第3話
文字数 1,972文字
タニアの館からポナンの家までは、歩くと結構、距離がある。着いたころには、とっぷり日も暮れかかっていた。
ポナンは応接間のソファで、裸の女二人を侍らせて水煙草を吸っていた。カスウィザードが入ってきたのをちらと見上げて、露骨に顔をしかめる。
「なんだ、貴様か。金なら貸さんぞ」と、察知の鋭さは、さすがに元魔導士である。
「・・・。あんたが俺にしたことはこの際、水に流す。金を貸せとも言わん。腕を貸せ。さもなければ、知恵をだ」
ポナンは眉をひそめた。だがじっと、カスウィザードの目を下から見上げた。カスウィザードは、ポナンの目の下の隈と、だぶつきを、醜いと思った。カスウィザード自身の顔立ちは、25歳を過ぎた今も、童顔である。
「おぼっちゃま。誰かに言われてきたな?誰の入れ知恵だい?」
「この国一番の美女、タニア」
「あいつか!」
ポナンは禿げあがった額を大げさな身振りでぴしゃりと打った。「アナンにカナン。行ってよろしい。服を着なさい。それから、この水煙草を片付けておくれ」
女たちを下がらせると、はだけていた服の前を合わせ、カスウィザードに傍らの椅子をすすめ、自分も起き直った。
「で?」
「で、と言われてもな」
「なんで金が要る?」
「剣が欲しい」
「剣も買えんのか!」
「なまなかなヤツじゃないんだ。雷神剣だ」
「ふんっ。またたいそうなものを欲しがるねえ、このおぼっちゃまは。パパに買ってもらえばいいんだ。火炎魔法の名手、谷底のドスコニル様にさ!!」
言ってからしまったと思ったらしい、カスウィザードの怒りに満ちた瞳に出会い、ばつが悪そうに目を伏せた。
「父は、病気だった。おそらくな」
「体が悪かったとは、なにも聞いていないが?」
「心さ」
「心とはまた、厄介だな。それでおまえはふらふら遊んでいたんだからな」
カスウィザードは、またしてもこの男をにらみつけようかと思ったが、寸手でこらえた。
「金を稼ぐ手段を教えて欲しい。なんでもする!」
「なんでもと、言われてもなあ。じゃあ逆に聞くがね、お前に何ができる?」
答えに窮するカスウィザード。なにもしてこなかったおぼっちゃま。
それをじっと見るポナンの目に、ふと、生来の人の良さがよぎった。
「なああんた、危険は覚悟できるな?」
「むろん」
「頭のほどはどうだ?」
「『ナダン』には、受からなかったが、だからと言ってバカではないはずだ。というのは、ナダンに受かったどうしようもないバカを何人か、俺は知っているからだが」
「大した自信だ。よろしい、それならば一つ、クエストを与えよう。北の砂漠に、ライオンの体と人間の頭を持ったモンスターが住んでいる。スフィンクスだ。やつから、あるものを奪ってきて欲しい。」
「あるものとは?」
「心臓。それを持ってきてくれたなら、600万キロロ差し上げよう」
「スフィンクスの心臓だな。わかった。」カスウィザードは重々しくうなずいた。ポナンが突然、吠えた。「おまえ!スフィンクスの心臓だぞ、わかってんのか!甘く考えるなよ!」
カスウィザードは気おされもせず言い放った。「スフィンクスだろ?知恵比べしてくるさ!!」
するとポナンは、意味ありげに笑って言った。
「知恵比べ?おまえさんにどんな知恵があるってんだ?大方アレキサンドリアの大図書館で情報でも仕入れて行くつもりなんだろうが、果たしてそううまくいくかね?まあいい、ともかく、スフィンクスの館までの地図だけは、お前に持たせてやる。アナン、アナン!」
ポナンはそう言って奥の部屋から先ほどの女の子を呼び寄せた。女の子は水色の薄物を羽織って出てきた。「例のものを持ってきなさい」女の子は再び奥の部屋に引っ込んだ。そしてほどなくして、今度は二人揃って現れたが、それは、一人では到底持てないような木製の、大きな箱を運んできたためだった。
ポナンは半身乗り出してその箱を開けた。箱の中には髑髏や十字架、蝙蝠の羽、蛇の抜け殻など、異様なものがひしめいていたが、その中からポナンは一枚の羊皮紙を探し出して、まずは自身の目の前で広げてみた。「うむ、たしかにこれだ」そう言ってその羊皮紙をくるくる丸めて、ポナンはカスウィザードに手渡した。
カスウィザードはその場でその紙を広げた。地図らしきものが書いてある。上の方に星印、下の方の大きな四角は、たぶんこの町、王都アレキサンドリアだ。
「スフィンクスの館がある場所の地図だ。お前にくれてやる」
カスウィザードはもらった羊皮紙を大事にまた丸めて、礼を言った。
「ポナン、あの、ありがとう」
「なに?金ならやらんぞ」
「いやそうじゃなくて、チャンスをくれたから」
「この親切が仇にならなければいいがね。十中八九、あんたは命を落とすだろうよ」
