第2話 紫煙

文字数 1,212文字

 あけみは食べ終わった弁当にふたをして、テーブルに肘をつけてあごを乗せた。
 あけみには店長の山崎の顔を見て、これから何を言い出すか見当がついた。
「なにー。やまちゃん、そんな顔して」
 あけみが使ういつもの策だ。怒っている相手にはまずネコなで声で対応する。そうすると大概の人はワンクッション置いた話し方をしてくる。
 案の定、山崎はマスク越しであるが笑い声を交えて、話を切り出した。
「久保さん、さあ」
 山崎はそこで一息入れたところで、表情を変えた。
「さきほど、お客様から直接私に電話があってですねえ」
 やはり、クレームの話であった。あけみが考えていたとおりだ。
「レジを担当していた店員について話があると言うことでお聞きしました」
――さっき来たサングラスのばばあか。
「どうも、そのお客様がおっしゃるには、レジを打ち間違えていたことを言ったら、舌打ちされた、というんです」
 山崎は、電話の内容を書いたメモの紙をあけみにも見えるように置いていた。
「一番左側のレジ」
「金髪」
「ねぎ125円」
「舌打ち」
 あけみは手を顔に当ててのけぞって見せた。
「やだー。やまちゃん」
――やっぱりさっきのばばあだ。
「確かにレジでまちがたけどさあ、舌打ちなんかするわけないじゃん」
 笑って否定して、空気を和らげようとした。
 だが、あけみの期待に全く反応せず山崎はじっとあけみを見ていた。
「まあ、そう思いたいですけど、こちらとしてはあってはならないことなので、念のために確認しました」
 山崎はメモの紙をバインダーに挟み、休憩室を出て行った。
 テレビはワイドショーの合間の天気予報に変わっていた。
「やってられんわ」
 空になった弁当箱をロッカーに入れ、あけみはたばこの入ったポーチを持って再び外に出た。風が冷たい。空はどんよりとして、晴れた日ならきれいに見える風待山も雲に隠れている。
――くそが。
 煙を吐いて、スマホの時計を見たら、もう休憩時間が終わる時刻になっていた。
――くそが。
 もう一度深く吸った煙を空に向かって吐き出した。
 あけみのはき出した煙は風待山に向かって、暗い空の中に流れ、やがて消えていった。 
 トイレに寄って出るときに鏡を見た。金色に染めた髪のブリーチが落ちかけていて、根元が黒くなっている。少し白いものも混じっているのも見えた。
 目尻と頬のしわが最近気になる。
「安物はだめだな」
 最近、近所のドラッグストアで買った化粧水に期待していたのだが。
 CMでもしわが目立たなくなるなんていってたくせに。
 肌もかさかさである。髪もしばらく美容室にも行ってないからばさばさだ。
――見なかったことにしよう。
 自分をごまかしてやり過ごすこともいつか覚えた経験知だ。
 レジに戻ると、自分の立つレジには山崎いて、客の相手をしていた。
「変わりまーす」
 山崎はお客様にゆっくりと頭を下げるとあけみの方に向き直り、
「お願いします」
とだけ言って売り場へと去っていった。
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