副島は教師にはならなかった。自分みたいな意思の弱い人間が子どもを相手にして話すことなどできない、と言っていた。小早川と私で教師への道に誘ってみたのだが、そういう時の副島は意思が強い。私と小早川は教師になり、不思議な縁で今は同じ学校で働いている。
 小早川は校長になっている。学生の頃と変わらず、リーダー性があって、周りから頭ひとつ抜けていた彼女であったから、当然と言える今の地位だろう。
 副島は地元の市役所に就職した。そこで知り合った女性と結婚し、幸せな家庭をもっていたが、身体をこわして、数年前に死んだ。奥さんは今でも私や小早川と連絡をとって、三人でつるんでいたころの昔を懐かしんでくれる。
 いい奴は早く逝ってしまうのだ。
 実は私も数年前からあまり体調がすぐれない。定年まで持つか自信がないが、なんとか人に迷惑をかけないようにと、自分なりにできることはしているつもりだ。
 そのことは校長である小早川にも伝えてある。
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