第40話 純に恋する圭一と言う男

文字数 1,966文字

 純が田村圭一と平安神宮の表参道を並んで歩いていた。
「女優なんかいつまでやって居る心算なんだ?」
「女優なんか、って何よ。これでも難しい試験にも通ったし、養成所を卒業した時も、ちゃんと劇団に残されたんだからね。エリートよ」
「幼なじみの誼で、嫁に行きそびれるぞ、って忠告しているんだよ」
「降るほど縁談があって困って居ります」
「えっ?真実なのか?」
「嘘よ、嘘。てんで有りません」
「そうか・・・」
「どうしたの?」
「いや、別に何でも無い。な、時間があるなら、うちのブティックにちょっと寄って行かないか?」
 室町三条に在る圭一のブティックの工房には十数枚のドレスがハンガーに垂れ下がっていた。どれもが、ドレスの絵柄と言う従来の観念から食み出して、斬新さに満ちているように純には思えた。
純が圭一に訊ねた。
「これ、あなたのデザイン?」
「うん」
「良いセンスだわねぇ、凄く良いと思うわ。何と言う名前?」
「恋の雫、です」
「はあ~ん」
圭一が感心したように純に言った。
「君、結構、ファッションデザインに興味があるんじゃない?」
「無いわよ。姉ちゃんのファッションに対する執念を尊敬しているから、同じことをやったら、劣等感に晒されるだけよ。あなただって、ファッションデザインの草分けで神様的存在のお父様が偉過ぎるのって、邪魔にならない?」
「君ほど負けず嫌いじゃないし、ファッションが好きだから、一応、自分の環境に感謝しているよ」
「あなたはのんびりと幸せに育ったのね。ところで、このドレス、幾らで売るの?」
「三十万は頂かないと・・・」
「へ~え」
「自分のデザインしたドレスの値を下げると、自分の気持まで下がるような気がするからね」
「それは未だ自分の仕事に自身が無い所為じゃ無いの?」
「そうとも言えるかも知れないな」

 同じ頃、四条河原町の綾香の旗艦店では、若い娘が艶やかなウェディング・ドレスを洋服の上から胸に宛てて姿見に映していた。その傍に娘の母親と綾香が立っていた。
「わあっ、良いわ、これ!」
「そうね、でも、お父様が吃驚なさらないかしら?」
「良いわよ。私がこれで良いんだから」
綾香は、その派手なデザインの似合う娘の若さに羨望した。
「お嬢様の若さにぴったりですわ」
母親は未だ懸念が拭えない様子だった。
「そうでしょうか?」
「そうよ、ぴったりなのよ、初めからこれが似合うと思ったのよ、私」
「この娘がこれで良いと言うのなら・・・。なにしろ此方のでないと嫌だと申しましてね」
「それは、それは、とても光栄ですわ。ありがとうございます」
綾香は丁寧に頭を下げた。
「では、万事宜しくお願い致します」
「はい、畏まりました」
母親と娘は屈託無げに店を出て行った。
 綾香は後姿を見送りながら、ふと、妹のことを考えた。
純もああなのかしら・・・若いってやっぱり羨ましいわねぇ・・・

 三カ月後、綾香の工房で、彼女は圭一と並んで腰かけ、彼のデザインしたドレスを見上げていた。新しい感覚と情感に溢れたデザインであった。
「僕は親父の仕事を乗り越えて、何か新しいものを掴みたいと、夢中でやって来たんです」
「そうねぇ。お父様のお仕事は律儀で折り目正しくて、古典的な美しさも匂っているけど、あなたのは真実に大胆で、立体感が豊富に採り入れられていて・・・こうやって見ていると、音楽が感じられそうだわ」
「お世辞じゃないですよ、ね」
「まさか・・・」
「僕、デザインコンテストで賞を貰ってから、自信が出来たんです」
暫し二人は黙って吊るされているドレスを見やった。
「昔、何とか言う王妃が着たとか有名な女優が着たとかいうエレガントで豪華なドレスやカジュアルで清楚なドレスが残されていますよね。然し、僕にはどうしてもそれを着た女性の顔や躰が浮かんで来ないんです。唯、それを創ったデザイナーや職人などの執念みたいなものだけがドレスからめらめらと燃え上がって居るような気がするんです。ドレスは女性を美しく見せる為に創られた筈なのに、真実に良いドレス、美しいドレスは、着る女性たちに勝ってしまうんです。どうせドレスを創るのなら、ドレスの美しさに負けないで、それと闘って組み伏せてしまうほど個性の強い人に着熟して欲しいと思うんです」
「その思い、よく解るわ」
「僕、純ちゃんに再会してから、どのドレスデザインも皆、純ちゃんを頭に描いて書いてしまうんで、困っているんです、今・・・」
「えっ、真実に?そうまで思われて、純も幸せね」
「僕、彼女、女優を続けてくれて良いんです」
「それで?」
「僕と結婚して欲しいんです」
「そう、それで純は何と言っているの?」
「未だはっきりとは僕の思いを伝えていないんです、それと無くは言いましたが・・・お姉さんはどう思われます?」
「そうね・・・あなたは私と同じ仕事の、新しい時代の旗手だと思うから、とても嬉しいわ」
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