第1話 もみじ

文字数 910文字

 久保未亜が廊下を歩いていた。
 今は二時間目の授業中である。未亜は数学の授業を抜け出してきている。
「トイレ行ってきます」
 数学の教師にそう言って、その先生が何にも返事をしていないうちに、席を立って廊下へ出てきた。
 トイレに行くのは嘘である。
 ただ、授業がつまらないから教室から出たかっただけである。
 廊下に出て、考えた。
――さてと、どこに行こうか?
 あまりうろうろしていて、ほかの教師に出くわすのはめんどくさいし。
 廊下を歩いていると、教室から授業をしている声が聞こえる。
――みんなよくやってられるな。
 未亜は、長い髪を両手で弄りながら、とりあえず、トイレに行って個室に入った。

 隣の個室に人の気配を感じた。
――だれかいる。
 未亜は自分の気配を消そうと、身動きを控えて、じっと座面に腰をおろしたまま耳を澄ませた。やがて、トイレを流す音が聞こえ、個室を出て手を洗っている音が聞こえてきた。
「だれかいるの?」
 トイレから出た子が未亜に話しかけてきた。
 未亜が個室から出た。
「うっせえなあ」
 未亜が出て行くと、その子は驚いた顔をして未亜を見た。
 松井もみじだった。
 この前、転校してきた子だ。
「人がトイレに入っているのに話しかけてくんな」
 もみじは驚いた顔のままで、ハンカチを握っている。
「人がきたような気がしたけど、何にも音がしないから怖くなって声かけてみただけ」
 もみじは落ち着きをとりもどして、どうして声をかけたかを未亜に説明した。
「人がトイレに入ってきたらいけねえのか、うっせえんだよ」
 未亜はもみじの横をすり抜け、廊下に出た。教室と反対の方に向かって歩き始める。
 後ろから松井もみじが声をかけてきた。
「教室は反対ですけど」
 
 もみじはこういう子が大嫌いだ。
 言葉が悪いのは頭が悪いからだろう。
 威圧的なのは、本当は弱いからだろう。
 トイレに来たのもただのサボり。
 偉そうに人に向かって言ってたけど、わたしは全然お前みたいな奴、なんとも思わないから。
 
 未亜はもみじの言い方に驚いて振り向いた。
 自分に向かってそう言うことを言ってきた子はいない。
 動揺しているのは見せたくない。
「うっせえ」
とだけ言ってそのまま歩いた。
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