第6話 人形劇
文字数 1,659文字
3月、学年の最後にクラスでお楽しみ会をすることにした。受け持っているこのクラスともお別れが近い。みんなで思い出を作ろうということだ。
お楽しみ会では班ごとに子どもたちが考えた出し物を発表する。なぞなぞを出したり、紙芝居をしたり、寸劇をしたりと子どもたちは準備に取り掛かっていた。
ある班が人形劇をしたいと小早川に言ってきた。
「いいんじゃない。人形はどうするの?」
「自分のお気に入りのぬいぐるみや人形を持ってくるんだ」
その班には山崎創一という子がいた。静かで優しい子である。この子は母親と2人で暮らしている。父親は離れたところにいるらしい。
「創一をよろしくお願いします」
家庭訪問の時の創一の母親の健気な姿が思い出される。洒落っ気もなく、慎ましい生活をしていることが察しられた。だが、創一を見ていると、どんな家庭かわかる。この母親は息子のために愛情をたっぷりと注いでいる。
その班の子たちはみんな楽しそうにしているのに、創一は何か浮かない顔をしてる。
「なんかあまり楽しそうじゃないけど」
小早川が創一に聞くと創一は困った顔を見せて話してくれた。
「ぼく、人形なんて持ってないんだけど」
小早川は創一がどうしても人形を用意できないようなら自分の持っているぬいぐるみを貸してあげようと思っていたが、翌日、創一は熊のぬいぐるみを家から持ってきた。
「昨日、お母さんに話したら、買ってくれたんだ」
創一はそれから毎日、班の友だちと練習を頑張っていた。
発表の日の朝、班のみんなで集まって練習すると決めたらしく、その練習に先生も付き合ってほしいと頼まれた。
みんなで練習しているところへ創一が遅れて入ってきた。創一は困ったような顔をしてみんなの練習を見ていた。
−いつも真面目で、人に迷惑をかけるような子ではないはずなのに。
その時のエピソードは小早川にとって忘れられないものになった。
−こんないい子がいるなんて。
創一の悲しそうな、困ったような顔を見て、小早川は創一に聞いてみた。
登校してくる途中で泣いている一年生を見たんだそうだ。座り込んで泣いていて、動こうとしない。練習に遅れて行ったらみんなに迷惑をかける。だけど、その困っている一年生を放って置けず、班のみんなから怒られるのを覚悟して、その一年生に付き合ったという。どうも忘れ物をしたらしいことがわかり、泣いているその子のうちまで一緒に行ってあげたんだそうだ。
遅れてきた創一を頭ごなしに叱りそうになっていた自分を恥じた。創一の心根の優しさに触れ、小早川は嬉しくなって、夕方早速に母親に電話で伝えた。母親に創一の優しさについて話しているうちに自分の方が涙が出てきて困った。
お楽しみ会が成功して、受け持っていたこのクラスとのお別れも心置きなくできると思っていた矢先、小早川を暗い出来事が襲った。
「先生、僕の熊のぬいぐるみが見つからない」
山崎創一が泣きながら小早川のところに来た。
「ぬいぐるみって、あのお母さんが用意してくれたぬいぐるみ?」
創一は泣いたままうなづいた。自分のランドセルの中に入れておいたのに、帰りの支度を始めた時に、なくなっていることに気づいたんだという。
小早川の頭の中に一人の子の顔が浮かんでいた。
−間違いない。木堂あけみだ。
小早川はあけみを空いている教室に呼んで何か知らないか聞いた。
あけみは知らない、と首を振った。下を向いたまま、決して小早川とは目を合わせようとしない。
ーあけみが持っている。
小早川はあけみの首を掴んで、問い詰めた。
「本当に知らないの?」
今の時代なら訴えられてもおかしくない。だか、その時の小早川は自分の感情をコントロールできなかった。
「知らない」
あけみはずっとそう答えたまま下を向いている。
こんな子が、自分のクラスにいる、という事実が許せなかった。創一がぬいぐるみを持ってきた時の嬉しそうな顔が忘れられない。あのお母さんの息子を幸せにしたいという思いも小早川の気持ちを昂らせた。
