第3話  嘘つき

文字数 1,165文字

 音楽会が終わり、プールの季節がきた。子どもたちも初めてのプールで、毎回、大騒ぎだ。早く着替えてみんなを待ってる子もいれば、中にはあまり気乗りしないでぐずぐずと着替えてみんなを待たせている子もいる。その待たせている側の子の中にあのあけみもいた。水泳の時だけゆっくりというわけではない。あらゆる場面でいつも行動が遅い。
「早くやりなさい。みんなが待ってます」
 小早川が大きな声で行動を促しても、あけみは一向に急ごうとしない。
ーわざとゆっくりしてる?
ーこの子、みんなと合わせて動けない子?
ーそれともー
 小早川は音楽会の練習の時から、あけみのことが気になって仕方ない。正直に言うと大嫌いなタイプの子どもだ。
ーいつも大人の目を盗んでいるような。
 その頃からだ。教室でものがなくなることが起き始めたのは。
「先生」
 一人の子が小早川に泣きながら訴えて来た。
「私の靴がない」
「どこで脱いでいたの?」
 水泳の時は上履きを教室の廊下に並べてからみんなでプールには向かう。
「ここで脱いだんだよね?」
 その子は濡れたままの髪の毛で震えて泣きながらうなづいた。1年生だとまだこういうことが起きる。自分の持ち物が行方不明になってしまう。大人が探せば大抵のものはすぐに見つかる。
 小早川は周囲を探したが見つからない。 
「先生、どうしたの?」
 気の利く子たちが小早川の様子を見て尋ねてきた。
「靴がないの」
 そう言うとその子たちも一緒になって周囲を探し始めた。クラスの子たちがみんなで下駄箱や廊下に置いてある消火器の裏、棚の中を探してくれた。
 なかなか見つからないで困っていると、あけみが靴を持って小早川のところに来た。
「どこにあったの?」
「教室のゴミ箱の中」
 あけみは小さな声で答えた。 
「ありがとう、見つけてくれて」
 あけみは珍しく笑った。一緒に探してた子たちもあけみの周りに集まって、あけみを褒めている。
 あけみも満更でもなさそうに笑っていた。
「誰がやったのかな」
 そんなことする子がいることが信じられなかった。人のものをゴミ箱に隠すなんて。自分のクラスでの大問題だ。
 教室にみんなを座らせて小早川は子どもたちに聞いてみたが、名乗り出る子はいなかった。

 放課後、その出来事を学年の先生に話してみた。
「恐ろしいことをする子がいるんですね」
 学年の先生たちも口々にこの出来事に対しての感想を語っていたが、じっと自分の仕事をしていたベテランの先生がパソコンから目を離して言った。
「物隠しって、大抵の場合、見つけてきた子が犯人なんだよね」
 そう言われて、探している時のことを思い出すと、あけみだけ友だちと離れたところを行ったりきたりしていたことを思い出した。
「あけみに間違いない」 
 小早川はあけみの暗い闇を見た気がした。夏だと言うのに、背中に寒いものを感じていた。
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