第1話 縁

文字数 1,138文字

 つばきは智恵子おばあちゃんからお小遣いをもらって買い物に出かけた。自分が食べたいおやつを買いにきたのである。
 買い物をするのは智恵子おばあちゃんに教えてもらった近くのスーパーだ。他に店はないから、ここに来るしかない。
 前に住んでいたところのスーパーに比べると、寂れているし、華やかさもない。お客さんもそんなに来ていない。そうした田舎の雰囲気にもようやく慣れてきた。
 つばきがスナック菓子の棚の前でどれにしようか迷ってあると、不意につばきの目の前を1人の店員さんが横切った。
−−子どもだとしても、私だってお客さんだよ。目の前を何も言わずに通るのは、ちょっと失礼じゃない?
 つばきはその店員さんを目で追った。均一の髪の毛をしたおばさんだった。その店員さんは隣の調味料の棚の前で腕組みをして立っていたおじさんに話しかけていた。
 そのおじさんも、店員のおばさんと同じように金色の髪の毛で、長く伸ばした髪を後ろで一つに結んでいた。少し怖そうなおじさんだった。
 二人はひそひそ声で何か話している。何か言い争っているようだった。
「絶対無理。できるわけないだろ!」
 店員さんの声が聞こえてきた。おじさんの方は店員のおばさんの肩に手をのせて、何か頼んでいるみたいだ。
−−あれ? あのおじさん、どこかで見たことがある。
 つばきはあの金色で後ろでしばった髪型を見て、何か思い出した。
−−誰だっけ? 
−−思い出した!あのおじさんは前の学校で見たんだ。そうだ、あの暴れん坊の男子、木堂さとるのお父さんだ!
 参観日に来ていた。みんなのお父さんやお母さんはきちんとした格好で来てるのにさとるのお父さんは派手なシャツと、作業ズボンのようなポケットがたくさんついたズボンで来ていた。ガムを噛んでいたことも思い出した。
 間違えない。さとるのお父さんだ。
−−でも、どうしてここに?
 つばきはもうお菓子を買うのはやめた。早く帰って智恵子おばあちゃんに話さなきゃと思った。
 まだ二人は言い争っているようだ。つばきは前の学校のことを思い出した。教室でいつもみんながヒソヒソ話をしていることを。そして時々、罵声が響くことを。
 小岩井先生はあのおじさんの子、さとるのせいで学校に来れなくなった。参観日の時、お父さんが来ているというのに、ふざけた発言をしたり、友だちの意見を笑ったりしていた。その時の小岩井先生は悲しそうだった。たしか、あのお父さんも、そんな自分の子を見て、ヘラヘラ笑っていた。
 つばきは店から逃げるように出た。背中で、男の店員さんが「ありがとうございました」と優しく声をかけてくれた。世の中はこういう優しさを持った人たちばかりではない。つばきは子どもながらに、「この世界には腐った人間がいる」
と思った。
 
 
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