第3話 学級編成

文字数 1,884文字

 何の気力も持たず、転勤してきた。
 私は5学年に配属された。学年には3学級ある。その中で、私は学年主任となった。
 私以外の2学級は前からその学年を担当していた若い男と中堅の女の先生だった。
 この学校では4年生から5年生に上がる時に学級替えを行う。
 私が担当した学級はその前からいたその二人が編成したことはわかっていた。
「先生、よろしくお願いします」
 二人は、最初に会った時にそう言って挨拶をした。しかし、その言葉にある真の意味は子どもたちと、始業式で出会ってからわかった。二人も私にこのクラスを担当させてしまうことに心苦しかったかもしれない。後ろめたさも感じていたかもしれない。そう信じたい。
 私の担任する学級は学年の大変な子どもたちをかき集めて作ったような学級であった。
「優秀な子たちも入れてありますから」
 男の方の若手がそう言って引き攣りながら笑った。
「前いた学年主任の先生も、よく考えて作った学級ですから」
 女の方もそう言って下を向いてうなずいた。
 二人はそう言っていたが、だが、それにしてもひどすぎる。たしかに優秀な子たちも何人かはいた。私がうまくその子たちを引っ張ってやれなかったと言われればそうかもしれない。しかし、その子たちをもってしても、この学級を普通の状態に保つのは難しかったと思う。
 男子が壊滅的にひどかった。
 毎朝必ず遅刻してくる子がいた。最初のうちは、登校してなければ家庭にも連絡をとっていたが、毎日となると、もういいや、となって、連絡も取らなくなった。途中で事故や事件に巻き込まれているわけではないと確信したからだ。
 電話をしたところで、そのシングルマザーも特に悪びれた素振りもなく、へらへらと笑ってごまかして学校に丸投げだつた。
 いつも私の目を伺うように見ている子もいた。
 後から、その子の低学年当時の話を聞いたが、低学年の頃も相当だったという。人の見てないところで、友だちをからかったり、自分の思い通りにいかないと大声で泣き喚いていたりしていたらしい。
 その男子が私の目をチラチラと伺っていたのは、私がどういう教師かを探っていたのだ。ひと月ほど経つと彼は本領を発揮し出した。
 休み時間にロッカーの上に登ってその上を歩きまわっている。
 友達のランドセルを全部ロッカーから出して教室にばらまく。
 図書館にクラスを連れて行った時には、特別支援学級に入っている子が借りようとしている本を、わざと横から奪うようにして取り、借りてしまう。
「この本、読みたかったんだ」
 嘘である。その子が本を読んでいる姿など見たことがない。
 その暴れん坊が、ベランダに出て遊んでいたときがあった。
「危ないから中に入りなさい」
 私の注意を受けて、彼はベランダにあった植木鉢を教室へと窓から投げた。教室にいた他の子たちの悲鳴を聞いて笑っていた。
「何をするんだ」
 信じられない思いで聞いた。
「ここにいるお前らが俺を馬鹿にしてるからだ」
 そいつは普通の顔して言った。「お前ら」というのはクラスの子たちのことである。友だちを「お前ら」と呼ぶその王様にでもなったような言いぐさに腹が立った。
 クラスの子たちはみんな唖然としていた。
「馬鹿にしている?」
「何のことなのか言ってみな」
 問い詰めてみると、何年も前のことを言っているらしかった。中身からすると誰にでもある普通の子ども同士の喧嘩だろう。
「じゃあいつまでも君はそれを理由にみんなにそういうことをするのか?」
「うるせえ、黙ってろ、このくそ教師」
 この子の家庭には厳格そうな母親と学校のことには全く関心を示さない父親、歳の離れた弟がいた。
 トラブルが多く、学校であったことを伝えることも度々あった。
 だが、「この子にしてこの親あり」であった。
「学校ではどんなご指導をしているのか」
 母親は問い詰めて来た。
「うちではそんなことは一切見られませんが」
 対応が悪いのでは、と言っているのだ。
 拷問のような1学期が終わり、夏休みを挟み、2学期に入った。
 私は頭の中でカウントダウンをしていた。
 気力が湧かない自分に、なぜこんな学級で、こんな子どもたちのために、命を削るような日々を送らなければいけないのか、と。
――教師としてあと何年やらなければならないのだろうか。
――許されるならもう今すぐにでも辞めたい。
 苦しい日々に追い討ちをかけたのがあの女子であった。
「久保未亜」という子である。
 私の心の中に重く暗い影を落とし、世の中にこんな子や家族がいるんだ、ということを思わせた子であった。

「みきせん」
 久保未亜が席に座ったまま私を呼んだ。
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