そう言われてカスウィザードの心を怖気が走り抜けたが、なんとか勇気をふるいおこし、ポナンに目礼して、くるりと背を向け、彼の館を出た。
ポナンは応接間のソファで、裸の女二人を侍らせて水煙草を吸っていた。カスウィザードが入ってきたのをちらと見上げて、露骨に顔をしかめる。
「なんだ、貴様か。金なら貸さんぞ」と、察知の鋭さは、さすがに元魔導士である。
「・・・。あんたが俺にしたことはこの際、水に流す。金を貸せとも言わん。腕を貸せ。さもなければ、知恵をだ」
ポナンは眉をひそめた。だがじっと、カスウィザードの目を下から見上げた。カスウィザードは、ポナンの目の下の隈と、だぶつきを、醜いと思った。カスウィザード自身の顔立ちは、25歳を過ぎた今も、童顔である。
「おぼっちゃま。誰かに言われてきたな?誰の入れ知恵だい?」
「この国一番の美女、タニア」
「あいつか!」
ポナンは禿げあがった額を大げさな身振りでぴしゃりと打った。「アナンにカナン。行ってよろしい。服を着なさい。それから、この水煙草を片付けておくれ」
女たちを下がらせると、はだけていた服の前を合わせ、カスウィザードに傍らの椅子をすすめ、自分も起き直った。
「で?」
「で、と言われてもな」
「なんで金が要る?」
「剣が欲しい」
「剣も買えんのか!」
「なまなかなヤツじゃないんだ。雷神剣だ」
「ふんっ。またたいそうなものを欲しがるねえ、このおぼっちゃまは。パパに買ってもらえばいいんだ。火炎魔法の名手、谷底のドスコニル様にさ!!」
言ってからしまったと思ったらしい、カスウィザードの怒りに満ちた瞳に出会い、ばつが悪そうに目を伏せた。
「父は、病気だった。おそらくな」
「体が悪かったとは、なにも聞いていないが?」
「心さ」
「心とはまた、厄介だな。それでおまえはふらふら遊んでいたんだからな」
カスウィザードは、またしてもこの男をにらみつけようかと思ったが、寸手でこらえた。
「金を稼ぐ手段を教えて欲しい。なんでもする!」
「なんでもと、言われてもなあ。じゃあ逆に聞くがね、お前に何ができる?」
答えに窮するカスウィザード。なにもしてこなかったおぼっちゃま。
それをじっと見るポナンの目に、ふと、生来の人の良さがよぎった。
「なああんた、危険は覚悟できるな?」
「むろん」
「頭のほどはどうだ?」
「『ナダン』には、受からなかったが、だからと言ってバカではないはずだ。というのは、ナダンに受かったどうしようもないバカを何人か、俺は知っているからだが」
「大した自信だ。よろしい、それならば一つ、クエストを与えよう。北の砂漠に、ライオンの体と人間の頭を持ったモンスターが住んでいる。スフィンクスだ。やつから、あるものを奪ってきて欲しい。」
「あるものとは?」
「心臓。それを持ってきてくれたなら、600万キロロ差し上げよう」
「スフィンクスの心臓だな。わかった。」カスウィザードは重々しくうなずいた。ポナンが突然、吠えた。「おまえ!スフィンクスの心臓だぞ、わかってんのか!甘く考えるなよ!」
カスウィザードは気おされもせず言い放った。「スフィンクスだろ?知恵比べしてくるさ!!」
するとポナンは、意味ありげに笑って言った。
「知恵比べ?おまえさんにどんな知恵があるってんだ?大方アレキサンドリアの大図書館で情報でも仕入れて行くつもりなんだろうが、果たしてそううまくいくかね?まあいい、ともかく、スフィンクスの館までの地図だけは、お前に持たせてやる。アナン、アナン!」
ポナンはそう言って奥の部屋から先ほどの女の子を呼び寄せた。女の子は水色の薄物を羽織って出てきた。「例のものを持ってきなさい」女の子は再び奥の部屋に引っ込んだ。そしてほどなくして、今度は二人揃って現れたが、それは、一人では到底持てないような木製の、大きな箱を運んできたためだった。
ポナンは半身乗り出してその箱を開けた。箱の中には髑髏や十字架、蝙蝠の羽、蛇の抜け殻など、異様なものがひしめいていたが、その中からポナンは一枚の羊皮紙を探し出して、まずは自身の目の前で広げてみた。「うむ、たしかにこれだ」そう言ってその羊皮紙をくるくる丸めて、ポナンはカスウィザードに手渡した。
カスウィザードはその場でその紙を広げた。地図らしきものが書いてある。上の方に星印、下の方の大きな四角は、たぶんこの町、王都アレキサンドリアだ。
「スフィンクスの館がある場所の地図だ。お前にくれてやる」
カスウィザードはもらった羊皮紙を大事にまた丸めて、礼を言った。
「ポナン、あの、ありがとう」
「なに?金ならやらんぞ」
「いやそうじゃなくて、チャンスをくれたから」
「この親切が仇にならなければいいがね。十中八九、あんたは命を落とすだろうよ」
そう言われてカスウィザードの心を怖気が走り抜けたが、なんとか勇気をふるいおこし、ポナンに目礼して、くるりと背を向け、彼の館を出た。