第1話

文字数 1,565文字

『あの剣が欲しい。あの剣さえあれば・・・』

剣士カスウィザードは、武器屋の店先で固まったまま、二時間ほど動かなかった。その店の目玉商品は雷神の剣、刃の先から雷がほとばしり出る逸品で、切れ味の方も上等。カスウィザードは、その剣が欲しくて欲しくてたまらぬのである。

店の主が、とうとうたまりかねて、邪魔なお客を追い払うため、店の奥から出てきた。
「ちょっとお客さん、他のお客さんの邪魔になるから、あんまり店の前でじっとしていられると困るんだよ」

カスウィザードはうっとうしそうに店主の方を一度ちらりと見ただけで、またその凝視を件の剣、ら・い・じ・んに熱く注ぎ続けた。

「ちょっと!」いらだちがピークに達した店主に肩をつかまれたカスウィザードは、その肩を不器用に、大きく振り払うと、名も知らぬ店主のことをびしっと指で指し、こう言い放った。

「俺は必ず、あの剣を手に入れる!必ずな!!」

「こちとら、金さえ出していただければいつでもお売りしますよ!(もっとも、あんたにその金が稼げるとも思えんがね)」

店主は、うす汚れた、みじめったらしいなりの、見たところ士官もしておらぬ貧乏剣士を、腹立ちとも哀れみともつかぬ複雑なまなざしで見送った。

カスウィザードの経歴はちょっと変わっている。彼は最初、魔法使いを目指していた。世界を救うほどの偉大な魔法使いになろうとして、王都アレクサンドリアの名門魔法士養成校『ナダン』を受験して失敗、私立の、金さえ積めば誰にでも魔法を教えるとの悪評がある「邪道士ポナン」の私塾に通い始めた。彼の生家は商家で、材木を派手に商っていた。父親は、かわいい一人息子の教育に、いくらでも金を出した。

ところが、ポナンはカスウィザードのことを単なる金づるとしかみなさなかったらしい。(カスウィザードに魔法の素質があったのかなかったのか、それは分からない。そもそも悪道に落ちた男ポナンは、そんなことに全く関心を払わなかった)ポナンがカスウィザードに教えたのは酒に女に博打に麻薬、要するに、まじめに生きようとしない退屈を紛らわせるための、ありとあらゆる手段でしかなかった。その事にカスウィザードがうすうす気づいときにはすでに遅く、彼はポナンを悪道の師と仰ぎ、彼自身もまた悪道にどっぷりと浸からされていた。

その折、父親の商売が大打撃を受けた。材木ばかりを好んで食するインセクト系モンスターの群れが南から襲来し、王国中の材木が食い散らされてしまったのである。それだけならば、商人である父親も、価格の上昇で対応して乗り切れたかもしれない。だが、この時、魔法と化学の結実である新素材『ポリマー』が、いよいよ実用化されるという報告が彼の耳に入った。また、この新素材をもって、今後国内の木材の不足分を賄うという、王国政府のお触れが近々なされるといううわさも、父は同時に耳にした。

元来がナーバスであった彼の父、ドスコニルは、先々をはかなんで、崖の上に立ち、火炎魔法を自らにお見舞いして谷底に落ちていった。

この事件で、さすがのカスウィザードも目が覚めた。残された母親とわずかな財産を守るために、彼自身が自立せねばならないと決めたのである。もう、華美な服を着て娼家を渡り歩く生活とはおさらばである。ポナンに痛烈な『別れの一撃』を拳骨でお見舞いした後、家に戻った彼は、家にある、使用人たち(すでに一人残らず立ち去っていた)が着ていた中でもっとも粗末な服を身にまとい、剣士として、金を稼ぐことを母親に宣言し、そして街に出たのである。まず寄ったのが武器屋だ。財布には、6000キロロしか入っていなかった。小麦5キロは買える額である。だが、彼が「この俺にふさわしい」として、二時間睨んでいたのは、その武器屋で最も高額の商品「雷神の剣」で、600万キロロの値がつけられていた。
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登場人物紹介

剣士カスウィザード  元魔法使い志望、元おぼっちゃま。現在は貧乏剣士(駆け出し)。駆け出しの分際で、ドワーフの名工キリクの手になる名剣『雷神の剣』を、喉から手が出るほど欲している。


美女タニア ?


魔導士ポナン 悪道に落ちた、元大魔法士

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