風待山 9
文字数 1,110文字
小早川はあれからずっと山崎創一と木堂あけみのことは忘れていなかった。
校長になって再びこの学校に戻ってきた時は流石にあの時の記憶が鮮明に胸の中に充満して、息が締め付けられるような気がした。
須藤がその学校にいることも知っていた。よく知った仲間がいることが救いだった。須藤に会うのは副島の葬儀以来だ。
校長になってひと月ほど経ったある日、一人の男が校長室を訪ねて来た。
山崎創一であった。すっかり中年のおじさんの域に入っていたが当時の面影はしっかりと残っていた。人の良さそうなところは当時のままだ。
「そこのスーパーで店長してます。先生にはまたいつか会えたらと思っていたのでつい」
創一は新聞の教員の異動欄を見て、小早川が来た事を知り、来校したのだと話した。
「あけみさんって覚えてますか?」
近況報告をお互いに話して、がひと段落つくと創一が聞いた。
−−忘れるわけがない。あの子のことは。
「実は今、自分のところにパートで来てます」
創一の報告になんて反応すればいいのか戸惑った。仮にも、あけみは教え子であり、創一の同級生である。
小早川は近いうちにスーパーに行くと約束した。
−−あけみはどんな大人になっているのだろう。
「お願いなんだけど、あけみさんには私がスーパーに行く事を言わないで」
創一にはそうお願いしておいた。今更、あけみと会って話すこともない。
だが、どんな大人になっているかを見てみたい気はする。見に行くことはできそうだ。
ああいう子がどんな大人になるのか。小早川はあの母親の顔も思い浮かべながら考えた。
「わかりました。あけみさんには言わないでおきます。」
創一もその辺りの機微を察するだけの大人になっていた。小早川担任だった当時の様子から、あけみに対する小早川の思いは察したのだろう。
「先生、でも、来てくださいよ。おまけしますからー」
創一はそう言って校長室を去った。
−−創一の母親も元気だと言っていた。
「家で何にもしないでのんびりやっているのも飽きた、そろそろ仕事見つけようかな、なんて言ってます」
あの子ども思いの優しい創一の母親には会いたいと思った。
母親だけで子どもを育ててきた。並大抵な苦労ではあるまい。
−−あけみの母親もどうしていることやら。
一瞬そう考えて、小早川は頭を振った。
−−−いや、二度と会いたくない。あの女には。
小早川は須藤が二年前、あのあけみの娘を担任していたことを知らない。そして、須藤も小早川が未亜の母親、あけみの担任をしたことを知らない。
2人の教員が、数十年を挟んで、ささくれた棘に触れていた。
そして、2人はそれぞれの思いを胸に閉じ込めたまま風待山のふもとで祈るのだった。
校長になって再びこの学校に戻ってきた時は流石にあの時の記憶が鮮明に胸の中に充満して、息が締め付けられるような気がした。
須藤がその学校にいることも知っていた。よく知った仲間がいることが救いだった。須藤に会うのは副島の葬儀以来だ。
校長になってひと月ほど経ったある日、一人の男が校長室を訪ねて来た。
山崎創一であった。すっかり中年のおじさんの域に入っていたが当時の面影はしっかりと残っていた。人の良さそうなところは当時のままだ。
「そこのスーパーで店長してます。先生にはまたいつか会えたらと思っていたのでつい」
創一は新聞の教員の異動欄を見て、小早川が来た事を知り、来校したのだと話した。
「あけみさんって覚えてますか?」
近況報告をお互いに話して、がひと段落つくと創一が聞いた。
−−忘れるわけがない。あの子のことは。
「実は今、自分のところにパートで来てます」
創一の報告になんて反応すればいいのか戸惑った。仮にも、あけみは教え子であり、創一の同級生である。
小早川は近いうちにスーパーに行くと約束した。
−−あけみはどんな大人になっているのだろう。
「お願いなんだけど、あけみさんには私がスーパーに行く事を言わないで」
創一にはそうお願いしておいた。今更、あけみと会って話すこともない。
だが、どんな大人になっているかを見てみたい気はする。見に行くことはできそうだ。
ああいう子がどんな大人になるのか。小早川はあの母親の顔も思い浮かべながら考えた。
「わかりました。あけみさんには言わないでおきます。」
創一もその辺りの機微を察するだけの大人になっていた。小早川担任だった当時の様子から、あけみに対する小早川の思いは察したのだろう。
「先生、でも、来てくださいよ。おまけしますからー」
創一はそう言って校長室を去った。
−−創一の母親も元気だと言っていた。
「家で何にもしないでのんびりやっているのも飽きた、そろそろ仕事見つけようかな、なんて言ってます」
あの子ども思いの優しい創一の母親には会いたいと思った。
母親だけで子どもを育ててきた。並大抵な苦労ではあるまい。
−−あけみの母親もどうしていることやら。
一瞬そう考えて、小早川は頭を振った。
−−−いや、二度と会いたくない。あの女には。
小早川は須藤が二年前、あのあけみの娘を担任していたことを知らない。そして、須藤も小早川が未亜の母親、あけみの担任をしたことを知らない。
2人の教員が、数十年を挟んで、ささくれた棘に触れていた。
そして、2人はそれぞれの思いを胸に閉じ込めたまま風待山のふもとで祈るのだった。