第3話 兄妹

文字数 1,275文字

 嫌な予感がした。アパートの郵便受けに、一通の封書が届いていた。仕事から帰ってきて
、それでも何か届いていないか、必ず見ることにしている。いつも空っぽの郵便受けに珍しく郵便物がはいっていた。滅多にないから一瞬、心があけみは躍ったが、封筒の色が軽やかではない。
差出人は聞いたことのない地名の児童相談所であった。いい知らせではないようだ。
 封書を開けて読んでみたが、読んでいるうちに、あけみは自分の子どもの頃のことを思い出して、胸が苦しくなった。
 兄のことでの依頼であった。
 あけみたち兄妹は子どもの頃、母親からの虐待で一時児童相談所に預けられたことがある。幼かったあけみにはどうしてそんな場所に預けられたのかわからなかったが、今はわかる。母親、さとみは子どもたちの面倒をみることをせず、養育能力がないと判断されたからだろう。兄と二人で、児相の寮に入った。畳が敷いてあるだけの殺風景な部屋で二人で過ごした。
 しばらくしてあけみは母親のもとへ、兄は養護施設へと、二人ははなればなれになった。二人はそれきり長い間会ってなかった。
 再会したのは母さとみの事故の時である。もしかしたらさとみはこのまま死ぬかもしれないという大怪我をした。あけみはかつての児相に連絡をとり、兄の行方を教えてもらった。
 さとみは命はとりとめたものの、自由に動ける身体ではなくなった。それは幸か不幸かわからないが。
 さとみがあけみのアパートに越してきたころ、今頃という感じで兄がひょっこり現れた。
「生き延びたんか」
 兄が言ったその言葉に偽りはない。本心であろう。
 金色の髪が兄の現在の生活ぶりを表していた。まともな生活はしていないだろうと思った。
−−もういいから帰れ。
 兄がいると、自分の生い立ちまで真っ黒に見えてくるのだ。
 本当は兄のことなどどうでもよかった。そんなことより、その頃、あけみは未亜の担任と揉めていた。未亜とも最近はうまく言ってない気がしていた。何か言っても聞いてないような顔をして離れていく。
 担任に不満をぶつけていた。未亜がこうなっているのは学校のせいだ。 
−−なんとかしろよ。
 あけみが学校に行く時、兄がついてきた。
「俺も一緒に行ってやる」
−−まあいいか。こういう時は、こんな兄でも自分だけで行くより、少しはあの担任に圧力かけれるだろう。
 
 あの時以来、兄とは連絡は途絶えていた。
 この児相からの封書は兄の子どものことであった。
 兄の子は「さとる」といい、四年生であった。
 可哀想なことに、このさとるという子も児相預かりとなっているらしい。
 理由は兄の虐待である。さとるの母親はいない。兄が現れたあの後、家庭内暴力が原因で離婚していた。
 封書の内容はそのさとるの身元保証人になってほしいということだった。
 負の連鎖は続くということを証明しているかのような親子だと思った。
−−私は子どもをしっかりと育てている。
未亜のために頑張ってるんだ。
 タバコに火をつけ、大きく煙を肺に吸い込んだ。
−−未亜にとって私はいい母親だと思う。
あけみは自分勝手にそう思っている。
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