第4話

文字数 1,676文字

次の日、王都を染める朝の光が満ちてくるのも待たずに、カスウィザードは目を覚まし、じっと考え込んだ。自分一人の、いま現在の知恵と力とで、スフィンクスなる化け物に太刀打ちできるとも思えない。しかし、知識の乏しい彼でも、一応は冒険者の端くれ、スフィンクスが知恵の怪物であることくらいは知っている。ならば、やるべきことは一つだった。

戦略を練ること、そして情報の収集。陽の光が王城の門柱の影をお濠の水にかかるまで伸ばした刻に、政府の施設は開庁する。名にし負う、王都アレキサンドリアの大図書館とて、例外ではない。(アレキサンドリアの大図書館は、言い伝えでは一度大火によって跡形もなく焼けたという。だが奇妙なことには、図書館は誰が建てたのかすら分からぬほど昔からずっとあり、大火の痕跡も、どこにも見当たらぬのである)

アレクサンドリア・大図書館。世界を救おうとか、魔導士になるんだとか考えていた時には、書物を漁るため、ちょいちょい訪れたこともある。だが、悪道に落ちて以来、八年と六か月の日々、彼は図書館に立ち寄ることもなく過ごしていた。いま、よく手入れされ、気持ちよく乾いた書架の古木のにおいと、紙と羊皮紙のにおいに盛大に出迎えられて、彼は、永らく粗末にしていた旧友と再会した時のような懐かしさと、後悔の入り混じった嬉しさとを感じた。

彼は、書架を見上げた。どうやって取るんだろうというほどに、書架は限りなく高く、そしてどの段もびっしりと本で埋め尽くされている。生来の本好きならば、思わず歓喜の悲鳴を漏らすだろう。ご心配なく、上の方の本は、魔力のあるものにしか読めない仕掛けである。一定以上の魔力に反応して、最上段の本は、検索者の手元におのずから収まるのだ。これを称して人々は、「本は自らが望む処を訪れる」などと言っている。

彼は、魔導士の名門ナダンを受験するために、子どものころかなり激しく魔道の基礎を学んだ。しかし彼には素質がなかったのか、その魔力は、最上段の本を読めるほどには高まらなかった。いや、この言い方はいくらなんでも彼に対して手厳しすぎるだろう。実際、最上段の本を読めるのは、ナダンの教授クラスか、僧院の指導僧レベルだと言われている。

スフィンクスの心臓をいかにして手に入れるか、そのための情報が、アレキサンドリア大図書館・最上段レベルの問題であるかどうかについて、剣士カスウィザードに確たる考えがあったわけではない。だが、スフィンクスと言えば中級レベルのモンスターで、獰猛と言えば獰猛、だが神レベルの存在でもないという事は、彼にもなんとなく分かっていた。だから彼は、必要な情報が自らの力で手に入るという道に、賭けたのだ。

アレキサンドリア大図書館は、円形の、四階建ての建物である。筒状のレンガの壁のぐるりを、二十段はあろうかという書架がぎっしりと埋め尽くし、さらに中央部にも、縦横十二列ずつ、書架が並んでいる。それだけの本のなかから、彼は目当ての本を探し出そうと、やみくもになって本を探り出した。まずは魔生物のコーナーである。これなんかどうだろう?

『O・K・ウィザードン著 魔物辞典』

その本を書架から引き抜いて、まずは索引を読む。1、野の魔物 2、山の魔物 3、岩場の魔物 4、水辺の魔物 

とある。「なぞなぞ好きな魔物、ってのはないのかねえ」とぼやきながら、カスウィザードはその本を書架にしまいかけた。その時、彼は右手から三十センチくらいのところに、なにか光るものを見た気がした。

目をしばたたいて、もう一度よく見てみる。しばらくすると、その部分の空間が、またしてもかすかに光りだし、そしてそれは、しだいにぼんやりとした形になっていった。

宙に浮かぶ、輝く小さな人の形である。彼はいぶかしげな眼でその光を見つめていた。光はふよふよ、ふよふよとしばらくその辺を動いていたが、やがて意を決したかのようにびしりと止まると、『彼に対して』光りだした。そしてその人型の光は、しゃべったのである。

「おまえ、おれが視えるのかい?」元、お受験の落伍者・カスウィザードはうなずいた。

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登場人物紹介

剣士カスウィザード  元魔法使い志望、元おぼっちゃま。現在は貧乏剣士(駆け出し)。駆け出しの分際で、ドワーフの名工キリクの手になる名剣『雷神の剣』を、喉から手が出るほど欲している。


美女タニア ?


魔導士ポナン 悪道に落ちた、元大魔法士

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