第6話 ままごと

文字数 1,336文字

「どうなってんの?」
 母親はタバコの吸い殻を近くにあった空き缶に放り込んだ。
「すみません」
 私はとりあえず、謝った。学校で起きたことは学校に責任があると思っていたからだ。
 ただし、これは私からすれば自分の心を捨てて出た言葉である。私は「すみません」なんて思っていない。未亜がただ学校をサボりたくて出て行っただけのことだと思っていた。
 未亜はこれ見よがしに母親の腕にしがみついて、私を睨んでいた。
「クラスの男子が未亜さんの机に画鋲をばら撒いたんです」
 私は状況を説明した。だが、「その男子は行動に問題があって」などとは言えない。その男子も擁護しなければならない。そして、教員には守秘義務がある。
「画鋲がはらまかれるってさあ」
 未亜の腕をさすりながら母親は大きなため息をわざとらしく私に向かって吐いた。
 髪の毛は真っ黄色だ。肌は浅黒く煤けた感じだ。その店の制服らしい店名が大きくプリントされたエプロンを着ている。
 未亜の母親と会うのは初めてではない。最初に会ったのは新年度が始まって2日目のことだった。
 学級の保護者会の役員決めの時に初めて見た時は、相当なキャラぶりを見せていた。指定された時間からやや遅れて教室に入ってきた。今日と同じように真っ黄色の髪であった。教室に入って来るなり、他の母親に声をかけて話し始めた。
「あのクソ店長が帰らせてくれんのダワ」
 龍と虎の刺繍が入ったスタジャンを着ていた。
「すごいのが来た」
 この母親と付き合っていくのか、と暗澹たる気持ちにかられたのを覚えている。
「未亜さん」
 私は母親にしがみついている未亜に話しかけた。
「学校に戻ろう」
 未亜はその言葉に反応して、今度は母親の背中の後ろに回って、顔を母親の背中に埋めるように隠れた。
「未亜ー」
 母親は私に向かって話していたトーンとは明らかに違う猫撫で声で未亜の名前を呼んだ。
 私から見ると、二人ともどこか空々しい。未亜がティッシュケースを作った時に、私が聞いた時には、渡す人なんかいないと毒づいていたはずだ。
「どうしましょう、お母さん」
 時間が気になってきた。給食の時間も終わりそうな時間になっていた。
「どうしましょうってさ、あんた担任だろ、考えろよ。この状況で学校戻れるわけないじゃん」
 いや、お前コソ親だろ、娘をなんとかしろよ。
 「未亜ー」
 母親は未亜の頭を撫でるようにして、私を睨んだ。
「このままうちへ連れてくわ。カバンはそのままでいいから」
 くだらん。
 私はこの親子の関係が見えた気がした。
 母親は娘に何も言えないのだ。そして、母親は物分かりのいい、我が子は私が守る、というポーズをとっているのだ。母親としてもチャンスなのかもしれない。日頃、疎んじられているのだろう。そのためなら担任を悪者にする。
 結局、私はそのまま学校へ帰った。すでに給食の時間は終わり、校庭で遊んでいる子たちがいた。
 生ぬるい太陽の光が薄暗い電灯のような明るさで地面を照らしていた。
 くだらない「おままごと」。親子ごっこに付き合わされた気分であった。
 それ以降、未亜の学校からの逃亡は増えたことは間違いない。
 嫌なことがあれば、脱走して母親のスーパーに行けばいいのだ。私はその度に、未亜を迎えに足を運ぶことになった。
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