そのままの勢いで母に電話した。
お楽しみ会では班ごとに子どもたちが考えた出し物を発表する。なぞなぞを出したり、紙芝居をしたり、寸劇をしたりと子どもたちは準備に取り掛かっていた。
ある班が人形劇をしたいと小早川に言ってきた。
「いいんじゃない。人形はどうするの?」
「自分のお気に入りのぬいぐるみや人形を持ってくるんだ」
その班には山崎創一という子がいた。静かで優しい子である。この子は母親と2人で暮らしている。父親は離れたところにいるらしい。
「創一をよろしくお願いします」
家庭訪問の時の創一の母親の健気な姿が思い出される。洒落っ気もなく、慎ましい生活をしていることが察しられた。だが、創一を見ていると、どんな家庭かわかる。この母親は息子のために愛情をたっぷりと注いでいる。
その班の子たちはみんな楽しそうにしているのに、創一は何か浮かない顔をしてる。
「なんかあまり楽しそうじゃないけど」
小早川が創一に聞くと創一は困った顔を見せて話してくれた。
「ぼく、人形なんて持ってないんだけど」
小早川は創一がどうしても人形を用意できないようなら自分の持っているぬいぐるみを貸してあげようと思っていたが、翌日、創一は熊のぬいぐるみを家から持ってきた。
「昨日、お母さんに話したら、買ってくれたんだ」
創一はそれから毎日、班の友だちと練習を頑張っていた。
発表の日の朝、班のみんなで集まって練習すると決めたらしく、その練習に先生も付き合ってほしいと頼まれた。
みんなで練習しているところへ創一が遅れて入ってきた。創一は困ったような顔をしてみんなの練習を見ていた。
−いつも真面目で、人に迷惑をかけるような子ではないはずなのに。
その時のエピソードは小早川にとって忘れられないものになった。
−こんないい子がいるなんて。
創一の悲しそうな、困ったような顔を見て、小早川は創一に聞いてみた。
登校してくる途中で泣いている一年生を見たんだそうだ。座り込んで泣いていて、動こうとしない。練習に遅れて行ったらみんなに迷惑をかける。だけど、その困っている一年生を放って置けず、班のみんなから怒られるのを覚悟して、その一年生に付き合ったという。どうも忘れ物をしたらしいことがわかり、泣いているその子のうちまで一緒に行ってあげたんだそうだ。
遅れてきた創一を頭ごなしに叱りそうになっていた自分を恥じた。創一の心根の優しさに触れ、小早川は嬉しくなって、夕方早速に母親に電話で伝えた。母親に創一の優しさについて話しているうちに自分の方が涙が出てきて困った。
お楽しみ会が成功して、受け持っていたこのクラスとのお別れも心置きなくできると思っていた矢先、小早川を暗い出来事が襲った。
「先生、僕の熊のぬいぐるみが見つからない」
山崎創一が泣きながら小早川のところに来た。
「ぬいぐるみって、あのお母さんが用意してくれたぬいぐるみ?」
創一は泣いたままうなづいた。自分のランドセルの中に入れておいたのに、帰りの支度を始めた時に、なくなっていることに気づいたんだという。
小早川の頭の中に一人の子の顔が浮かんでいた。
−間違いない。木堂あけみだ。
小早川はあけみを空いている教室に呼んで何か知らないか聞いた。
あけみは知らない、と首を振った。下を向いたまま、決して小早川とは目を合わせようとしない。
ーあけみが持っている。
小早川はあけみの首を掴んで、問い詰めた。
「本当に知らないの?」
今の時代なら訴えられてもおかしくない。だか、その時の小早川は自分の感情をコントロールできなかった。
「知らない」
あけみはずっとそう答えたまま下を向いている。
こんな子が、自分のクラスにいる、という事実が許せなかった。創一がぬいぐるみを持ってきた時の嬉しそうな顔が忘れられない。あのお母さんの息子を幸せにしたいという思いも小早川の気持ちを昂らせた。
そのままの勢いで母に電話した。