第2話

文字数 873文字

カスウィザードは、昨日の雨でぬかるんだ道を、つんのめりながら急いだ。彼が向かうのは娼家、希代の娼婦タニアの館だった。父が存命だったころ、彼はこの館の上得意であった。父が死んでから久しく足を向けていない。

「あら?」館の前で、胸をはだけて、扇子で仰いでいた色黒の美女が、紫色の瞳でカスウィザードを見つめた。
「久しいじゃない。元気してたの?」
「タニア、久しぶりだね。いちおうは、元気だ」
「遊んでく?」
「いや、風俗からは足を洗ったんだ。もうそんなのんきな身分でもない」
「へえ?でも、溜まるでしょ?」
「・・・・。金が要るんだ」
「そりゃ、お金はいりますよ。生きてる以上はね」
「半端な額じゃない。600万キロロ」
「大金ね」
「貸してくれないか?」
「お断り」
「必ず返すから」
タニアはきっとなって自分より十は下の、若い男を見た。
「世間知らずの坊ちゃん。お父様、お亡くなりになったんでしょ?」
カスウィザードはうつむいた。
「だから、あなたには貸せません!」
「そうか・・・。昔はツケで遊ばせてもくれたけどね」
「あれはみんな、お母様が払ってくれてたの。お父様のお言いつけで、ね」
「なんで?子供を風俗で遊ばせるお金を払う父親なんて、この世にいるのか?」
「あなたのお父様よ」
彼はふと、父親のことを思い出した。父は彼に、ひたすら甘かった。怒鳴られたことなど、一度もなかった。世界を救うために魔法使いになると言った時、父は、「そうか。大事な仕事だな。それじゃ、商売なんかやってる暇はないな」と、がっくり肩を落としたものだった。

それから堕落の道にのめりこんでいったこの息子のことを、父がどんな気持ちで見守っていたのかは、知る由もない。カスウィザードは唇をかみしめた。

「剣がいる。あの剣が」

タニアが言った。「お坊ちゃま。もう一度、ポナンのところに行ってごらんなさい。あれであの男は、昔は大した魔導士だったものよ。今あんたにある伝手で、少しでも使えると言えばあの男ぐらいだわ。行く価値は、ある。」
カスウィザードが見上げると、美女タニアは、ヴァイオレットの瞳をくるめかせ、やさしく微笑んだ。
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登場人物紹介

剣士カスウィザード  元魔法使い志望、元おぼっちゃま。現在は貧乏剣士(駆け出し)。駆け出しの分際で、ドワーフの名工キリクの手になる名剣『雷神の剣』を、喉から手が出るほど欲している。


美女タニア ?


魔導士ポナン 悪道に落ちた、元大魔法士

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