第35話 六本木のマンションに高之と優香が入って来た

文字数 1,401文字

 六本木のマンションの一室に、旅行鞄を持った高之と優香が入って来た。
高之が部屋の中央に立って辺りを眺めながら言った。
「うむ、良い家具を入れたね」
優香がふざけた口調で答えた。
「社長、どうぞ、お寛ぎになって下さい」
高之がいきなり優香の髪を掴んで引き寄せた。
「あっ」
優香が小さな悲鳴を上げた。
「髪、切ったのか?」
「ええ」
「どうして?」
「・・・あんまり、淋しくなって・・・」
高之が優香を激しくかき抱き、優香がその愛撫に全身を熱くして応えた。
「じっと待って居たか?」
優香は大きく強く頷いた。
「予定より早かったやろ。君に一日も早く逢いたかったから、何もかもを切り上げて帰って来たんだよ」
「ほんとうに?」
高之は返事をする代わりに優香を軽々と抱き上げて、ベッドルームの方へ行こうとした。
「待って・・・」
 高之の手から逃れた優香は片隅の小机の抽斗からメモとお金を取り出した。
「先月分として頂いたお金の収支書と残金です」
「おいおい、君はもう僕の秘書じゃないんだよ。でも、可愛いね、真実に、君は」
「今朝方、京都の秋田専務からお電話がありました」
「秋田?急用だったのか?」
「奥様が東京へ出て来て居られるそうです・・・」
「綾乃が?」
「ええ・・・」
「気にすることは無いよ。青山の叔母の家へでも来たんやろう」
「時々不安になるんです。いつまでこういうことが続くのだろうかって・・・」
「続ける意思が無けりゃ続かないよ、何だって・・・」
言いながら高之は優香を抱いてベッドルームへ赴いた。
「あなたが奥様に不満があって、こうなったのではないことは私も解かっています。私はあなたの家庭を壊すことなど考えても居ません。今の状態がずう~っと続けば良いと思っているだけです」
優香をベッドに下ろすと、高之は彼女の首筋から耳たぶに唇を這わせた。
「君は逢う度に瑞々しくなっているね」
「あなたがそうさせるのよ」
「君を手離さなくて良かったよ」
優香が高之にむしゃぶりついた。
「京都へはいつ?」
「二、三日は一緒に居られるよ」
高之によって性の喜悦を開かれた優香は若いエネルギーを迸らせて奔放に乱れた。果てた後、二人は荒い息を吐いて暫く動けなかった。
 
 翌朝、朝食とも昼食ともつかぬ遅い食事を摂りながら、優香が高之に報告するように言った。
「来月から、星野英恵のスタッフに加えられたの」
「星野英恵って?ファッション・デザイナーの?」
「ええ。何枚かのデザイン画を書いて事務所へ持っていったの。面談で私の考えている希望の思いを忌憚無く話したら、採用されちゃった」
「へえ~、そりゃ凄いね」
「私、元々、着物デザイナー志望で“たつむら”へ入ったんだけど、あなたの眼に留まってこういうことになった。東京へ来てから色々先のことを考えている内に、本来のデザイナーへの夢がまた膨らんで来たのね。で、同じやるなら着物だけでなく洋装も含めたファッション全体を考える”美しい装い“を創るデザイナーになりたいと、星野英恵のファッション・デザイン事務所に応募したの」
「京都に居た時と違うて、いつでも好きな時に逢うと言う訳には行かへんし、今じゃ、月に一、二回逢うのが精一杯やからな。君の寂しい気持もよく解る、良いんやないか、それで。然し、君は偉いな、その若さで自分のやりたいことをちゃんと見つけて、先の人生設計まで考えて居るんやからなぁ。まあ、しっかり頑張ることだな」
高之はそう言って優香を励ました。
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