第4話  姑息

文字数 1,316文字

 4時間目が終わり給食の時間になる。そこから学級担任は戦士となる。特に小さい子たちの担任は戦場にいる気持ちになる。
 小早川は2年生へと学級をそのまま持ち上げた。あの木堂あけみもいる。
 給食の時間は分刻みに進む。手を洗わせて、エプロンに着替えさせるまでに3分。全員が席についてから身支度と手洗いを確認。それから配膳になる。子どもたちが重たい牛乳や食器かご、おかずの入った食缶をえっちらほっちら運んでくる。途中で、手が痛いと言って何度も休む。盛り付ける子とそれを配る子が分担されて、みんなで用意する。小早川はその全体を見ながら遅れているところに入って手を差し伸べる。
 みんないい子たちだ。
 力を合わせて、食べ始められるまでが8分。
 正味、食べてる時間が20分。片付け終わるのがそこから5分後。
 担任はゆっくり味わって食べてる時間などない。本当は仕事上の権利としての休息時間のはずなのだが、実際にはこの時間も勤務である。
 休息時間どころではない。授業よりも労力を使う時間である。
 小早川はある時見た。あのあけみが、自分の机の上に配られたおかずをとなりの席の子のおかずと交換していた。子どもが配るものだから、盛り付けの量がまちまちである。多い子もいれば、少ないかなという子もいる。だが、子どもたちは自分の机の上に配られたものを素直に食べる。
 あけみは隣の子のおかずが自分のより多いことを見て、誰も見てない隙を狙って、さっとおかずを交換したのだ。
ー淺ましい子だ。
 休んだ子がいると、その子のデザートが残り、食べたい人がそれをもらう。甘いデザートだから食べたい子は何人もいる。そういう時には、その子たちで集まってじゃんけんをしてもらう子を決めることになっていた。休んだ子がいるそのたびにあけみは必ず「食べたい」と挙手をするのだ。
 じゃんけんで負けた子が小早川のところに来た。
「あけみちゃん、いつも後だしするんだ。ずるいよ」
 そう言われてみると、あけみがじゃんけんに勝って、もらっていることが多い。
 別の日、またじゃんけんをすることがあった。小早川はそのじゃんけんを見ていようと思って、近くで見ていた。特にあけみを。
 あけみはチョキを出したと思ったら、次の瞬間、残りの指を出してパーにしたのだ。そのじゃんけんで3人の子が負けた。あけみともう一人の子がじゃんけんをして明美が勝った。
「やったあ」
 あけみは喜んでそのデザートをもらっていった。
ーなんて子だ。
 以前からあけみに対してもやもやしたものを感じてはいた。あの家庭訪問、朝の歌練習、水泳の時の靴隠し。
 自分の学級の子なのに、かわいいとは思えなくなっていた。正直に自分の感情を言葉にすれば「大嫌い」だ。
ーそんなことまでして食べたいのか。
 小早川からすれば、くだらないことに神経を消耗される時間となった。あけみに目を向けていないと何をするかわからない。他の「かわいい」自分の学級の子どもたちが悲しい思いをしないように。
 
 2年生の算数に九九がある。これからの算数の学習にとって、この九九は大きな壁になる。どうしても乗り越えなければ、この先の学習に大きな支障を来たす。小早川は心して指導にあたった。
 
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